平成28年12月26日、TPP関連法案に基づき「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(平成26年法律第84号)(略称「地理的表示法」)の一部が改正されました(TPP関連法案が知的財産法に与える影響については、過去のリーガルアップデートをご参照下さい。)。本記事では、地理的表示法による地理的表示保護の基本的内容を説明すると共に、同法の改正内容を説明します。

ポイント

骨子

  • 改正により、相互保護条約を締結した外国の地理的表示が、わが国でも保護されることになりました。直ちにわが国の地理的表示の保護範囲の拡大するものではありませんが、今後、世界的な保護を受けるようになることが期待されます。
  • 改正により新設された輸入された不正表示産品の譲渡禁止規制により、悪質な違反業者には、措置命令及び刑事罰による二段構えのサンクションを課すことができるようになりました。地理的表示のより実効的な保護を図ることが可能となったと言えます。

法令概要

法令の名称等 特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(平成26年法律第84号)
改正法案の名称等 環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律(平成28年法律第108号)
所轄官庁 農林水産省
成立日 平成28年12月9日
施行日 平成28年12月26日

「地理的表示(Geographical Identification)」とは何か

市場に流通している産品の中には、生産地域に特有の伝統的製法や地理的条件により、優れた品質や評価を獲得するに至ったものがあります。例えば、高い品質を有することで知られる「ボルドーワイン」は、フランス南西部のボルドーを産地とするワインを指します。

このような産品については、生産地を騙った低品質の生産物が流通してしまうと、その表示を信用した消費者は不測の損害を被ると共に、生産地のブランド価値も毀損されてしまいます。

そのため、一定の要件を満たす原産地表示を「地理的表示(Geographical Identification)」として保護することの重要性は、古くから世界的に認識されており、本記事公表日現在、100カ国以上で、地理的表示保護制度が存在しています。

国際的な保護枠組み

地理的表示の国際的な保護の枠組みとしては、次の条約・協定等があります。

  • 「工業所有権の保護に関するパリ条約」(1883年)
  • 「虚偽の又は誤認を生じさせる原産地表示の防止に関するマドリッド協定」(1891年)
  • 「原産地名称の保護及び国際登録に関するリスボン協定」(1958年。ただし、日本は未加盟です。)
  • 「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(1994年。以下「TRIPS協定」といいます。)

地理的表示法による保護

地理的表示法とは

日本では、TRIPS協定に基づき、生産業者及び需要者の利益を図ることを目的として、「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(以下「地理的表示法」又は「法」といいます。)が、平成26年6月に公布され、平成27年6月に施行されました。

農林水産省は、地理的表示法を「地域ごとに長年培われた特別の生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性により、高い品質と評価を獲得するに至った産品について、地理的な表示を含む名称を知的財産として保護する制度」として位置づけています。

平成28年12月7日現在、24の地理的表示が登録され、地理的表示法による保護の対象となっています。

地理的表示の定義

地理的表示法は、ある産品(農林水産物等)が、①特定の地域等を生産地とし、かつ、②その商品に関する品質、社会的評価その他の確立した特性が、当該生産地と結びついている場合(主として帰せられるものである場合)に、③上記①及び②を特定することができる名称を「地理的表示」として保護するものです(法2条3項。地理的表示法上、①及び②を満たす産品は「特定農林水産物等」と定義付けられています。)。

地理的表示登録番号2号の但馬牛を例にとると、①但馬牛は兵庫県を原産地とする牛肉ですが、②他の一般的な牛肉と比較して、その肉質の柔らかさや、脂質の良さで知られています。これは、兵庫県内において、明治期以降、同地域の酪農家が、品種改良を重ねた結果によるものです。

そのため、③ある牛肉に「但馬牛(タジマギュー)」又は「但馬ビーフ(タジマビーフ)」の名称を付した場合、「但馬」との産地の表示を介して、上記のような特性が特定されていることから、これらの各表示は、「地理的表示」に該当します。

