大阪地方裁判所第26民事部(髙松宏之裁判長)は、本年(平成30年)9月20日、フラダンスの特定の振付けに著作物性を認め、被告によるフラダンスの上演及び第三者に上演させることの差止及び損害賠償の請求を認容する判決をしました。

判決は、まず、個々の振付けについて作者の個性の表れといえるかを認定し、その後に、作者の個性が表れている部分とそうでない部分が相俟った一連の流れとしての振付けの中で、作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には、舞踏の著作物性が認められるとの考え方を示しました。

個々的には創作性を有しない短い表現について、創作性そのものとは別に「作者の個性の表れ」といえるかを認定し、その組合せによって全体としての創作性の有無を判断するという手法は、創作性の認定において、参考になるものと思われます。

ポイント

骨子

  • フラダンスにおける、ある歌詞に対応する振付けの動作が、歌詞から想定される既定のハンドモーションでも、他の類例に見られるものでも、それらと有意な差異がないものでもない場合には、その動作は、当該歌詞部分の振付けの動作として、当該振付けに独自のものであるか又は既存の動作に有意なアレンジを加えたものいうことができるから、作者の個性が表れていると認めるのが相当である。
  • フラダンスのハンドモーションは歌詞に対応するものではあるが、歌詞の解釈が独自であり、そのために振付けの動作が他と異なるものとなっている場合には、そのような振付けの動作に至る契機が他の作者には存しないのであるから、当該歌詞部分に当該動作を振り付けたことについて、作者の個性が表れていると認めるのが相当である。
  • ステップは、基本的にありふれた選択と組合せにすぎないが、ステップが既存のものと顕著に異なる新規なものである場合には、ステップ自体の表現に作者の個性が表れていると認めるべきである。また、ハンドモーションにステップを組み合わせることにより、歌詞の表現を顕著に増幅したり、舞踊的効果を顕著に高めたりしていると認められる場合には、ハンドモーションとステップを一体のものとして、当該振付けの動作に作者の個性が表れていると認めるのが相当である。
  • 特定の歌詞部分の振付けの動作に作者の個性が表れているとしても、それらの歌詞部分の長さは長くても数秒間程度のものにすぎず、そのような一瞬の動作のみで舞踊が成立するものではないから、特定の歌詞部分の振付けの動作に個別に舞踊の著作物性を認めることはできない。
  • 楽曲の振付けとしてのフラダンスは、そのような作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相俟った一連の流れとして成立するものであるから、そのようなひとまとまりとしての動作の流れを対象とする場合には、舞踊として成立するものであり、その中で、作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には、そのひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性を認めるのが相当である。
  • フラダンスに舞踊の著作物性が認められる場合に、その侵害が認められるためには、侵害対象とされたひとまとまりの上演内容に、作者の個性が認められる特定の歌詞対応部分の振付けの動作が含まれることが必要なことは当然であるが、それだけでは足りず、作者の個性が表れているとはいえない部分も含めて、当該ひとまとまりの上演内容について、当該フラダンスの一連の流れの動作たる舞踊としての特徴が感得されることを要すると解するのが相当である。

判決概要

裁判所 大阪地方裁判所第26民事部
判決言渡日 平成30年9月20日
事件番号 平成27年(ワ)第2570号
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判官 裁判長裁判官 髙 松 宏 之
裁判官    野 上 誠 一
裁判官    大 門 宏一郎

解説

著作物とは

著作権法は、著作物の定義を、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定めています(著作権法第2条1項1号)。

この規定によると、著作物性が認められるためには、①思想又は感情、②創作性、③表現、④文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属すること、の4つの要件を充足することが必要になります。

創作性とは

創作性の意味

創作性の意味については、一般的に、創作者の何らかの人格的な個性が表現されていることと考えられています。また、他人の著作物の表現をそのまま用いたような場合にも、創作性は否定されるといわれています。

