東京地方裁判所民事第40部(佐藤逹文裁判長)は、本年(令和2年)1月29日、原告の創作にかかる照明用シェードは、美術工芸品に匹敵する高い創作性を有し、その全体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えるとして、美術の著作物に該当するとしつつ、被告の製品からは、原告の照明用シェードの表現上の本質的特徴を直接感得することができないとして、著作権(翻案権)侵害を否定しました。判決は、詳細な検討をしてはいないものの、同じ理由から、著作者人格権(同一性保持権)の侵害も否定しています。

判決が用いた規範は特に目新しいものではありませんが、翻案権侵害の成否に関し、詳細な認定判断を行っている点で参考になるものと思われますので、具体的な認定判断を中心に紹介します。

ポイント

骨子

  • 原告作品は,美術工芸品に匹敵する高い創作性を有し,その全体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているものであって,美術の著作物に該当するものというべきである。
  • 著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
  • 著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁)。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所第部
判決言渡日 令和2年1月29日
事件番号
事件名
平成30年(ワ)第30795号
著作権侵害差止等請求事件
裁判官 裁判長裁判官 佐 藤 達 文
   裁判官 𠮷 野 俊太郎
   裁判官 今 野 智 紀

解説

著作物と美術の著作物

著作権法は、「著作物」の意味について、以下のとおり、「著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し、また、著作物を創作する者を「著作者」と呼んでいます。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
 著作者 著作物を創作する者をいう。
(略)

著作権法は、同法10条1項に、著作物に該当するものの例を列挙しており、同項4号には、「美術の著作物」が挙げられています。

(著作物の例示)
第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
 音楽の著作物
 舞踊又は無言劇の著作物
 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
 建築の著作物
 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
 映画の著作物
 写真の著作物
 プログラムの著作物
(略)

応用美術の著作物性

専ら鑑賞を目的とする美術は純粋美術と呼ばれるのに対し、実用品でありつつ美術としての鑑賞に耐え得るものは、応用美術と呼ばれます。

応用美術が「美術の著作物」として保護されるか否かにつき、著作権法には明文の規定がなく、ただ、著作権法2条2項に、「美術の著作物」には、美術工芸品が含まれることが定められているにとどまります。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
 この法律にいう「美術の著作物」には、美術工芸品を含むものとする。
(略)

解釈論としては、著作権法が保護する応用美術は美術工芸品に限られ、量産品は著作権の保護を受けないという厳格な考え方を示した裁判例(東京地判昭和54年3月9日無体集11巻1号114頁「ヤギ・ボールド」事件)や、応用美術も著作権法で広く保護されるという考え方を示した裁判例もありますが(知財高判平成27年4月14日平成26年(ネ)第10063号「TRIPP TRAPP」事件)、一般的には、著作権法が保護する美術の著作物が一品制作の美術工芸品に限られるとする見解は少数にとどまるものの、意匠法との棲み分け等の観点から、応用美術一般が保護されると解することには消極的な見解が多く、最近の裁判例では、機能的要素から離れた美的創作性がある場合に保護を認めるとの考え方が主流になっているものと思われます(知財高判平成26年8月28日平成25年(ネ)第10068号知財高判平成28年10月13日平成28年(ネ)第10059号「エジソンのお箸」事件等)。

著作者の権利

著作者は、その創作にかかる著作物について、以下のとおり、権利登録の出願手続など特段の方式を履行することなく、著作物に関し、著作者人格権と著作権を有するものとされています。

(著作者の権利)
第十七条 著作者は、次条第一項、第十九条第一項及び第二十条第一項に規定する権利(以下「著作者人格権」という。)並びに第二十一条から第二十八条までに規定する権利(以下「著作権」という。)を享有する。
 著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない。

著作者は、著作者人格権と著作権を有しますが、これらの権利は、いずれも単一の権利ではなく、上記の著作権法17条1項に列挙された各規定に定められた権利の束ということができます。これらのうち、著作権に含まれる個々の権利は、「支分権」と呼ばれます。

