特許庁調整課審査基準室は、本年(平成29年)3月、「IoT関連技術の審査基準等について~IoT、AI、3Dプリンティング技術等に対する審査基準・審査ハンドブックの適用について~」(以下「本資料」といいます。)を公表しました。本資料は、IoT、AI及び3Dプリンティング関連技術について、現在の特許庁の理解を概説した上で、その審査基準及び判断事例等を紹介するものです。

本資料には、本年3月22日に審査ハンドブック附属書に新たに掲載されたIoT、AI及び3Dプリンティング関連技術に関する審査事例を含む各事例が簡潔にまとまっており、これら技術に関する特許出願を検討する際には有益な資料であるといえます。

本稿では、本資料の内容及びハンドブック記載の事例のうち重要と思われる事例を全3回に分けて紹介します。今回は、ソフトウェアを利用したIoT関連技術、データ及び学習済みモデルの発明該当性について説明します。

ポイント

  • 特許庁調整課審査基準室は、本年(平成29年)3月、「IoT関連技術の審査基準等について~IoT、AI、3Dプリンティング技術等に対する審査基準・審査ハンドブックの適用について~」を公表しました。
  • 本資料は、IoT、AI及び3Dプリンティング関連技術について、現在の特許庁の理解を概説した上で、発明該当性、新規性及び進歩性の観点から、審査基準及び判断事例等を簡潔に紹介するものです。
  • 本資料は、発明該当性については、ソフトウェアを利用したIoT関連技術、データ及び学習済みモデルのそれぞれについて、説明しています。

解説

IoT関連技術・AI関連技術とは

IoT関連技術は、各種の「モノ」に「センサ」を取り付けて大量の「データ」を収集することに特徴を有する技術です。収集された「データ」は「ネットワーク」を介してサーバ等に蓄積され、情報分析等に利用されます。

他方、AI関連技術の要諦は、大量のデータを用いて機械学習を行うことで、学習済みモデルを構築し、これをビジネスに利用することにあります。

機械学習には大量の学習データセットが必要とされることから、その収集を可能とするIoT関連技術と親和性が高く、ビジネス上、両者はセットで扱われることも少なくありません。比喩的には、IoT関連技術は人間における五感に、ネットワークは神経に、そして、AI関連技術は脳における情報処理に、それぞれ相当するとも言えるでしょう。

IoT関連技術・AI関連技術と特許審査基準

IoT関連技術及びAI関連技術について、特許庁は、これらが「従来から特許出願されており、特許されてきた」との前提の下、現行の審査基準等の枠内で範囲すれば足り、審査基準の新設は必要ないとの立場を取っています。

もっとも、他方において、特許庁は、IoT関連技術等への特許・実用新案審査基準(以下「審査基準」といいます。)の適用について、その考え方を示すことを目的として、平成28年9月28日に、IoT関連技術に関する審査事例12の事例を、また、平成29年3月22日には、IoT、AI及び3Dプリンティング関連技術に関する11の新事例を、それぞれ、特許・新案審査ハンドブック(以下「審査ハンドブック」といいます。)附属書A及びBに追記し、その実際の運用の周知を図ってきました。これらの概要をまとめたのが本資料です。

そして、特許庁は、本資料において、IoT関連技術やAI関連技術について、審査段階で問題となりうる要素として、①発明該当性、②新規性及び③進歩性を挙げています。以下、本資料及びこれに引用された事例の内、重要と思われるものを解説します。

発明該当性

ソフトウェアを利用したIoT関連技術の発明該当性

本資料は、IoT関連技術の発明該当性について以下のとおり言及しています。

  • IoT関連技術は、コンピュータソフトウエアを必要とすることがある 
  • コンピュータソフトウエアを必要とするIoT関連技術の発明該当性の判断は、他のコンピュータソフトウエアを必要とする技術についての発明該当性の判断とかわらない
  • 装置、システム、コンピュータソフトウエア等を利用している部分があっても、全体として自然法則を利用していない場合があるので、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するか否かを慎重に検討する必要がある

IoT関連技術は、上述したとおり「センサ」を付けて各種情報を収集することを特徴とします。このような「センサ」の制御や、収集した情報の処理等、ソフトウェアの利用を前提とする場合は少なくありませんが、実務上問題となりうるのは、「発明」該当性です。

特許法は、「物の発明」の対象物たる「物」には「プログラム等」を含んでいますが、特許を受けることができるためには、更に「発明」、すなわち、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」であることが必要となります。