もっとも、一般に、創作性が認められるために、新規性や独創性などは要求されません。また、コンピュータプログラムやデータベースなども著作物と認められるようになったため、創作性における人格的要素は希薄になっています。実際上、訴訟における実際の認定でも、創作性は、不可避的表現ないしありふれた表現を排除するための要件として機能しています。

そのため、最近では、創作者の個性という、評価の難しい基準ではなく、そもそも誰が表現しても同じになるような場合には創作性を否定し、表現に一定の選択の幅があった場合には創作性を認めるという、「選択の幅論」という考え方が有力になっています。

短い著作物と創作性

ある表現が、ありふれた表現ではなく、個性の表れといえるためには、表現に一定の長さないし量が必要です。例えば、知財高判平成17年10月6日「YOL(ヨミウリ・オン・ライン)」事件は、以下のような記事見出しについて、著作物性を否定しました(ただし、これらの見出しにフリーライドしたサービスについては、民法上の不法行為の成立を認めています。)。

(1) 「マナー知らず大学教授,マナー本海賊版作り販売」
(2) 「A・Bさん,赤倉温泉でアツアツの足湯体験」
(3) 「道東サンマ漁,小型漁船こっそり大型化」
(4) 「中央道走行車線に停車→追突など14台衝突,1人死亡」
(5) 「国の史跡傷だらけ,ゴミ捨て場やミニゴルフ場…検査院」
(6) 「『日本製インドカレー』は×…EUが原産地ルール提案」

また、東京高判平成13年10月30日スローガン事件は、「ボク安心 ままの膝より チャイルドシート」という交通標語の作者である原告が、「ママの胸より チャイルドシート」という交通標語を使用する被告に対し著作権侵害を主張したものでしたが、判決は、原告の交通標語に創作性を認めたものの、その特徴は五七五調であることや、「ボク」と「ママ」、「膝」と「チャイルドシート」といった対比にあり、被告の交通標語はこれを備えていないとして、著作権侵害を否定しました。

このように、短い著作物は、創作性が認められにくく、また、認められたとしても、その権利範囲は限られたものとなりがちです。

創作性の認定と著作物の種類

創作性について、どのような考え方を採用するとしても、どのような場合に個性を認め、どのような表現をありふれたものとするか、あるいは、どのような場合に選択の幅の存在を認めるかは、著作物の種類によって変わってきます。そのため、実際に創作性について検討をするときは、一般論ではなく、具体的な著作物の種類に従って判断をすることになります。

舞踊の著作物とは

著作権法10条1項は、著作物に該当するものとして9つの例を列挙し、その3号に、「舞踊又は無言劇の著作物」を定めています。つまり、「舞踊」は、著作物性が認められる典型例の一つといえます。ここにいう「舞踏の著作物」とは、一般に、人の身体の動作の型を振付けとして表現するものと解されています。

舞踏の著作物性

著作権法に列挙された著作物の類型にあてはまるとしても、それだけで個々の舞踏に著作物性が当然に認められるわけではありません。ある具体的な舞踏に著作物性があるといえるためには、やはり、上述の4つの要件を充足することが必要になり、特に、創作性の有無が問題となります。

舞踏の著作物性をめぐってはいくつかの裁判例がありますが、しばしば引用される著名なものとして、東京地判平成24年2月28日「Shall we ダンス?」事件があります。この事件は、映画「Shall we ダンス?」で使われた社交ダンスの振り付けについて創作性が争われた事件ですが、裁判所は、振付けに著作物性を認めませんでした。

「Shall we ダンス?」事件において、判決は、振付けの創作性を、個々のステップや身体の動きと、社交ダンス全体のそれぞれの観点から分析しています。

まず、個々のステップ等については、いずれもごく短くありふれたものであり、アレンジが加えられていても基本的なステップを認識できるようなものは基本的なステップの範疇を超えないとして、著作物性を認めませんでした。判決は、そのような短い身体動作に著作物性を認めると、本来自由であるべき身体動作に過度の独占をもたらすことも指摘しています。

