2018年6月に成立した「働き方改革関連法案」のうち、改正された労働基準法等が2019年4月1日に施行されます。長時間労働の是正と多様で柔軟な働き方の実現等を目的として、時間外労働の上限規制、年次有給休暇の取得義務化、勤務間インターバル制度の導入促進や高度プロフェッショナル制度の創設など、従来の規制・制度の見直し・強化にとどまらず、新たな制度の創設も含む大幅な法改正となります。そこで、法改正の概要と企業・事業主に求められる対応について、ポイントを解説します。
ポイント
骨子
今回の労働基準法等の改正では、長時間労働の是正と多様で柔軟な働き方の実現等を目的として、以下のように、従来の規制・制度が見直し・強化されるとともに、新たな制度が創設されます。違反した場合には、罰則の適用を受けることもありますので、注意が必要です。
- 時間外労働の上限規制
- 年次有給休暇の取得義務化
- 勤務間インターバル制度の導入促進
- フレックスタイム制の見直し
- 高度プロフェッショナル制度の創設
- 産業医・産業保健機能の強化
解説
時間外労働の上限規制
時間外労働の上限規制が法律によって規定されました。
長時間労働は、健康の確保を困難にするとともに、仕事と家庭生活の両立を困難にし、少子化の原因、女性のキャリア形成を阻む原因、男性の家庭参加を阻む原因となるとされています(厚生労働省リーフレット)。
これまで、時間外労働の上限に関しては、厚生労働大臣の告示(限度基準告示)によって基準が設けられていたものの、罰則を伴う法律上の規制ではなかったため、必ずしも遵守されておらず、十分な規制とはいえないものでした。
今回の労働基準法の改正により、時間外労働の上限は、法律上、月45時間、年360時間とされ、臨時的な特別の事情がなければ、超過することは認められません(改正労働基準法36条4項)。
また、通常予見することのできない業務量の大幅な増加等、臨時的な特別の事情があったとしても、以下を守らなければいけません(同法36条5項、6項)。
①時間外労働 年720時間以内
②時間外労働と休日労働の合計 1月100時間未満
2月~6月平均80時間以内
③時間外労働が月45時間を超過できる月数 年6か月以内
1月100時間未満、複数月平均80時間以内との制限(②)については、休日労働も含まれますので、時間外労働が1月45時間以内であったとしても、休日労働を含めて1月100時間以上となる場合には、法律違反となります。法律違反となった場合には、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科されるおそれがあります(同法119条)。
さらに、企業には、労働時間を正確に把握・管理するべく、タイムカードや電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法により、労働時間の状況を把握するとともに、労働時間の状況に関する記録を作成し、3年間保存する義務が課せられました(改正労働安全衛生法66条の8の3、同規則52条の7の3)。
そのため、企業としては、臨時的な特別の事情がある場合であっても、時間外労働の上限規制を超過することがないか、現在の労働時間等を確認したうえで、超過する場合には、就労体制の抜本的な見直しをする必要があります。また、1月100時間未満、複数月平均80時間以内を維持するためには、労働者毎の各月の時間外労働時間・休日労働時間を正確に把握・管理するための体制を整えることが必須となります。2019年4月1日の施行が差し迫っており、時間的な猶予はありません。
なお、改正労働基準法は、2019年4月1日以降の期間のみを定める36協定に適用されるものであり、同日前後に跨る期間の36協定については適用がありません(改正労働基準法附則2条)。新たに36協定を締結し直す必要もありません。
また、中小企業については、猶予期間が設けられており、2020年4月1日に適用が開始されます(同附則3条)。また、建設事業や自動車運送事業、医師業など一部事業・業務については、2024年3月31日まで適用が猶予されるとともに、一部規制は適用外となるものがあります(同附則139~142条)。
年次有給休暇の取得義務化
企業・事業主側に、年次有給休暇を取得させる義務が課されることになりました。
