ここ数年、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が企業の競争力の維持や成長戦略の文脈で取りざたされていますが、新しいタイプのITビジネスを展開し、または、そうしたIT技術が関わるサービスを利用していくに当たっては、法務・知財部門が正しい知識の下で事業部門をサポートしていくことが重要となります。

本連載では、「DX時代の法務・知財」と題して、新しいタイプのITビジネスに関係する可能性のある契約類型別の解説と契約審査の注意点や関連する法令・ガイドラインの解説のほか、権利の取得・活用の考え方について、開発企業及びユーザの立場で留意しておくべき事項を解説します。

第1回は、総論として、DX時代の法務・知財部門として持っておくべき視点と本連載のアウトラインを紹介します。

ポイント

  • デジタルトランスフォーメーション(DX)は、企業の競争力維持や成長に当たって重要ですが、新しいタイプのITビジネスを展開したり、そうしたIT技術が関わるサービスを利用していくに際しては、法務・知財部門が正しい知識の下で事業をサポートしていくことが重要となります。
  • 法務部門においては、新しいタイプのITビジネスを正しく理解した上で、契約におけるリスクを把握する必要があります。また、適用の可能性のある法規制やガイドラインへの対応も重要です。
  • 知財部門においては、ITビジネスにおける知財の取得・活用を戦略的に行う必要があります。また、その前提として、社内での職務発明規程の整備や契約において権利帰属を適切に定めておくことも必要となります。

解説

デジタルトランスフォーメーション(DX)とは何か

近年、企業の競争力の維持や成長戦略を考えるに当たって、デジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が指摘されています。

そもそも、DXとは何なのでしょうか。この点につき、経済産業省「『DX推進指標』とそのガイダンス」(令和元年7月)では、DXを次のように定義しています。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

多くの企業が競争力維持・強化のために、DXを推進していくことが求められている中、経済産業省は、2018年9月に「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」を公表し、老朽化したシステムの弊害に警鐘を鳴らすとともに、DXの推進を促しました。

しかし、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が企業約500社の自己診断結果を分析したところ、実に全体の9割以上の企業がDXに全く取り組めていない(DX 未着手企業)レベルか、散発的な実施に留まっている(DX途上企業)レベルにあり、DXが浸透していない状況が浮き彫りになりました。

そこで、経済産業省(デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会)は、改めてDXの重要性を説明すべく、2020年12月、「DXレポート2(中間取りまとめ)」を公表しました。

DXレポート2では、コロナ禍による社会の状況を踏まえたDXの本質が「単にレガシーなシステムを刷新する、高度化するといったことにとどまるのではなく、事業環境の変化へ迅速に適応する能力を身につけると同時に、その中で企業文化(固定観念)を変革(レガシー企業文化からの脱却)すること」や、業務プロセスのデジタル化等のための市販製品・サービスの導入から、DX戦略の立案、アジャイル開発体制の内製化等に至るまで、超短期・短期・中長期的に企業が取るべきアクションについて詳しく説明されています。

DXの重要性は、すでに事業基盤を有している企業からスタートアップ企業まで等しく当てはまるものです。企業にとっては、一定の支持を得てきた自社製品・サービスをSaaS化・モバイルアプリ化することにより、従来のビジネスモデルを創造的に破壊することができます。

とりわけ、スタートアップ企業にとっては、SaaSやモバイルアプリという限界費用(生産量を1単位増やしたときに増加する費用)をかけずに、インターネットを通じて簡単に製品・サービスを普及させることができる技術を用いることにより、競合企業と対等に戦うことが可能になります。

では、企業がDXを意識したビジネスを立ち上げたり、事業面で推進していくに当たって、法務・知財部門としてはどのような点を意識していけばよいのでしょうか。

法務・知財部門の役割

DXを法務・知財面から考えるに当たっての視点

DXを法務・知財の側面で考えるに当たっては、自社が開発者、ユーザのいずれの立場に当たるかを意識することがまず必要となります。

開発者側の企業においては開発から事業展開までの各過程で締結される契約のほか、ビジネスで関連する法令、知財の保護について検討する必要があります。他方、ユーザ側においても利用規約の精査などの業務が発生します。

本連載では、取り上げる内容に応じて、開発者側とユーザ側両方の立場からの解説をいたします

DXと契約実務

企業による伝統的なIT関係のビジネスとしては、ソフトウェアのライセンスやシステムを開発するといった業務がありましたが、DX時代においては、従来あまりなじみのない新しいタイプのIT関係のサービスや開発業務が数多く登場します。

