ポイント

知的財産高等裁判所は、均等論の第5要件(意識的除外)は、出願人の手続補正の目的いかんによって左右されるものではなく、補正却下後に別な補正をしたとの事実から客観的に判断されるべきであって、技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったと評価できる場合には、第5要件を充足するとしました

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
裁判官 髙部眞規子 / 田中芳樹 / 柵木澄子
判決言渡日 平成28年4月27日
事件番号 平成27年(ネ)第10127号 損害賠償請求控訴事件(控訴棄却)
原審 東京地方裁判所平成26年(ワ)第27277号
控訴人 (原審原告)Ada ZERO株式会社
控訴人 (原審被告)株式会社カクヤス

事案の概要

本件は、発明の名称を「Web-POS方式」とする特許第5097246号に係る本件特許権を有する控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人がインターネット上で運営するEC(電子商取引)サイトを管理するために使用している制御方法(被告方法)が、本件特許の願書に添付した本件特許請求の範囲の請求項1(本件請求項1)記載の発明(本件特許発明)の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害すると主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、1億円(特許法102条3項により算定される損害額6億円の一部である9000万円及び弁護士費用6000万円の一部である1000万円の合計額)及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成26年10月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案です。
原審は、文言侵害にも均等侵害にも当たらず、その技術的範囲に属するということはできない、として控訴されました(控訴棄却)

解説

本件では、以下の4点が争われました。

  • (1) 被告システム及び被告方法の具体的構成(争点1)
  • (2) 被告方法が文言上,本件特許発明の技術的範囲に属するか(争点2)
  • (3) 被告方法が本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点3)
  • (4) 損害額(争点4)

(特許訴訟の審理手順)

特許訴訟は、侵害論、損害論の順に審理されます。侵害論では、まず審理対象となる被告物件の構成を特定した後(争点1)、それが特許発明の技術的範囲に属するか否かが審理されます。技術的範囲論では、被告物件が請求項の文言の各構成要件をすべて充足するのか否かが検討され(争点2)、充足していない部分がある場合には、さらに原告が求めれば、その部分が実質的に均等な構成であるかが審理されます(争点3)。なお、本件では争われませんでしたが、被告側から無効主張がなされれば、ここまでの間に平行的に無効論が審理されます。損害論(争点4)は、技術的範囲に属するとの心証が事実上得られているときに、最後に審理されていきます。なお、本件では、技術的範囲に属しないとの結論に至ったので、損害論は審理されませんでした。

(被告方法の特定について)

本件では、原告は、Webサイト上で商品と数量を選択してカートに入れると、画面上に金額が表示される画面遷移に基づいて、本件訴訟を提起しましたが、裁判所が争点1で認定した被告方法は、ユーザ端末のブラウザ上でカートに入れられた商品と数量の情報が、サーバに送られてサーバ上で計算され、その結果が送り返されてユーザの端末に表示されるというものでした。
なお、ディスカバリーによる証拠開示制度がない日本においては、提訴前に被告方法を十分に精査することが重要です。本件においても、ブラウザ上の画面遷移のみならず、HTMLソースコードを解析する余地があったようにも思われます。

(文言侵害について)

そして争点2について、本件特許発明の「該数量に基づく計算」、すなわち、本件特許発明の構成要件F4の「該数量に基づく計算」は、「Web-POSサーバ・システム」では行われず、「Webブラウザ」を備える「Web-POSクライアント装置」で行われるものと解さざるを得ない、と判断したうえで、文言侵害を否定しました。

(均等について)

そこで、原告はサーバで計算処理している点を均等であると主張しました。均等かどうかは、最高裁判所がボールスプライン事件で示した5要件(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・平成6年(オ)第1083号「ボールスプライン事件」)に基づいて判断されています。
なお、原告被告間での5要件の主張立証責任の分担は、第1要件~第3要件では原告、第4要件及び第5要件では被告の責任とされています。

今回の判決でも、「特許発明の実質的価値は,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予期すべきものであるから、対象製品等が、特許発明とその本質的部分、目的及び作用効果で同一であり、かつ、特許発明から当業者が容易に想到することができるものである場合には、原則として,均等が成立する。」として、第1要件ないし第3要件を均等を主張する側の主張立証責任とする一方で、

「しかし、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないから、このような特段の事情がある場合には、例外的に、均等の成立が否定されることとなる。」として、第4要件及び第5要件については、均等の法理を否定する者が主張立証責任を負うとしています。

(第5要件についての判断)

本件特許発明は、当初は計算を担う場所がサーバ側ともクライアント側とも規定されておらず、出願後の第1手続補正においてサーバ側に限定されるも、新規事項追加の関係で補正却下となったところ、第2手続補正ではクライアント装置において計算する構成を付加することで特許されました。
この2回目の手続補正の文言は、カートに入った商品と数量からクライアント側で計算されるものを意味するとして、裁判所は「『該数量に基づく計算』は,『Web-POSサーバ・システム』では行われず,『Webブラウザ』を備える『Web-POSクライアント装置』で行われるものと解さざるを得ない」と認定していることから、計算をサーバ側に投げる被告方法は、原告はこれと実質的に均等であると主張しました。

