知的財産高等裁判所第3部(大鷹一郎裁判長)は、本年(2016年)1月29日、リレーショナルデータベースの著作権侵害の認定において、リレーショナルデータベースの著作物に求められる創作性の程度、創作性認定における考慮要素、複製・翻案の認定における本質的特徴の直接感得可能性の判断手法などを示す判決をしました。
本判決は、リレーショナルデータベースの特質を考慮し、詳細な判断手法を示している点で、参考になると思われます。
ポイント
骨子
- 著作権法12条の2第1項は,データベースで,その情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものは,著作物として保護する旨規定しているところ,情報の選択又は体系的構成について選択の幅が存在し,特定のデータベースにおける情報の選択又は体系的構成に制作者の何らかの個性が表れていれば,その制作過程において制作者の思想又は感情が移入され,その思想又は感情を創作的に表現したものとして,当該データベースは情報の選択又は体系的構成によって創作性を有するものと認めてよいものと解される。
- リレーショナルデータベースにおいては,データベースの一部分を分割して利用することが可能であり,また,テーブル又は各テーブル内のフィールドを追加したり,テーブル又はフィールドを削除した場合であっても,既存のデータベースの検索機能は当然に失われるものではなく,その検索のための体系的構成の全部又は一部が維持されていると評価できる場合があり得るものと解される。
- 以上を前提とすると,被告CDDBが原告CDDBを複製ないし翻案したものといえるかどうかについては,まず,被告CDDBにおいて,原告CDDBのテーブル,各テーブル内のフィールド及び格納されている具体的な情報(データ)と共通する部分があるかどうかを認定し,次に,その共通部分について原告CDDBは情報の選択又は体系的構成によって創作性を有するかどうかを判断し,さらに,創作性を有すると認められる場合には,被告CDDBにおいて原告CDDBの共通部分の情報の選択又は体系的構成の本質的な特徴を認識可能であるかどうかを判断し,認識可能な場合には,その本質的な特徴を直接感得することができるものといえるから,被告CDDBは,原告CDDBの共通部分を複製ないし翻案したものと認めることができるというべきである。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
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判決言渡日 | 平成28年1月29日 |
事件番号 | 平成26年(ネ)第10038号 |
事件名 | 著作権侵害差止請求控訴事件 |
原判決 | 東京地方裁判所平成21年(ワ)第16019号 |
裁判官 | 裁判長裁判官 大 鷹 一 郎 裁判官 田 中 正 哉 裁判官 神 谷 厚 毅 |
解説
創作性とは
著作権法における創作性とは、著作物の成立要件のひとつであり、表現が、創作者の個性を発揮したものといえることをいいます。一般的には、高度な芸術性や独創性、新規性は求められませんが、どのような場合に創作性が認められるかは、著作物の種類や性質によって異なります。
データベースの著作物とは
著作権法2条1項10号の3は、「データベース」を以下のとおり定義しています。
論文、数値、図形その他の情報の集合物であつて、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう。
要するに、コンピュータで検索可能になるように体系的に整理されたデータの集合体がデータベースといえます。
データベースそのものは、あくまでデータの集合体で、実際に検索などを行うためのプログラムは、著作権法上、プログラムの著作物(著作権法10条1項9号)として保護されます。
ちなみに、プログラムについては、著作権法2条1項10号の2に以下の定義が置かれています。
電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。
著作権法12条の2は、データベースについて以下のとおり規定し、「その情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有する」ことを要件として保護の対象としています。
(データベースの著作物)
第十二条の二 データベースでその情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。
2 前項の規定は、同項のデータベースの部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。
データベースが保護されるためには、「情報の選択又は体系的な構成」によって創作性が認められれば足りますので、格納されているデータの内容に創作性が認められる必要はありません。
リレーショナル・データベースとは
リレーショナルデータベースとは、いわゆるリレーショナルモデルに基づいて設計されるデータベースで、データベースの種類としては、現在最も一般的に利用されています。一般には、テーブルといわれる1つまたは複数の表にデータが格納され、互いの表を連結することで多様な構成のデータ抽出を可能にしています。
個々の表は、縦横の列と業からなり、フィールドと呼ばれる縦の列によって格納されるデータが定義され、横の列は、各フィールドに格納されたデータの組合せからなる1件のデータ単位であるレコードを構成します。例えば、社員データの場合、社員番号、氏名、住所などの各要素がフィールドを構成し、ある社員についてのこれらのデータの組合せがレコードを構成します。
さらに、リレーショナルデータベースでは、別途販売実績などの表も設け、それを社員番号などの一意なデータで社員のデータと紐づけることができます。この場合の一意なデータはキーと呼ばれ、あるレコードを識別する上で主となるキーは主キーと呼ばれます。
リレーショナルデータベースもコンピュータで検索可能になるように体系的に整理されたデータの集合体ですので、著作権法12条の2第1項により、データベースの一種として、「情報の選択又は体系的な構成」によって創作性が認められれば著作物として保護を受けられることとなります。
