知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、本年(令和3年)2月9日、先発医薬品の製造販売承認申請のために必要な試験を行うことが、「試験又は研究」の例外(特許法69条1項)にあたり、特許権侵害にはならないとの判断を示しました。最判平成11年4月16日により、後発医薬品の製造販売承認申請のために必要な試験を行うことが同項に該当することは認められていたところ、本判決は、最判の趣旨が先発医薬品にも該当すると判断したものです。

ポイント

骨子

  • 先発医薬品の製造販売承認申請のために必要な試験を行うことは、特許法69条1項の「試験又は研究」に該当する。
  • 製造販売承認のための試験に必要な範囲を超えて、特許権の存続期間中に医薬品を生産等することは、特許権を侵害するものとして許されないが、本件でそのような証拠は存在しない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和3年2月9日
事件番号 令和2年(ネ)第10051号
事件名 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
原判決 東京地方裁判所 令和2年7月22日判決
平成31年(ワ)第1409号
特許番号 特許第4212897号
発明の名称 「ウイルスおよび治療法におけるそれらの使用」
裁判官 裁判長裁判官 森   義 之
裁判官    眞 鍋 美穂子
裁判官    熊 谷 大 輔

解説

特許権の効力とその例外

特許権の効力

特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有します(特許法68条)。つまり、特許権者は、特許権の存続期間中、自己のみが特許発明を実施でき、第三者が特許権者の許諾を受けずに実施すれば、特許権侵害となり、差止(特許法100条)や損害賠償(民法709条、特許法102条)を請求することができます。

特許権の効力が及ばない範囲

これに対して、特許法69条により、許諾のない実施行為であっても、一定の要件を満たす場合には、例外的に、特許権の効力が及ばない(第三者が実施をしても特許権侵害にならない)ことが定められています。本件では、これらのうち、69条1項の「試験又は研究」の例外が問題となります。

条文 内容
69条1項 試験又は研究のためにする特許発明の実施
69条2項1号 単に日本国内を通過するに過ぎない船舶若しくは航空機又はこれらに使用する機械、器具、装置その他の物
69条2項2号 特許出願の時から日本国内にある物
69条3項 二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。

医薬特許の特殊性

医薬品については、品質確保等のため、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下「薬機法」といいます。)により、厚生労働大臣の承認を受けずに製造販売することが禁止されており、長い期間をかけて治験(人に対し候補物質を投与し有効性や安全性のデータを収集する臨床試験)を行い、そのデータ等を添付して同法の承認申請を行う必要があります。そのため、医薬品は、特許を取得したり、技術を導入したりしても、すぐに実施できるわけではないという特殊性があります。

このような事情に鑑み、特許権者が承認を得るまで医薬品の発明を実施できないことに対する保護としては、承認を受ける必要があるために特許発明を実施できなかった期間について、5年を限度として、特許権の存続期間を延長することが認められています(特許法67条4項)。

先発医薬品と後発医薬品

特許権の存続期間が満了した後には、後発医薬品(ジェネリック)メーカーによる後発品の製造販売が可能になりますが、後発医薬品の製造販売にも薬機法の承認が必要になります。

薬機法の承認に際し、後発医薬品については、先発医薬品と同等の治験は不要であるものの、先発医薬品と生物学的同等性が確保されていることを裏付ける治験データ等が必要となります。

後発医薬品の治験と試験研究の例外

争点

上記のとおり、医薬品の製造販売承認を得るためには一定の期間を要するため、後発医薬品メーカーが特許切れ後すぐに製造販売を開始しようとすると、その前から治験を行う必要があります。

ところが、治験を行うためには、自社の予定薬剤を製造等して、人に使用しなければなりません。このような行為が特許権侵害にあたるのか、あるいは、「試験又は研究」の例外として特許権侵害にあたらないのか、争いになっていました。

試験研究の例外が適用される場合

最高裁判所は、平成11年に、後発医薬品の治験が特許権侵害にあたるとすると、特許権の存続期間が終了した後もなお相当の期間、第三者が実施できない結果となり、存続期間満了後は何人でも自由に発明を利用できることにより社会一般が広く益されるという特許制度の根幹に反するなどとして、後発医薬品の製造販売承認に必要な試験を行うことは、「試験又は研究」の例外にあたり、特許権侵害にはならない判断としました(最高裁第二小法廷平成11年4月16日判決・平成10年(受)第153号、以下「平成11年最判」といいます)。

特許権侵害になる場合

他方において、平成11年最判は、後発医薬品メーカーが、特許権存続期間中に、製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて、同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し、又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは、特許権を侵害するものとして許されない、とも判示していました。

