米連邦最高裁判所は、本年(2018年)4月24日、Oil States 事件において、特許の有効性を米国特許商標庁(USPTO)で争うIPR(当事者系レビュー)は合衆国憲法に反するものではなく、合憲であるとの判断を示しました。

この事件において、申立人は、IPRを行政機関であるUSPTO内の審判部(PTAB)が取り扱うのは司法権について定める合衆国憲法第3条に違反し、また、IPRにおいては陪審審理が行われない点で、陪審裁判を受ける権利を保障した合衆国憲法修正第7条に違反すると主張しましたが、米連邦最高裁判所は、いずれの論点についても申立人の主張を排斥し、合憲との見解を示しました。

ポイント

骨子

  • IPRは特許付与後に審査を行うものであるが、特許付与と同様公権の法理(public rights doctrine)の適用を受けるものであるから、合衆国憲法3条に定める裁判所以外の機関によって取り消すことができる。
  • もっとも、この判断の射程は短く、IPRの合憲性と、本件において問題とされた事項にのみ答えるものであって、侵害訴訟など他の事項には及ばず、IPRの遡及適用や適正手続の問題はこの訴訟で議論されていないほか、特許が収用条項(Taking Clause)における適正手続規定にいう「私有財産(property)」に該当しないということを意味するわけでもない。
  • 連邦議会が適切に合衆国憲法3条の裁判所以外の機関に決定権限を与えた事項については、陪審による事実認定に基づく判決が求められるわけではないから、IPRは陪審裁判を受ける権利を定める修正第7条にも違反しない。

判決概要

裁判所 米連邦最高裁判所
判決日 2018年4月24日
事件 Oil States Energy Services, LLC v. Greene’s Energy Group, LLC, et al.

解説

IPR(当事者系レビュー)とは

IPRの概要

IPR(当事者系レビュー/Inter Partes Review)は、日本の特許無効審判に相当する手続で、2011年の米国改正特許法であるLeahy-Smith American Invents Act(AIA)によって導入され、2012年9月16日に施行されました。同改正では、PGR(付与後レビュー/Post Grant Review)と呼ばれる制度も導入されており、これらの制度によって、裁判所の負荷と当事者の訴訟コストを低減し、米国における特許の質を向上させることが目的とされました。

IPR導入までの背景

IPRが導入される前には、特許の見直しを目的とする制度として、1980年に導入された査定系再審査(Ex Parte Reexamination)と、1999年に導入された当事者系再審査(Inter Partes Reexamination)とがありました。

しかし、査定系再審査は、基本的に当初の特許審査と同じ手続きを繰り返すもので、申立人は手続にほとんど関与できず、その意見が十分反映されないため、明確に新規性がないような場合以外利用しにくく、また、当事者系再審査は、非常に長い時間を要していました。これらの問題を解消すべく、当事者系再審査を廃止し、PGRとともに導入されたのがIPRです。

なお、AIAによっても査定系再審査は残されており、現在、米国において特許を事後的に見直す手続としては、査定系再審査、IPR、PGRの3つが併存しています。

IPRの特徴

IPRは、審理対象を刊行物に基づく新規性・非自明性(日本の進歩性に相当)に限定する一方、原則として1年以内に審理を終了することとされており、正当な理由がある場合でも6月の延長が認められるにとどまるため、従来の当事者系再審査に比べると、審理期間が短縮されています。

PGRとIPRを比較すると、PGRは、申立期間が特許発行後9ヶ月に限定されているものの、ベスト・モード要件を除くすべての無効理由で申し立てることができる点などでIPRと異なります。また、審理開始の要件として、IPRは、特許が無効となる合理的可能性(reasonable likelihood)があれば足りるのに対し、PGRでは、有効とされる可能性よりも無効とされる可能性が高いこと(more likely than not)が要求されます。

IPRの審理

従来の再審査は、USPTO内の特許審判・インターフェアランス部によって審理されていましたが、IPRは、AIAによって新たにUSPTOに設置されたPTAB(審判部/Patent Trial and Appeal Board)が審理します。審理においては、一定のディスカバリのほか、宣誓供述書や主張書面の提出がなされ、口頭弁論手続きが開かれます。