この点、従前より、プログラムそれ自体は、機械に対する指令(論理演算命令)の集合体にすぎないことから、自然法則を利用するといえるのか、が問題とされてきました。

そのため、特許庁は、①全体として自然法則を利用しており、コンピュータソフトウエアを利用しているか否かに関係なく、「自然法則を利用した技術的思想の創作」と認められるもの(エンジン制御や画像処理等)は、ハードウェア資源の利用を問題とすることなく、発明該当性を肯定するのに対して、②全体としてコンピュータソフトウェアを利用するものとして創作されたものについては、「ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」ことを発明該当性を認めるための要件としてきました。

IoT関連技術は、基本的には「モノ」に加えて「センサ」の存在を前提とすることから、ハードウェア資源の存在を前提とする構成が多いと考えられるものの、特許請求の範囲の作成に際しては、特許庁がかかる点を問題としていることを把握しておくことが肝要であるといえます。

データの発明該当性

本資料は、データの発明該当性について以下のとおり言及しています。

  • データが情報の単なる提示に該当する場合には、「発明」に該当しない。
  • データのうち「構造を有するデータ」及び「データ構造」については、「プログラムに準ずるもの」に該当し得る。
  • プログラムに準ずる「構造を有するデータ」及び「データ構造」は、ソフトウエアとして、「発明」に該当するか否か判断する。

まず、重要であるのは、データが情報の単なる提示に留まる場合には、自然法則を利用したといえないことから、原則として発明該当性が否定されるという点です。

例えば、審査ハンドブック附属書A「3. 発明該当性及び産業上の利用可能性に関する事例集」「事例3-2 リンゴの糖度データ及びリンゴの糖度データの予測方法」は、次の各請求項について「情報の提示に技術的特徴を有しておらず、提示される情報の内容にのみ特徴を有するものであって、情報の提示を主たる目的とするものであるから、情報の単なる提示であり、『発明』に該当しない」としています。

[請求項1]

反射式近赤外分光分析を行う携帯型のリンゴ用糖度センサにより計測された、果樹に実った収穫前のリンゴの糖度データ。

[請求項2]

サーバの受信部によって受信され、前記サーバの記憶部に記憶された、請求項1に記載のリンゴの糖度データ。

もっとも、他方で、特許庁は、データのうち「構造を有するデータ」及び「データ構造」については、「プログラムに準ずるもの」に該当し得るとしています。かかる見解は、特許法上、「物の発明」の対象物たる「プログラム等」には、「プログラム」に加えて、「その他電子計算機による処理のように供する情報であってプログラムに準ずるもの」が含まれることをその法的根拠としています。

そして、その具体的な判断手法としては、「請求項の記載に基づいて、ソフトウエア(プログラムに準ずるデータ構造)とハードウエア資源とが協働した具体的手段又は具体的手順によって、使用目的に応じた特有の情報の演算又は加工が実現されているか否かを、判断すればよい」(審査ハンドブック附属書B「2.1.2『構造を有するデータ』及び『データ構造』の取扱い」)とされています。

例えば、審査ハンドブック附属書B「第1章 コンピュータソフトウエア関連発明」「事例2-13 音声対話システムの対話シナリオのデータ構造(音声対話システムにおけるデータ構造に関するもの)」は、以下の請求項について、請求項の(1)ないし(5)の記載から、「対話ユニットが含む分岐情報に従った音声対話という情報処理を可能とするデータ構造であるといえる。よって、当該データ構造は、音声対話システムにおける情報処理を規定するという点でプログラムに類似する性質を有するから、プログラムに準ずるデータ構造(ソフトウエア)」に該当する旨判断できるとしています。

[請求項1]

クライアント装置とサーバからなる音声対話システムで用いられる対話シナリオのデータ構造であって、対話シナリオを構成する対話ユニットを識別するユニットIDと、ユーザへの発話内容及び提示情報を含むメッセージと、ユーザからの応答に対応する複数の応答候補と、複数の通信モード情報と、前記応答候補及び通信モード情報に対応付けられている複数の分岐情報であって、前記応答候補に応じたメッセージ及び前記通信モード情報に応じたデータサイズを有する次の対話ユニットを示す複数の分岐情報と、を含み、
前記クライアント装置が、