本件の事案の概要

今回の事案は、先発医薬品メーカーと後発医薬品メーカーの間の争いではなく、特許権者(大学研究者・発明者)と先発医薬品メーカーとの争いです。
本件発明は、元々、米国法人2社及び米国大学により共同出願されていましたが、その後、発明者の1人である控訴人(原審原告)が特許を受ける権利を譲り受けました。
控訴人の研究グループは、本件特許の実施品であるG47Δの治験を行っていましたが、商品化には至っていませんでした(プレスリリースによると、控訴人研究グループの先発医薬品メーカーが、2020年12月に承認申請を行ったようです)。
被控訴人(原審被告)は、米国先発医薬品メーカー(「米国親会社」)の子会社で、米国親会社が既に米国と欧州で承認を受けている先発医薬品T-VEC(一般名:タリモジェンラヘルパレプベク、商品名:イムリジック)について、我が国でも製造販売の承認を受けるべく、治験(外国臨床データを利用するブリッジング試験)を行っていました。
被控訴人が治験を実施しているT-VECは、本件発明の技術的範囲に属しており、後発医薬品の場合と同様に「試験又は研究」に該当するのか否かが争点となりました。

原判決の概要

原判決は、先発医薬品についても、後発医薬品と同様,その製造販売の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要し、その試験のためには、本件発明の技術的範囲に属する医薬品等を生産し、使用する必要があるとして、「試験又は研究」に該当すると判断していました。
なお、T-VECが本件発明の技術的範囲に属すること及び本件特許の有効性については、原審でも控訴審でも、争点になっていません。
また、被控訴人は、米国親会社又は被控訴人は、前特許権者により付与された通常実施権を有する旨も主張していましたが、「試験又は研究」の例外の主張が認められたため、原審でも控訴審でも通常実施権については判断されていません。

判旨

知的財産高等裁判所第3部は、以下のとおり、先発医薬品の製造販売承認申請のために必要な試験を行うことは、後発医薬品の場合と同様、「試験又は研究」の例外にあたるとした原審の判断を支持しました。

新薬の製造販売承認を得るために必要な本件治験が,特許法69条1項の「試験又は研究」に該当することは,原判決「事実及び理由」の第4の1(2)のとおりである。
控訴人は,新薬の製造販売承認のためにする試験と後発薬の製造販売承認のための試験の内容が異なる旨主張するが,平成11年最判の趣旨が本件治験についても該当することは,原判決の「事実及び理由」の第4の1(2)のとおりであって,このことは,製造販売承認のための試験の内容によって左右されるとは解されない

(原判決第4の1(2)の抜粋)

・先発医薬品等に当たるT-VECについても,後発医薬品と同様,その製造販売の承認を申請するためには,あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要し,その試験のためには,本件発明の技術的範囲に属する医薬品等を生産し,使用する必要があるということができる。
・T-VECについても,前記判示のとおり,その製造販売の承認を申請するためには,あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要するので,本件特許権の存続期間中に,本件発明の技術的範囲に属する医薬品の生産等を行えないとすると,特許権の存続期間が終了した後も,なお相当の期間,本件発明を自由に利用し得ない結果となるが,この結果が特許制度の根幹に反するものであることは,平成11年最判の判示するとおりである。

控訴人は、特許権者でない第三者が特許権者に先行して製造販売承認を得ることの不合理性や、再生医療等製品のうち特にバイオ医薬品については長期の開発期間を要すること、諸外国の取り扱いに反する旨等を主張しましたが、いずれの主張も上記の判断を左右するものではないとされました(諸外国の制度については、フランス、イタリア、スペイン及び英国では、後発医薬品の承認を得るための試験にむしろ限定されていないと指摘されています)。

また、以下のとおり、被控訴人(原審被告)の行為は、平成11年最判で示された、試験に必要な範囲を超えた生産等にも該当しないと判断されました。

被控訴人が,同法(注:薬機法)に基づく製造販売承認のための試験に必要な範囲を超えて,本件特許権の存続期間中に T-VEC を生産等し,又はそのおそれがあることをうかがわせる証拠は存在しない。

結論として、判決は、原告の請求を棄却した原判決を維持しました。

コメント

これまでは、先発医薬品の製造販売承認に必要な治験が、「試験又は研究」の例外に該当するのか、又は該当せず特許権侵害になるのか必ずしも明確ではありませんでしたが、本判決において、「試験又は研究」の例外に該当するとの知的財産高等裁判所の判断が初めて示されました。
今後の医薬特許及び医薬ライセンスの実務に影響を及ぼすものと思われますので、紹介させていただきます。

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(文責・藤田)