特許権者は、特許性を維持するため、クレームの修正(amendment)を申し立てることもできます。これは、日本の特許無効審判における訂正請求に相当する手続といえます。また、日本の特許無効審判とは異なり、和解により手続を終結させることも認められています。

審理が和解によって終了しなければ、PTABは、特許性なし(determined to be unpatentable)、特許性あり(determined to be patentable)、修正後のクレームに特許性あり(any new or amended claim determined to be patentable)とのいずれかの判断を示します。PTABの判断に不服のある当事者は、CAFC(連邦巡回控訴裁判所/the Court of Appeals for the Federal Circuit)に司法審査を求めることができます。

合衆国憲法第3条と公権の法理

合衆国憲法第3条と第3条裁判所の例外

合衆国憲法第3条は司法権について定めており、その第1節で、合衆国の司法権は1つの最高裁判所及び議会によって設立される下級裁判所に属することが規定されています。これらの裁判所は、併せて「第3条裁判所(Article III Tribunal)」などと呼ばれます。

この規定によると、連邦裁判所が取り扱うべき事項について、第3条裁判所が取り扱うことは許されないのが原則ですが、これに対しては、伝統的に、①準州裁判所(Territorial Court)、②軍事法廷(Military Court)、③公権の法理(Public Rights Doctrine)に基づく行政裁判所(Administrative Tribunal)の3つの例外が認められてきました。

公権の法理(Public Rights Doctrine)

公権の法理とは、土地所有権などの私権ではなく、公的性質を有する権利である公権を巡る紛争については、第3条裁判所以外の判断機関が取り扱うことが許されるとの考え方をいいます。

この法理は、伝統的には、行政機関によって付与され、市民全体に属する権利について行政機関が取り扱うことを許容するという考え方でしたが、その適用範囲は公共の利益に資する公的性質を持つ事項に対して徐々に拡張され、現在では、社会保障給付や課税処分に対する異議、医療保険給付などの紛争も行政庁によって取り扱われています。知的財産分野では、侵害品の税関での差止めの判断などを行政判事(administrative judge)が行うITCの手続は非第3条裁判所の例といえます。

行政裁判所の判断に対しては、一般に、第3条裁判所に上訴する道が用意されています。

合衆国憲法修正第7条

陪審裁判を受ける権利

合衆国憲法修正第7条は、訴額20ドル以上のコモンロー上の訴えについて、陪審の審理を受ける権利を保障しています。陪審審理を受ける権利は放棄することもできますが、訴訟においては、全部の当事者がこの権利を放棄しない限り、陪審審理が行われます。

陪審が審理権限を有するのは、重要な事実(material fact)を巡る争点であり、その限りでは判断権限は陪審に専属し、日本の裁判員制度とは異なり、裁判官は評決に加わることもできません。それ以外の事実や法律問題については裁判官が判断の権限を有します。

コモンローと衡平法

コモンロー(普通法)の語は、広義では、英米法の体系を指し、ローマ法に由来するヨーロッパ大陸の一般法の体系と対比される概念として用いられることもありますが、ここでのコモンローとは、英米法の体系内部において、衡平法(Equity)と対概念をなす法体系を指します。大陸法系の国である日本人にはあまりなじみのない発想ですが、英米法の体系の中には、コモンローと衡平法という2つの法体系が共存しており、一般にlawという語は法体系全体ではなく、コモンロー、つまり、英米法の全法体系の1つの構成要素を指します。

この意味のコモンローは、ノルマン人によるイングランド征服後にコモンロー裁判所によって形成されたもので、イングランドの慣習法を基礎にしています。コモンローの訴えは実質的には損害賠償請求などの金銭請求訴訟で、特許法との関係では、例えば、特許権侵害に基づく請求のうち、損害賠償請求はコモンロー上の訴えにあたります。