なお、②の結び付きが認定されるためには、生産地と結び付いた特性を有する状態で、産品について、概ね25年の継続した生産実績が必要とされています。

また、③地理的表示法の保護対象である地理的表示は「●●りんご」のような原産地+産品の普通名称の組み合わせに限られず、上記①及び②が特定可能であれば、地名を含まない名称も登録可能と考えられています。

地理的表示の保護対象

地理的表示による保護の対象となる産品(農林水産物等)は、農林水産物及びその加工品並びに飲食良品に留まり(法2条1項柱書及び各号)、酒類、医薬品、医薬部外品、化粧品及び再生医療等製品は含みません(法2条1項柱書但書き)。これら対象除外物に対する原産地の表示は、他の法律による保護を受けなければなりません。

地理的表示等の登録

ある産品の原産地等の表示を「地理的表示」として保護するためには、地理的表示法に基づく登録を受ける必要があります。現行法上は、生産者団体のみが、産品の登録を受けることができ、個人による登録は認められていません(法6条等)。
もっとも、生産者団体は、正当な理由なく、団体への加入を拒む、あるいは加入に高いハードルを設けることはできません(法2条5項)。

申請書の記載事項

生産者団体は、登録の申請書に、生産者団体の名称・住所・代表者氏名に加えて、登録を受けようとする産品の①区分、②名称(地理的表示)、③生産地、④特性、⑤生産方法や、⑥産品の特性がその生産地に主として帰せられる理由、⑦産品がその生産地で生産されてきた実績、⑧先行登録商標に関する情報等を記載しなければなりません(法7条1条各号、法施行規則6条1項及び2項)。

加えて、生産者団体は、上記事項を記載した明細書(団体毎の品質の基準)や、産品の生産が明細書の記載に適合することを担保すべく、生産工程管理業務の方法に関する規程(団体が定める品質管理業務に関する定め)も提出する必要があります(法7条2号1号及び2号)。

登録の具体的手続

登録申請を受けた農林水産大臣は、登録拒否事由がある場合を除き、申請書記載事項その他必要な事項を公示し、また、申請書等を公示日から2ヶ月間公開しなければなりません(法8条)。

公示日から3ヶ月以内は、誰でも登録申請について、意見を述べることができ、加えて、登録申請がされている産品の全部又は一部について、当該期間内に登録申請がなされた場合も、意見が述べられたとみなされます(法9条1項及び10条1項)。公示日から3ヶ月が満了した場合、農林水産大臣は学識経験者の意見を聴くものとされています(法11条)。

農林水産大臣は、以上の各手続を終えた場合には、登録拒否事由があるときを除き、地理的表示等を登録しなければなりません(法12条1項)。

登録拒否事由

地理的表示等の登録拒否事由としては、①生産者団体、②生産工程管理業務、③登録申請された産品及び④産品の名称(地理的表示)に関する事由が定められています。

①としては、生産者団体が、過去に登録の取消し(例えば、生産者団体でなくなった、措置命令に従わなかった等の理由により)を受けてから2年を経過していないこと等があります(法13条1項1号、法22条1項等)。

②としては、申請書と明細書の記載内容の不一致や、生産工程管理規程の記載が明細書に適合する生産を行うには不適合である場合、あるいは生産者団体の経理的基礎や体制が不十分であること等が挙げられています(法13条1項2号)。

③としては、そもそも、産品が保護に値する十分な特性を有していない場合や、地理的表示法による保護の対象外である場合、あるいは、その全部又は一部が既に登録された産品である場合が挙げられています(法13条1項3号)。

④としては、地理的表示が、普通名称である場合に加えて、産品そのもの又はそれに関連する役務について、既に登録されている商標と同一又は類似する場合があります(法13条1項4号)。

登録の効果

地理的表示等の登録により、登録生産者団体の構成員である生産業者及び登録産品の譲受人のみが、地理的表示を使用することができます(法3条1項及び2項柱書)。具体的には、産品そのものへの地理的表示の付与に加えて、包装、容器又は送り状にも使用することができます(法3条1項)。なお、地理的表示を用いる場合には、産品又はその包装等に、GIマーク(登録標章)を付さなければなりません(法4条1項)。

