本年(平成29年)10月13日、知的財産高等裁判所第3部は、「脂質含有組成物」という名称の医薬の特許出願に関し、実施可能要件を満たさないとして拒絶の査定及び審決を下した特許庁の判断を維持し、審決取消請求を棄却しました。本判決では、医薬の用途発明における実施可能要件の内容について、一般的な規範が述べられています。

本稿では、まず、用途発明の考え方と、用途発明特許の出願にかかる実施可能要件の考え方について説明し、本判決を解説します。

ポイント

判旨概要

  • 医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らし、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。
  • 本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには、本願発明に係る配合物を対象者に用いた場合に、本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要である。
  • したがって、本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには、本願明細書の発明の詳細な説明が、本願出願当時の技術常識に照らし、本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決日 平成29年10月13日
事件番号 平成28年(行ケ)第10216号 審決取消請求事件
原審決 不服2014-8788号
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官    杉 浦 正 樹
裁判官    大 西 勝 滋

解説

用途発明

発明のカテゴリー

特許の対象となる発明のカテゴリーには、①物の発明、②方法の発明、③物を生産する方法の発明の3種類があります。

特許法第2条第3項
この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
一 物(略)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(略)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(略)をする行為
二 方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為
三 物を生産する方法の発明にあつては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

用途発明

既知の物の未知の属性を見つけ出し、それにより当該物が新たな使用に適することに基づく発明を「用途発明」といいます。つまり、既知の物の新しい用途に着目した発明といえます。

例えば、かつて睡眠薬として用いられていたサリドマイドは、薬害サリドマイド禍を引き起こした後販売が停止されていましたが、後日骨髄がん(多発性骨髄腫)への効果が発見され、抗がん剤という新しい用途で承認を受けています。

用途発明特許

上記の例の場合、サリドマイドという化学物質そのものはすでに知られているため、新規性を欠き、特許付与の対象にはなりませんが、抗多発性骨髄腫剤という新たな用途については、新規の発明といえるため、特許となる可能性があります。

この場合における特許法上の発明のカテゴリーとしては、上記②の方法の発明(サリドマイドを使用する多発性骨髄腫の治療方法など)や、③物を生産する方法の発明(サリドマイドを含有する抗多発性骨髄腫剤の製造方法など)のほか、わが国では、①物の発明(サリドマイドを含有する抗多発性骨髄腫剤など)としても成立し得ます。

用途発明特許は、一般に医薬や農薬の分野で認められていますが、2016年の審査基準の改訂により、食品分野においても認められるようになりました(「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」など)。

諸外国における用途発明の取扱い

用途発明は、欧州においては、医薬発明に限り物自体が既知であったとしても物の発明として特許となる可能性があり、米国においては、方法の発明としてのみ特許となる可能性があるなど、各国の対応は様々ではありますが、アジア諸国も含め、特に医薬用途に関する発明については、何らかの形で特許性を認めています。

実施可能要件

背景

特許制度は、新しい技術を開発し、それを公開した者に対し、一定期間、業として独占的、排他的に実施することを保障し、他方で、第三者に対しては、その新しい技術を公開して、これを利用する機会を与えるものであって、その目的は、発明を奨励し、産業の発達に寄与することにあります(特許法第1条)。

実施可能要件

特許法(以下「法」といいます。)第36条第4項では、出願時に添付しなければならない明細書(発明の技術的な内容を説明する書面)について、発明の詳細な説明の記載要件を規定しています。

発明の詳細な説明の記載要件が定められている理由は、出願公開後に技術を開示する機能を果たすものとなるはずの明細書において、発明の詳細な説明の記載が明確でないときは、発明の公開の意義が失われ、上記のような特許制度の目的を達することができなくなるからです。

特許法第36条第4項
前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること
二 その発明に関連する文献公知発明(略)のうち、特許を受けようとする者が特許出願の時に知つているものがあるときは、その文献公知発明が記載された刊行物の名称その他のその文献公知発明に関する情報の所在を記載したものであること。

発明の詳細な説明の記載要件を規定する法第36条第4項のうち、1号の「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(これを「当業者」と呼んでいます。)が「その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」という記載要件を、実施可能要件と呼んでいます。

