ロシア連邦の知的財産法に関する法制度・概要をシリーズで紹介していきたいと思います。第1回となる今回は、ロシア知的財産法の体系を紹介します。

なお、本稿で引用するロシア民法の日本語訳文は、特許庁による和訳を利用しています。

 

概要

  • ロシアは、パリ条約、ベルヌ条約、マドリッド協定、TRIPS協定、万国著作権条約など、知的財産権に関する主要な条約に加盟しており、2008年以降、ロシア民法に知的財産法に関する規定が置かれています。
  • ロシアの知的財産法は、(1) 著作権、著作隣接権、特許権、識別手段(商号、商標等)、営業秘密といった財産的権利(専有権)のほか、(2) 創作者人格権、氏名表示権といった非財産的人格権、そして、(3) 追及権、接近権といった日本法には見られない権利も知的財産権として保護しています。
  • また、ロシアの著作権制度は、著作者の一身専属的権利として追求権を認めており、美術品などが転売された場合にも著作者が一定の報酬を得られるようになっています。
  • ロシアにおける知的財産権のクリアランスに関して留意すべきこととして、知的財産権の譲渡やライセンスは、書面によって契約し、かつ、国家登録を経由しなければ効力を生じません。

 

ロシアにおける知的財産権とは

ロシアは、多くの先進国と同様に、工業所有権の保護に関するパリ条約、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約、標章の国際登録に関するマドリッド協定、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)、万国著作権条約といった、知的財産権に関する主要な条約に加盟しており、これらの条約に基づいて国内法制を整備しています。

ロシア民法1225条は、著作物や発明、意匠、新品種、集積回路の配置設計、商号、商標、営業秘密等、さまざまな知的活動の成果及び識別手段を知的財産として規定しています。

また、ロシア民法1226条は、知的財産権を以下のとおり定義し、上記の知的活動の成果及び識別手段について、(1) 排他的権利、(2) 非財産的人格権、(3) その他の権利(追及権、接近権等)を認めています。

知的財産権は,知的活動の成果及び当該成果と同視される識別手段(知的活動の成果及び識 別手段)について認められるものであり,当該権利は,専有権である排他的権利並びに本法に定める非財産的人格権及びその他の権利(追及権,接近権等)も含む。

 

ロシアの知的財産法の体系

ロシア知的財産法の保護対象

ロシアの知的財産法は、かつては、日本と同様、個別法により規定されていましたが、法改正により、2008年以降、ロシア民法第4部(知的活動の成果及び識別手段に対する権利)に一体化されました。現在、ロシアの民法は、著作権及び著作隣接権、特許権、意匠権、商標権などの関連分野を規律し、法的保護の根拠を付与する根拠法令となっています。

ロシアの知的財産法の保護対象は、民法第1225条に列挙されています。これを権利の種別に従って整理すると、以下のとおりとなります。

著作権 学術、言語及び美術の著作物 、コンピュータプログラム、データベース
著作隣接権 データベース、実演、レコード 、テレビ若しくはラジオ放送又は有線テレビ放送
特許権 発明、実用新案、意匠、新品種、集積回路の配置設計
識別手段 商号、商標及びサービスマーク、原産地呼称、取引名
営業秘密 営業秘密(ノウハウ)

 

権利の種別

ロシアの知的財産法は、上記の知的財産について、以下の各権利を認識しています。

 

排他的権利

一つ目は、排他的権利です。ロシア民法1229条1項は以下のとおり規定しており、これに基づいて、権利者は,他人が知的活動の成果又は識別手段を使用することを自己の裁量で許諾し又は禁止することができ、また、使用を許諾することによって利益を得ることができます。一般に、権利者が明瞭に禁止しないことをもって,同意(許諾)とされることはないと考えられています。

