本連載では、「DX時代の法務・知財」と題し、新しいタイプのITビジネスに関連する契約類型や法令について解説するとともに、そのようなビジネスを保護するための権利の取得・活用の考え方についても解説します。

政府が推進するデジタルトランスフォーメーション(DX)においては、デジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの創出が求められています。新たなビジネスモデルの開発段階では、従来にはなかったIT関連の契約類型への対応が迫られており、契約上のリスクを見誤れば、自社の知的財産が流出するおそれがあります。また、開発委託契約や職務発明規程といった従来の契約類型についても、対応を誤れば自社の知的財産を失うおそれがあり、決して軽視してはなりません。そこで、「開発段階における契約」では、これらの契約類型に関する検討のポイントや法令・ガイドラインについて解説します。

今回は、開発段階における契約のうち、プラットフォーム事業者との契約について解説します。具体的には、モバイルアプリやSaaSを開発する際に、モバイル用OSや地図サービス等の基本的Webサービスを提供するプラットフォーム事業者との間で締結する契約を取り上げます。

ポイント

取り上げる契約類型

  • 開発者契約(開発者プラットフォームを利用するための契約)
  • SDK使用許諾契約(SDKの使用許諾を受けるための契約)
  • API利用規約(API利用にあたって遵守すべき規約)

検討のポイント

  • 開発者契約等は多くの開発者と一律の内容で締結されているものであり、通常、契約内容に修正の余地はありません。そのため、契約上のリスクを把握したうえで、それを受け入れるかどうかという判断が基本になります。
  • 一部の開発者契約等においては、プラットフォーム事業者から開発者に対する開発者プラットフォームの利用許諾のみならず、開発者からプラットフォーム事業者に対する開発者コンテンツ等の利用許諾が定められています。その場合には、その対象や利用目的の範囲を確認し、法的リスクを認識しておく必要があります。
  • 一部のAPI利用規約などにおいては、開発者が保有する特許権等をプラットフォーム事業者に行使してはならないという非係争義務や、開発者が保有する特許権等に基づいてプラットフォーム事業者等に対する訴訟を提起してはならないという不提訴誓約が定められています。これらの義務・誓約は、オープンな共創・協働を実現するための仕組みである場合には、開発者にも一定のメリットがあります。したがって、適用範囲の広狭や関連する自社保有特許の有無を踏まえて法的リスクを評価する必要があります。

解説

開発段階に関する契約

総論で述べたとおり、新しいタイプのITビジネスにおいては、開発段階、事業化段階の各段階で様々な契約が締結されます。

モバイルアプリやSaaSの開発段階においては、自らが開発者となって開発する場合もあれば、システムベンダに開発の全部又は一部を委託して開発する場合もあります。本稿は、前者の自社開発において生じ得るプラットフォーム事業者との契約を取り上げるものです。

開発段階におけるプラットフォーム事業者との契約

モバイルOSやSNSを提供するプラットフォーム事業者は、これらに準拠したモバイルアプリの開発に必要なプログラム(SDK: Software Development Kit)やAPI(Application Programming Interface)を集約した開発環境を用意しており、開発者は、これを自己の端末にインストールして開発環境を構築し、そこでモバイルアプリを開発します。その際にプラットフォーム事業者との間で締結する契約が「開発者契約」(Developer Agreement)です。SDKの使用に着目した「SDK使用許諾契約」(SDK License Agreement)も表題は違うものの、同種の契約であるといえます。Androidアプリの統合開発環境「Android Studio」をインストールするために締結する「Android SDKライセンス契約」や、LINEと連携したアプリを開発するために締結する「LINE開発者契約」がこの例です。

また、エンドユーザがWebブラウザ上でソフトウェアの機能を利用することができるWebサービスであるSaaS(Software as a Service)ついても、同様の機能を有するモバイルアプリ版を開発する際には開発者契約やSDK使用許諾契約の締結が必要になります。開発者契約等は、アプリ開発企業のみならずSaaS企業にとっても重要な契約であるといえます。

さらに、近年、モバイルアプリやSaaSの開発においては、他社が公開しているAPIを利用して、他社が運営している地図サービス等の基本的Webサービスの機能を自社のモバイルアプリやSaaSに取り込む場面が増加しています。API利用にあたって承諾を求められる文書が「API利用規約」(API Terms of Service)です。APIは、前述の開発環境を構築すれば利用可能になっていることもあり、その場合には開発者契約の中でAPI利用についても定められていることが一般的です。

開発者契約、SDK使用許諾契約及びAPI利用規約(本稿において「開発者契約等」と総称します)は、その規定内容に多くの共通点が見られます。以下では、共通して問題となり得る事項を中心に、開発者契約等に関する検討のポイントを説明します。その際、モバイルアプリの開発環境、SDK及びAPIをまとめて「開発者プラットフォーム」と呼ぶことにします。

