令和4年5月31日、厚生労働省は、労働安全衛生規則等の一部を改正する省令を交付しました。すでに一部については施行がされており、令和6年4月1日に完全施行されます。
本稿では、本改正のポイントである「化学物質管理体系の見直し」「実施体制の確立」「情報伝達の強化」のうち、「化学物質管理体系の見直し」について説明します。
「実施体制の確立」「情報伝達の強化」に関しては、別稿にて解説しますので、そちらをご参照ください。
連載記事一覧
化学物質による労働災害防止のための新たな規制について
① 化学物質管理法制の全体像と労働安全衛生規則改正の背景・概要
② 化学物質管理体系の見直し
③ 実施体制の確立
④ 情報伝達の強化等
ポイント
骨子
- 化学物質の管理等について、従前の国による個別具体的な法令による規制が変更となり、事業者による自律的な管理が必要となります。
- リスクアセスメント対象物質が大幅に追加されます。
- 化学物質の管理体系について10項目の規制・方法等が挙げられました。
改正の概要
法律名 | 労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等 |
---|---|
法律番号 | 令和4年厚生労働省令第91号等 |
公布日 | 令和4年5月31日 |
施行日 | 令和5年4月1日または令和6年4月1日 |
解説
化学物質管理体系の見直し
今回の規則の改正以前においては、労働者が化学物質にばく露することによる健康障害を防止するため、石綿等管理使用が困難な物質(8物質)の使用・製造が禁止され、また、自主管理が困難で有害性が高い物質(123物質)について特別化学物質障害予防規則などの個別の規則により具体的な措置義務が課されていました。
今般、こうした国による特定の化学物質に対する個別具体的な規制から、国によるGHS分類(後述)で危険性・有害性が確認されたすべての化学物質について、事業者による自律的な管理を基軸とする規制体系へ移行することになります。これにより、事業者が措置を講じなければならない化学物質の範囲が大幅に拡大します。
また、従前は、上記のように国が個別の措置義務を課していた化学物質以外については、事業者は、一般的な措置義務を負うにとどまっていましたが、今後は、事業者は、国が定める化学物質に関する管理基準を達成するための手段・方法を自ら判断・選択していかなければならず、専門的な知識に基づき、適切な体系を構築・維持するとともに、適切な設備・器具を用意する必要があります。
さらに、ラベル表示やSDSによる通知の対象となる化学物質の範囲も拡大されます。
事業者による化学物質管理の具体的な規制項目については、厚生労働省のパンフレットでは、以下の各事項が挙げられています(対応条文は、特に記載のないものは労働安全衛生法、「規則」とあるのは労働安全衛生規則となります)。
規制項目 | 規則等対応条文 | |
---|---|---|
化学物質管理体系の見直し | ラベル表示・通知をしなければならない化学物質の追加 | 33条の2 |
ばく露を最小限にすること (ばく露を濃度基準値以下にすること) |
577条の2 | |
ばく露低減措置等の意見聴取、記録作成・保存 | 577条の2、577条の3 | |
皮膚等障害化学物質への直接接触の防止 | 594条、594条の2 | |
衛生委員会付議事項の追加 | 22条11号 | |
がん等の遅発性疾病の把握強化 | 97条の2第1項 | |
リスクアセスメント結果等に関する記録の作成保存 | 34条の2の7、34条の2の8 | |
化学物質労災発生事業場等への労働基準監督署長による指示 | 34条の2の10 | |
リスクアセスメントに基づく健康診断の実施・記録作成等 | 577条の2第6~9号 | |
がん原性物質の作業記録の保存 | 97条の2第2項 |
これまで努力義務にとどまっていたものが法的義務となったり、2024年4月1日から施行されるものもありますので、適用を受ける事業者としては、必要な設備・器具の手配や労働者・管理者の教育など、速やかに体系を整備する必要があります。
化学物質の管理について、事業者が適切な対応を怠ったことにより、労働者が健康被害を被った場合には、民事上、安全配慮義務違反として損害賠償義務が生じるだけでなく、刑事上、業務上過失致死傷罪を問われる可能性もありますので、ご注意ください。
① ラベル表示・通知をしなければならない化学物質の追加
労働安全衛生法(以下「安衛法」といいます)第57条の2第1項に基づき、ラベル表示や安全データシート(Safety Data Sheet:SDS)等による通知義務[1]の対象となる化学物質(リスクアセスメント対象物、[2])が大幅に追加されます(2024年4月1日施行)。