翻案権とは

翻案とは

著作権法27条は、支分権のひとつとして、以下のとおり、翻案権を規定しています。

(翻訳権、翻案権等)
第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

「翻案」の意味について、著作権法には定義がありませんが、最高裁判所は、その意味を以下のように解しています(最一判平成13年6月28日平成11年(受)第922号民集第55巻4号837頁「江差追分」事件)。

言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。

つまり、①ある著作物に依拠して著作物が制作された場合において、②原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができること、③新たに思想又は感情が創作的に表現された別の著作物であること、という2つの要件を満たすときが翻案にあたるといえます。

翻案によって創作されるのは、翻案をした者による新たな著作物ですので、翻案をした者は、その新たな著作物の著作者にあたりますが、上記の著作権法27条により、翻案の権利が原著作物の著作者によって「専有」されている以上、翻案を適法にするためには、原則として、原著作物の著作者から許諾を得る必要があることとなります。

翻案の該当性

上述のとおり、ある著作物に依拠して著作物が制作された場合において、翻案に該当するか否かは、新たな創作的表現が加えられているか、また、もとの著作物の表現上の本質的特徴を直接感得できるか、にかかってきます。

この点、既存の著作物に依拠し、修正、増減、変更等を加えたとしても、新たに創作的表現が加えられていない場合には、単純な原著作物の有形的再製として、翻案ではなく、「複製」にあたります。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
十五 複製 印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい、(略)

この場合には、翻案権にかかる著作権法27条ではなく、下記の著作権法21条の規律を受けることになります。

(複製権)
第二十一条 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。

もっとも、この場合には、翻案権にせよ複製権にせよ、原著作物の著作権に抵触することに変わりはないため、実際上の区別の必要性は限られてきます。

他方、既存の著作物に依拠しつつも、修正、増減、変更等を加えた結果、新しい著作物が制作され、もはや原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができなくなったときは、翻案には該当せず、原著作物の著作権への抵触の問題は生じなくなります。

問題は、どのような場合に著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができないといえるか、ということですが、この点について、江差追分事件最判は、以下のとおり述べ、①思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分や、②表現上の創作性がない部分が原著作物と同一であるにとどまる場合には、翻案に該当しないとの考え方を示しています。

既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である。

なお、この判決は、直接的には翻案権侵害の判断手法を示したものですが、しばしば、「アイデア・表現二分論」の文脈で引用されます。アイデア・表現二分論とは、著作権法は具体的表現を保護するもので、その背景にあるアイデアは保護しない、という考え方です。

事案の概要

原告らは、下の写真のような照明用シェード「フラワーシェード/Umbel」(「原告作品」)を制作し、これを商品化して販売していました。この作品は、複数の円形孔が設けられたフレームにミウラ折りと呼ばれる折り方を応用してシート状の素材を折ったエレメントを複数挿入した構造になっています。

原告作品

【原告作品】

ミウラ折りとは、判決によると、「東京大学名誉教授・文部科学省宇宙科学研究所名誉教授の三浦公亮氏によって、円筒に丸めた紙を縦に潰したときに表れる皺のパターンなどの自然現象の中から発見された折り方で、折られた状態から最小のエネルギーによって展開状態に変化するため、人工衛星の太陽電池パネルや携帯地図の折り畳み方として実用化されている。具体的には、紙を折り畳む際に直角の折から少しずらして折る折り方で、これにより、横方向の折り線は等間隔の並行直線、縦方向の折り線は等間隔のジグザグ線となり、すべて等しい平行四辺形の面ができる。折り目の頂点は3つの山折りと1つの谷折り(又は3つの谷折りと1つの山折り)からなり、全ての折りが連動されて、縦方向の屈伸に連動して横方向と幅方向が伸縮する独特の振舞いをする。」とされています。

