「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が改正され、令和5年3月27日に告示されました。また、同改正に沿った「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針 ガイダンス」も令和5年4月17日に改訂されています。

倫理指針の内容を理解するには、個人情報保護法の正しい理解が必要になります。

本稿では、同指針で要求されるインフォームド・コンセントの手続の概要、及び新規に試料・情報を取得する場合に要求される手続について、個人情報保護法の観点から整理します。

ポイント

骨子

  • 倫理指針は個人情報保護法の上乗せ規制であり、インフォームド・コンセントは個人情報保護法における同意以上の内容を要求するものです。
  • 新たに試料・情報を取得して研究を実施しようとする場合の手続としては、原則としてインフォームド・コンセントが要求されていますが、介入を行わず、かつ試料を用いない研究の場合については、適切な同意、簡略化したインフォームド・コンセントやオプトアウトによることも許容されています。

解説

「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」とは

「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(以下、「倫理指針」といいます。)は、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(平成25年文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号)及び「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(平成26年文部科学省・厚生労働省告示第3号)を統合する形で、令和3年に定められたものであり、「我が国の研究者等により実施され、又は日本国内において実施される人を対象とする生命科学・医学系研究」を対象としています(同指針第3・1)。

倫理指針は、個人情報保護法の上乗せ規制となっており、対象となる研究において、個人情報を取り扱う場合は、個人情報保護法のみならず、倫理指針をも遵守する必要があります。

倫理指針の適用対象

倫理指針は、「人を対象とする生命科学・医学系研究に携わる全ての関係者が遵守すべき事項を定める」こととされています(第1)。

「人を対象とする生命科学・医学系研究」の主体については、学術研究機関や病院等に限定されていません(第2(1))。従って、企業が実施する研究についても、「人を対象とする生命科学・医学系研究」に該当する場合は適用があり得るものとなっています。

倫理指針の対象となる場合は、当該研究に関わる関係者は、本指針を遵守しなければなりません。例えば、研究者等はインフォームド・コンセントの手続等を受ける等の責務を負います(第4)。また、研究機関の長は、研究に対する監督や、研究の実施のための体制・規程の整備等を行う必要があります(第5)。

「インフォームド・コンセント」とは

研究者等が研究を実施しようとするとき又は既存試料・情報の提供のみを行う者が既存試料・情報を提供しようとするときは、原則として、あらかじめ「インフォームド・コンセント」(以下、「IC」といいます。)を受ける必要があることとされています。

インフォームド・コンセントを受ける手続(以下、「IC手続」といいます。)とは、倫理指針上、以下のように定義されています。

研究の実施又は継続 (試料・情報の取扱いを含む。)に関する研究対象者等の同意であって、当該研究の目的及び意義並びに方法、研究対象者に生じる負担、予測される結果(リスク及び利益を含む。)等について研究者等又は既存試料・情報の提供のみを行う者から十分な説明を受け、それらを理解した上で自由意思に基づいてなされるものをいう。

「インフォームド・コンセント」と個人情報保護法上の「同意」の関係

個人情報保護法上は、個人情報の取得・利用・提供について同意を取得する場合について、「事業の性質及び個人情報の取扱状況に応じ、本人が同意に係る判断を行うために必要と考えられる合理的かつ適切な方法によらなければならない」(個人情報保護法ガイドライン通則編2-16)、「事業の規模及び性質、個人データの取扱状況(取り扱う個人データの性質及び量を含む。)等に応じ、本人が同意に係る判断を行うために必要と考えられる合理的かつ適切な範囲の内容を明確に示さなければならない」(第三者提供の場合、同ガイドライン3-6-1)とされ、本人に説明すべき内容については明示されていません。

しかし、医学研究においては、試料・情報の取得・利用・提供にあたり、研究対象者に負担やリスクが生じる可能性があります。

そこで、倫理指針上のICにおいては、単に(個人情報保護法上の)本人の同意を得たというだけでは足りず、倫理指針に定められた説明事項(倫理指針第8・5)にしたがって、研究対象者の負担・リスク等を説明し、十分な理解を得たうえで、同意を得ることが求められています。

倫理指針上の「適切な同意」と個人情報保護法上の「同意」の関係

他方、倫理指針では、研究対象者に生じる負担やリスクの程度が低い一定の場合につき、例外的にICまでは不要とし、「適切な同意」で足りるとしています。

この「適切な同意」については、倫理指針上、以下の通り定義されており、最低限のラインとして、個人情報保護法における同意を満たすものである必要があります。今回の改正では、このことを明確にするため、「適切な同意」の定義につき、下記の下線部が追加されました。

「試料・情報の取得及び利用(提供を含む。)に関する研究対象者等の同意であって、研究対象者等がその同意について判断するために必要な事項が合理的かつ適切な方法によって明示された上でなされたもの (このうち個人情報等については、個人情報保護法における本人の同意を満たすもの)をいう。」

ただし、個人情報保護法における同意は、黙示の同意が認められる余地があるのに対し、「適切な同意」については、明示的な同意を取得する必要があり、また、口頭で取得する場合には記録を残すことが求められる点に注意が必要です(「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針 ガイダンス(令和5年4月17日)」(以下、「ガイダンス」といいます。)22頁、生命科学・医学系研究等における個人情報の取扱い等に関する合同会議(第4回)議事録)。

倫理指針におけるIC手続等の全体像

倫理指針は、ICを受ける手続について、以下の場面に分けて規定しています。

(1) 新たに試料・情報を取得して研究を実施しようとする場合
(2) 自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合
(3) 他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合

