町野静アメリカのIPライセンスガイドライン(”Antitrust Guidelines for the Licensing of Intellectual Property”。以下「本ガイドライン」といいます。)が改正され、2017年1月12日付で公付されました。

アメリカの独占禁止の考え方を理解することは、アメリカにおいてライセンスを供与するビジネスを行う際の契約書チェックに当たっては重要です。そこで、今回の改正を踏まえて、本ガイドラインについての簡単な解説を3回に分けて行います。

第1回となる本稿では知的財産権のライセンスの独占禁止法上の問題点に触れた上で、本ガイドラインの構成、ガイドラインの第1章(知的財産権の保護と独占禁止法)及び第2章(一般原則)の概要を説明します。

ポイント

骨子

  • 第1章では、本ガイドラインの目的と基本的な考え方について述べられています。知的財産法と独占禁止法は共通の目的を持つものとの考え方が明確にされています。
  • 第2章では、知的財産権のライセンスに関して独占禁止法を適用するに当たっての原則的な考え方が示されています。知的財産権を保有することや知的財産権のライセンスがあることは、独占禁止法上の判断において特別な影響を与えないという点がポイントです。

前提知識

本ガイドラインは、Department of Justice(司法省)とFederal Trade Commission(連邦取引委員会)が共同で発行しています。司法省、連邦取引委員会はいずれも法を執行する行政機関(Agency)であり、三権分立の中の法執行機関です。

アメリカの連邦レベルでの競争法は,シャーマン法、クレイトン法及び連邦取引委員会法の3つの法律から構成されています。

司法省は、複数の局から成る組織ですが、このうち反トラスト局シャーマン法を執行します。他方、連邦取引委員会は、消費者を保護し、競争を促進するために法執行を行う機関であり、クレイトン法の執行を司法省と共同で行うほか、連邦取引委員会法の執行も行います。(より詳しい説明は、 公正取引委員会のウェブサイトをご参照下さい。)

独占禁止法の執行において、司法省や連邦取引員会は様々な資料を総合的に考慮して、ある行為が独占禁止法違反に該当するか否かを判断します。

もっとも、これから行おうとしているビジネスや取り組みが独占禁止法違反に該当するかが事前に判断できないと、新たなビジネスを行うことが躊躇されてしまい、独占禁止法の目的にも反することになります。

そこで、司法省や連邦取引委員会は、事業者の予測可能性を担保するため、どのような基準で独占禁止法違反の判断がされるかについて複数のガイドラインを発行しています。

知的財産権のライセンスにおいては、ライセンスによってライセンシーの権利や行為が制約されたり、契約による他の競業者の行為が制約されることによって反競争的な効果をもたらすことが懸念されます。他方、ライセンスにより技術開発が進むという競争促進的な側面もあることから、いかなる行為が独占禁止法上違反なのかが問題となります。

そこで、いくつかあるガイドラインのうち、知的財産権のライセンスに関して整理をしたものが本ガイドラインです。

本ガイドラインの構成

本ガイドラインは以下の全6章から構成されています。

  • 第1章 知的財産権の保護と独占禁止法
  • 第2章 一般原則
  • 第3章 独占禁止法上の問題点及び分析方法
  • 第4章 「合理の原則」下で行政機関がライセンス契約を評価する際の一般原則
  • 第5章 一般原則の適用
  • 第6章 無効または行使不可能な知的財産権

知的財産権の保護と独占禁止法(第1章)

本ガイドラインの目的

まず、本ガイドラインの目的は、行政機関がライセンス契約への独占禁止法適用にあたってのポリシーを示すことで、予測可能性を担保することを意図するものであるとされています。(ただし、法執行に当たっての判断や裁量を取り除くものではなく、執行に際しては、事実関係に照らして、このガイドラインを合理的かつ柔軟に適用するとも述べられています。)

基本的な考え方

ガイドラインでは、知的財産法と独占禁止法は、イノベーションの推進と消費者の利益保護という共通の目的を持つものとした上で、独占禁止法は、既存または新しい消費者のためのものに関する競争を害するような一定の行為を禁止することで、イノベーションを促進し、消費者の利益にも資するものであるとの考え方が示されています。

一般原則(第2章)

独占禁止法適用にあたっての基本的な考え方

独占禁止法の適用においては、知的財産権という一種の独占権を保有していること自体が競争上有利な地位を与えるものであり、異なる配慮が必要であるとの考え方もあり得ます。しかし、本ガイドラインはそのような立場には立たず、行政機関は、知的財産権が関連する行為についても、その特性を考慮しながら、他の財産権に関する行為と同様に分析を行うとしています。

また、その際、知的財産権によってマーケットパワーが与えられているという前提には立たず、ライセンスは、製造における産業上価値のある要素を結びつけることを可能にしている点で、一般的に競争促進的なものでると認識しているとされています。

その上で、本ガイドラインでは、前述のような知的財産権を保有すること自体による競争阻害効果を否定し、知的財産権に関する行為であることを理由に独占禁止法違反の判断に当たって特別な取り扱いをすることはないとの考えが明確にしています。

具体例として、ある会社が在庫管理プログラムを医療関係者に限り地域制限をつけてライセンスした事例(仮想事例)が挙げられています(Example 1。なお、本ガイドラインでは、問題点を検討するためにガイドライン中で仮想事例を用いた説明が多くなされています。)。この場合、このような取り組み自体は、当該会社の著作権のあるソフトウェアとヘルスケアサービスを行う者の製造上の有利な要素を組み合わせるものであり、競争促進的な効果を与えうるとされています。

そして、プログラムのライセンス契約においてライセンシーにおける他のプログラムの開発、使用、販売を制限したり、ライセンスされた製品以外の競合品の取り扱いを禁止したりするような条項がないのであれば、競争阻害効果はないと結論付けており、ライセンサーの地位にあることが独占禁止法上特別な扱いを受けないことが仮想事例をもとに説明されています。

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(文責・町野)