原告らは、被告らが制作した下の写真の作品「Prism Chandelier」(「被告作品」)は、原告作品を改変したものであるから、被告らが被告作品を制作、販売、貸与または展示する行為は原告らの翻案権及び同一性保持権を侵害すると主張し、訴訟を提起しました。

被告作品

【被告作品】

判旨

著作物性について

被告らは、応用美術である原告作品の著作物性を争っていましたが、判決は、以下のとおり、原告作品は、「美術工芸品に匹敵する高い創作性を有し、その全体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている」として、その著作物性を認めました。

原告作品は,照明用シェードであり,実用目的に供される美的創作物(いわゆる応用美術)であるところ,被告らはその著作物性を争うが,同作品は・・・,内部に光源を設置したフレームの複数の孔にミウラ折りの要素を取り入れて折ったエレメントの脚部を挿入し,その花弁状の頭部が立体的に重なり合うように外部に表れてフレームを覆うことにより,主軸の先端から多数の花柄が散出して,放射状に拡がって咲く様子を人工物で表現しようとしたものであり,頭部の花弁状部が重なり合うことなどにより,複雑な陰影を作り出し,看者に本物の植物と同様の自然で美しいフォルムを感得させるものである。このように,原告作品は,美術工芸品に匹敵する高い創作性を有し,その全体が美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているものであって,美術の著作物に該当するものというべきである。

翻案の意味及び翻案の該当性判断基準について

判決は、翻案の意味について、江差追分事件最判を引用し、以下のとおり述べました。

著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。

また、翻案の成否についても、江差追分事件最判に従い、創作性のある表現において同一性を有するか否かで決するという判断基準を示しました。

著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照),既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁)。

この基準を本件に具体的にあてはめるには、原告作品と被告作品のどこが共通ないし相違し、どこに原告作品の表現上の本質的な特徴があるかを認定していくことになります。

共通点・相違点について

判決は、まず、両作品の共通点を以下のとおり認定しました。

(ア)全体の構成
A 作品がフレームとエレメント複数個から構成されている。

(イ) フレームの構成,形状等
B フレームの内部には光源が設置される。
C フレームは,棒状部とリング状部とからなる丸みを帯びたものであり,その外表面を覆うように,リング状部位を形成する複数の円形孔が設けられている。
D フレームの複数の孔は,均等に配置されている。
E フレームの孔には,全て同一形状のエレメントが挿入され,放射線状に光源の外を向くように配置される。

(ウ) エレメントの構成,形状等
F エレメントは,シート状の素材を折るという手法を用いて形成されており,脚部と脚基部から放射線状に伸びる花弁状の頭部とから構成される。
G エレメントを構成する両刃部又は花弁の中央縦方向に折り線が設けられているほか,複数の斜め方向の折り線が設けられている。
H エレメントをフレームの孔に挿入すると,エレメントの脚部においてエレメントの挿入が留まり,エレメント頭部がフレームの外側に表れる。

(エ) 輪郭
I 均等に配置されたフレームの孔に同一形状のエレメントを挿入することにより,均等なエレメント頭部の立体的な重なりが表れる。

続いて、判決は、両作品の相違点を以下のとおり認定しました。

(ア) フレームの構成,形状等
A 原告作品は,フレームのリング状部の数は21個であり,リング状部には,それぞれ1個のエレメントが挿入されているのに対し,被告作品のフレームにはリング状部が多数あり,そのうち41個のリング状部に,それぞれ1個のエレメントが挿入されている。