この点、DXレポートは、これまで開発受託を主な業務としていたシステム開発企業が今後リードすべき技術分野として、「AI等を活用したクラウドベースのアジャイル開発によるアプリケーションの提供や、ユーザ企業が行うアジャイル開発に対するコンサルティング、最先端技術の提供等」を挙げています。これらを踏まえた具体的な取組として、SaaSやモバイルアプリの活用などが中心となるでしょう。

こうした新しいタイプのITビジネスの出現に伴い、ビジネスに関連する契約(法形式)も多様化しているといえますが、法務部門が必ずしもそういった点に対応できていない場面が多く見受けられます。

具体的には、法務部門がSaaSに関する契約書を従来のソフトウェアライセンス契約との違いを意識せずに審査しているという実態も見られるところですので、法務部門においては、新しいタイプのITビジネスを正しく理解した上で、契約書に正しく落とし込み、自社のリスクを把握することが必要となります。

とりわけ、スタートアップ企業や中小企業などの比較的規模の小さな企業においては十分な契約審査体制が整っていない場合がありますが、事業を守るためには、新しいタイプのIT関連の契約を正しく理解し、リスクを把握、回避しておく必要があります。

企業が新しいタイプのITサービスを開発する場面を想定すると、開発段階、事業化段階の各段階において様々な契約が締結されることになります。一例としては、以下のような契約や規約を取り交わすケースがあるでしょう。

事業のフェーズ 相手方 契約類型
開発段階 プラットフォーム事業者 開発者契約
SDK使用許諾契約
API利用規約
開発委託先 開発委託契約
社内 職務発明規程
事業化段階 顧客・ユーザ SaaS利用規約
モバイルアプリ利用規約
プライバシーポリシー
販売提携先 業務委託契約
販売代理店契約
プラットフォーム事業者 モバイルアプリ配布契約

上記のうち、「事業化段階」に挙げられた契約類型のうち、顧客・ユーザを相手方とするものについては、ユーザの立場にある企業が目にすることもあると思われます。

これらには古くからある類型の契約も含まれる一方、比較的新しく、法的な整理が必ずしも十分行われていないと思われる契約類型もあります。特に、こうした新しいタイプのITビジネスを行う会社では各段階での契約の性質を理解し、契約上のリスクを適切に把握しておくことが重要です。

また、自社の事業がITとは直接関連しない企業であっても、社内のDX推進に当たって新たなシステム開発を委託したり、SaaSなどの新しいサービスの利用を開始したりするケースもあると思われるため、やはり法務部門における適切な理解は必要です。

DXと規制

また、新しいタイプのITサービスを開発・展開していく場面においては、適用の可能性がある法規制やガイドラインへの適切な対応も重要となります。

例えば、アプリケーションなどを介して顧客の個人情報を取得するビジネス形態の場合は国内外の個人情報保護関連の法令に気を配る必要があります。個人情報、パーソナルデータに関する法規制は改正が頻繁にあり、個人データの越境移転には国外の法令についても検討が必要となります。

また、大企業がベンチャー企業と組んで新しい開発を行う場合には、その成果の取扱いなどにつき、独禁法等に関連するガイドラインにも気を配らなければなりませんし、デジタルプラットフォーム事業者に対する新しい規制も存在します。

このように、DXの推進においては、適用される法規制にも注意を払う必要があります。

DXと知財

DXに係るサービスを事業化し、展開していくに当たっては、自社の知的財産権を戦略的に取得し活用していくことがビジネスにおいては重要となります。また、ソフトウェアの分野などにおける第三者の知的財産権の侵害がないかについても注意を払う必要があるでしょう。

コロナ禍で飲食業などが苦戦する一方、DX関連のスタートアップには投資が集まっています。例えば、産業革新機構は、2020年12月、DX関係のスタートアップを中心とする6社に出資を行っています。このようなスタートアップ企業では、自社の技術やノウハウが生命線である場合も多いため、自社の技術や知的財産権を守ることは大企業以上に重要です。

自社の権利を守り、戦略的に活用していくためには、前提として職務発明規程を整備することにより従業員の成した成果の帰属に関して社内で取り決めておくことのほか、他社との協業においても成果や知的財産権を自社のものとして守れるような建付けとしておく必要があります。

また、専門家に相談して、知的財産権の取得等早い段階から自社の知財戦略を明確にしておくことも重要です。

本連載の目的

本連載では、DX時代におけるビジネスで企業が取り交わす契約を整理の上、その法的性質や審査に当たっての留意点のほか、関連する法規制といった法的側面にフォーカスを当てて解説します。

また、特にデジタル関係の技術を事業の柱としている企業においては、特許権、商標権、意匠権といった知的財産権によって自社の技術を守り、戦略的に活用していくことも考える必要があるため、そのために必要な各種知的財産法の基本的な枠組みと、知財戦略の考え方についても説明を行う予定です。

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(文責・町野)