平成29年10月25日、東京地方裁判所民事第40部は、退職者の秘密保持義務について、「業務上知り得た機密事項」、「機密事項として指定する情報の一切」等定める秘密保持条項を、不正競争防止法の「営業秘密」類似の要件を満たす情報を対象とする限りにおいて有効とする旨の判決を下しました。秘密保持条項のドラフティングに際して念頭においておくべき重要な判決です。

ポイント

骨子

  • 退職後の従業員を対象とする秘密保持条項において、開示または漏えいが禁止されている情報が「業務上知り得た機密事項」とされており、①「経営上、営業上、技術上の情報一切」、②「取引先に関する情報の一切」、③「取引条件など取引に関する情報の一切」および④「機密事項として指定する情報の一切」、がその内容であると規定されている場合、同条項は、機密事項が、(A)「公然と知られていないこと」、(B)使用者の「業務遂行にとって一定の有用性を有すること」および(C)使用者において「従業員が秘密と明確に認識し得る形で管理されていること」を対象とする限りにおいて有効である。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第40部
判決言渡日 平成29年10月25日
事件番号 平成28年(ワ)第7143号損害賠償請求事件
裁判官 裁判長裁判官 佐藤達文
裁判官    遠山敦士
裁判官    勝又来未子

解説

営業秘密の保護手段

退職者による情報流出から、自社の営業秘密を保護するための法的な手段としては、大まかには①不正競争防止法による保護と②契約による保護の2つが考えられます。

不正競争防止法による保護

不正競争防止法2条6項は「営業秘密」を、次のとおり定義しています。

6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

つまり、不正競争防止法上の営業秘密としての保護を受けるためには、対象となる情報について、次の3要件が認められることが必要です。

  • 秘密として管理されていること(秘密管理性)
  • 有用な情報であること(有用性)
  • 公然と知られていないこと(非公知性)

そして、営業秘密に該当する情報については、窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(不正取得行為)や、「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為」(不正開示行為)等を行った場合、損害賠償や差止請求のみならず、刑事罰の対象ともなります。

契約による保護

他方、退職者による情報開示から、営業秘密を保護する契約上の工夫としては、秘密保持条項および競業避止条項が用いられることが一般的です。

もっとも、いずれについても、過度に広範な定めは、退職者の職業選択の自由に対する制約にあたりうることから、公序良俗(民法90条)に反して、無効となる場合があると考えられています。

このような秘密保持条項および競業避止条項と公序良俗違反との関係については、奈良地判昭和45年10月23日判例時報第624号78頁(フォセコ・インターナショナル・リミテッド事件)がリーディングケースです。同判決において、裁判所は、次のとおり述べて、職業選択の自由への制限を考慮し、技術上の営業秘密の流出を防ぐことを目的とする等の一定の制約の下、秘密保持条項および競業避止条項について、有効であるとの判断を示しています。

一般に雇用関係において、その就職に際して、或いは在職中において、本件特約のような退職後における競業避止義務をも含むような特約が結ばれることはしばしば行われることであるが、被用者に対し、退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約は経済的弱者である被用者から生計の道を奪い、その生存をおびやかす虞れがあると同時に被用者の職業選択の自由を制限し、又競争の制限による不当な独占の発生する虞れ等を伴うからその特約締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは一応営業の自由に対する干渉とみなされ、特にその特約が単に競争者の排除、抑制を目的とする場合には、公序良俗に反し無効であることは明らかである。

従って被用者は、雇用中、様々の経験により、多くの知識・技能を修得することがあるが、これらが当時の同一業種の営業において普遍的なものである場合、即ち、被用者が他の使用者のもとにあっても同様に修得できるであろう一般的知識・技能を獲得したに止まる場合には、それらは被用者の一種の主観的財産を構成するのであってそのような知識・技能は被用者は雇用終了後大いにこれを活用して差しつかえなく、これを禁ずることは単純な競争の制限に他ならず被用者の職業選択の自由を不当に制限するものであって公序良俗に反するというべきである。