(イ) エレメントの構成,形状等
B シートの素材
原告エレメントには,乳白ポリエステルシートが用いられているのに対し,被告エレメントには,プリズムシートが用いられている。
C エレメントを構成する部分の数
原告エレメントは,1つのエレメントから構成されるのに対し,被告エレメントは,大エレメントと小エレメントを組み合わせることにより1つのエレメントが形成される。
D エレメント全体の構成,形状
原告エレメントは,大きな剣先状の6個の花弁,その内側に配置された12個の頂点を有する大きな星形状の花弁,更にその内側に配置された12個の頂点を有する小さな星形状の花弁から形成される。
これに対し,被告作品の大エレメントは,大きな6個の大両刃部と小さな3個の小両刃部から形成され,小エレメントは,小さな3個の両刃部から構成される。そして,大エレメントの小両刃部は大両刃部の間に配置され,小エレメントの両刃部は,大エレメントの互いに隣り合わない3個の小両刃部に対応する位置に配置される。
E 花弁又は両刃部に設けられた折り線
原告エレメントの各花弁に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は平行であり,この斜め方向の折り線が等間隔のジグザグ線を構成しているのに対し,被告エレメントの両刃部に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は,傾斜角度が異なり,等間隔のジグザグ線を構成していない。
F 花弁又は両刃部の形状
原告エレメントは,平面視において,大きな剣先状の花弁,大きな星形状の花弁及び小さな星形状の花弁が,いずれも四角形で構成される。
これに対し,被告作品の大エレメントの大両刃部の上端となる面及び付け根部分,大エレメントの小両刃部の付け根部分,及び,小エレメントの両刃部の付け根部分の一部は,三角形で構成され,大エレメントの小両刃部の上端となる面,小エレメントの両刃部の上端となる面及び小エレメントの両刃部の付け根部分の一部は四角形で構成される。
G 花弁又は両刃部が伸びる方向
エレメントの側面視において,原告エレメントは,大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が,水平方向を基準に,中心から上斜め方向に伸びた後,水平な角度となるのに対し,被告エレメントは,大エレメントの大両刃部及び小エレメントの両刃部の上端となる面が,水平方向を基準に上斜め方向に真っ直ぐ伸び,大エレメントの小両刃部の上端となる面が,水平方向を基準に下斜め方向に真っ直ぐ伸びている。
H エレメントの脚部
原告エレメントの脚部は,上部から下部に向けて徐々に外側に広がった形状が形成され,リング状部にエレメントの脚部のほぼ全長が挿入され,エレメントの頭部の下端(脚基部)でエレメントが留められているのに対し,被告エレメントの脚部は,中央部近傍に外周径が最も小さくなるくびれが形成され,リング状部にその脚部を挿入すると,くびれのやや上部でエレメントが留められている。

(ウ) 輪郭
I 原告作品は,フレームの表面に沿う方向に花弁が広がり,花冠が集合したようなボール状の丸みを帯びた表面形状となっているのに対し,被告作品は,両刃部の先端がフレームの表面から離間する方向又はフレーム表面に向かう方向に鋭く突き出しており,凹凸があって刺々しい表面形状となっている。

原告作品の表現上の本質的特徴について

また、判決は、原告作品の表現上の本質的な特徴を認定するにあたり、まず、原告作品のコンセプトは「主軸の先端から多数の花柄が散出して,放射状に拡がって咲くという自然界の散形花序の特徴を,人工物である照明用シェードによって表現することにあり,本物の植物が見せるのと同様の自然で美しいフォルムをもった照明シェードを制作することにある」という原告の主張を引用しています。

原告作品と同様の照明用シェードである「umbel」についての原告らの説明・・・によれば,原告作品の基本的なコンセプトは,主軸の先端から多数の花柄が散出して,放射状に拡がって咲くという自然界の散形花序の特徴を,人工物である照明用シェードによって表現することにあり,本物の植物が見せるのと同様の自然で美しいフォルムをもった照明シェードを制作することにあると認められる。

ここで現れる「コンセプト」という言葉は、著作権法の文脈では、表現そのものではなく、その背景にあるアイデアを指すものと考えられます。

次に、判決は、上記コンセプトを前提に、原告作品の具体的な造形や色彩等を検討し、その本質的特徴は、「エレメントが球状体の中心から放射状に外を向いて開花しているかのような形状をしており、花弁同士が重なり合うなどして複雑で豊かな陰影を形成するとともに、その輪郭が散形花序のようにボール状の丸みを帯びた輪郭を形成していることにある」と認定しました。