他方、衡平法は、コモンローによる救済が受けられない事件類型について王権に基づいて救済を与える制度で、救済の類型として、特定履行(specific performance)や差止(injunction)の請求があります。コモンロー上の金銭請求だけでは解決できない事案について、他の救済手段を与えるもので、補充的な機能を営む制度といえます。コモンローの訴えについては、上述のとおり、合衆国憲法修正第7条が陪審審理を受ける権利を保障していますが、衡平法の審理については、陪審制度は適用されません。

再度特許権侵害を例にとると、侵害行為に対する差止請求は、衡平法に基づいて認められます。しかし、衡平法上の救済は、上記のとおり、コモンロー上の救済だけでは不十分な場合に補充的に認められるものであるため、日本の制度とは異なり、侵害があったからといって当然に差止請求が認められるとは限りません(eBay Inc. v. MercExchange, L.L.C., 547 U.S. 388 (2006))。また、米国の特許権侵害訴訟では、原則として、まず陪審審理(jury trial)によって特許権侵害の有無と損害額の認定が行われ、その後、陪審ではなく裁判官による審理で(bench trial)、上記 eBay 判決で示された下記の要件にしたがって差止請求の許否が判断されることとなっています。

  1. 特許権者が回復不可能な損害を受けること
  2. コモンローに基づく救済が損害を補償するのに不十分であること
  3. 原告と被告の不利益のバランスを考慮した結果、衡平法上の救済が正当化されること
  4. 差止によって公共の利益が害されないこと

事案の概要

申立人である Oil States Energy Services 社(OSES社)は、「液圧破砕に使用される井戸設備を保護するための装置および方法」(an apparatus and method for protecting well-head equipment used in hydraulic fracturing)に関する特許(本件特許)の権利者で、被申立人であるGreene’s Energy Groups社(GEG社)を特許権侵害で提訴したところ、GEG社は、侵害訴訟において本件特許の2つのクレーム(単に本件特許といいます。)の有効性を争うとともに、USPTOにおいてIPRを申し立てました。

これに対し、裁判所はGEG社の主張を排斥しましたが、PTABは、本件特許について特許性なしの判断をしたため、OSES社は、CAFCに上訴しました。その際、OSES社は、本件特許の特許性を主張するとともに、IPRは陪審審理が保障されることなく特許を取り消すものであって違憲であるとの主張をしました。

しかし、CAFCは、この時期に係属していた別件訴訟の判決(MCM Portfolio LLC v. Hewlett-Packard Co., 812 F. 3d 1284, 1288–1293 (2015))でIPRの合憲性を認める見解を示し、OSES社の上訴も排斥しました。このCAFCの判断に対し、OSES社が連邦最高裁判所に上訴したのが本件です。

IPRの合憲性に関する争点

OSES社は、本件において、以下の2点を主張しました。

  • IPRは、PTABという、第3条裁判所でない機関によって審理されるものであって、合衆国憲法第3条に違反するから違憲である。特許権は私的財産であるから、公権の法理は適用されない。
  • PTABには陪審制がなく、IPRは、陪審の審理によらずに特許を取り消すものであって、合衆国憲法修正第7条に違反するから違憲である。

判旨

合衆国憲法第3条違反の主張について

判決は、まず、合衆国憲法第3条適合性を考えるにあたり、連邦裁判所が「公権」と「私権」を区別してきたことを示し、過去の判例を引用して、以下のとおり、公権の法理は政府と他の主体との間に生じる問題に適用されることを述べました。

the public-rights doctrine applies to matters arising between the government and others, which from their nature do not require judicial determination and yet are susceptible of it.

この考え方のもと、判決は、IPRは公的特権(public franchise)を付与する特許について再考する手続であるから、正面から公権の法理の適用を受ける手続であるとの判断を示し、USPTOは、合衆国憲法第3条に違反することなく、これを行うことができるとの判断を示しました。

Inter partes review falls squarely within the public-rights doctrine. This Court has recognized, and the parties do not dispute, that the decision to grant a patent is a matter involving public rights—specifically, the grant of a public franchise. Inter partes review is simply a reconsideration of that grant, and Congress has permissibly reserved the PTO’s authority to conduct that reconsideration. Thus, the PTO can do so without violating Article III.

