商標の類否は、出願商標及び引用商標がその外観、称呼又は観念等によって需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に観察し、出願商標を指定商品又は指定役務に使用した場合に引用商標と出所混同の恐れがあるか否かにより判断されます(商標審査基準第4条第1項第11号)。一昔前は、これらのうち称呼が最も類否判断に影響を与えると考えられており、称呼が同一であれば、商標全体として類似すると判断される傾向にありました。しかしながら、審査・審判における判断の傾向は時代により変化し、現在では、称呼が同一であっても、外観や観念が相違することを理由に類似しないと判断される事例が散見されるようになりました。

そこで、前回、商標審決アップデートの特別編Vol.1として、過去の称呼同一商標関連の審決例をもとに、いくつかの類型に分けて整理、分析し、類否判断の傾向について説明させていただきました。今回のVol.3では、直近の審決例を前回類型分けした類型1~5に当てはめて、更に分析・検討したいと思います。

類型1:欧文字商標とその読みを表す片仮名商標の類否

参考審決

(1) 不服2019-12290:SAKURAGENES ≠ サクラジーンズ

(2) 不服2020-1:RILY ≠ 画像1

(3) 不服2020-713:   ≒  画像3

(4) 不服2021-12701:ロクシー ≒ ROXY

※「≒」は類似を、「≠」は非類似を表す記号として使用しております。

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上記審決例は、いずれも欧文字を含む商標とその欧文字の読みを表す片仮名文字を含む商標の類否に関するものであり、同一の称呼が生じると判断されております。

前回のVol.1で紹介した審決例では、観念上明らかに区別し得る場合を除いて、類似と判断される傾向にありました。今回紹介する審決例でも、やはり観念の相違の有無で判断が分かれております。

(1)の審決例では、本願商標からは特定の観念を生じないのに対し、引用商標からは、「桜」と「ジーンズ」を組み合わせたものという程度は想起し、認識するものということができるから、両商標は、観念上相紛れるおそれのないものであり、非類似であると判断されております。また、(2)の審決例では、本願商標からは特定の観念を生じないものであるところ、引用商標からは「百合」の観念を生じるものであるから、観念上、両者は相紛れるおそれはないものであり、非類似であると判断されております。これに対して、(3)(4)の審決例では、観念上の相違はなく、類似すると判断されております。

これらの審決例から、前回のVol.1と同様に、最近の審決例においても、欧文字からなる商標とその読みを表す片仮名文字からなる商標は、観念上区別し得る場合を除いて、類似と判断される傾向にあるといえます。

類型2:いずれも欧文字であって、綴りが異なる商標の類否

参考審決

(1) 不服2020-3973:CINCA ≠ SINKA

(2) 不服2020-3525:  ≒ 画像4

(3) 不服2020-7842:cawaii ≠画像6

(4) 不服2020-650039: 画像7  ≠ CERA

(5) 不服2021-12847:BOWBOW ≠  画像8

(6) 不服2021-10238:Thyas ≠  画像9

※「≒」は類似を、「≠」は非類似を表す記号として使用しております。

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上記審決例は、いずれも綴りが異なる欧文字商標(一部読みを表す片仮名文字を含む)の類否に関するものであり、同一の称呼が生じると判断されております。

前回のVol.1で紹介した審決例では、構成文字のうち1文字だけ異なる等、外観上近似した印象を与えるような場合には、類似と判断される場合があるものの、観念上の相違の有無に関わりなく非類似と判断される傾向にありました。今回紹介する審決例でも、外観上近似した印象を与えるような場合を除いては、非類似であると判断されております。

審決例のうち、(2)を除いては、いずれも非類似であると判断されております。類似と判断された(2)の審決例では、最も目につきやすい語頭から3文字目までを含む5文字を共通にしており、外観上近似する印象を強く与えるものであり、類似すると判断されております。(3)の審決例でも、欧文字部分は、語頭の「K」と「c」の相違だけですので、外観上近似した印象を与えるようにも思えますが、この事案では引用商標の「かわいい」の平仮名が「愛すべきである。小さくて美しい」を意味し、そのような観念を生じるため、観念上相紛れるおそれはなく、非類似であると判断されております。その他の審決例では、観念において比較できず、外観において区別できるから非類似であると判断されております。

これらの審決例から、前回のVol.1と同様に、最近の審決例においても、綴りが異なる欧文字商標に関しては、外観上近似した印象を与えるような場合を除いて、非類似であると判断される傾向にあるといえます。なお、欧文字部分が外観上近似している場合であっても、異なる観念が生じる場合は非類似であると判断される可能性があります。