現在、ラベル表示やリスクアセスメントが義務付けられている化学物質は674物質ですが、「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」(The Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals:GHS)[3]に基づき危険性・有害性があると確認された化学物質(約2900物質)が順次追加[4]される予定です。
現在、ラベル表示・SDS交付が努力義務に止められている化学物質についても、順次法的義務の対象となることから、適切な表示・通知がなされているか、確認が必要です。
② 化学物質へのばく露を最小限度にすること(ばく露低減措置)
事業者は、リスクアセスメント対象物を製造し、または取り扱う事業場において、労働者がリスクアセスメント対象物にばく露される程度を最小限にしなければなりません(労働安全衛生規則(以下「改正規則」といいます)第577条の2第1項)(2023年4月1日施行)。
改正規則第577条の2では、ばく露低減措置の具体的な方法として次の方策が例示されています。
ⅰ代替物等を使用する
ⅱ発散源を密閉する設備、局所排気装置または全体換気装置を設置し、稼働する
ⅲ作業の方法を改善する
ⅳ有効な呼吸用保護具を使用させる
また、リスクアセスメント対象物のうち、厚生労働大臣が定める「濃度基準値設定物質」については、労働者がばく露される程度を、「濃度基準値」以下とするように義務づけられます(改正規則第577条の2第2項)(2024年4月1日施行)。
なお、リスクアセスメント対象物以外の物質についても、労働者がばく露 される程度を最小限にするよう努力義務が課されています(改正規則第577条の3)(2023年4月1日施行)。
事業者としては、単に排気装置や換気装置を設置したり、保護具を備え置くだけでなく、正しい使用方法や適切なメンテナンスについて、労働者に説明、研修を行うことが重要となります。
裁判例では、化学物質へのばく露により労働者が化学物質過敏症に罹患したことについて、保護マスクやゴーグルの着用を指示すべきであったことを理由の一つとして、事業者の安全配慮義務違反を認めたものがあります(大阪地判平成18年12月25日)。
③ ばく露低減措置等の意見聴取、記録作成・保存
事業者は、講じたばく露低減措置(②)等について、適切なものであったか、また、正確に理解されているか等、関係労働者から意見を聴取する機会を設けなければなりません(改正規則第577条の2第10項)(2023年4月1日施行)(濃度基準値設定物質(②参照)については、2024年4月1日施行)。
また、講じたばく露低減措置の状況、労働者のばく露状況、労働者の氏名・作業概要・従事期間・意見聴取状況について、1年内毎に定期的に記録を作成し保存(通常3年間、がん原生物質は30年間)するとともに、その内容を労働者に周知する必要があります(改正規則第577条の2第11項)。
④ 保護具の使用による皮膚等障害化学物質への直接接触の防止
事業者は、皮膚や目に障害を与えるおそれ、皮膚から吸収され・皮膚に侵入して健康障害を生ずるおそれがあることが明らかな化学物質または化学物質を含有する製剤を製造し、または取り扱う業務に労働者を従事させるときは、不浸透性の保護衣や保護手袋、履物、保護眼鏡等適切な保護具を使用させる必要があります (改正規則第594条の2第1項)。
2023年4月1日から努力義務となっていましたが、2024年4月1日からは法的義務となりますので、注意が必要です。
また、上記の健康障害を生ずるおそれがないことが明らかなもの以外の化学物質等に関しては、労働者に適切な保護具を使用させることよう努力義務が課されます(改正規則第594条の3)(2023年4月1日施行)。
事業者としては、保護具等を備え置くだけでなく、正しく使用する必要があることを労働者に周知しなければいけません(改正規則第594条第2項)。
⑤ 衛生委員会の付議事項の追加
衛生委員会の付議事項に次の事項が追加され、化学物質の自律的な管理の実施状況の調査審議を行うことが義務付けられます(改正規則第22条第11項)(ⅰは2023年4月1日施行、ⅱ~ⅳは2023年4月1日施行)。
ⅰ労働者がリスクアセスメント対象物にばく露される程度の低減措置
ⅱ濃度基準値設定物質についての基準値以下とするための措置
ⅲリスクアセスメントの結果に基づき事業者が実施する健康診断、その結果に基づく措置
ⅳ濃度基準値を超えてばく露したおそれがあるときに実施した健康診断、その結果に基づく措置
なお、衛生委員会(労働者数50人以上で設置義務あり)を設置していない事業者は、安全・衛生に関して関係労働者の意見を聴取する機会を設けなければならないため注意が必要です(改正規則第23条の2)。
