著作権をめぐる投稿が続きますが、もう1件、興味深い判決を紹介します。

ポイント

本年(平成28年)4月27日、東京地方裁判所において、工業製品の著作物性が争われた事件の判決がありました。対象物は幼児用の練習箸(「エジソンのお箸」)で、幼児が食事をしながら正しい箸の持ち方を容易に習得できるようデザインされたものでした。訴訟では、こういった工業製品の機能的なデザインが著作権法で保護されるかが争点となったところ、判決は、以下のように述べて、著作物と意匠を峻別する伝統的な立場を維持しました。

  • 実用に供される機能的な工業製品ないしそのデザインは,その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り,著作権法が保護を予定している対象ではなく,同法2条1項1号の「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」に当たらないというべきである。
  • 原告は,実用に供される機能的な工業製品やそのデザインであっても,他の表現物と同様に,表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば,創作性があるものとして著作物性を肯認すべきである旨主張するけれども,著作権は原則として著作者の死後又は著作物の公表後50年という長期間にわたって存続すること(著作権法51条2項,53条1項)などをも考慮すると,上述のとおり現行の法体系に照らし著作権法が想定していると解されるところを超えてまで保護の対象を広げるような解釈は相当でない。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事29部
判決言渡日 平成28年4月27日
事件番号 平成27年(ワ)第27220号
裁判官 嶋 末 和 秀(裁判長)
笹 本 哲 朗
天 野 研 司

解説

著作物とは

本件で争われたのは、工業製品のデザインに著作物性が認められるか、ということです。この点に関し、著作権法2条1項1号は、「著作物」を以下のように定義しています。

思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

この要件を満たすためには、(1) 「思想又は感情」の表現であること、(2) 「創作」性があること、(3) 「表現」であること、(4) 「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」こと、が必要であると解されています。
工業製品の著作物性について問題となるのは、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」という要件です。

応用美術をめぐる伝統的な考え方

美的鑑賞の対象としての純粋美術品に対し、実用に供される美的創作物は、「応用美術」と呼ばれ、著作物性が認められるか否かが内外で争われてきました。
我が国の裁判例は、伝統的に、専ら鑑賞の対象となる純粋美術にのみ著作物性が認められ、工業製品が著作物性を有するのは、著作権法上明示的に著作物性が認められている「美術工芸品」(著作権法2条2項)に限られるとの考えに立っていたと言われています。
独立の鑑賞の対象にならない工業製品のデザインは、上記の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」との要件を満たさないものと考えられていたのです。
その背景には、工業デザインなどは、意匠法によって保護されるべきで、著作権法による非常に長い保護には馴染まないとの考え方があります。

TRIPP TRAPP 事件判決

このような伝統的な考え方に対し、知的財産高等裁判所第2部(清水節裁判長、新谷貴昭裁判官、鈴木わかな裁判官)は、以下のように述べて、工業製品(椅子)に著作物性を認めました(知財高判平成27年4月14日)。

著作権法が,「文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等 の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的と」していること(同法1条)に鑑みると,表現物につき,実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって,直ちに著作物性を一律に否定することは,相当ではない。同法2条2項は,「美術の著作物」の例示規定にすぎず,例示に係る「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても,同条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては,「美術の著作物」として,同法上保護されるものと解すべきである。

この判決をきっかけとして、今後、我が国の裁判所が応用美術についても広く著作物性を認めるようになるのか、議論を呼びました。

本判決

裁判例に動きがある中、本判決は、以下のように述べて、応用美術は「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」に該当せず、著作物にはあたらないとの見解を示しました。

実用に供される機能的な工業製品ないしそのデザインは,その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り,著作権法が保護を予定している対象ではなく,同法2条1項1号の「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」に当たらないというべきである。

また、本判決は、以下のように述べ、応用美術の著作物性が否定される根拠として、著作権の保護が長期間にわたることを指摘しました。

原告は,実用に供される機能的な工業製品やそのデザインであっても,他の表現物と同様に,表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば,創作性があるものとして著作物性を肯認すべきである旨主張するけれども,著作権は原則として著作者の死後又は著作物の公表後50年という長期間にわたって存続すること(著作権法51条2項,53条1項)などをも考慮すると,上述のとおり現行の法体系に照らし著作権法が想定していると解されるところを超えてまで保護の対象を広げるような解釈は相当でない・・・。

判旨は、伝統的な裁判例の考え方を踏襲したものといえます。

コメント

本論点をめぐっては、海外でも議論のあるところであり、国内でも、国際的にも考え方が定まっているとは言いがたく、今後の議論の深化が待たれる論点です。

なお、本件の当事者間では、別途特許権の侵害及び不正競争防止法違反をめぐる訴訟が存在し(特許権者は訴外の個人)、原告の請求が棄却されています(大阪地判平成25年10月31日/知財高判平成26年4月24日)。また、本件訴訟では、意匠権侵害も争われていましたが、原告は、意匠権に基づく請求を放棄しています。

2016年10月29日追記

平成28年(2016年)10月13日、本事件の控訴審判決がありました。知財高裁も、応用美術の著作権による保護につき、伝統的な見解を維持し、本判決を支持しました。

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(文責・藤田)