東京地方裁判所第44部(飛澤知行裁判長)は、昨年(令和4年)12月18日、芸能事務所である原告と被告の間で締結されていた専属契約のうち、芸名に係るパブリシティ権を芸能事務所に原始的に帰属させる部分、及び専属契約の終了後も無期限に芸能事務所側に当該芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き公序良俗に反するものとして無効であるとし、当該条項に基づく芸名の差止請求を棄却しました。

判決全文はこちら

ポイント

骨子

  • パブリシティ権の譲渡性を認めつつ、被告の芸名に係るパブリシティ権を原始的に帰属させる条項は、①それによって原告の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告の不利益の程度及び③代償措置の有無といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効となると解される。
  • 芸名に係るパブリシティ権が被告に帰属し、かつ本件契約が既に終了しているにもかかわらず、原告が無期限に被告による本件芸名の使用の諾否の権限を持つとすると、被告の芸名に係るパブリシティ権を原始的に帰属させる条項の効力を実質的に認めることに他ならないことから、契約の終了後も無期限に原告に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている条項は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効であると解される。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所第44部
判決言渡日 令和4年12月18日
事件番号 令和3年(ワ)第13043号
事件名 芸名使用差止請求事件
裁判官 裁判長裁判官 飛澤 知行
裁判官 金田 健児
裁判官 川本 涼平

解説

パブリシティ権の法的性質

「パブリシティ権」とは、顧客吸引力を有する著名人の氏名、肖像等につき、これを排他的に利用する権利であり、最高裁は、パブリシティ権につき、以下の通り、人格権に由来する権利の一内容としています(最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決・民集66巻2号89頁(ピンクレディー事件))。

人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。こうした氏名、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(いわゆるパブリシティ権)は、氏名、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる)。

パブリシティ権の譲渡の可否

上記のように、パブリシティ権は判例上、人格権(個人の人格の尊厳のために保護されなければならない利益を言い、名誉、プライバシー権などが代表的です。)に由来する権利として位置付けられているところ、人格権は一身専属的な権利であり、譲渡できないとされるのが一般的と解されています。
一方で、パブリシティ権は、上述の最高裁も「氏名、肖像等それ自体の商業的価値に基づくもの」と述べているように、顧客吸引力に関する経済的な権利としての側面も有し、譲渡が可能とも考えられ、見解が分かれている状況でした。
上記ピンクレディー事件判決以前において、譲渡性があることを前提とした裁判例としては、「黒夢」事件(東京高裁平成14年7月17日判決判時1809号39頁)、ラーメン「我聞」事件(東京地判平成22年4月28日)などがあります。一方、上記ピンクレディー判決以降の裁判例であるRitmix事件(大阪地判平成29年3月23日))は、「パブリシティ権は、人格権に由来する権利の一内容を構成するもので、一身に専属し、譲渡や相続の対象とならない」とし、譲渡性を否定しています。

契約条項の公序良俗違反

民法上、公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は無効とされています(民法第90条)。公序良俗違反については、いくつかの類型がありますが、例えば、退職した元従業員に対する競業避止義務については、裁判例上は、以下のような事情を考慮して、制限が合理的な範囲を超えて職業選択の自由などを制限する場合は、公序良俗違反により無効となると考えられています(奈良地判昭和45年10月23日判時624号78頁(フォセコ・ジャパン・リミテッド事件))。

競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由等を不当に抱束し、同人の生存を脅やかす場合には、その制限は公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する

事案の概要

本件の原告は、演劇・音楽のタレントの養成及びマネージメント、音楽録音物の企画・製作・宣伝及び販売、演劇・音楽の興業の企画制作、並びにアーティストに関連するキャラクター商品の企画、制作、宣伝、販売等を業とする株式会社(いわゆる芸能事務所)です。
本件の被告は、原告との間で専属契約を締結していたアーティストです。
原告と被告の間で締結していた専属契約書(以下、「本件契約書」といいます。)には、以下の内容が含まれていました。