また、基本的なステップの組合せからなる社交ダンス全体の振付けについても、権利保護と自由利用のバランスの観点から、創作性が認められるためには、単なる既存のステップにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であるとされ、結論的には、問題となったダンスシーンのいずれについても創作性を認めませんでした。

上演権とは

著作権法22条は、以下のとおり、上演権・演奏権を定め、公に著作物を上演または演奏することを、著作権者の専有権の対象としています。

(上演権及び演奏権)
第二十二条 著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。

上演と演奏は、いずれも著作物を演じることですが、演奏は音楽の著作物を対象にするのに対し、上演は、舞踏を含むその他の著作物を対象にする点で異なります。上演や演奏は、公衆の前で実際に生演奏や上演をする場合が典型ですが、上演や演奏を録音・録画したものを再生することも含まれると考えられています。

著作権法の保護対象とアイデア・表現の二分論

著作権法は、表現を保護する制度であって、その背景にあるアイデアを保護するものではありません。そのため、同一のアイデアに基づいていても、具体的な表現が異なっていれば、著作権侵害とはなりません。

そのため、例えば、同じ詩を舞踏で表現したとしても、舞踏における表現が異なっていれば、著作権侵害とはなりません。このように、アイデアと表現を峻別する考え方を、アイデアと表現の二分論と呼びます。

事案の概要

本件の原告は、ハワイ在住のクムフラ(フラダンスの師匠ないし指導者)で、被告は、フラダンス教室事業を営む会社です。原告は、被告との契約に基づき、被告の会員等に対してフラダンスの指導助言をしていました。本件は、この契約終了後に、原告が指導していたフラダンスの振付けについて、被告が継続して指導していることについて、著作権侵害を理由とする差止及び損害賠償の請求をしたものです。

争点は多岐にわたりますが、ここでは、中核的な争点である振付の創作性について検討します。

判旨

判決は、フラダンスの特性を示した後に、まず、その構成要素であるハンドモーションとステップのそれぞれについて、作者の個性が認められる場合があることや作者の個性が認められるための基準について説明します。

他方、判決は、個々のハンドモーションやステップに作者の個性が認められるとしても、そのようなごく短い表現に、舞踏の著作物としての著作物性までは認めることができないと述べます。

その上で、判決は、楽曲の振付けとしてのフラダンスは、そのような作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相俟った一連の流れとして成立するものなので、そのようなひとまとまりとしての動作の流れの中で、作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には、全体について舞踊の著作物性が認められるとの考え方を示しました。

判決は、以上の考え方を、詳細かつ分かりやすく説明していますので、ここでは、簡単な解説を加えながら、判決文をなるべくそのまま引用して行きたいと思います。

フラダンスの特性

判決は、まず、フラダンスは、ボディランゲージであり、ハンドモーションで歌詞の意味を表現しつつ、ステップでリズムを取りながら流れを作るものであることを認定します。

ハワイの民族舞踊であるフラダンスの特殊性は,楽曲の意味をハンドモーション等を用いて表現することにあり(略),フラダンスの入門書においても,フラは歌詞をボディランゲージで表現する(略)とか,ハンドモーションで歌詞の意味を表現し,ステップでリズムをとりながら流れを作るというのがフラの基本である(略)とされている。すなわち,フラダンスの振付けは,ハンドモーションとステップから構成されるところ,このうちハンドモーションについては,特定の言葉に対応する動作(一つとは限らない)が決まっており,このことから,入門書では,フラでは手の動きには一つ一つ意味がある(略)とか,ハンドモーションはいわば手話のようなもので,手を中心に上半身を使って,歌詞の意味を表現する(略)とされている。他方,ステップについては,典型的なものが存在しており(略),入門書では,覚えたら自由に組み合わせて自分のスタイルを作ることができる(略)とされている。

ハンドモーションの創作性に関する一般論

次に、判決は、上述のようなフラダンスの特性から、歌詞から想定されるハンドモーションや、歌詞に対応する規定のハンドモーションでなくとも他の楽曲等で用いられている動作と同じ場合には、作者の個性が表れているとは言えない、と述べます。ここでの考え方は、不可避的表現やありふれた表現をもって作者の個性の表れとは見ることができないとするとともに、他人の創作と同じ表現についても作者の個性といえないと判断したものといえます。