こうしたコンセプトに基づき,上記(2)ウのとおり,原告作品の個々のエレメントは,剣先状の6個の花弁と,その内側に配置された12個の頂点を有する大きな星形状の花弁と,さらにその内側に配置された,12個の頂点を有する小さな星形の花弁から形成され,これにより,自然の花が球状体の中心から放射状に外を向いて開花しているかのような印象を看者に与えるものとなっている。
また,原告エレメントの各花弁のエレメント頭部の各花弁の縦方向中央には折り線が設けられているほか,ミウラ折りの要素を取り入れ,同中央部から斜め方向に平行な複数の折り線が設けられていることから,花弁1枚1枚の剣先及び剣先に至る部分に角度の変化が生じ,また,花弁同士が表面で重なり合うことにより,複雑で自然に近い陰影の表情が発露されている。
さらに,原告作品においては,原告エレメントに乳白ポリエステルシートを用いているところ,ポリエステルは光を拡散する光学的特性を有することから,豊かな陰影を形成することができ,また,自然界に存在する白い花に近い柔らかい色合いを同作品に与えているということができる。
加えて,原告エレメントは,エレメントの側面視において,大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が,水平方向を基準に,中心から上斜め方向に伸びた後,水平な角度となっていることから,フレームの表面に沿う方向に花弁が広がり,自然な散形花序のようなボール状の丸みを帯びた表面形状の形成が可能となっている。
以上によれば,原告作品の本質的特徴は,エレメントが球状体の中心から放射状に外を向いて開花しているかのような形状をしており,花弁同士が重なり合うなどして複雑で豊かな陰影を形成するとともに,その輪郭が散形花序のようにボール状の丸みを帯びた輪郭を形成していることにあるというべきである。

さらに、判決は、原告作品の上記本質的特徴を実現するために採用されている具体的な構成や形状の重要な部分として、以下の4点を認定しました。

  • 原告エレメントが剣先状の花弁と、その内側に配置された大きな星形状の花弁状と、さらにその内側に配置された小さな星形状の花弁から構成されること
  • エレメント頭部にミウラ折りの要素を取り入れ、各花弁の縦方向中央には折り線が設けられ、更に同中央部から斜め方向に平行な複数の折り線が設けられていること
  • 光を拡散する光学的特性を有する乳白ポリエステルシートが使われていること
  • 大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が、水平方向を基準に、中心から上斜め方向に伸びた後、水平な角度となっていること

上記の原告作品の本質的特徴を実現するために重要な構成,形状は,・・・原告作品の構成,形状に照らすと,①原告エレメントが剣先状の花弁と,その内側に配置された大きな星形状の花弁状と,さらにその内側に配置された小さな星形状の花弁から構成されること,②エレメント頭部にミウラ折りの要素を取り入れ,各花弁の縦方向中央には折り線が設けられ,更に同中央部から斜め方向に平行な複数の折り線が設けられていること,③光を拡散する光学的特性を有する乳白ポリエステルシートが使われていること,④大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が,水平方向を基準に,中心から上斜め方向に伸びた後,水平な角度となっていることにあると考えられる。