検討の視点

開発者契約等は多くの開発者と一律の内容で締結されているものであり、通常、契約内容に修正の余地はありません。そのため、契約上のリスクを把握したうえで、それを受け入れるかどうかという判断が基本になります。

また、開発者契約等は、IT関連の契約類型であるため、一定の範囲ではソフトウェアライセンス契約やSaaS型クラウドサービス契約と類似しています。例えば開発者の端末にインストールする必要があるSDKの使用許諾契約では、ソフトウェアライセンス契約のように、利用許諾の対象となる行為や禁止事項が細かく規定される場合があり、また、Webブラウザ上で利用可能な開発環境に関する開発者契約では、SaaS型クラウドサービス契約のように、利用者が入力したデータの取扱いや開発者プラットフォームのセキュリティが問題となり得ます。開発者契約等においてプラットフォーム事業者の保証責任やその損害賠償責任が大きく制限されている点についても、エンドユーザ向けのソフトウェアライセンス契約やSaaS型クラウドサービス契約と類似しています。

もっとも、以下に述べる、利用許諾の対象物の曖昧さ、開発者コンテンツ等の利用許諾、非係争義務などは、基本的には開発者契約等特有の検討事項です。そのため、ソフトウェアライセンス契約やSaaS型クラウドサービス契約の審査に関する知見も活かしつつ、それらとは異なる契約類型であることを意識した審査が求められます。

ソフトウェアライセンス契約やSaaS型クラウドサービス契約に関する検討のポイントについては、弁護士法人イノベンティア編著『英和対訳 ソフトウェアライセンス契約の実務』(商事法務、2021年)もご参照ください。

契約の形式

契約といえば、伝統的には契約書という紙が存在することが通常でしたが、開発者契約等を含む、Web上でダウンロード可能なソフトウェアやWebサービスの利用契約においては、Webサイト上のダウンロード画面や会員登録画面に契約内容が表示され、「承諾する」などのボタンをクリックするという契約形式(クリックラップ契約、スクロールラップ契約などと呼ばれます)が一般的です。

このような契約形式でも契約として有効ですが、後述のとおり、開発者契約等は契約内容が事後的に変更される場合があるため、承諾した時点の契約内容を記録化するには、開発者自身において契約内容の画面をPDFデータ等で保存しておく必要があります。

契約内容の一方的変更

開発者契約等では、プラットフォーム事業者に契約内容の一方的な変更権が認められている場合が少なくありません。プラットフォーム事業者は、多くの開発者との間で開発者契約等を締結しているため、変更の必要性が生じた場合に各開発者から個別の承諾を得ることは現実的ではないからです。

プラットフォーム事業者に一方的な変更権があると、開発者に著しく不利な条項が事後的に追加されるのではないかと心配になるかもしれません。しかし、日本法が適用される開発者契約等であれば、民法上の「定型約款」に該当することが多いため、一方的な変更権が契約に定められていたとしても、開発者にとって不利益な変更は必要性・相当性がある場合にのみ有効です(民法548条の4第1項)。また、そもそも、開発者たちの反発を招くような契約内容の変更はプラットフォームの普及に支障を生じさせるため、プラットフォーム事業者がそのような変更を強行する可能性は高くないと思われます。

一方的変更に関する規定においては、変更内容に不服がある開発者の解約権が認められている場合があります。そのため、仮に開発者にとって容易に受け入れがたい契約内容の変更(例えば高額な利用料の設定)がなされた場合には、開発者契約等を解約することが一応の選択肢になります。しかし、それではモバイルアプリの開発に多額の費用が必要になり、あるいは特定のAPIを利用したSaaSを開発できなくなるため、解約権の行使は現実的ではありません。開発者としては、契約内容の変更が民法上無効であると主張して変更の撤回や個別調整をプラットフォーム事業者に申し入れる、個別調整にも応じてもらえない場合には独占禁止法を所管する公正取引委員会などに相談するといった対応が考えられます。

開発者は、プラットフォーム事業者による契約内容の変更を適時に把握するために、契約時において、契約の変更内容がいかなる方法で通知されるかを確認しておく必要があります。通知方法は、Webサイト上やEメールが一般的であり、開発者契約等の中に定められていることもあります。

利用許諾の対象物

利用許諾の対象物、すなわち、契約締結によって開発者が利用可能になるものは、開発者プラットフォーム、すなわち、モバイルアプリの開発環境やSDK、APIです。契約上でSDKやAPIをまとめて「本件プラットフォーム」などと定義し、これを利用許諾の対象物としている例もあります。