  1. 現在の対話ユニットに含まれるメッセージを出力し、
  2. 前記メッセージに対するユーザからの応答を取得し、
  3. 前記ユーザからの応答に基づいて前記応答候補を特定するとともに、前記クライアント装置に設定されている前記通信モード情報を特定し、
  4. 当該特定された応答候補及び通信モード情報に基づいて1つの分岐情報を選択し、
  5. 当該選択された分岐情報が示す次の対話ユニットをサーバから受信する処理に用いられる、対話シナリオのデータ構造。
学習済みモデルの発明該当性

学習済みモデルが、「プログラム」であることが明確な場合は、「プログラム」として扱う。

機械学習の成果物としての、学習済みモデルについて、特許庁は、請求項の末尾が「プログラム」以外の、例えば「モジュール」、「ライブラリ」、「ニューラルネットワーク」、「サポートベクターマシン」及び「モデル」等であっても、「明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すると、請求項に係る発明が『プログラム』であることが明確な場合には『プログラム』として扱われる」としています。

特許庁は、いわゆるディープラーニングによる学習済みモデルについては、「通常」①パラメータと②演算プログラムの組み合わせであるとしていますが、出願者が想定している具体的な出力物は、必ずしもその組み合わせであるとは限りませんので、「プログラム」性の判断には、発明の実質的な内容を考慮するということであると考えられます。

また、この点、特許庁は、審査ハンドブック附属書B「第1章 コンピュータソフトウエア関連発明」「事例2-14 宿泊施設の評判を分析するための学習済みモデル(宿泊施設の評判を分析するようコンピュータを機能させるための学習済みモデルに関するもの)」において、宿泊施設の評判に関するテキストデータ(例えば、「いいね」や「!」等)に基づいて、宿泊施設の評判を定量化した値を出力するようコンピュータを機能させるという以下の発明を、学習済みモデルの発明の例として挙げています。

[請求項1]

宿泊施設の評判に関するテキストデータに基づいて、宿泊施設の評判を定量化した値を出力するよう、コンピュータを機能させるための学習済みモデルであって、

第1のニューラルネットワークと、前記第1のニューラルネットワークからの出力が入力されるように結合された第2のニューラルネットワークとから構成され、

前記第1のニューラルネットワークが、少なくとも1つの中間層のニューロン数が入力層のニューロン数よりも小さく且つ入力層と出力層のニューロン数が互いに同一であり各入力層への入力値と各入力層に対応する各出力層からの出力値とが等しくなるように重み付け係数が学習された特徴抽出用ニューラルネットワークのうちの入力層から中間層までで構成されたものであり、

前記第2のニューラルネットワークの重み付け係数が、前記第1のニューラルネットワークの重み付け係数を変更することなく、学習されたものであり、

前記第1のニューラルネットワークの入力層に入力された、宿泊施設の評判に関するテキストデータから得られる特定の単語の出現頻度に対し、前記第1及び第2のニューラルネットワークにおける前記学習済みの重み付け係数に基づく演算を行い、前記第2のニューラルネットワークの出力層から宿泊施設の評判を定量化した値を出力するよう、コンピュータを機能させるための学習済みモデル。

同発明の請求項は「学習済みモデル」との用語を使用していますが、特許庁は、以下のとおり、発明の詳細な説明を考慮の上で、形式的な用語の選択にとらわれず、その構成が「プログラム」に該当する旨判断しています。

発明の詳細な説明の「当該学習済みモデルは、人工知能ソフトウエアの一部であるプログラムモジュールとしての利用が想定される。」及び「コンピュータのCPUが、メモリに記憶された学習済みモデルからの指令に従って、第1のニューラルネットワークの入力層に入力された入力データ(宿泊施設の評判に関するテキストデータから、例えば形態素解析して、得られる特定の単語の出現頻度)に対し、第1及び第2のニューラルネットワークにおける学習済みの重み付け係数と応答関数等に基づく演算を行い、第2のニューラルネットワークの出力層から結果(評判を定量化した値、例えば「★10個」といった値)を出力するよう動作する。」との記載を考慮すると、当該請求項1の末尾が「モデル」であっても、「プログラム」であることが明確である。

また、発明該当性については、「請求項1に係る学習済みモデルは、ソフトウエアとハードウエア資源とが協働することによって使用目的に応じた特有の情報処理装置の動作方法を構築するもの…であり、『発明』に該当する」と判断しており、特許発明の範囲の記載の仕方の参考となるものと思われます。

次回の予定

次回は、IoT関連技術・AI関連技術の新規性及び進歩性について、本資料の内容及びハンドブック記載の事例のうち重要と思われる事例を紹介します。

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(文責・松下)