特許庁調整課審査基準室は、本年(平成29年)3月、「IoT関連技術の審査基準等について~IoT、AI、3Dプリンティング技術等に対する審査基準・審査ハンドブックの適用について~」(以下「本資料」といいます。)を公表しました。本資料は、IoT、AI及び3Dプリンティング関連技術について、現在の特許庁の理解を概説した上で、その審査基準及び判断事例等を紹介するものです。

第2回目は、IoT関連技術・AI関連技術の新規性及び進歩性について、本資料の内容及びハンドブック記載の事例のうち重要と思われる事例を紹介します。

ポイント

  • IoT関連技術のサブコンビネーションの発明の新規性の判断は、他のサブコンビネーションの発明についての新規性の判断と変わりません。各サブコンビネーションについて、自らの意に反した認定されることを防ぐべく、適切にその構造、機能等を特定する必要があるでしょう。
  • AI技術については、既存の発明に、単にディープラーニングやその他の機械学習を適用するだけでは、進歩性を認めるには必ずしも十分ではなく、より具体的なパラメータ設定等を開示することが必要と判断されることも考えられます。

解説

新規性(IoT関連技術とサブコンビネーション)

  • IoT関連技術は、通常、複数の装置や端末がネットワークで接続されたシステムで実現されるため、当該システムの一部がサブコンビネーションの発明として特許出願されることがある
  • IoT関連技術のサブコンビネーションの発明の新規性の判断は、他のサブコンビネーションの発明についての新規性の判断とかわらない
サブコンビネーションとは

サブコンビネーションとは、「二以上の装置を組み合わせてなる全体装置の発明、二以上の工程を組み合わせてなる製造方法の発明等(コンビネーション)に対し、組み合わされる各装置の発明、各工程の発明等」を意味します。

例えば、ユーザから入力装置Aを用いて入力されたデータを、記憶装置Bに記憶し、当該入力データを記憶装置Bから処理サーバCに自動送信し、その処理結果をディスプレイDに表示することを特徴とするシステムがあった場合、これらAないしDの構成は、それぞれサブコンビネーションにあたります。

IoT関連技術では、センサ、端末、サーバ等を一体のシステムとして構築されることが多いと思われますが、これらセンサ等も、また、サブコンビネーションです。

サブコンビネーションで問題となるのは、「あるサブコンビネーション」について、特許発明の範囲の「他のサブコンビネーション」に関する記載がある場合、このような記載により、「あるサブコンビネーション」の構造、機能等が限定されるか否かです。仮に出願者による記載の意図が「あるサブコンビネーション」の構造等の限定にあっても、特許庁がこれを認めなければ、出願時の公知技術と同一性が肯定され、新規性が否定されるという、全く意に反した帰結が導かれるおそれがあります。

この点、特許庁は、「『他のサブコンビネーション』に関する事項が、サブコンビネーションの発明の構造、機能等を特定している場合、サブコンビネーションの発明を、そのような構造、機能等を有するものと認定する」としています。

具体例

サブコンビネーションの新規性に関する具体例としては、審査ハンドブック附属書A「4. 新規性に関する事例集」「事例38 ドローン見守りシステム、ドローン装置」があります。

[請求項2]

通信ネットワークを介して管理サーバと接続され、三次元移動が可能なドローン装置であって、自機の現在位置をドローン位置情報として取得する手段と、前記管理サーバから、端末位置情報を受信する手段と、前記ドローン位置情報と前記端末位置情報とに基づいて、自機の飛行制御を行う手段とを備え、

前記管理サーバは、見守り対象の端末装置から受信した端末位置情報に基づいて、前記見守り対象の最も近くに存在するドローン装置を選択する手段と、前記選択したドローン装置に前記端末位置情報を送信する手段とを備えることを特徴とする

ドローン装置

この事例では、ドローン装置(あるサブコンビネーション)の特許請求の範囲内に、下線部のサーバ装置(他のサブコンビネーション)に関する説明が含まれています。もっとも、特許庁は「管理サーバがどのような基準に基づいて、見守り対象を見守るドローン装置を選択するかは、請求項2に係るドローン装置の構造、機能等に何ら影響を及ぼすものではないから、上記他のサブコンビネーションに関する事項は、ドローン装置の構造、機能等を何ら特定するものではない」と判断し、結論として、公知技術との同一性を認定し、新規性が否定されてます。

このように、IoT関連技術の特許出願に際しては、各サブコンビネーションについて、自らの意に反した認定されることを防ぐべく、適切にその構造、機能等を特定する必要があるでしょう。