ただ、実際の契約では、利用許諾の対象物について、定義もないまま単に「本件プラットフォーム」などと記載されている場合も見られます。利用許諾の対象物が曖昧であると、将来、プラットフォーム事業者との間で開発段階に関するトラブルが発生したときに、いずれの契約に基づいて解決すればよいかが不明確になるおそれがあります。契約上、利用許諾の対象物が曖昧であれば、開発者契約等の法的文書に加え、プラットフォーム事業者が設けている開発者向けポータルサイト上のガイドライン、Q&A等も参照して、何を利用するためにいかなる契約を締結する必要があるかを可能な限り明確化しましょう。

開発者プラットフォームの一方的変更

契約内容と同様に、利用許諾の対象物である開発者プラットフォームそれ自体についても、プラットフォーム事業者に一方的な変更権が認められている場合が少なくありません。ここでも、その変更内容がいかなる方法で通知されるかを確認しておく必要があります。

利用目的の制限

契約上、開発者プラットフォームの利用には目的の制限が課されている場合が少なくありません。「利用者は、本件OSに準拠したモバイルアプリを開発する目的に限り、本件プラットフォームを利用することができる」といった制限です。プラットフォーム事業者の製品やサービスとは関係のない目的のために開発者プラットフォームを利用する行為は契約違反に当たる可能性があります。プラットフォーム事業者の立場から見れば当然の要請ではありますが、開発者が想定している利用目的が制限されていないかは、一応確認したほうがよいと考えられます。

利用料

開発者プラットフォームの利用料の有無や金額については、開発者プラットフォームによって異なります。契約上は、無料であることが明記されている場合、何も規定されていない場合、当面は無料であるが変更の可能性が留保されている場合など様々です。

利用料の妥当性を評価する際は、事業化段階まで見据えた検討が必要です。開発者プラットフォームの利用それ自体は無料でも事業化段階で登録料や販売価格に応じた手数料の支払が必要になる場合もあれば、事業化段階を含めて無料とされている場合もあります。

開発者コンテンツ等の利用許諾

一部の開発者契約等においては、プラットフォーム事業者から開発者に対する開発者プラットフォームの利用許諾のみならず、開発者からプラットフォーム事業者に対する一定の利用許諾が定められています。開発者による利用許諾の対象にはバリエーションがあり得ますが、例えば開発者が開発者プラットフォームを利用して作成したアプリその他のコンテンツについて、プラットフォーム事業者の事業を実施するための利用許諾が定められている場合があります。また、開発者の商標について、プラットフォーム事業者が自己のサービスを宣伝する目的などでこれを使用する旨が定められている場合もこの例です。

実際にプラットフォーム事業者が開発者のコンテンツや商標を悪用する可能性は低いと考えられますが、上記のような規定は、開発者の知的財産に関するライセンスと評価される場合もあります(商標については、開発者プラットフォームの顧客を紹介するために使用されるだけであれば、商品・役務の出所の混同が生じない、いわゆる非商標的使用であり、本来的な知的財産ライセンスには該当しません)。知的財産ライセンスと評価されれば、将来、当該アプリに関する事業を売却する際に、開発者にとって不利な事情となるおそれも否定はできません。

したがって、開発者による利用許諾については、その対象や利用目的の範囲を確認し、法的リスクを認識しておく必要があります。

非係争義務

一部のAPI利用規約などにおいては、開発者が保有する特許権等をプラットフォーム事業者に行使してはならないという非係争義務(NAP: Non-assertion of Patents)が開発者に課せられている場合があります。開発者が保有する特許権等に基づいてプラットフォーム事業者に対する訴訟を提起してはならないという不提訴誓約(Covenant Not to Sue)もこれと同種のものです。

これは、必ずしも開発者の知的財産権にフリーライドしようという発想に基づくものではなく、地図サービス等の基本的Webサービスを普及させるためのオープンな共創・協働を実現するための仕組みであるともいえます。同条件が他の開発者にも課されていれば、全体として、当該Webサービスの法的安定性が高まり、開発者は安心して自社の製品やサービスを開発することができます。

したがって、非係争義務や不提訴誓約が契約に定められている場合には、適用範囲の広狭(当該APIに関連する範囲で特許権等の行使が禁止されるにすぎないか、そのような限定なくプラットフォーム事業者に対する権利行使が不可能になるか)や関連する自社保有特許の有無を踏まえて法的リスクを評価する必要があります。

商業利用のための追加条件

開発者プラットフォームの利用にあたっては、個人利用と企業による商業利用で契約内容が異なる場合があります。商業利用のための追加条件が設定されていれば、その内容を確認する必要があります。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・溝上)