⑥ がん等の遅発性疾病の把握強化
事業者は、化学物質等を製造し、または取り扱う同一事業場において、1年以内に2人以上の労働者が同種のがんに罹患したことを把握したときは、その罹患が業務に起因する可能性について、遅滞なく、医師の意見を聴かなければなりません(改正規則第97条の2・第1項)(2023年4月1日施行)。
そして、医師が労働者のがん罹患が業務に起因するものと疑われると判断したときは、遅滞なく、化学物質の名称や当該労働者の業務内容・期間等を所轄都道府県労働局長に報告しなければなりません(改正規則第97条の2・第2項)。
⑦リスクアセスメント等に関する記録の作成・保存、労働者への周知
リスクアセスメントの結果等について記録を作成し保存(次回リスクアセスメント実施まで3年以上)するとともに、関係労働者に周知しなければなりません(改正規則第34条の2の8)(2023年4月1日施行)。
⑧ 化学物質労災発生事業場等への労働基準監督署長による指示
労働災害の発生またはそのおそれのある事業場について、労働基準監督署長が、化学物質の管理が適切に行われていない疑いがあると判断した場合は、事業者に対し改善を指示することができます(改正規則第34条の2の10第1項)(2024年4月1日施行)。
改善指示を受けた事業者は、化学物質管理の専門家(厚生労働大臣告示にて要件が示される予定)から、管理状況の確認と望ましい改善措置に関する助言を受けたうえで、1か月以内に改善計画を作成し(3年間保存)、改善措置を実施労するとともに、働基準監督署長に報告しなければなりません(改正規則第34条の2の10第2項~第6項)。
⑨ リスクアセスメントに基づく健康診断の実施、記録作成等
事業者は、リスクアセスメントの結果に基づき、関係労働者の意見を聴き、必要があると認めるときは、医師・歯科医師による健康診断を行い、その結果に基づき必要な措置を講じなければなりません(改正規則第577条の2第3項~第4項、第8項~第9項)(2024年4月1日施行)。
健康診断の記録(リスクアセスメント対象物健康診断個人票)は5年間(がん原性物質に関する健康診断は30年間)保存しなければなりません(改正規則第577条の2第5項)。
裁判例では、化学物質へのばく露により労働者が化学物質過敏症に罹患したことについて、健康診断を通じた適切な健康管理を怠ったことを理由の一つとして、事業者の安全配慮義務違反を認めたものがあります(東京地八王子支判平成17年3月16日)。
⑩ がん原性物質の作業記録の保存
リスクアセスメント対象物のうち、労働者にがん原性物質を製造し、 または取り扱う業務を行わせる場合は、その業務の作業歴を記録し、30年間保存しなければなりません(改正規則577条の2第11項)。
コメント
今回解説した改正事項は、化学物質を製造し、または取扱う事業者に広く適用されるものであり、従来の制度に比して、事業者として決して少なくない対応を義務付けられるものとなります。
本文でも述べたとおり、化学物質の適切な管理を怠った場合には、民事上の損害賠償責任を問われるとともに、刑事上の業務上過失致死傷罪にも問われる可能性がありますので、改正の要点を正しく理解するとともに、速やかに体制を整備する必要があります。
脚注
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[1]ラベル表示やSDSでの通知方法・内容等については、別稿をご参照ください。
[2]リスクアセスメント対象物とは、安衛法第57条の3により、リスクアセスメントの実施が義務づけられている危険・有害物質を示します。
[3]GHSとは、2003年7月に国際連合から公表された「化学品の分類および表示に関する世界調和システム(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)」のことであり、国際的に調和された基準により化学品の危険有害性に関する情報をそれを取り扱う人々に伝達することで、健康と環境の保護を行うこと等を目的とした国連文書です。安衛法においては、表示及び通知対象物について、ラベル表示及びSDSの交付が義務付けられ、表示又は通知する事項が定められていますが、GHSに基づくJIS規格 (JIS Z 7252/JIS Z 7253)に準拠して作成されたラベル及びSDSであれば、当該規定を遵守したものとなります。
[4]追加予定の化学物質については、独立行政法人労働者健康安全機構の労働安全衛生総合研究所サイトをご参照ください。
本記事に関するお問い合わせはこちらから。
(文責・平野)
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② 化学物質管理体系の見直し
③ 実施体制の確立
④ 情報伝達の強化等