進歩性

  • IoT、AI…関連技術の発明の進歩性の判断は、他の発明についての進歩性の判断とかわらない
  • IoT関連技術等の発明においては、引用発明との相違点に関し、「モノ」がネットワークと接続されることで得られる情報の活用、特定の学習済みモデルから得られる特有の出力情報、又は、特定の構造を有するデータによって規定される特有の情報処理による有利な効果が認められる場合が当該効果を「進歩性が肯定される方向に働く要素」の一つとして考慮する

IoT関連技術等の発明の進歩性判断は、他の発明と同様です。特に、IoT関連技術については、「モノ」を「ネットワーク」に接続するとの一般的な構成については、既に周知とされている課題も多く、それを既存の発明に単純に組み合わせたのみでは、進歩性が否定される事案も少なくないと思われます。

そのため、本資料及び審査ハンドブックが進歩性の肯定要素として掲げているネットワーク接続や学習済みモデルの併用等のより有利な効果を丁寧に主張していくことが必要でしょう。

本資料及び審査ハンドブックでは、IoT・AI関連技術について、進歩性を認めた事例の掲載はありませんでしたが、他方、その進歩性を否定している事案として、審査ハンドブック附属書A「5. 進歩性に関する事例集」「事例32(製造ラインの品質管理プログラム)」が掲載されています。問題となった技術の請求項は以下のとおりです。

[請求項1]

コンピュータに、所定の製造工程後の製品を所定の検査項目それぞれについて検査した結果を表す検査結果データを、検査装置からネットワークを介して受信し、データベースに蓄積する機能、

当該製品を製造した際の製造条件データを、製造装置からネットワークを介して受信し、前記検査結果データに関連付けて前記データベースに蓄積する機能、

前記データベースに蓄積された前記検査結果データの検査結果と前記製造条件データのうち不適合の原因となった製造条件との関係をディープラーニングによりニューラルネットワークに学習させる機能、

前記データベースに蓄積された検査結果データを監視する機能、前記監視により不適合の検査結果を発見した場合、前記学習済みニューラルネットワークを利用して、前記不適合の原因となった製造条件を推定する機能、

を実現させるための、製造ラインの品質管理プログラム。

特許庁は、請求項1の発明と引用発明との間の相違点が、前者においては、「機械学習がディープラーニングによりニューラルネットワークを学習させるものであるのか、明確でない点」にあることを前提としました。そして、以下のとおり、機械学習の技術分野におけるディープラーニングの周知技術性を認めた上で、請求行為1の進歩性を否定し、拒絶理由通知をしました。

周知技術として、機械学習の技術分野において、ディープラーニングによりニューラルネットワークを学習させ、この学習済みニューラルネットワークを利用して推定処理を行うことが、知られている。そして、引用発明1と周知技術とは、機械学習結果を用いて高精度な推定を行うという点で課題が共通し、また、機械学習を行い、当該機械学習結果を利用して推定処理を行うという点で機能が共通する。

以上の事情を総合考慮すると、引用発明1に周知技術を適用し、ディープラーニングによりニューラルネットワークを学習させ、学習済みニューラルネットワークを利用して、不適合の原因となった製造条件を推定することは、当業者が容易に想到することができたものである。

また、ディープラーニングにより学習した学習済みニューラルネットワークを利用して、不適合の原因となった製造条件を推定するので、高精度な推定が可能となるという請求項1に係る発明の効果についても当業者が予測できる程度のものである。

もっとも、特許庁は、出願人が以下の補正を行うことにより、拒絶理由の解消を認めています。既存の発明に、単にディープラーニングやその他の機械学習を適用するだけでは、進歩性を認めるには必ずしも十分ではなく、より具体的なパラメータ設定等を開示することが必要な場合もあることを示唆する事例であるといえます。

請求項1において、可変の忘却係数を学習時にニューラルネットワークの重み付けパラメータに乗算するとともに、前記忘却係数γが、製造装置の装置特性の経年変化による変化度合いを定量的に示すk及び前回メンテナンスからの経過時間を示すt1の二変数関数γ=f(k, t1)によって設定され、前記変化度合いkが、製造装置の種類α及び当該製造装置の総稼働時間t2の二変数関数k=g(α,t2)によって設定される点を補正により追加する。

加えて、意見書において、このような忘却係数を用いることにより、経年変化により装置特性が変化しやすい製造装置にあっては、当該装置特性の変化度合いに応じて最近のデータを必要な程度に反映させた学習を行わせることができ、さらにはメンテナンス直後の製造装置にあっては、メンテナンス前のデータを強く忘却させメンテナンス後のデータをより強く反映させた学習を行わせることができ、より現状に近い学習済みニューラルネットワークを構築し、高精度な推定が可能になるという効果を主張する。

次回の予定

次回は、3Dプリンティング関連技術について、本資料の内容及びハンドブック記載の事例のうち重要と思われる事例を紹介します。

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(文責・松下)