これらのフラダンスの特徴からすると,特定の楽曲の振付けにおいて,各歌詞に対応する箇所で,当該歌詞から想定されるハンドモーションがとられているにすぎない場合には,既定のハンドモーションを歌詞に合わせて当てはめたにすぎないから,その箇所の振付けを作者の個性の表れと認めることはできない。また,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからすると,ある歌詞部分の振付けについて,既定のハンドモーションどおりの動作がとられていない場合や,決まったハンドモーションがない場合であっても,同じ楽曲又は他の楽曲での同様の歌詞部分について他の振付けでとられている動作と同じものである場合には,同様の歌詞の表現として同様の振付けがされた例が他にあるのであるから,当該歌詞の表現として同様の動作をとることについて,作者の個性が表れていると認めることはできない。

また、判決は、ある歌詞に対応するハンドモーションが他の類例と異なるものであっても、それが小さな差異である場合には、やはり作者の個性の表れと見ることはできないと述べます。これも、本質的には、他人の表現の域を出ないという考え方ではないかと思われます。

さらに,ある歌詞部分の振付けが,既定のハンドモーションや他の類例と差異があるものであっても,それらとの差異が動作の細かな部分や目立たない部分での差異にすぎない場合には,観衆から見た踊りの印象への影響が小さい上,他の振付けとの境界も明確でないから,そのような差異をもって作者の個性の表れと認めることは相当でない。また,既定のハンドモーションや他の類例との差異が,例えば動作を行うのが片手か両手かとか,左右いずれの手で行うかなど,ありふれた変更にすぎない場合にも,それを作者の個性の表れと認めることはできない。

さらに、判決は、ある歌詞に対応するハンドモーションや類例が複数ある場合について、その組合せによっては、他の類例にないものとなることがあり得ると認めつつ、その場合であっても、それらのハンドモーションの選択肢が限られているときは、その組合せにも作者の個性が表れているとはいえないとの考え方を示しました。これは、選択の幅論に依拠した発想と思われます。

もっとも,一つの歌詞に対応するハンドモーションや類例の動作が複数存する場合には,その中から特定の動作を選択して振付けを作ることになり,歌詞部分ごとにそのような選択が累積した結果,踊り全体のハンドモーションの組合せが,他の類例に見られないものとなる場合もあり得る。そして,フラダンスの作者は,前後のつながりや身体動作のメリハリ,流麗さ等の舞踊的効果を考慮して,各動作の組合せを工夫すると考えられる。しかし,その場合であっても,それらのハンドモーションが既存の限られたものと同一であるか又は有意な差異がなく,その意味でそれらの限られた中から選択されたにすぎないと評価し得る場合には,その選択の組合せを作者の個性の表れと認めることはできないし,配列についても,歌詞の順によるのであるから,同様に作者の個性の表れと認めることはできない。

ハンドモーションに創作性が認められる場合

上述のとおり、判決は、ハンドモーションが作者の個性の表れとはいえない場合を詳細に述べた後で、以下のとおり、ハンドモーションが規定のものでも、その類例でも、それらと有意の差のないものでもない場合には、その動作は作者の個性を表したものといえるとの考え方を示しました。

他方,上記で述べたのと異なり,ある歌詞に対応する振付けの動作が,歌詞から想定される既定のハンドモーションでも,他の類例に見られるものでも,それらと有意な差異がないものでもない場合には,その動作は,当該歌詞部分の振付けの動作として,当該振付けに独自のものであるか又は既存の動作に有意なアレンジを加えたものいうことができるから,作者の個性が表れていると認めるのが相当である。

