すでに紹介したとおり、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会は、本年(平成29年)3月、「我が国の知財紛争処理システムの機能強化に向けて」(以下「本報告書」といいます。)を公表しました。

 
本報告書は、知財紛争処理手続の中でも、特許権侵害訴訟を対象に、「知的財産推進計画2016」で検討を求められた事項について、その問題分析と対応方針を答申しています。

中でも、本報告書は、第三者専門家が提訴後の証拠収集手続に関与することを認める制度や、侵害立証段階における書類提出命令の発令の促進と、その前提となる秘密保持の制度(インカメラ手続)について、特許法改正も踏まえた積極的姿勢を示しました。また、訴え提起前における第三者専門家による証拠収集手続関与の制度についても、積極的な見解を示しています。

今回は、本報告書において、積極的な検討事項とされたものについて解説をします。

解説

「我が国の知財紛争処理システムの機能強化に向けて」の位置付けと概要

本報告書は、「知的財産推進計画2016」に基づく経済産業省の検討事項について、経済産業大臣への答申を取りまとめたものであり、審議の結論をもとに整理すると、以下の審議事項について検討を加えています。

特に積極的なもの 第三者専門家による提訴後の証拠収集関与制度
書類提出命令等に先立つインカメラ手続
積極的なもの 訴え提起前の証拠収集手続の強化
中立的なもの 実施態様明示義務の不履行に対する書類提出命令の強化
侵害訴訟における特許庁への求意見制度
裁判所の技術専門性の向上と特許庁との連携
特許審査品質の向上
消極的なもの 実施料相当額の損害賠償請求権の強化
訂正審判請求を要件としない訂正の再抗弁
特許無効の抗弁における「明らか」要件の導入
否定的なもの 実施料相当額の損害賠償請求権の強化のうち、実施料データベースの作成

第三者専門家による提訴後の証拠収集関与制度

米国のディスカバリに相当するような制度のない日本では、特に特許権侵害訴訟のように、被告側に証拠が偏在する手続きでは、原告による証拠収集に困難が伴うことが少なくありません。特に、裁判所が被告に対し強く証拠提出を求める損害論と比較すると、侵害論の審理においてこの問題は顕在化しがちであり、市場で製品を入手しにくい物や、方法や生産方法の発明において困難な状況が発生することがあります。

現行法上は、被告には、侵害を否認する場合には実施態様の明示義務が課せられ、また、民事訴訟法上の文書提出命令に加え、特許法上の書類提出命令の制度が用意されています。しかし、運用上は、侵害論の段階での文書提出命令ないし書類提出命令は高度の必要性が要求され、実際の発令率は極めて低く、ほとんど発令されることはないといっても過言ではない状況にあります。

このような状況に対処するため、本報告書は、強制的な証拠収集を可能にする提訴後査察制度も検討していますが、営業秘密保護との関係で問題があるとし、これに代えて、あくまで現行の民事訴訟の枠内で、中立的な第三者が証拠収集手続に関与する制度について立法措置を含めた検討を求めています。

具体的には、以下のような方策が提案されています。

  • 秘密保持の義務を課された公正・中立な第三者の技術専門家が、書類提出命令及び検証物提示命令における書類及び検証物の提出義務の有無を判断するための手続(インカメラ手続)において裁判官に技術的なサポートを行うことを可能にすること
  • 鑑定人に検証の際の鑑定における秘密保持義務を課すことで、同手続を秘密保護に配慮した形で行うことを可能とすること

書類提出命令等に先立つインカメラ手続

また、上記の第三者専門家による提訴後の証拠収集関与制度と密接に関連する制度として、書類提出命令・検証物提示命令の制度に関し、書類・検証物の提出の必要性の有無についての判断のために、裁判所がインカメラ手続により当該書類・検証物を見ることを可能にする制度を導入することが、立法措置も含め、提案されています。

現状、書類提出命令や検証物提示命令の発令率が低い原因として、必要性の立証の困難さが指摘されているところ、実際にその内容を見た上で必要性を判断することにより、発令が容易になることが期待されています。

訴え提起前の証拠収集手続の強化

さらに、本報告書は、訴え提起前の証拠収集手続についても、任意手続であることを前提に、第三者専門家による証拠収集手続きへの関与について、制度の導入を検討すべきとの結論を導いています。

具体的には、秘密保持の義務を課された第三者の技術専門家が執行官に同行して技術的なサポートを行う仕組みを導入することが提案されています。

その他の事項について

上記のほか、本報告書は、実施態様明示義務の不履行に対する書類提出命令の強化、侵害訴訟における特許庁への求意見制度、裁判所の技術専門性の向上と特許庁との連携、特許審査品質の向上について、中立的な見解を示す一方、実施料相当額の損害賠償請求権の強化、訂正審判請求を要件としない訂正の再抗弁、特許無効の抗弁における「明らか」要件の導入といった事項については消極的見解を示し、実施料相当額の損害賠償請求権の強化のうち、実施料データベースの作成については、否定的な見解を示しました。