これまでは、従業員からの申出がなければ、企業・事業主としては、年次有給休暇を取得させなくとも、特に問題はありませんでしたが、今回の労働基準法の改正により、10日以上の年次有給休暇が付与される従業員については、特に申出がない場合であっても、企業・事業主側より、年間5日以上の年次有給休暇を取得させなければならなくなりました(改正労働基準法39条7項)。
企業・事業主としては、年次有給休暇付与日(基準日)から1年間に労働者が取得した年次有給休暇が5日より少ない場合には、時季を指定して、不足分を付与する必要があります。時季指定に際しては、予め労働者の意見を聴取したうえで、出来る限り希望に沿った取得時季となるよう、努めなければいけません。
また、企業・事業主としては、時季、日数、基準日を労働者毎に明らかにした書類(年次有給休暇管理簿)を作成し、3年間保存する義務が課されることになりました。
さらに、休暇に関する事項は、就業規則の絶対的必要記載事項であるため(同法89条)、使用者による年次有給休暇の時季指定を実施する場合には、時季指定の対象となる労働者の範囲や時季指定の方法等について、就業規則に記載しなければいけません。
年間5日以上の年次有給休暇を取得させなかった場合や使用者による時季指定実施を就業規則に記載していなかった場合には、法律違反として、罰則(30万円以下の罰金)が科されるおそれがあります(同法120条)。
そのため、企業・事業主としては、労働者毎に年次有給休暇の取得状況を把握・管理する体制を整えるとともに、使用者による時季指定を実施する場合には、就業規則を見直す必要があります。
なお、年次有給休暇の取得義務は、すべての企業・事業主に課されるものであり、中小企業等への例外はありません。
また、労働者が自ら年次有給休暇の時季を指定した場合や労使協定に基づいて年次有給休暇を計画的に付与した場合には、当該日数分については、企業側が指定する必要はありません(同法39条8項)。
勤務間インターバル制度の導入促進
新たに勤務間インターバル制度の導入努力義務が規定されました。
前日の終業時間と翌日の始業時間との間に一定時間以上の休息時間(インターバル)を確保する仕組みであり、過重労働を防止し、労働者が十分な生活時間や睡眠時間を確保することを目的としています。
EU加盟国においては、11時間以上の連続した休息時間の付与が義務付けられており(EU労働時間指令)、日本においても、自主的に導入する企業が増えてきていましたが、すべてに企業・事業主について、導入に向けて努力すべき義務が規定されました(改正労働時間等設置改善法2条1項)。
もっとも、あくまで努力義務にとどまるものであり、罰則規定も設けられていないことから、企業・事業主にとっては、導入を強制されるものではありません。
また、具体的な制度設計については、法律上、明確に規定されていないことから、各企業の裁量にゆだねられています。厚生労働省リーフレットでは、休息時間を確保するために始業時間を後ろ倒しにする方法が例示されています。休息時間についても、法律上、明確に規定されていませんが、厚生労働省の有識者検討会による報告では、8~12時間が目安とされています。
なお、中小企業・事業主に対しては、勤務間インターバル制度の導入に取り込んだ際の費用の一部を助成する制度が厚生労働省により設けられています(予算による制限があります)。
フレックスタイム制の見直し
フレックスタイム制における労働時間の清算期間が1か月から3か月に延長されることになりました。
フレックスタイム制とは、予め一定期間(清算期間)における総労働時間を定めつつ、同時間内における始業時間・終業時間等の決定を労働者の自主的判断に委ねる制度をいいます。労働基準法においては、労使協定等を条件として、清算期間内における平均週労働時間が40時間を超えない範囲で、所定労働時間(1日8時間、1週間40時間)を超えて、労働させることが認められています。
これまではフレックスタイム制の清算期間は1か月が上限とされていましたが、今回の労働基準法の改正により、多様で柔軟な働き方を実現するべく、清算期間が最大3か月に延長されました(改正労働基準法32条の3・1項2号)。
これにより、労働者にとっては、子育てや介護といった生活上のニーズに合わせて労働時間を決めることができ、より柔軟な働き方が可能となります。清算期間が3か月に延長されたことから、月単位で労働時間を調整することが可能となり、これまで労働時間・日数が不足していた場合には欠勤扱いとなっていたものを、他の月で補うことが可能となります。