さらに、登録団体は、産品を明細書に適合する形で生産する義務等を負い、これを怠った場合には、措置命令の対象となります(法21条3項)。

他方、上記の者以外は、原則として、登録された区分の産品等に、地理的表示及びこれに類似する表示をすることができず(法3条2項)また、GIマーク(登録標章)を使用することもできません(法4条2項)。

これらの規律に違反した場合、農林水産大臣は、不正な表示の除去又は抹消等の排除命令を出すことができ(法5条)、命令に従わなかった者には、罰則が適用されます(法39条及び40条。なお、法43条に両罰規程があります。)。

また、地理的表示法は、損害賠償請求権や差止請求権を創設するものではなく、農林水産大臣の行政命令により、間接的な保護を図るものにすぎませんので、登録生産者団体が、自らのイニシアチブにより、民事的な救済を受けることを望む場合には、商標法や、不正競争防止法等、他の法律による保護を検討することが必要となります。

商標法との関係

先行登録商標との関係

既にご説明したとおり、登録申請した産品(又は類似した産品)について、先行する登録商標が存在する場合、その産品については、地理的表示等の登録を受けることはできません(法13条1項4号ロ)。もっとも、①申請生産者団体が登
録商標の権利者である場合、又は、②自らが登録商標の権利者ではなくとも、その権利者(あるいは専用使用権者)から使用許諾を受けている場合はこの限りではありません(法13条2項1号)。

仮に、登録商標と地理的表示とが並存する場合、先行する登録商標の権利者は、不正競争の目的がない地理的表示の使用に対して、商標権を行使することができません(商標法26条3項)。また、先行する登録商標の権利者は、地理的表示に関する規制の適用を受けず、従前と同様に商標を利用することができます(法3条2項3号)。

商標として保護を受けることの利点等

原産地表示を商標として保護する手段としては、①通常の商標と、②地域団体商標の2つが考えられますが、民事的な救済を受けることができる点や、産品の品質管理義務がないこと等が、両手段に共通する地理的表示と比較した場合の利点です。

他方、商標は10年毎の登録更新が必要であるのに対して、地理的表示は初回の登録で足り、更新が不要であるとの違いがあります。

普通の商標としての原産地等の表示の保護

通常の商標として、原産地表示の保護を試みる場合、地域名と産品の組み合わせによる商標は普通名称による標章(商標法3条1項3号)に該当するとして、登録が認められない場合も少なくなく、その使用が全国的な周知性を獲得することが必要な場合が多いでしょう(商標法3条2項)。全国的な周知性を獲得した表示の例としては、「夕張メロン」や「西陣織」等があります。
加えて、地域名の表示が「品質誤認を生じるおそれがある商標」(商標法4条1項16号)に該当するかについても検討が必要です。

このように、普通の商標としての保護は、原産地等の表示を名称として保護する手段としては、ハードルが高いのですが、他方で、地理的表示法や地域団体商標では認められていない、図形等との結合商標を登録することができる可能性があるとの利点があります。

地域団体商標としての原産地等の表示の保護

地域団体商標については、普通に用いられる方法で表示された文字のみからなる地域名称と産品の普通名称又は慣用名称(あるいは、これらに、さらに「本場」、「名産」、「特産」等の表示を組み合わせた名称)が、保護の対象となります(商標法7条の2第1項)。これら名称についても、依然、周知性は要件とされていますが、その範囲は普通の商標の場合と比較して狭く、隣接都道府県における認識で足りるとされています。

また、地域名称は、産品の産地であること、役務の提供場所であること、その他これらに準じる程度の密接な関連性を有することが必要です(商標法7条の2第2項)。

なお、「普通に用いられる方法で表示する文字」とは、普通の態様で表示する文字標章であれば足りますので、標準文字のみに限定されておらず、多少のデザイン性を持たせることができます(例えば、商標登録5140387)。

地理的表示制度と比較した場合、民事的救済手段の有無等以外にも、監督官庁や、申請が可能な主体の範囲、登録可能な名称の範囲及び周知性の要否等の違いがあり、必ずしも、両制度による保護の範囲は重なるものではありません。そのため、万全を期すとのことであれば、両制度の併用も考慮に値するものと思われます。