そこで、第1手続補正が却下された際、あらためて別なコンセプトのもとで第2手続補正をした行為が意識的除外になるのか、が争われました。

まず、原告は、第1手続補正却下又は拒絶理由を回避するために行われたものであって、第2手続補正の目的は、計算装置を限定する趣旨ではないことや、出願人の認識などの事情を考慮すべきであること、さらに、本発明の課題が「専用のPOS通信機能/POS専用線を必要とせず,取扱商品の自由な変更が可能なPOSシステムを実現すること」であり,この課題解決の実現において、「該数量に基づく計算」が,Web-POSサーバ・システムで行われるか,Web-POSクライアント装置で行われるかという問題は関係がないことを主張していました。

ボールスプライン事件最高裁判決は、第5要件について、

特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないからである

としており、外形的にそのように解される行動をとった場合にも、均等主張を封じる姿勢を示しています。

そこで、知財高裁は、

第1手続補正前の時点では,「計算」について,発明特定事項として何らの規定もされていなかった特許請求の範囲の請求項1について,控訴人は,第1手続補正により,「計算」が「Web-POSサーバ・システム」で行われる構成に限定し,その後の第2手続補正によって,この構成に代えて,あえて「該数量に基づく計算」が「Web-POSクライアント装置」で行われる構成に限定して特許査定を受けたものということができる。上記事実に鑑みれば,控訴人において,「該数量に基づく計算」が,被告方法のように「Web-POSサーバ・システム」で行われる構成については,本件特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと評価することができる。したがって,均等の第5要件の成立は,これを認めることができない

と判示しました。

そして、手続補正の目的などの原告の反論については、

第2手続補正が,第1手続補正却下又は拒絶理由を回避するために行われたものであるか否かなど,出願人の手続補正の目的いかんによって左右されるものではなく,客観的に判断されるべき

として退け、「特許権者のかかる外形的行動を信頼した第三者を保護すべき」であると判示しました。

(実務上のポイント)

禁反言における意識的除外が、手続補正における記載文言の変遷という外形だけで判断され、その補正の意図を忖度することなしに客観的に判断する、との方向性が示された案件です。

たしかに、外形的行動を信頼した第三者を保護するべき、との大枠は理解しやすいところです。他方、出願経過の包袋記録は閲覧可能であり、自発補正などで補正意図の説明が全くない場合などとは異なり、拒絶理由通知に応答する意見書と手続補正である場合には、出願人が補正した意図が当業者であれば十分に窺い知れる場面もありえなくはなかろうと思われます。その意味では、限縮補正があれば、画一的に除外と判断するに等しい扱いであることには若干の違和感を覚えるところです。もっとも、そうした感覚を「客観的」に酌みとれるまでに当業者が共有しうるかとなれば、それもなかなか困難であり、実務上、判決の結論を覆すことはできず、紋切り型の判断と結論的には違いは出てきにくいと思われます。

なお、本件の手続補正の却下は自発の取下げとは異なるので、第1補正と第2補正の全体の外形を考慮するのか、第2手続補正の外形のみで客観的に意識的除外を判断するのか、といった点はさらに議論を重ねる余地があるように思われます。

そして、拒絶理由と関係なしに自発補正がなされた場面であっても、その外形から意識的除外と判断している裁判例(東京地裁平成22年4月23日 平成20(ワ)18566号)もありますので、補正の際には、均等の余地が失われる可能性に十分留意しなければならないといえます。

さらに、本発明の課題解決実現と関係ない補正にすぎない、との原告の主張がなされましたが、この点は、発明の本質的部分ではない些細な相違だ、という視点に帰着するものであって、発明の本質でないことは、抗弁事由である意識的除外と両立する話にすぎないことから、回避にはつながりません。

たしかに手続補正は当初明細書にその根拠を求めざるを得ないことから、結果として、発明の本質とは関係のない限定が付されることがあります。発明の本質からすれば、些細な変更はあっても一緒だ、との感覚を抱くのも自然ではあるのですが、補正できる範囲には限界がある以上、一定のねじれを受け入れざるを得ず、補正の際に言及せざるを得なかった事項であれば、意識的除外と判断されることは致し方ないところです。

注1: 本件特許発明の構成要件F4とは、「3) 商品注文内容の表示制御過程、すなわち、上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の情報について、ユーザが、該入力手段により数量を入力(選択)すると、該数量に基づく計算が行われると共に、前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報に基づく商品の注文明細情報が該入力手段を有する表示装置に表示されると共に、ユーザが、該入力手段によりオーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと、該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されることになる、ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程」です。

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(文責・横井)