複製と翻案
複製とは
著作権法上保護を受けられる著作物については、著作権法21条以下に規定される利用行為について、著作権者がその権利を専有します。ここに規定される各権利を支分権といい、複製権は著作権法21条に、翻案権は同法27条に規定されています。
「複製」の意味について、著作権法2条1項15号は以下のとおり規定しています。
印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい、次に掲げるものについては、それぞれ次に掲げる行為を含むものとする。
イ 脚本その他これに類する演劇用の著作物 当該著作物の上演、放送又は有線放送を録音し、又は録画すること。
ロ 建築の著作物 建築に関する図面に従つて建築物を完成すること。
「有形的に再製する」とは、紙やデジタルメディアなど何らかの媒体に、再生可能な状態で固定することをいいます。要するに、形のあるコピーを作ることと考えればよいでしょう。
これに対し、例えば言語の著作物である本を朗読したり、音楽の著作物を演奏したりする場合は、録音をしなければ形あるコピーは残りません。このような行為は、無形的再生と呼ばれます。
複製といえるためには、上述の有形的に再製された物が、原著作物に依拠し、かつ、原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものであることが必要だといわれています。
翻案とは
有形的な再製物が生まれる利用形態としては、複製以外に翻案があります。著作権法は、翻案という語の定義を置いていませんが、以下の規定から、翻訳、編曲、変形、脚色、映画化などが含まれます。
(翻訳権、翻案権等)
第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。
翻案の意味について、最高裁判所は、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうと定義しています(最一判平成13年6月28日民集55巻4号837頁「江差追分」事件)。
複製と翻案
上述のとおり、複製も翻案も、原著作物への依拠性と、原著作物の本質的特徴の直接感得可能性を成立要件としており、両者の相違は、翻案の成立のためには、「新たに思想又は感情を創作的に表現することにより」「別の著作物」を創作したといえることが必要になる点にあります。つまり、翻案においては、原著作物にない創作的表現が加えられることが必要とされるのです。
逆にいえば、原著作物の表現に修正、増減、変更等が加えられたとしても、創作的表現が新たに加えられるに至らない場合には、なお複製に該当するものといえます。つまり、複製の概念は、いわゆるデッドコピーにとどまるものではなく、原著作物に依拠し、かつ、原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる物を有形的に再製する行為であって、新たな創作的表現を加えるに至らないものが広く含まれるといえます。
事案の概要
本件の原告のシステムは、もともと翼システム株式会社が制作した旅行業社向けシステムで、検索及び行程作成業務用データベースを含んでいました(判決では「原告CDDB」と呼ばれています。)。
同システムの著作権は、株式会社ブロードリーフ(旧商号:アイ・ティー・エックス翼ネット株式会社)に譲渡され、当初は同社が本訴訟の原告となっていましたが、その後同社はシー・ビー・ホールディングス株式会社によって吸収合併され、同社が訴訟を承継しました。さらに、同社は、その後商号を株式会社ブロードリーフに変更しています(以下表記を単純化するために、特に必要がない限り、旧原告と訴訟承継人を区別せず「原告」といいます。)。
被告は「旅 nesPro(旅ネスプロ)」と呼ばれる旅行業者向けシステムを製造販売する会社と、その役員ないし従業員らです。被告となった役員や従業員には、原告のもと役員や従業員が含まれています。「旅 nesPro」には、時期等によってバージョンが異なるものの、やはり検索及び行程作成業務用データベースが含まれており(判決では「被告CDDB」と呼ばれています。)、その製造販売が原告CDDBについての原告の著作権を侵害するかが争われました。
原告は、被告らに対し、著作権侵害を理由に、被告CDDBの複製、翻案等の差止め及び被告CDDBを格納したCD-ROM等の記録媒体の廃棄等を求めるとともに、損害賠償として9億円余りの支払いを求めました。
判決の要旨
データベースの著作物に求められる創作性の程度
判決は、リレーショナルデータベースの著作権侵害の認定を行うにあたり、まず、データベースの著作物が成立するための創作性の程度として、「情報の選択又は体系的構成について選択の幅が存在し、特定のデータベースにおける情報の選択又は体系的構成に制作者の何らかの個性が表れていれば」足りるとの考え方を示しました。これは、近年有力になっている選択の幅論に基づいた考え方であるといえます。
著作権法12条の2第1項は,データベースで,その情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものは,著作物として保護する旨規定しているところ,情報の選択又は体系的構成について選択の幅が存在し,特定のデータベースにおける情報の選択又は体系的構成に制作者の何らかの個性が表れていれば,その制作過程において制作者の思想又は感情が移入され,その思想又は感情を創作的に表現したものとして,当該データベースは情報の選択又は体系的構成によって創作性を有するものと認めてよいものと解される。
リレーショナルデータベースの創作性の判断要素
上記一般論を受けて、判決は、さらにリレーショナルデータベースの創作性判断の考え方を示します。ここでは、以下のとおり、①テーブルの内容(種類及び数)、②各テーブルに存在するフィールド項目の内容(種類及び数)、③テーブル間の関連付け(リレーション)の態様、④正規化がもたらす意義、⑤正規化の程度などが考慮要素として摘示されています。