他方、企業・事業主にとっては、これまでは1か月単位で清算しなければならなかったために、割増賃金の負担が生じていたケースにおいて、清算期間が3か月に延長されたことにより、労働時間・日数が少ない他の月と併せて清算して、割増賃金の支払義務を免れることが可能となります。
なお、フレックスタイム制における労働時間の清算期間が1か月を超える場合には、1か月毎の週平均労働時間は50時間を超えてはいけません(同2項)。
また、1か月を超える清算期間を定める場合には、企業・事業主は、労使協定を労働基準監督署長に届け出る必要があります(同4項、労働基準法施行規則12条の3・2項)。
高度プロフェッショナル制度の創設
高度プロフェッショナル制度が創設されました。
多様で柔軟な働き方を実現するべく、高度の専門的知識等を必要とするとともに、従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められる業務について、労働時間の規制や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の規定を適用外とする制度です(改正労働基準法41条の2・1項)。
対象業務は厚生労働省令で定めるものとされており、現時点では、以下の業務が想定されています。
・金融商品の開発業務
・金融商品のディーリング業務
・アナリスト業務(企業・市場等の高度な分析業務)
・コンサルタント業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考察又は助言の業務)
・新商品・技術等の研究開発業務
以上の業務に就くすべての労働者が対象となるのではなく、年収が労働者の平均給与額の3倍を相当程度上回る水準として、厚生労働省令で定める額以上であることが条件となります。現時点では、年収1075万円以上と想定されています。また、職務を明確に定める書面により、労働者本人が同意する必要があります(同条1項2号)。
労働時間の規制が適用されないといっても、無制限に時間外・休日労働が可能となるものではありません。企業側には、対象労働者の健康管理時間(在社時間+社外労働時間)を把握する義務が課され(同項3号)、対象労働者に、年間104日以上、かつ、4週4日以上の休日を確保することが義務付けられます(同項4号)。
また、健康管理時間が一定時間を超えた対象労働者には、医師による面接指導を実施しなければならず(労働安全衛生法66条の8の4・1項)、違反した場合には罰則(50万円以下の罰金)が科されるおそれがあります(同法120条1項)。
労使委員会による決議、各健康管理措置の実施、労働基準監督署への届出・定期報告など、高度プロフェッショナル制度の導入には様々な対応が必要となります。
なお、対象業務や年収要件などは、厚生労働省令で定めるものとされており、経済状況などにより、将来的に変更される可能性も有り、対象労働者の範囲が拡大することもあるでしょう。
産業医・産業保健機能の強化
産業医・産業保健機能が強化されました。
これまでは、産業医は、労働者の健康を確保するために必要があると認めるときに、企業・事業主に勧告することができるにとどまり、企業または労働者からの自主的な情報提供を待たなければなりませんでした。
今回の労働安全衛生法の改正により、企業・事業主は、産業医に対し、労働者の労働時間に関する情報等を提供しなければならなくなりました(改正労働安全衛生法13条4項)。
また、産業医から勧告を受けた場合、企業・事業主は、その勧告を尊重する義務を負っていますが(同条5項)、さらに、勧告の内容を衛生委員会に報告しなければならないこととなり(同条6項)、実効性のある健康確保対策を促進する効果が期待されます。
なお、産業医とは、労働者の健康管理等について、専門的な立場から指導や助言を行う医師のことをいい、労働者を常時50人以上使用している事業場においては、産業医を選任する義務があります。
コメント
このように、今回の法改正により、従来の規制・制度が大きく見直されるとともに、新たな制度が創設されます。
企業・事業主にとっては、労働時間や年次有給休暇の取得状況を正確に把握し、管理する体制を確立しなければなりません。法改正に合わせた就業規則等の見直しが必要になるかもしれません。
施行日は2019年4月1日となっていますので、急ぎご準備ください。
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(文責・平野)
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