また、判決は、以下のように述べて、上述のような限られた範囲では、作者の個性の発露と認めたとしても、その範囲が不当に拡張することはない、と述べています。

もっとも,そのような動作も,フラダンス一般の振付けの動作として,さらには舞踊一般の振付けの動作として見れば,ありふれたものである場合もあり得る。そして,被告は,そのような場合にはその動作はありふれたものであると主張する。しかし,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからすると,たとえ動作自体はありふれたものであったとしても,それを当該歌詞の箇所に振り付けることが他に見られないのであれば,当該歌詞の表現として作者の個性が表れていると認めるのが相当であり,このように解しても,特定の楽曲の特定の歌詞を離れて動作自体に作者の個性を認めるものではないから,個性の発現と認める範囲が不当に拡がることはないと考えられる。

歌詞とハンドモーションの関係

次に、判決は、歌詞とハンドモーションの関係について、ハンドモーションは歌詞を表現するものであっても、著作権法は、表現を保護するものであるから、歌詞の解釈が独自であるだけで創作性が認められるわけではなく、他方、歌詞の解釈が独自であって、その結果として振付けが他と異なる場合には作者の個性が認められると述べます。これは、ハンドモーションによる表現との関係では、歌詞はアイデアに相当するものと位置付けたものと思われます。

ところで,フラダンスのハンドモーションが歌詞を表現するものであることからすると,歌詞に動作を振り付けるに当たっては,歌詞の意味を解釈することが前提になり,普通は言葉の通常の意味に従って解釈すると思われるが,作者によっては,歌詞に言葉の通常の意味を離れた独自の解釈を施した上で振付けの動作を作ることもあり得る。そして,原告は,その場合には解釈の独自性自体に作者の個性を認めるべきであると主張する趣旨のように思われる。しかし,著作権法は具体的な表現の創作性を保護するものであるから,解釈が独自であっても,その結果としての具体的な振付けの動作が上記(略)で述べたようなものである場合には,やはりその振付けの動作を作者の個性の表れと認めることはできない。

他方,被告は,たとえ歌詞の解釈が独自であり,そのために振付けの動作が他と異なるものとなっているとしても,当該解釈の下では当該振付けとすることがありふれている場合には,当該振付けを著作権法の保護の対象とすることは結局楽曲の歌詞の解釈を保護の対象とすることにほかならず許されないと主張する。しかし,歌詞の解釈が独自であり,そのために振付けの動作が他と異なるものとなっている場合には,そのような振付けの動作に至る契機が他の作者には存しないのであるから,当該歌詞部分に当該動作を振り付けたことについて,作者の個性が表れていると認めるのが相当である。そして,このように解しても,個性の表れと認めるのは飽くまで具体的表現である振付けの動作であって,同様の解釈の下に他の動作を振り付けることは妨げられないのであるから,解釈自体を独占させることにはならない。

これに対し,歌詞の解釈が言葉の通常の意味からは外れるものの,同様の解釈の下に動作を振り付けている例が他に見られる場合には,そのような解釈の下に動作を振り付ける契機は他の作者にもあったのであるから,当該解釈の下では当該振付けとすることがありふれている場合には,当該歌詞部分に当該動作を振り付けたことについて,作者の個性が表れていると認めることはできない。

ステップの創作性に関する一般論

ステップについては、判決は、以下のとおり、典型的なものの組合せにすぎないとし、原則として作者の個性を表したものとはいえないという考え方を示しました。

以上のハンドモーションに対し,ステップについては,上記のとおり典型的なものが存在しており,入門書でも,覚えたら自由に組み合わせて自分のスタイルを作ることができるとされているとおり,これによって歌詞を表現するものでもないから,曲想や舞踊的効果を考慮して適宜選択して組み合わせるものと考えられ,その選択の幅もさして広いものではない。そうすると,ステップについては,基本的にありふれた選択と組合せにすぎないというべきであり,そこに作者の個性が表れていると認めることはできない。

新規のステップ及びハンドモーションとステップの組合せによる創作性

もっとも、判決は、例外的にステップが作者の個性の表れに当たる例として、まず、ステップが、「既存のものとは異なる新規なものである」場合を指摘します。創作性の解説で述べたとおり、一般的には、創作性が認められるためには新規性までは求められていませんが、判決は、ステップは典型的な動作の組合せであることから、創作性に高いハードルを課しています。