リレーショナルデータベースにおける体系的構成の創作性を判断するに当たっては,データベースの体系的構成は,情報の集合物から特定の情報を効率的に検索することができるようにした論理構造であって,リレーショナルデータベースにおいては,テーブルの内容(種類及び数),各テーブルに存在するフィールド項目の内容(種類及び数),どのテーブルとどのテーブルをどのようなフィールド項目を用いてリレーション関係を持たせるかなどの複数のテーブル間の関連付け(リレーション)の態様等によって体系的構成が構築されていることを考慮する必要があるものと解される。また,リレーショナルデータベースにおいては,一般に,各テーブル内に格納されるデータの無駄な重複を減らし,検索効率を高めるために,フィールド項目に従属関係を設定して,新たなテーブルを設けたり,テーブル内に格納されているデータの更新を行う際にデータ間に不整合が起こらないようにするために,関連性の高いデータ群だけを別のテーブルに分離させるなどの正規化が行われており,その正規化の程度にも段階があることから,正規化がもたらす意義や正規化の程度についても考慮する必要があるものと解される。
複製及び翻案の意味
次に、判決は、以下のとおり、著作権法にいう複製や翻案の意味を示します。これは、ごく一般的な考え方を示したものといえます。
複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製することをいい(著作権法2条1項15号),著作物の複製(同法21条)とは,当該著作物に依拠して,その表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを有形的に再製する行為をいうものと解される。また,著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解される(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
また、判決は、以下のとおり述べ、リレーショナルデータベースにおいては、テーブルの構成や個々のテーブルの構造に変更があっても、検索のための体系的構成の全部または一部が維持されていることがあり得ることを判示しました。
リレーショナルデータベースにおいては,データベースの一部分を分割して利用することが可能であり,また,テーブル又は各テーブル内のフィールドを追加したり,テーブル又はフィールドを削除した場合であっても,既存のデータベースの検索機能は当然に失われるものではなく,その検索のための体系的構成の全部又は一部が維持されていると評価できる場合があり得るものと解される。
リレーショナルデータベースの複製・翻案の判断方法
続いて、判決は、上記の検討結果をもとに、リレーショナルデータベースの複製・翻案の認定における本質的特徴の直接感得可能性の判断手法として、以下のとおり、①被告データベースにおいて、原告データベースのテーブル、各テーブル内のフィールド及び格納されている具体的な情報(データ)と共通する部分があるかどうかを認定し、次に、②その共通部分について原告データベースは情報の選択又は体系的構成によって創作性を有するかどうかを判断し、さらに、③創作性を有すると認められる場合には、被告データベースにおいて原告データベースの共通部分の情報の選択又は体系的構成の本質的な特徴を認識可能であるかどうかを判断する、という手順を採用することを示しました。このようにまず共通点を認定してから著作物性を判断する手法は「濾過テスト」と呼ばれ、上述の江差追分事件最判もこの方法を採用したものといわれています。
以上を前提とすると,被告CDDBが原告CDDBを複製ないし翻案したものといえるかどうかについては,まず,被告CDDBにおいて,原告CDDBのテーブル,各テーブル内のフィールド及び格納されている具体的な情報(データ)と共通する部分があるかどうかを認定し,次に,その共通部分について原告CDDBは情報の選択又は体系的構成によって創作性を有するかどうかを判断し,さらに,創作性を有すると認められる場合には,被告CDDBにおいて原告CDDBの共通部分の情報の選択又は体系的構成の本質的な特徴を認識可能であるかどうかを判断し,認識可能な場合には,その本質的な特徴を直接感得することができるものといえるから,被告CDDBは,原告CDDBの共通部分を複製ないし翻案したものと認めることができるというべきである。
判決は、以上の基準のもと、具体的な事実認定を行い、相当程度が共通しているとの認定をし、結論として、著作権侵害を認めました。
コメント
本判決は、リレーショナルデータベースの構造上の特質を考慮し、著作物性及び複製・翻案の成否の認定について、詳細な判断手法を示している点で、今後の実務の指針となります。また、詳細になりすぎるため本稿では割愛しましたが、具体的な事実認定も参考になります。
なお、上述のとおり、本判決は、データベースの著作物性について、データ構造を基礎に判断する考え方を採用していますが、本判決の約2か月後の判決である知財高判平成28年3月23日平成27年(ネ)10102号字幕制作用ソフトウェア事件は、以下のように述べて、格納されたデータも判断要素としているように読めます。
(原告がデータベースの著作物であると主張するTemplate.mdbは)情報の項目が定められているだけであり,選択されて入力すべき情報それ自体が格納されていないから,コンピュータが検索できる情報の集合物を有していない。しかも,これら項目も,各テーブルに並列的に区分けされているだけであり,このテーブル間に何らかの関係があるわけでもない。したがって,Template.mdbをデータベースの著作物として観念することはできない
この事件では、原告が原審でデータベースに著作物性がないことを認めていたにもかかわらず、控訴審で主張を変遷させたという事情があり、裁判所が正面からデータベースの著作物性の判断手法について検討したわけではないと思われますが、参考になるため紹介します。
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(文責・飯島)