違反の場合

実施可能要件に違反した場合、出願拒絶理由となり(法49条4号)、また、無効事由となります(法123条1項4号)。

医薬の発明と実施可能要件

物の発明における「実施」

発明の3つのカテゴリーのうち、物の発明の場合、「実施をすることができる」(法36条4項1号)とは、その物を生産でき、かつ、その物を使用できることを言います(譲渡等は生産と使用ができれば当然に可能と言えます)。

医薬の発明と実施可能要件

化学物質に関する技術分野のように、一般に物の構造からその物をどのように作り、どのように使用するかを理解することが困難な技術分野に属する発明の場合に、実施可能要件を満たすには、出願時の技術常識から、当業者が化合物等を製造又は取得することができ、かつ、その化合物等を当該用途に使用することができる場合を除き、代表的な実施例が必要と解されています。

さらに、医薬等の用途発明では、上記に加え、有用性を裏付ける実施例が必要と解されています。出願に係る特許庁での審査においては、通常、薬理試験結果の記載が求められており、その程度としては、①どの化合物を、②どのような薬理試験において適用し、③どのような結果が得られたのか、④その薬理試験が請求項に係る医薬発明の医薬用途とどのような関連性があるのか、が明らかにされなくてはならないとされています。

本件事案の概要

原告は、更年期、加齢、筋骨格障害、内分泌障害、腎疾患、癌等の医学的状態の予防・治療における使用のための脂質含有配合物につき特許出願しましたが、特許庁は、各医学的状態のうち、内分泌障害、腎疾患、癌を予防・治療することに有用であると当業者が理解できる記載は認められず、実施可能要件を満たさない等の理由で出願を拒絶し、さらに不服審判においても同様の判断をしたので、裁判所に対し、審決の取消しを求め本件訴訟を提起しました。

実施可能要件に関する原告の主張は、本願明細書の記載事項のほか、当時の公知文献の記載等を考慮すれば、当業者は、本願明細書の発明の詳細な説明の開示内容から、本願発明に係る各医学的状態のうち、内分泌障害、腎疾患及び癌を予防・治療することに、本願発明が有用であることを理解できるものといえるから、審決の判断は誤りである、というものでした。

判旨

判決は、まず、次のように述べて、医薬の用途発明における実施可能要件の内容として、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があることを確認しています。

特許法36条4項1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ、ここでいう「実施」とは、物の発明においては、当該発明に係る物の生産、使用等をいうものであるから、実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該発明に係る物を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。
そして、本願発明のような医薬の用途発明においては、一般に、物質名や成分組成等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため、医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らし、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。

そして、次のとおり、本件医薬発明における実施可能要件の内容について、出願当時の技術常識に照らし、本件医薬発明に係る配合物を使用することによって各医学的状態のそれぞれについて予防・治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないと判示しました。

これを本願発明についてみると、本願発明は、前記1(2)のとおり、ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において、両者の含有比率及び含有量を前記所定の値とすることを技術的特徴とし、これにより本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を奏するというものであるから、本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには、前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に、本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり、したがって、本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには、本願明細書の発明の詳細な説明が、本願出願当時の技術常識に照らし、本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。

判決では続いて、参照すべき出願当時の技術常識を認定し、本件医薬発明に係る配合物の使用が各医学的状態の予防・治療の効果を生じさせるということは、出願当時の技術常識からは考え難いと判断した上で、次のとおり、効果の存在を裏付けるに足る実証例等の具体的な記載が不可欠であるとしました。

したがって、それにもかかわらず、本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること、すなわち、本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには、本願明細書の発明の詳細な説明に、このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なものといえる。

そして、内分泌障害、腎疾患及び癌の各医学的状態について、原告の指摘する明細書の各記載から、予防・治療の効果の存在を裏付けるに足りるかどうかを丁寧に検討し、

本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても、当業者が、本願発明に係る各医学的状態のうち、少なくとも本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載を認めることはできず、また、そのことが本願出願時の技術常識であることも認められないから、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。

として、原告の請求を棄却しました。

なお、本件では、原告はこの他、①サポート要件違反がないこと、②補正及び反論の機会が与えられておらず審判手続が違法であることを主張していますが、裁判所は、①については判断せず、②についてはその主張を排斥しています。

コメント

本判決は、特許庁が審査基準において示している基準に沿って、医薬の用途発明における実施可能要件の内容を判示し、これを具体的な事例に適用したものとして参考になるものと思われます。

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(文責・村上)