類型3:漢字商標とその読みを表す文字商標の類否

参考審決

(1) 不服2020-11923:  画像10 ≒ 万福

(2) 不服2020-16965:  画像11≒  画像12

(3) 不服2021-2316: 画像13 ≒ せんれい

(4) 不服2021-3168:紗奈 ≒ SANA

(5) 不服2021-5915:基肌 ≠画像14

(6) 不服2021-7343:SISI ≠ 獅子

(7) 不服2021-7656: 画像15 ≠ 瞬速

※「≒」は類似を、「≠」は非類似を表す記号として使用しております。

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上記審決例は、いずれも漢字からなる商標とその読みを表す平仮名文字や欧文字からなる商標の類否に関するものであり、同一の称呼が生じると判断されております。

前回のVol.1で紹介した審決例では、比較的非類似であると判断される場合が多いものの、類似と判断される場合もあり、類否判断が分かれておりました。今回紹介する審決例でも同様に、類否判断は分かれております。

(1)~(4)の審決例では類似、(5)~(7)の審決例では非類似であると判断されておりますが、これらの審決例では、観念上の相違の有無によって、異なる判断がなされております。(1)の審決例では「幸福の多いこと」という同じ観念が生じ、(2)~(4)の審決例では、いずれも特定の観念を生じないと判断されております。これに対して、(5) の審決例では、「基肌」からは「もととなるもの」及び「肌」を意味する語によって構成されるものといった漠然とした観念上の印象を与え、(6) の審決例では、「獅子」からは「ライオン。からしし。」の観念を生じ、(7) の審決例では、「瞬速」からは「まばたくくらい速い」の意味合いを想起させるため、それぞれ観念において相紛れるおそれはなく非類似であると判断されております。

このように、漢字からなる商標とその読みを表す平仮名文字や欧文字からなる商標の類否に関しては、観念上の相違があれば、非類似であると判断される傾向にあるといえます。逆に、観念上の相違がなければ、審判でも類似と判断される可能性があります。

類型4:異なる漢字からなる商標の類否

参考審決

(1) 不服2019-8166:瑞葵 ≠画像16

(2) 不服2020-13960:激滅 ≠ 撃滅

※「≒」は類似を、「≠」は非類似を表す記号として使用しております。

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上記審決例は、いずれも漢字からなる商標であって、全部もしくは一部異なる漢字で構成されている商標の類否に関するものであり、同一の称呼が生じると判断されております。いずれも非類似と判断されております。

前回のVol.1で紹介した審決例では、両商標がいずれも漢字からなる商標の場合、同一の称呼が生じるとしても、外観及び観念が相違することを理由に、非類似と判断される傾向にありましたが、今回紹介する審決例でも、同様に外観及び観念が相違することを理由に、非類似であると判断されております。

類型5:同じ文字を含む商標の類否

参考審決

(1) 不服2019-650006: 画像17 ≒ AOS

(2) 不服2020-1323: 画像18 ≠  画像19

(3) 不服2020-1388:画像20  ≠  画像21

(4) 不服2020-13065:  画像22≒  画像23

(5) 不服2021-3476:  画像24 ≠  画像25

(6) 不服2021-1528: 画像26  ≠ 画像27

※「≒」は類似を、「≠」は非類似を表す記号として使用しております。

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上記審決例は、それぞれ構成に同じ文字を含む商標の類否に関するものであり、同一の称呼が生じると判断されております。いずれも類似と判断されております。

前回のVol.1で紹介した審決例では、いずれも類似と判断されており、同じ文字を含めば外観が異なっても類似と判断される傾向にあると考えられましたが、今回紹介する直近の審決例では、異なる傾向がみられます。

(1) の審決例では、書体や色彩が相違し,文字の字形は大文字と小文字の差異を有するとしても,「a(A)o(O)s(S)」の文字つづりが同一であり、外観上相紛らわしいと判断されております。また、(4)の審決例では、構成全体の外観やデザイン化の手法においては相違するものの、つづりを共通にするものであり、また本願商標の片仮名部分は欧文字部分の読みを示すために付記的に表されたものであるから、両者は外観上、近似した印象を与えると判断されております。これに対して、他の審決例ではいずれも、外観において明確に区別できるため非類似であると判断されております。

このように、それぞれ構成に同じ文字を含む商標に関しては、一方の商標がほとんど図案化されていない場合、類似すると判断される傾向にありますが、両商標がいずれも特徴的に図案化されているような事案では、外観が著しく異なるため非類似であると判断される傾向にあります。

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(文責・前田)