しかし,ステップが既存のものと顕著に異なる新規なものである場合には,ステップ自体の表現に作者の個性が表れていると認めるべきである(なお,ステップが何らかの点で既存のものと差異があるというだけで作者の個性を認めると,僅かに異なるだけで個性が認められるステップが乱立することになり,フラダンスの上演に支障を生じかねないから,ステップ自体に作者の個性を認めるためには,既存のものと顕著に異なることを要すると解するのが相当である。)。

また、判決は、上記の場合のほか、ハンドモーションとの組合せにより、歌詞の表現を顕著に増幅したり、舞踊的効果を顕著に高めたりしている場合には、作者の個性の表れといえるとの考え方を示しました。

また,ハンドモーションにステップを組み合わせることにより,歌詞の表現を顕著に増幅したり,舞踊的効果を顕著に高めたりしていると認められる場合には,ハンドモーションとステップを一体のものとして,当該振付けの動作に作者の個性が表れていると認めるのが相当である。

舞踏としての著作物性と侵害の成立

判決は、上記のとおり、どのような場合にフラダンスの個々の振付けが作者の個性の表れといえるかについて述べていますが、以下のとおり、個々の振付けのみでは、舞踏とはいえず、直ちに舞踏の著作物性を認める根拠とはならないことを示します。

以上のようにして,特定の歌詞部分の振付けの動作に作者の個性が表れているとしても,それらの歌詞部分の長さは長くても数秒間程度のものにすぎず,そのような一瞬の動作のみで舞踊が成立するものではないから,被告が主張するとおり,特定の歌詞部分の振付けの動作に個別に舞踊の著作物性を認めることはできない。

他方、判決は、以下のとおり、ひとまとまりとしての動作の流れの中で、作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には、ひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性が認められるとの考え方を示しました。

しかし,楽曲の振付けとしてのフラダンスは,そのような作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相俟った一連の流れとして成立するものであるから,そのようなひとまとまりとしての動作の流れを対象とする場合には,舞踊として成立するものであり,その中で,作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には,そのひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性を認めるのが相当である。そして,本件では,原告は,楽曲に対する振付けの全体としての著作物性を主張しているから,以上のことを振付け全体を対象として検討すべきである。

さらに、判決は、上記の考え方のもと、著作権侵害の認定において、作者の個性が認められる部分が被告の振付けに含まれているだけでなく、作者の個性が表れているとはいえない部分も含めて、ひとまとまりの上演内容について、フラダンスの一連の流れの動作からなる舞踊としての特徴が感得されることを要するとの考え方を示しました。

そしてまた,このような見地からすれば,フラダンスに舞踊の著作物性が認められる場合に,その侵害が認められるためには,侵害対象とされたひとまとまりの上演内容に,作者の個性が認められる特定の歌詞対応部分の振付けの動作が含まれることが必要なことは当然であるが,それだけでは足りず,作者の個性が表れているとはいえない部分も含めて,当該ひとまとまりの上演内容について,当該フラダンスの一連の流れの動作たる舞踊としての特徴が感得されることを要すると解するのが相当である。

以上の規範のもと、判決は、被告の振付けについて、個別に非常に詳細な事実認定を行い、結論として、一部について著作権侵害を認めました。なお、損害賠償の認容額は、433,158円及び遅延損害金と、低い額にとどまっています。

コメント

本判決は、フラダンスの特性に基づき、精緻な分析を重ねて、著作物性の認定基準を定立しました。特に、ハンドモーションやステップなど、個々的には創作性を有しない短い表現について、創作性そのものとは別に「作者の個性の表れ」といえるかを認定し、それがまとまりのある振付けの中で一定量を占めているかによって、全体としての創作性の有無を判断するという手法を採用したことは、創作性の認定において参考になるものと思われます。

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(文責・飯島)