しかしながら、当該使用者のみが有する特殊な知識は使用者にとり一種の客観的財産であり、他人に譲渡しうる価値を有する点において右に述べた一般的知識・技能と全く性質を異にするものであり、これらはいわゆる営業上の秘密として営業の自由とならんで共に保護されるべき法益というべく、そのため一定の範囲において被用者の競業を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性があるものと言うべきである。

このような営業上の秘密としては、顧客等の人的関係、製品製造上の材料、製法等に関する技術的秘密等が考えられ、企業の性質により重点の置かれ方が異なるが、現代社会のように高度に工業化した社会においては、技術的秘密の財産的価値は極めて大きいものがあり従って保護の必要性も大きいと考えられる。

即ち技術的進歩、改革は一つには特許権・実用新案権等の無体財産権として保護されるが、これらの権利の周辺には特許権等の権利の内容にまではとり入れられない様々の技術的秘密-ノウハウなど-が存在し、現実には両者相俟って活用されているというのが実情である。

従ってこのような技術的秘密の開発・改良にも企業は大きな努力を払っているものであって、右のような技術的秘密は当該企業の重要な財産を構成するのである。

従って右のような技術的秘密を保護するために当該使用者の営業の秘密を知り得る立場にある者、たとえば技術の中枢部にタッチする職員に秘密保持義務を負わせ、又右秘密保持義務を実質的に担保するために退職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効と解するのを相当とする。

なお、上記判決において、競業避止条項のみに期間制限に関する言及があることからも見て取れるとおり、秘密保持条項は、競業避止条項と比較して、労働者に対する制約の度合いが小さく、そのため、その有効性は相対的に緩やかに認められる傾向にあると考えられています。

もっとも、退職後にまで、職業選択の自由を制限する秘密保持義務を課すことへの正当理由は依然として必要であり、例えば、公知情報についてまで、秘密保持義務を課すことは公序良俗違反になるリスクがあるといえます。

不正競争防止法による保護と契約による保護の関係

①不正競争防止法による保護と②契約による保護との関係について、重要な裁判例としては、東京地判平成16年4月13日判タ1176号295頁(ノックスエンタテイメント事件)があります。

同判決では、退職者による営業情報の持ち出しに関して、登録アルバイト員の住所・経歴について記載されたファイルに赤字で「社外秘」と記載されていたにもかかわらず、物理的な秘密管理が行われておらず、また、「就業規則で定めたり、又は誓約書を提出させる等の方法により従業員との間で厳格な秘密保持の約定を定めるなどの措置」をとっていなかったこと等を理由に、秘密管理性が否定されています。

そのため、実務上は、退職者との間において、秘密保持契約・条項がない場合には、不正競争防止法に基づく救済を受けることができない、との事態に陥るリスクは否定できないといえるでしょう。

そして、秘密保持条項がある場合、①不正競争防止法による保護と②契約による保護のいずれも受けることができる可能性がありますが、①不正競争防止法違反よる保護は同法の解釈により判断されるのに対して、②契約による保護の場合には、秘密情報の範囲・該当性が契約文言や職業選択の自由への制約の観点等に照らして解釈されるとの違いが生じえます。

実際、労働法上の秘密保持義務は、秘密管理性を必要とするものではなく、不正競争防止法上の営業秘密規制よりも、そのカバーする範囲は広いと考えられています。ただし、本件では、以下説明するとおり、その範囲を営業秘密規制に制限する契約解釈がされています。

事案の概要

本件は、食品の商品企画・開発および販売等を行とする会社である原告が、その元従業員(以下「被告甲」といいます。)に対して、秘密保持に関する合意を締結していたにもかかわらず、①その在職中に、原告の機密情報を、競業他社(被告会社)およびその当時の代表取締役(被告乙)に対して開示し、②当該他社および元代表取締役と共謀して、原告の取引先に対して、営業活動を行ったことが、債務不履行または不法行為に該当するとして、損害賠償請求をした事件です。

