東京地方裁判所民事第29部(國分隆文裁判長)は、令和4年5月27日、原告が作成販売する住宅地図を広告物のポスティング等を行う会社である被告が複製等して利用した事案において、住宅地図を著作物と認め、著作権侵害が成立するとの判決を言い渡しました。

地図の著作物性について、一般に地図は創作性を認め得る余地は少なく著作権による保護を受ける範囲が狭いと考えられていますが、そのような中で特に住宅地図について著作物性を認めた裁判例として実務の参考になりますので、ご紹介します。

ポイント

骨子

  • 一般に、地図は、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって、客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である。しかし、地図において記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表れ得るものということができる。そこで、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものである。
  • 本件改訂により発行された原告各地図は、都市計画図等を基にしつつ、原告がそれまでに作成していた住宅地図における情報を記載し、調査員が現地を訪れて家形枠の形状等を調査して得た情報を書き加えるなどし、住宅地図として完成させたものであり、目的の地図を容易に検索することができる工夫がされ、イラストを用いることにより、施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名、住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど、長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示したものということができる。
  • したがって、本件改訂により発行された原告各地図は、作成者の思想又は感情が創作的に表現されたもの(著作権法2条1項)と評価することができるから、地図の著作物(著作権法10条1項6号)であると認めるのが相当である。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第29部
判決言渡日 令和4年5月27日
事件番号 令和元年(ワ)第26366号
原告 株式会社ゼンリン
被告 有限会社ペーパー・シャワーズ(以下「被告会社」)
A(以下「被告A」)
裁判官 裁判長裁判官 國分隆文
裁判官 小川暁
裁判官 矢野紀夫

解説

著作物とは

著作権は、著作権法が定める「著作物」に発生します。著作物の定義は、著作権法2条1項1号に定められています。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

この定義のとおり、著作物と認められるためには「創作的に表現したもの」であることが必要です(創作性)。創作性とは、作者の何らかの個性が表れていることを意味し、誰が作成してもほぼ同じ表現になるような場合創作性は認められません。

また、著作権法は10条1項において著作物を例示しています。その6号には、地図が例示されています。

(著作物の例示)
第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
 音楽の著作物
 舞踊又は無言劇の著作物
 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
 建築の著作物
 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
 映画の著作物
 写真の著作物
 プログラムの著作物

地図の著作物性

著作権法10条1項6号に例示されていることからもわかるように、地図が著作物に該当し得ることは争いがありません。しかし、地図と呼ばれる表現形態の全てが著作物に該当するとは限りません。

従来、地図は地形や土地の利用状況等を所定の記号等を用いて客観的に表現するものであることから、比較的、創作性を認め得る余地は少なく、著作権による保護を受ける範囲が狭いと考えられてきました。それでもなお、地図の創作性や著作物性は、地図において記載すべき情報の取捨選択、配列、表示の方法に関して表れ得るとされています。これらのことは、過去の裁判例でも判示されています(例えば、富山地裁昭和53年9月22日判決、東京地裁平成13年1月23日判決、東京地裁平成20年1月31日判決)。

さらに上記富山地裁判決では、特に住宅地図について、以下のように、創作性の認められる余地は極めて少なく、その著作物性は地図一般に比してさらに制限されていると判示されていました。

いわゆる住宅地図は、特定市町村の街路及び家屋を主たる掲載対象として、線引き、枠取りというような略図的手法を用いて、街路に沿つて各種建築物、家屋の位置関係を表示し、名称、居住者名、地番等を記入したものであるが、その著作物性及び侵害判断の基準については、基本的には先に地図一般について述べたところと同様である。ただ、住宅地図においては、その性格上掲載対象物の取捨選択は自から定まつており、この点に創作性の認められる余地は極めて少いといえるし、また、一般に実用性、機能性が重視される反面として、そこに用いられる略図的技法が限定されてくるという特徴がある。従つて、住宅地図の著作物性は、地図一般に比し、更に制限されたものであると解される。

事案の概要

原告は、住宅地図等を作成し販売する会社です。原告が作成販売する住宅地図に、紙媒体の住宅地図である「ゼンリン住宅地図」[1]やこの画像データをCR-ROM等に収録した電子地図ソフトウェアである「電子住宅地図デジタウン」(以下、原告が作成、販売する住宅地図又はそのデータを総称して「原告地図」といいます。)があります。

被告会社は、長野県内を中心に、広告物の各家庭ポストへの投函等を行う会社です。被告Aは、被告会社が設立された平成12年1月12日から被告会社の代表取締役を務めています。

被告会社は自ら、あるいは被告会社とフランチャイズ契約を締結したフランチャイジーにより、長野県、山梨県、岐阜県、沖縄県、宮崎県等でポスティング業務を行っていました。

被告らは、各家庭に広告物を配布するポスティング業務を行うために、購入したゼンリン住宅地図を適宜縮小して複写し、配布員がポスティングを行う配布エリアごとに、複写した複数枚を切り貼りした上、集合住宅名、ポストの数、配布数、交差点名、道路の状況、配布禁止宅等のポスティング業務に必要な情報を書き込むなどした地図(以下「被告地図」といいます。)の原図を作成しました。

被告らは、被告地図の原図を複写して配布員に渡し、当該配布員は、この原図を複写したものを使用して、ポスティングを行っていました。

また、被告会社は、被告地図の一部の画像データを被告会社が管理運営するウェブサイト内のウェブページ上に掲載し、さらに、被告会社のフランチャイジーに対して被告地図の一部の原図を送付し、第三者に対して被告地図の一部の原図を販売しました。