この点について、OSES社は、過去の最高裁判例を複数引用し、特許権は私的財産であるため、公権の法理は適用されないとの主張をしていましたが、判決は、特許権は私的財産であるとした過去の判例と、公権の法理をIPRに適用することとは矛盾しないとの判断を示しました。その根拠とされたのは、特許権は成文法によってその内容が決定される公的特権であるということでした。

また、OSES社は、その主張を展開するにあたり、特許を無効化できるのは裁判所だけである、との判断を示した1898年の判決(McCormick Harvesting Machine Co. v. Aultman, 169 U. S. 606, 609 (1898))を引用していましたが、これについても、当該判決は付与後の特許見直し制度が存在していなかった時代の特許法を前提にしたものであって、議会が異なる立法をすることについては何ら判断していないと述べ、排斥しました。

さらにOSES社は、英国以来の歴史に基づき、IPRは、議会がコモンロー、衡平法、海事法に関する事項を司法の対象外とする立法をしてはならないとの一般原則に反するとの主張もしましたが、判決は、かつての英国で特許の取消が枢密院によって行われていたことなどにも触れ、公権の法理に属する事項は議会に裁量が与えられているから、歴史的経緯は決定的な意味を持たないとして、やはりOSES社の主張を排斥しました。

加えて、OSES社は、IPRは司法権の行使に関するあらゆる暗黙の特徴(silent characteristics)を備えていることから、合衆国憲法第3条に違反するとも主張していましたが、判決は、似ているかどうかという判断基準は採らないとして、これも退けました。

他方において、判決は、この判断の射程は狭く、IPRの合憲性と、本件において問題とされた事項にの
み答えるものであって、侵害訴訟など他の事項には及ばず、IPRの遡及適用や、適正手続きの問題は議
論されていないほか、特許が収用条項(Taking Clause)における適正手続規定にいう「私有財産
(property)」に該当しないということを意味するわけではないとの判示をしました。

合衆国憲法修正第7条違反の主張について

合衆国憲法修正第7条違反の問題については、判決は、まず、以下のとおり、判例によると、第3条裁判所以外の機関に適法に判断権限が与えられた事項については、修正第7条が独立して陪審によらない事実認定を禁止することはないことを明らかにします。

This Court’s precedents establish that, when Congress properly assigns a matter to adjudication in a non-Article III tribunal, “the Seventh Amendment poses no independent bar to the adjudication of that action by a nonjury factfinder.” Granfinanciera, S. A. v. Nordberg, 492 U. S. 33, 53–54 (1989); accord, Atlas Roofing Co., supra, at 450–455.

続いて、判決は、以下のとおり、IPRは議会が適法にUSPTOに権限を与えることにできる事項であるため、陪審は必要ないと結論付けました。

Because inter partes review is a matter that Congress can properly assign to the PTO, a jury is not necessary in these proceedings.

少数意見

この判決には、9名の裁判官のうち、3名の裁判官が同意意見を寄せる一方、首席裁判官ともう1名の裁判官が反対意見を寄せています。

コメント

1990年代終盤からパテント・トロールないしNPE(Non-Practicing Entity)/PAE(Patent Assertion Entity)が台頭した米国では、法改正や判決によって特許権の行使を抑制する動きが強まっています。IPRはそのような流れの中で生まれた制度であり、特許権行使の抑制に大きな役割を果たしています。

他方、行政機関が迅速な手続でいったん得られた特許を取り消すことについては、合憲性の観点から疑義を唱える意見もありました。そのため、この問題を連邦最高裁判所が審理することとしたときには、IPRが違憲とされるのではないかとの観測も決して非現実的なものではありませんでした。

結論的には合憲性が認められたため、現在の実務運用は継続されますが、判決には反対意見も付され、また、この判決は合衆国憲法第3条及び修正第7条との関係でのIPRの合憲性のみを判断したもので、それ以外の事項に射程は及ばないとわざわざ明示されています。そのため、本判決でIPRを巡る問題が完全に解決したとは言えず、今後も様々な角度から議論がなされるものと思われます。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・飯島)