東京地裁は結論として原告の請求を棄却しましたが、秘密保持合意の有効性が問題となりました(上記以外にも、被告会社および被告乙に対する当該虚偽事実の告知に基づく不正競争防止法違反の損害賠償請求がありますが、本稿では割愛します。)。

本件秘密保持条項

被告甲は,平成24年11月1日に原告に入社し、平成27年6月30日に退職しました。その後被告甲は、平成27年7月1日に被告会社に入社し、平成27年11月20日にその代表取締役に就任しました。

被告甲は、原告に在職中、平成24年12月1日付誓約書兼同意書と平成25年3月25日付誓約書兼同意書により、原告と次の合意をしました(以下「本件秘密保持条項」、同条項に基づき被告甲が負う秘密保持義務を「本件秘密保持義務」といいます。)。

ア 被告甲は,原告在籍中はもとより退職(退任)後においても,業務上知り得た次に掲げる機密事項を会社外の第三者に対して漏えいせず,業務上の必要がある原告従業員以外の者に開示せず,業務外の目的による使用行為(情報へのアクセス権限を越えた情報システムの使用行為を含む。)をせず,また,当該機密事項を用いての営業,販売行為は行わない。

(ア)原告の経営上,営業上,技術上の情報の一切

(イ)原告の顧客,取引先に関する情報の一切

(ウ)原告が顧客,取引先と行う取引条件など取引に関する情報の一切

(エ)その他,原告が機密事項として指定する情報の一切

イ 被告甲が本件各同意書で定める事項に違反し,それによって原告が損害を被った場合には,被告甲は,原告に対しその損害を賠償する。

本件秘密保持条項について、被告は、次のとおり、公序良俗違反を理由に無効を主張しました。

本件機密保持条項は,退職後の元従業員である被告甲に対し,必要かつ合理的な範囲を超えた制約を課すものであり,同人の転職の自由ないし職業選択の自由を過度に侵害するものであって,公序良俗に反し無効である。具体的には,本件機密保持条項は,秘密情報の使用が禁止される地域の限定がなく,禁止期間も無制限であり,使用が禁止される秘密情報は「その他,貴社が機密事項として指定する情報の一切」という包括的なものである。これに,被告甲が原告の役員ではなく従業員にすぎないことなども加味すると,その内容は,明らかに合理的な範囲を超える義務を課すものである。

これに対して、原告は、次のとおり、本件秘密保持条項による制限は合理的であり有効と主張しました。

被用者は,その在職中はもとより,退職後においても,使用者に雇用されている間に業務の遂行を通じて得た重要な情報については,引き続き,秘密保持義務を負うべきである。本件秘密保持条項は,取引先及び取引条件に関する情報が機密情報に含まれることが明確にされており,被告甲の転職の自由及び職業選択の自由に対する制約の程度も軽微である。このように,同条項により被告甲の負う秘密保持義務は合理的なものであるから,同条項は有効である。

判示事項

東京地裁は、次のとおり述べて、元従業員との間の退職後の秘密保持義務については、その退職後の行動を過度に制約するものでない限り、有効であるとの一般論を説明します。

使用者は,その業務遂行にとって重要な営業秘密等の情報が外部に漏えい又は開示されないようにするため,必要な保護手段を講じることができるが,被用者との間で被用者が在職中に知り得た営業秘密等の情報を退職後に外部に開示又は漏えい等しない旨の合意をすることは,被用者の退職後の行動に一定の制約を課すものであることに照らすと,こうした合意は,その内容が合理的で,被用者の退職後の行動を過度に制約するものでない限り,有効と解されるべきである。