共通点と原告作品の本質的特徴について

その上で、判決は、以下のとおり、原告作品と被告作品の共通点とされた部分に、原告作品の本質的特徴を基礎づける部分があるかを検討し、結論として、これを否定しました。

以上を踏まえ,原告作品と被告作品の共通点A~Iについてみると,共通点Aは作品全体の構成であり,共通点B~Eはフレームの構成,形状等に関する共通点であり,いずれも,看者の目に入らず,その注意を惹かない部分であって,原告作品の本質的特徴を基礎付けるものではない。
また,共通点Fは,エレメントが脚部頭部から構成されるとの基本的な構成において共通することを意味するにすぎず,共通点Gについては,後記のとおり,これをもって被告作品にミウラ折りの要素が取り入れられているということはできない。共通点Hも,エレメントをフレームの孔に挿入すると,エレメントの脚部においてエレメントの挿入が止まるということはその機能上当然のことということができる。
さらに,共通点Iについては,フレームの表面上において,エレメント頭部が重なり合う点で共通するにとどまり,原告作品の輪郭に関する特徴を被告作品が有するものではない。
以上のとおり,共通点A~Iは,いずれも原告作品の本質的特徴を基礎付けるものではなく,これらの共通点から原告作品の本質的特徴を直接感得することはできない。

相違点と原告作品の本質的特徴について

また、判決は、各相違点についても、それらが作品を見る者にどのような印象を与えるか、個別に検討しています。

次に,原告作品と被告作品との相違点について検討するに,・・・原告作品の本質的特徴を実現するために重要な構成,形状は,①エレメント全体の構成,形状,②花弁又は両刃部に設けられた折り線,③シートの素材,④花弁又は両刃部が伸びる方向にあるところ,・・・原告作品と被告作品にはこれらの点について相違点(順に,相違点D,E,B,G)があると認められる。

まず、エレメント全体の構成、形状については、以下のとおり述べ、原告作品のエレメントは平面的で、花が中心部から花弁を開いているような印象を与えるのに対し、被告作品のエレメントは、より立体的で人工的な造形物に近い印象を与えるものとなっているとしました。

上記①に関し,原告作品と被告作品は,原告エレメントが剣先状の花弁と,その内側に配置された大きな星形状の花弁状と,さらにその内側に配置された小さな星形状の花弁から構成されているのに対し,被告作品の大エレメントは,大きな6個の大両刃部と小さな3個の小両刃部から形成され,小エレメントは,小さな3個の両刃部から構成され,大エレメントの小両刃部は大両刃部の間に配置され,小エレメントの両刃部は,大エレメントの互いに隣り合わない3個の小両刃部に対応する位置に配置されている点で相違する(相違点D)。
上記相違点により,原告作品のエレメントが,どちらかというと平面的で,実際の花がその中心部から花弁を開いているような印象を与えるのに対し,被告作品のエレメントは,両刃部の先端が鋭利で様々な方向に突き出していること(相違点G)もあいまって,より立体的で人工的な造形物に近い印象を看者に与えるものとなっている。

また、花弁や両刃部に設けられた折り線については、以下のとおり述べ、原告作品のエレメントがミウラ折りを取り入れていることにより豊かな陰影を形成するとともに、柔らかい丸みを帯びた輪郭を形成しているのに対し、被告作品のエレメントは、より立体的で人工的な造形物であるとの印象を与えるものとなっているとしました。

上記②に関し,原告作品と被告作品は,原告エレメントでは,ミウラ折りの要素を取り入れ,原告エレメントの各花弁に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は平行であり,この斜め方向の折り線が等間隔のジグザグ線を構成しているのに対し,被告エレメントの両刃部に設けられた中央線から斜め方向の複数の折り線は,傾斜角度が異なり,等間隔のジグザグ線を構成していないことから,被告エレメントがミウラ折りの要素を取り入れているとはいえない点で相違する(相違点E)。
また,これに関連して,原告エレメントは,大きな剣先状の花弁,大きな星形状の花弁及び小さな星形状の花弁が,いずれも四角形で構成されるのに対し,被告作品の大エレメントの大両刃部の上端等が三角形で構成され,四角形で構成されるのはその一部にすぎないという点においても相違している(相違点F)。
上記のとおり,原告作品のエレメントが,ミウラ折りの要素を取り入れていることを特徴とし,これにより豊かな陰影を形成するとともに,柔らかい丸みを帯びた輪郭を形成しているのに対し,被告作品のエレメントは,大両刃部の上端等が三角形で構成され両刃部の先端が鋭利で様々な方向に突き出していること(相違点G)もあいまって,より立体的で人工的な造形物であるとの印象を看者に与えるものとなっている(特徴Y①)。