本稿では、上記のうち、 (1) 新たに試料・情報を取得して研究を実施しようとする場合のIC手続等について解説します。

なお、(2)以下については、別稿で解説する予定です。

(1) 「新たに試料・情報を取得して研究を実施しようとする場合」のIC手続等

「新たに試料・情報を取得して研究を実施しようとする場合」と個人情報保護法のデフォルト・ルール

「新たに試料・情報を取得して研究を実施しようとする場合」とは、研究の実施の中で、当該研究に用いるため研究対象者から取得した試料(血液や排せつ物など)・情報を用いて研究を実施する場合をいいます。

個人情報保護法の観点からは、個人情報を本人から直接取得する状況であり、個人情報取得時の利用目的の特定および通知・公表(法17条1項、21条1項)の他、要配慮個人情報の取得についての同意の取得(法20条2項)が問題となります。

また、他機関を通じて取得する場合は、提供元において、第三者提供に関する同意を取得することが必要となります(法27条1項)。

IC手続等を行う主体

IC手続等を行う主体は、当該研究を行う研究者等です。このことは、研究協力機関を通じて試料・情報を取得する場合も同様です。

つまり、研究協力機関が研究対象者から試料・情報を取得し、これを研究者等に提供する場合につき、倫理指針においては、提供先である研究者等が、提供元である研究協力機関に代わって、IC手続等において同意を取得することが求められており、研究協力機関が取得する前に、手続きを行っていることを研究協力機関に示す必要がある点に注意が必要です。

なお、研究協力機関として試料・情報を取得・提供できるのは、軽微な侵襲を伴う場合や研究に用いられる情報を取得する場合に限られます。研究対象者から新たに侵襲(軽微な侵襲を除く。)を伴う試料の取得を行う場合は、研究協力機関ではなく、共同研究機関として行う必要があります(指針第2・(17))。

IC手続等の概要

研究対象者からの試料・情報の取得の方法は、身体への侵襲性の高いものから、単なるアンケートなどにとどまるものまで様々であるため、侵襲の有無や介入の有無、要配慮個人情報にあたるかどうかによって、求められる手続が異なります。

侵襲を伴う研究の場合

侵襲(穿刺、切開、薬物投与、放射線照射、心的外傷に触れる質問等によって、研究対象者の身体又は精神に傷害又は負担が生じること)を伴う研究の場合、研究者等は、倫理指針に定められた説明事項(第8・5)を記載した文書により、ICを受けなければならないこととされています。

侵襲を伴わない研究の場合

侵襲を伴わない研究の場合に要求される手続は下表の通りです。原則としては、口頭のICと記録が要求されますが(下記表AB)、試料を用いない研究の場合(アンケート、インタビュー、観察等により研究に用いられる情報を収集する場合など(ガイダンス79頁))には、ICが不要となっています(下記表CD)。

介入(※)を行う研究(A) 口頭IC+記録
介入を行わない研究 試料を用いる研究(B) 口頭IC+記録
試料を用いない研究 要配慮個人情報を取得する場合(C) 原則 適切な同意
個情法上の例外に該当 適切な措置によるIC簡略化
要配慮個人情報を取得しない場合(D) オプトアウト

※「介入」とは、人の健康に関する様々な事象に影響を与える要因の有無又は影響を制御する行為(研究目的で行う通常の診療を超える医療行為を含む。)をいいます。

具体的には、まず、試料を用いない研究であって、要配慮個人情報(病歴などのセンシティブな情報)(法20条2項)を取得する場合(上記表中C)につき、ICではなく「適切な同意」で足りるとされています。

ただし、個人情報保護法上、学術研究機関が学術研究目的で取り扱う必要があるとき等(学術研究の例外)は、例外的に同意が不要とされています(法20条2項5号6号)。また、公衆衛生の向上に特に必要がある場合で本人の同意を得ることが困難であるとき(公衆衛生の例外、法20条2項3号)等についても、同意が不要とされています。

従って、これらの例外に該当する場合は、倫理指針上も、研究が実施又は継続されることについて研究対象者等が拒否できる機会が保障される場合であって、以下の要件(指針第8・8⑴①から③まで)を満たす場合は、簡略化したIC手続(取得及び利用目的、内容について広報誌、事後的説明を行う手続)をとることで足り、「適切な同意」は不要とされています。

①研究の実施に侵襲(軽微な侵襲を除く。)を伴わないこと
②1及び4の規定による手続を簡略化することが、研究対象者の不利益とならないこと
③1及び4の規定による手続を簡略化しなければ、研究の実施が困難であり、又は研究の価値を著しく損ねること

また、要配慮個人情報を取得しない場合(上記表D)については、個人情報保護法上の同意は不要であり、利用目的を通知・公表することで足りることから、倫理指針上も、当該研究の実施について、利用目的、利用方法など所定の事項(指針第8・6①から⑪)を研究対象者等に通知し、又は研究対象者等が容易に知り得る状態に置き、研究が実施又は継続されることについて、研究対象者等が拒否できる機会を保障する(いわゆる「オプトアウト」を行う)ことで足りるとされています。

コメント

倫理指針におけるIC等の手続のうち、全体に共通する総論と、新規の試料・情報の取得の場合の手続について概観しました。「適切な同意」については、今回の改正でその位置づけが明確になったところであり、個人情報保護法の同意との関係につき整理が進んだと言えます。

次回は、生命科学・医学系研究に関する倫理指針におけるインフォームド・コンセントと個人情報保護法②として、(2)自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合、及び(3)他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合の手続について、今回の改正点も踏まえて解説します。

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(文責・秦野)