知的活動の成果又は識別手段に対する排他的権利を有する市民又は法人(権利者)は,あらゆる合法的方法で自己の裁量で,当該成果又は当該手段を使用する権利を有するものとする。 権利者は,本法に別段の定めがない限り,知的活動の成果又は識別手段に対する排他的権利を処分することができる(第1233条)。 権利者は,他人が知的活動の成果又は識別手段を使用することを自己の裁量で許諾し又は禁止することができる。禁止しないことをもって,同意(許諾)とされることはない。他人は,本法に定める場合を除き,権利者の同意なく,各知的活動の成果又は識別手段を使用してはならない。権利者の同意を得ずに行われる知的活動の成果又は識別手段の使用(本法に定める方法による使用を含む。)は,権利者の同意を得ることなく権利者以外の者が当該成果又は手段を使用することが本法上認められている場合を除き違法であるものとし,本法及び他の法令に定める責任を負うものとする。

ロシア民法1232条第1項第1文は以下のとおり規定し、排他的権利が認められるために、ロシアの知的財産当局(ロスパテント)に国家登録されることを条件としています。具体的にこの規定が適用されるのは、特許権・識別手段である商号権、商標権及びサービスマーク、原産地呼称、取引名です。

本法に規定する場合は,知的活動の成果又は識別手段に対する排他権は,国家登録を受けることを条件として,確認されかつ保護される。

ロシア民法第1259条第4項は以下のとおり規定し、著作権の排他的権利は、国家登録その他の行政手続なくして認められます。ただし、コンピュータプログラム及びデーターベースの著作物は、権利者の裁量によって上記のロスパテントにおいて国家登録を受けることができます。コンピュータプログラムまたはデータベースの国家登録を受けると、ロスパテントに証明書が交付されますが、当該証明書の使途は、権利を証明することに限られます。

著作権の発生,具現化及び保護のためには,著作物の登録のみならずいかなる方式の履行も要しない。コンピュータプログラム及びデータベースは,本法第1262条の規定に基づき,権利者の裁量で登録することができる。

非財産的人格権

2つ目は、非財産的権利である人格権です。ロシア民法第1228条2項は以下のとおり規定し、創作者人格権が知的活動の成果の創作者に属すること、そして、定めがある場合には、氏名表示権及びその他の非財産的人格権も創作者に帰属することが定められています。創作者の創作者人格権、氏名表示権及び他の非財産的人格権は、不可譲かつ移転不能となっています。また、これらの権利の放棄は無効です。

創作者人格権は,知的活動の成果の創作者に属し,かつ,本法に定めがある場合には, 氏名表示権及びその他の非財産的人格権も創作者に帰属する。創作者の創作者人格権,氏名表示権及び他の非財産的人格権は,不可譲かつ移転不能とする。これらの権利の放棄は無効である。創作者人格権及び氏名表示権は,無期限に保護されるものとする。創作者の死後は,創作者の創作者人格権及び氏名表示権は,本法第1267条第2項及び第1316条第2項に定める場合を除き,利害関係人によりこれを維持することができる。

 

その他の権利

上記に加えて、ロシア法は、追及権、接近権など、日本法には見られない権利も認識しています。

ロシア民法1293条は以下のとおり規定し、美術の原著作物や、言語の著作物及び音楽の著作物にかかる原稿の原作品について、追及権を認めています。追及権とは、いったん著作物が流通に乗った後も、その再販売において一定の金銭を得ることができる権利とされています。日本法上は、類似の権利として、劇場用映画に関する頒布権がありますが、一般的には認められていない権利といえます。この追及権は譲渡不能ですが,排他的権利の存続期間中は著作者の相続人に承継されます。

1. 美術の原著作物の譲渡が著作者により行われた場合は,著作者は,特定の原著作物が媒体としての法人又は個人事業者(なかんずく競売企業,画廊,美術展又は美術商)の参加を得て再び売られるごとに,報酬として,再販売価格から一定の支払を売り手から受ける権利を有する(芸術家の再販売権/追及権)。報酬金額並びにその支払の条件及び手続は,ロシア連邦政府により決定されるものとする。