さらに、シートの素材については、以下のとおり述べ、両者の素材の相違から、原告エレメントは光源からの光により乳白色に光り、柔らかく豊かな陰影を形成しているのに対し、被告エレメントは、光が均一で、クリスタルのようなまばゆい輝きを放つため、原告作品とは全く異なる印象を与えるものとなっているとしました。

上記③に関し,原告作品と被告作品は,原告エレメントには,乳白ポリエステルシートが用いられているに対し,被告エレメントには,プリズムシートが用いられているという点で相違する(相違点B)。原告エレメントに用いられている乳白ポリエステルは,光を拡散させる光学的特性を有することから,光源からの光は拡散し,柔らかく豊かな陰影を形成することになるのに対し,被告エレメントに用いられているプリズムシートは,透過と屈折がその光学的特性であることから,鏡面反射も加わると,クリスタルの塊を思わせる,小さな虹を伴ったまばゆいばかりの光の塊となるという性質を有する。
このような素材の違いにより,原告エレメントは,光源からの光により乳白色に光り,柔らかく豊かな陰影を形成しているのに対し,被告エレメントは,フレームの内部に設置された光源の光の明るさが均一にむらなく光り,クリスタルのようなまばゆい輝きを放つものであり,原告作品とは全く異なる印象(特徴Y③)を看者に与えるものとなっている。

花弁や両刃部が伸びる方向については、以下のとおり述べ、その方向の差異により、原告作品の表面は花冠が集合したようなボール状の丸みを帯びた印象を与えるのに対し、被告作品の表面は凹凸があって刺々しい印象を与えるものとなっているとしました。

上記④に関し,原告作品と被告作品は,エレメントの側面視において,原告エレメントは,大きな剣先状の6個の花弁及び大きな星形状の花弁の上端となる面が,水平方向を基準に,中心から上斜め方向に伸びた後,水平な角度となるのに対し,被告エレメントにおいては,大エレメントの大両刃部及び小エレメントの両刃部の上端が水平より上斜め方向に伸び,大エレメントの小両刃部の上端が水平より下斜め方向に伸びるなど,その端部が様々な方向に突き出している点で相違する(相違点G)。
このような花弁又は両刃部が伸びる方向の差異により,原告エレメントは,フレームの表面に沿う方向に花弁が広がり,全体として,原告作品の表面は花冠が集合したようなボール状の丸みを帯びた印象を看者に与えるのに対し,被告エレメントの両刃部の先端はフレームの表面から離間する方向やフレーム表面に向かう方向など様々な方向に鋭く突き出していることから,被告作品の表面は凹凸があって刺々しい印象(特徴Y②)を与えるものとなっている(相違点I)。

本質的特徴の直接感得可能性について

以上の検討の結果、判決は、以下のとおり、原告作品は自然界の花のような柔らかい印象を与えるのに対し、被告作品はより人工的な印象を与えるものであるとし、被告作品から原告作品の本質的特徴を直接監督することはできないと結論付けて翻案権侵害を否定しました。

以上のとおり,原告作品と被告作品とは,原告作品の本質的特徴を実現するために重要な構成,形状において相違しており,被告作品は,自然界に存在する花のような柔らかく陰影に富んだ印象を与えるのではなく,より立体感があって,均一にむらなく光り,クリスタルのようなまばゆい輝きを放つものであって,その輪郭も,散形花序のようにボール状の丸みを帯びたものではなく,凹凸のある刺々しい印象を与えるものであるから,被告作品から原告作品の本質的特徴を直接感得することはできないというべきである。

なお、判決は、同様の理由から同一性保持権の侵害も否定しています。

コメント

本判決は、規範において特段目新しいものはありませんが、美術の著作物について翻案の成否を検討する過程が詳細に判示されている点において実務の参考になるものと思われます。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・飯島)