知的財産高等裁判所は、特許無効審判における不成立審決の取消訴訟において、以下の2点について判断を示しました(判決全文)。なお、判決は、これらの手続的問題点以外にも、進歩性に関する判断を示しています。

ポイント

  • (審判合議体が引用発明について理由を示すことなく審判請求人の主張と異なる認定をしたことにつき)措辞必ずしも適切とはいえないが,・・・引用発明の認定に係る原告の主張を排斥する理由が明示的に記載されていないからといって,理由が記載されていないというわけではない。
  • 審判における最終的な判断の論理が,審判手続の経過において示された暫定的な見解と異なるとしても,審判手続において,改めて上記論理を当事者に通知した上で,これに対する意見を申し立てる機会を当事者に与えなければならないものではない。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
裁判官 髙部眞規子 / 柵木澄子 / 鈴木わかな
判決言渡日 平成28年5月18日
事件番号 平成27年(行ケ)第10139号
発明 スロットマシン(特許番号:第4114938 号)
原審 無効2014-800173号(特許庁平成27年6月11日)

 

解説

特許無効審判と審決取消訴訟

特許は行政処分の一種であり、特許無効審判によってその有効性を争うことが認められています。もし特許無効審判によって特許が無効にされると、その特許に基づいて与えられていた特許権は、最初からなかったことになります。

特許無効審判は、特許が無効だと主張する審判請求人と、その特許についての特許権者(彼請求人)との間で争われ、3名の審判官の合議によって審理され、判断がなされます。この判断のことを「審決」といいます。

審判官の判断に対して、不利な判断を受けた当事者は、審決の取消を求めて訴訟を提起することができます。この訴訟を「審決取消訴訟」といい、知的財産高等裁判所が専属的な受理庁となります。

 

理由付記の義務と原告の主張の概要

特許法157条2項は以下のように定め、審判官に対し、審決には、結論とともに、「理由」を書くことを求めています(同条項4号)。

審決は、次に掲げる事項を記載した文書をもつて行わなければならない。
一  審判の番号
二  当事者及び参加人並びに代理人の氏名又は名称及び住所又は居所
三  審判事件の表示
四  審決の結論及び理由
五  審決の年月日

本件訴訟では、この「理由」の記載に不備があるのではないかが争われましたが、その根拠となったのは、引用発明の捉え方(認定)が審判請求人が主張していたものとは異なるのに、なぜ異なる認定をしたのか、という理由を書いていなかった、ということでした。

 

記載すべき理由と本件へのあてはめ

では、一般に、審判官は、「理由」としてどのような記載をしなければならないのでしょうか。この点につき、本判決は、最高裁判所の判例を引用して、以下のように述べました。

特許法157条2項4号が審決をする場合には審決書に理由を記載すべき旨定めている趣旨は,審判官の判断の慎重,合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること,当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮 するのに便宜を与えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにあるというべきであり,したがって,審決書に記載すべき理由としては,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者の技術上の常識又は技術水準とされる事実などこれらの者にとって顕著な事実について判断を示す場合であるなど特段の事由がない限り,審判における最終的な判断として,その判断の根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示することを要するものと解するのが相当である(最高裁昭和54年(行ツ)第134号同59年3月13日第三小法廷判決・裁判集民事141号339頁)。

要点だけを述べれば、「結論に至るまでの判断根拠を証拠による事実認定に基づいて具体的に書く」ということが求められているといえます。

この考え方を本件にあてはめるとどうなるのでしょうか。本判決は、以下のように述べて、審決は適切とはいえないが、理由不備とまではいえないとの結論を示しました。審判請求人の主張を採用しない理由を示さなくとも、審判官が結論に至った思考過程を一応具体的に追跡することはできる、という考え方でしょう。

本件審決が認定した引用発明1は,段階設定値に係る構成を含む発明であり,かかる構成を含む点において,原告の主張とは異なる。そして,本件審決は,原告の主張する引用例1に記載された発明を認定しなかった理由を明示的に記載していない。この点,本件審決は,措辞必ずしも適切とはいえないが,特許法が審決書に理由を記載すべき旨定めている趣旨は,前記イのとおりであって,かかる趣旨に照らせば,引用発明の認定に係る原告の主張を排斥する理由が明示的に記載されていないからといって,理由が記載されていないというわけではない。

 

審理事項通知書

特許無効審判の審理に際しては、訴訟と同じように、審判官と当事者が一堂に会する「口頭審理」が開かれるのが通常です。
しかし、訴訟期日とは異なり、口頭審理は通常1回しか開催されず、事前に書面のやり取りによって争点が整理され、口頭審理における議論に備えるのが一般です。
その際、審判官から当事者に、審判官の暫定的な心証や争点整理が記載された「審理事項通知書」が送付され、これに基づき、双方当事者が、釈明や主張・立証の補強を行います。

 

審理事項通知書と異なる認定と審理不尽

本件において、審判官は、上述のとおり、引用発明について、審判請求人の主張と異なる認定をしたのですが、これは、審判官が審理事項通知書において開示していたものとも異なっていました。そこで、審判請求人は、審理事項通知書と異なる認定をするのなら、当事者から意見を聴取すべきであり、それをしなかったのは審理不尽であると主張しました。
これに対し、裁判所は以下のように述べ、審判請求人の主張を退けました。

審判における最終的な判断の論理が,審判手続の経過において示された暫定的な見解と異なるとしても,審判手続において,改めて上記論理を当事者に通知した上で,これに対する意見を申し立てる機会を当事者に与えなければならないものではない。そうすると,かかる機会を与えなかったことを理由として,本件審判手続に審理不尽の違法があるとまでいうことはできない。

 

おわりに

今回は、進歩性に関する判断は省略し、手続的な瑕疵の有無に関する判断のみを取り上げました。裁判所は、いずれの論点についても、審決を支持しましたが、1つ目の争点では「審決は適切とはいえない」とまで述べており、必ずしも本審決のスタイルが好ましいと考えていないことが伺われます。
それにもかかわらず、本判決が原審決を覆さなかったのは、手続が適正に行われたとしても、結論は変わらなかっただろう、という考えがあったのではないかとも思われます。実際、本判決は、1つ目の争点について、以下のようなことも述べています。

この点を措いても,本件審決は,相違点1が一致点であって,相違点ではないとしても,本件発明1と引用発明1とは,相違点2及び4の点で相違するとし,これらの相違点の容易想到性に係る判断を示している(審決書65頁。なお,原告は, 本訴において,相違点4の認定を争っていない。)。原告の理由不備に係る主張は, 要するに,本件審決における引用発明1の認定の誤りを主張するものにすぎない。

つまり、「書き方は良くないかもしれないが、実質的な判断はなされているじゃないか」ということではないかと思われます。
逆にいうと、そのような事情がない場合にまで、本判決の考え方が妥当するのかは不明です。
この点において、あまり一般化はできない判決なのかもしれません。

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(文責・飯島)