2. 著作者は,言語の著作物及び音楽の著作物に係る(著作者自身が執筆した)原稿の原作品についても,追及権を有するものとする。

3. 追及権は譲渡不能であるが,排他的権利の存続期間中は著作者の相続人に承継されるものとする。

また、ロシア民法1292条は、以下のとおり規定し、造形美術や建築の著作物について、接近権を認めています。これも、日本法上認識されていない権利です。

1. 造形美術の著作物の著作者は,当該著作物の原作品の所有者に対して,自己の著作物の複製権を行使する可能性を与えるよう請求する権利(「接近権」)を有するものとする。但し,当該原作品の所有者に対し当該原作品を著作者に送付するよう請求することはできない。

2. 建築の著作物の著作者は,当該著作物の原作品の所有者に対して,契約に別段の定めがない限り,当該原作品の写真撮影及びビデオ録画を行うことを可能とするよう請求する権利を有するものとする。

 

権利譲渡・ライセンスと注意事項

権利の処分

権利者は,知的財産すなわち知的活動の成果又は識別手段に係る自己の排他権について、その全部または一部を譲渡することができ、また、第三者にライセンスを与えることができます。ロシア民法上、権利の譲渡とライセンスは、権利の処分として、同法1233条1項において以下のとおり規定されています。

権利者は,自己に帰属する知的活動の成果又は識別手段に係る排他的権利を,排他的権利の性質に応じた正当な方法(契約(排他的権利の譲渡に関する契約)に基づく他人への権利 譲渡又は契約(使用許諾契約)に定める条件に基づく各知的活動の成果又は識別手段に係る利用権の他人への提供を含む。)により処分することができる。 使用許諾契約の締結そのものは,使用許諾を受けた者へ排他的権利を移転する効果を生ぜしめないものとする。

ロシア民法1236条1項は、通常(非独占的)使用許諾と専用使用許諾の2種類のライセンス契約を規定しています。

  1. 通常(非独占的)使用許諾:権利者が他人に対し使用許諾を付与する権利の留保を伴う,知的活動の成果又は識別手段を利用する権利
  2. 専用使用許諾:権利者が他人に対し使用許諾を付与する権利の留保を伴わない,知的活動の成果又は識別手段を利用する権利

 

留意事項

ロシア法上の知的財産に対する排他的権利について譲渡契約をし、またはライセンス契約を締結するにあたって留意すべきこととして、書面による契約が必要であることと、国家登録が要求される場合があります。これらの手続をしない場合、当該契約が無効になります。

まず、譲渡について、ロシア民法1234条2項は、以下のとおり規定しています。

排他権の譲渡に係る契約は,書面により締結されなければならない。この書面要件の不遵守は,契約を無効にする。排他権を移転する契約は,本法第1232条に規定する手続に基づく国家登録を受けなければならない。

ライセンス契約については、ロシア民法第1235条2項が以下のとおり規定しています。

本法に別段の定めがない場合は,ライセンス許諾契約は書面により行うものとする。書面方式を遵守しない場合は,ライセンス許諾契約は無効になる。知的活動の成果又は識別手段を利用する権利を付与した場合は,ライセンス許諾契約は,本法第1232条に規定する状況及び手続に従って国家登録の対象となる。

上記のロシア民法第1235条第2項でいう「別段の定め」に該当するのは、民法第1286条第2項で定められる著作物の利用権を付与するためのライセンス契約を指します。その規定の内容は以下のとおりです。

ライセンス許諾契約は,書面により行うものとする。定期刊行物において著作物を使用す る権利を付与する契約は,口頭により締結することができる。

排他的権利の譲渡またはライセンス契約のいずれかの契約を締結する際には、国家登録を受けなければいけません。この要件が要求されるのは特許権・識別手段である商号権、商標権及びサービスマーク、原産地呼称、取引名です。著作権の場合は登録が不要ですが、コンピュータプログラム及びデータベースに関して国家登録を受けている場合には登録が必要となりますので、この点も留意を要します。

 

終わりに

以上、ロシア知的財産法の概要を紹介しました。今後、著作法、特許法、商標法等、各制度について実務的な観点から紹介していきます。   

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(文責 アザマト・シャキロフ)