地名を商品・役務に使用する場合の留意点

以上は、地理的表示について法的保護を受ける立場から検討してきましたが、このような制度の存在は、原産地等の地名を商品や役務に使用しようとする場合にリスクともなります。地名の使用によって法的責任が生じることを回避するためには、①特許庁において商標登録(通常の商標及び地域団体商標)の有無を確認することに加えて、②農林水産省において地理的表示の登録の有無を確認することが必要です。

今次改正の要点

改正点

平成28年12月26日、日本のTPP参加を受け一部改正された地理的表示法が施行されました。具体的な変更点としては、①日本と同等の地理的表示保護制度を有する外国との間における国際協定による地理的表示の相互保護を図ること(法23条から32条)及び②輸入業者に対し、輸入された不正表示産品の譲渡等を禁止したこと(法3条3項及び4条3項)の2点があります。

指定による相互保護

農林水産大臣は、次の3つの要件を充足する場合、外国で保護される地理的表示を、わが国でも保護すべく「指定」することができます(法23条1項柱書)。

①ある外国が、日本の地理的表示法と同水準の地理的表示保護制度を有していること(法23条1項1号イ)
②わが国と、その外国の地理的表示保護制度が、相互に、相手方国の地理的表示を保護する旨の条約等が締結されていること(法23条1項1号ロ)
③日本国又は当該制度で保護される日本の登録生産者団体による地理的表示の適切な保護の要請に対して、その外国における権限を有する機関が必要な措置を講ずると認められていること(法23条2項)

地理的表示法は、TPP関連法案に基づき改正されましたが、上記の各要件を充足する限り、相互保護の相手方国はTPP参加国に限られません。逆にTPP参加国であっても、上記要件を満たさなければ、相互保護規定は適用されません。

地理的表示の「指定」の手続及び効果は、概ね日本国内で登録をした場合と同様です。もっとも、外国の権利者は、品質管理義務を負わないことや、当該外国で保護の対象ではなくなったことが指定拒否事由として挙げられる(法29条1項2号ハ)等、指定の特性に応じた固有の規律も見られるところです。

輸入された不正表示産品の譲渡禁止

農林水産物等の輸入業者は、不正に、わが国で登録あるいは指定された地理的表示及びこれと類似する表示が付された①輸入産品(ただし、登録産品と同一区分に属するものに限ります。)及び②これを主原料又は材料として製造加工された産品を、譲渡、譲渡委託及び譲渡のために陳列することはできません(法3条3項及び30条)。

同様にGIマークについても、これが不正に使用された輸入産品等の譲渡等が禁止されています(法4条3項)。

これらの輸入不正表示産品の譲渡禁止規制に違反した場合には、農林水産大臣による措置命令の対象となり(法5条1号及び3号)、また、さらに命令に違反した場合には、刑事罰の対象となります(法39条及び40条)。

実務への影響

地理的表示法の改正により導入された相互保護制度は、わが国と外国との間の地理的表示の相互保護条約の締結・批准を前提としていますが、本記事公表日現在、このような条約は締結されていません。

加えて、同制度は、あくまでも外国において保護される地理的表示をわが国においても保護するものにすぎません。そのため、この度の改正により、直ちにわが国において登録された地理的表示の保護範囲が拡大するものでなく、実務への影響は現時点では大きくありません。

しかしながら、この度の改正により、相互保護の枠組みが整ったことから、今後、外国との間において、わが国と外国との間で地理的表示の相互保護条約がより締結・批准されやすい状況になったと評価することができるでしょう。わが国における地理的表示の登録のみで全世界的な保護が受けられるようになれば、今後、その原産地等の表示の保護の手段としての有用性が高まることが期待されます。

また、輸入された不正表示産品の譲渡禁止規制により、模倣品の排除に、新たな選択肢が増えました。悪質な違反業者には、措置命令及び刑事罰による二段構えのサンクションが課せられますので、地理的表示のより実効的な保護を図ることが可能となったといえます。登録団体商標等の違いも踏まえつつ、どのようにして、原産地等の表示を保護していくかを検討することが重要となります。
 

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(文責・松下)