8条
被告の出演業務により発生する著作権、著作隣接権、著作権法上の報酬請求権
ならびにパブリシティ権、その他すべての権利は、何らの制限なく原始的に原告
に帰属する。
10条
被告は本契約期間中はもとより契約終了後においても、原告の命名した以下の芸名および名称を原告の承諾なしに使用してはならない。
「C」

本事案は、原告が、被告において、本件契約書10条に反して、原告の承諾なしに「C」という名称(以下「本件芸名」といいます。)を使用して芸能活動を行っていると主張して、被告に対し、上記約定に基づき、被告の芸能活動における本件芸名の使用の差止めを求めたものです。

主な争点は、①本契約書におけるパブリシティ権の帰属先(パブリシティ権の譲渡性及び本件契約書8条の有効性)及び②本件契約書10条の有効性です。

判旨

本判決は、被告が芸能活動を停止した平成22年12月31日をもって、原告と被告との間で本件契約を更新しない旨又は本件契約を解約する旨の黙示の合意が成立し、契約が終了していると判断したうえで、①本契約におけるパブリシティ権の帰属先(パブリシティ権の譲渡性及び本件契約8条の有効性)、②本件契約10条の有効性につき、以下の通り判断しました。

本件芸名に係るパブリシティ権の帰属先等について

本件契約書8条は、被告の出演業務により発生するパブリシティ権が原告に原始的に帰属する旨を定めているところ、本判決は、下記の通り、パブリシティ権の一審専属性については否定し、その譲渡自体については可能であることを判示しました。

この点、パブシティ権が人格権に由来する権利であることを重視して、人格権の一身専属性がパブリシティ権についてもそのまま当てはまると考えれば、芸能人等の芸能活動等によって発生したパブリシティ権が(譲渡等により)その芸能人等以外の者に帰属することは認められないから、本件契約書8条のうちパブリシティ権の帰属を定める部分は当然に無効になるという結論になる。しかし、パブリシティ権が人格的利益とは区別された財産的利益に着目して認められている権利であることからすれば、現段階で、一律に、パブリシティ権が譲渡等により第三者に帰属することを否定することは困難であるといわざるを得ない。

そのうえで本判決は、以下の場合につき、本件契約書8条の有効性が否定されるとの判断基準を示しました。

仮に、パブリシティ権の譲渡性を否定しないとしても、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分が、①それによって原告の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告の不利益の程度及び③代償措置の有無といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、上記部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると解される。

そして、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、原告による投下資本の回収という目的があることを考慮しても、投下資本の回収は、合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであることから、原告の利益を保護する必要性の程度は必ずしも高いものではなく(上記①)、適切な代償措置もなく(上記③)、被告の芸能活動をすることを制約し、本件契約の契約期間終了後の自由な移籍や独立を萎縮させる被告の利益を制約するものであり(上記②)、合理的な範囲を超えて、被告に不利益を与えるものであることを指摘して、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると判示しました。

本件契約書10条の有効性について

本件契約書10条は、本件契約の契約期間中はもとより、本件契約の終了後においても、被告による本件芸名の使用を原告の諾否にかからしめるものですが、上記の通り、芸名に係るパブリシティ権が被告に帰属し、かつ本件契約が既に終了しているにもかかわらず、原告が無期限に被告による本件芸名の使用の諾否の権限を持つとすると、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の効力を実質的に認めることに他ならないとし、本件契約書10条のうち少なくとも本件契約の終了後も無期限に原告に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効であると判断しました。

結論

以上により、裁判所は、本件契約書8条及び10条は無効であるとして、同条に基づく原告の差止め請求を認めませんでした。

コメント

本判決は、パブリシティ権の譲渡性を認めつつ、パブリシティ権を原告に原始的に帰属させる内容の合意の有効性につき、「①それによって原告の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告の不利益の程度及び③代償措置の有無といった考慮要素を示し、これらの事情を考慮して、「合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる」場合には、社会的相当性を欠き公序良俗に反するものとして無効になるとしました。
パブリシティ権を譲渡する契約の有効性の判断基準を示したものであり、今後の同種事案の参考になるものと思われます。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・秦野)