原告の請求

原告は、上記の行為が原告地図に係る原告の著作権(複製権、譲渡権、貸与権及び公衆送信権)を侵害したと主張して、被告会社に対して差止め及び損害賠償を求めました。

また、被告Aに対しては、取締役の第三者に対する損害賠償責任を定める会社法429条1項等に基づく損害賠償を請求しました。

判旨

本件判決は以下のように述べ、一般に地図は著作権による保護を受ける範囲が狭いこと、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきことを判示しました。これは、前述の過去の裁判例で示された判断を踏襲するものです。

一般に、地図は、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって、客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である。しかし、地図において記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表れ得るものということができる。そこで、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものである。

続いて本件判決は、原告が、昭和55年頃に日本全国を網羅する住宅地図を完成させた後、平成6年頃から地域ごとに順次、住宅地図をデジタルデータ化するための改訂作業(以下「本件改訂」といいます。)を行ったことを認定したうえ、以下のように述べて原告の地図を著作物と認めました。

本件改訂により発行された原告各地図は、都市計画図等を基にしつつ、原告がそれまでに作成していた住宅地図における情報を記載し、調査員が現地を訪れて家形枠の形状等を調査して得た情報を書き加えるなどし、住宅地図として完成させたものであり、目的の地図を容易に検索することができる工夫がされ、イラストを用いることにより、施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名、住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど、長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示したものということができる。したがって、本件改訂により発行された原告各地図は、作成者の思想又は感情が創作的に表現されたもの(著作権法2条1項)と評価することができるから、地図の著作物(著作権法10条1項6号)であると認めるのが相当である。

被告からは、地図に著作物性が認められる場合は一般的に狭く、住宅地図は他の地図と比較して著作物性が認められる場合が更に制限される、との主張がされていました。この主張は、一般論としては過去の裁判例に沿うものです。

しかし本件判決は、上記引用部分の判示を根拠として、原告の地図はその作成方法、内容等に照らして作成者の個性が発現したものであって、その思想又は感情を創作的に表現したものと評価できると述べ、被告の主張を退けました。

被告らはほかにも、
・原告による黙示の許諾の存在
・住宅地図において許諾料を支払うことなく出版物を複製することができる慣習の存在
・著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない利用であること(著作権法30条の4)
・零細的利用であることを理由とする原告の著作権行使の制限
など、種々の主張を展開しました。

しかし、裁判所はいずれも採用せず、原告の請求を認容しました。

被告Aに対する会社法429条1項に基づく請求についても、裁判所は、
・被告会社が設立されるまで、被告Aが個人で、被告会社において行われているのと同様の方法によりポスティング業務を行っていたこと
・被告会社が設立されてからは被告Aはその代表取締役を務めてきたこと
・被告会社は資本金500万円の有限会社であり従業員数は39名とさほど大きくはないこと
といった事実を認定したうえで、被告Aは被告会社による原告の著作権の侵害行為を被告会社の代表取締役として阻止すべき任務を負っていたにもかかわらずこれを悪意により懈怠したと判断し、当該請求を認容しました。

損害賠償額としては、被告会社が原告地図を合計96万9801頁も複製したと認定されたこともあり、2億1296万0200円という高額が認められています(この訴訟では原告が一部請求として3000万円を請求していたため、判決で支払いが命じられた額は3000万円です。)。

コメント

地図の著作物については、文学、音楽、造形美術上の著作に比して著作権による保護範囲は狭いのが通例であること、創作性が表れ得るのは記載すべき素材や情報の取捨選択及びその表示の方法であり地図の著作物性もそこに着目して判断されるべきこと、といった考え方が裁判例上おおむね定着しているようです。本判決もこのような考え方を踏襲しています。

実務的な関心は、この判断基準が個別具体的な地図に対してどのように当てはめられ、著作物性の有無の線がどこで引かれるかです。

この点について本件判決の当てはめは、「目的の地図を容易に検索することができる工夫がされ、イラストを用いることにより、施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名、住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど」というものであり、これらが「情報の取捨選択及びその表示の方法」として創作性があるとの判断をしています。

しかし、この本件判決文中の記載だけではさほど具体的ではなく、著作物性の有無の線がどこに引かれるかはいまだ明確でない部分が残ります。

そのため、地図の著作物性については引き続き個別判断とはなりますが、少なくとも、一般的に地図だから著作権が発生する可能性は低いといった見立ては避けるべきでしょう。

むしろ、他者が商品として作成した地図をデッドコピーあるいはそれに近い態様で複製等利用する事案(本件もこれに分類できます。)においては、結論として著作権侵害が認められるリスクは十分存在すると考えたほうがよいと思われます。

この意味で、自社の製品やサービス、アプリ等にGoogleマップなどの地図を組み込むといった事例においては、やはり当該地図の著作権者が許諾した条件の範囲内でそれを行うべきであり、その利用規約等を確認する必要があります。

なお、本件が紛争化した背景としては、被告会社が複製した原告地図の枚数が非常に多かったこと(判決では合計96万9801頁と認定されています。)に加え、被告地図を被告会社のウェブサイトに掲載したり、第三者に販売したりするなどの社内にとどまらない行為にまで及んだことから、原告としても看過できなかったのではないかと思われます。

 

脚注
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[1]ゼンリン住宅地図における実際の表現は判決文中で見ることはできませんが、原告のウェブサイトを参考にしてください。

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(文責・神田)