その上で、本件秘密保持条項について、東京地裁は、次のとおり、その対象とする「機密情報」が、不正競争防止法2条6項が定める、秘密管理性、有用性および非公知性の営業秘密3要件に類似する条件が備わる範囲に留まる限りにおいて有効であると判示しました(下線部は筆者によります。また、一部改行しています。)。なお、本件では原告は、在職中の秘密開示を主張しているものの、東京地裁は、本件秘密保持条項の解釈に際して、在職中と退職後の秘密保持義務を特段区別していません。

本件秘密保持条項において開示又は漏えいが禁止されている情報は,「業務上知り得た機密事項」であり,①経営上,営業上,技術上の情報一切,②取引先に関する情報の一切,③取引条件など取引に関する情報の一切,④機密事項として指定する情報の一切,がその内容であると規定されている。

本件秘密保持条項の対象が「機密事項」であり,また,包括的な規定である④において使用者が機密事項として「指定する」ことが前提とされていることに照らすと,当該機密事項については,公然と知られていないこと,原告の業務遂行にとって一定の有用性を有すること,原告において従業員が秘密と明確に認識し得る形で管理されていることを要すると解すべきであり,これを前提とする限りにおいて,本件秘密保持条項は有効というべきである。

そして、東京地裁は、本件の当てはめとして、次のとおり述べて、秘密管理性が認められないことを理由に原告が主張する各情報の「機密情報」該当性を否定しました(下線部は筆者によります。また、一部改行しています。)。

そこで,原告の従業員が秘密と明確に認識し得る形で,本件得意先・粗利管理表(甲9),本件規格書(甲10),本件工程表(甲11),本件原価計算書(甲12)が管理されていたかについて検討する。

ア まず,本件規格書(甲10),本件工程表(甲11),本件原価計算書(甲12)については,原告の役員及び従業員が各自のコンピュータからアクセス可能なサーバに保管されており,原告従業員がこれらの情報を閲覧,印刷及び複製できる状態にあったことについては,当事者間に争いがない。

イ 本件得意先・粗利管理表(甲9)につき,原告は,原告代表者のパソコン内に入れられており,他の従業員はアクセスできない状態であったので,秘密として管理されていたと主張する。

しかし,被告・被告会社代表者甲は,本件得意先・粗利管理表についても従業員のパソコンからアクセスすることができたと供述しており,従業員全てがアクセスすることができないような形で同管理表が保管されていたことを客観的に示す証拠はないから,上記原告の主張は採用できない。

また,原告は,本件得意先・粗利管理表を印刷したものを定例会議の際の資料として配布していたが,その際には「社外持出し禁」と表示した書面(甲16の1枚目)とともに配布したと主張する。

しかし,…甲16の1枚目と同様の書面とともに従業員に配布されていたことを裏付ける証拠はないから,上記原告の主張は採用できない。かえって,本件得意先・粗利管理表(甲9)自体には「社外持出し禁」などの表示が一切付されていないことからすると,本件得意先・粗利管理表は,定例会議などの打ち合わせの際に,「社外持出し禁」という表示を付すことなく,配布されていたと認めるのが相当である。

ウ 以上によれば,本件機密情報が記載された本件得意先・粗利管理表,本件規格書,本件工程表,本件原価計算書は,いずれも,原告において,その従業員が秘密と明確に認識し得る形で管理されていたということはできない。

これに対し,原告は,原告のような小規模な会社においては,その事業遂行のために取引に関する情報を共有する必要があるから,従業員全てが機密情報に接することができたとしても,秘密管理性が失われるわけではないと主張する。しかし,原告における本件機密情報の上記管理状況によれば,原告の会社の規模を考慮しても,同情報が秘密として管理されていたということはできない。

また,原告は,従業員全員から入社時において業務上知り得た情報を漏えい,開示しない旨の誓約書兼同意書を徴求していた上,原告代表者は,会議の際などに本件機密情報を漏えい,開示してはならないことを従業員に伝えていたと主張する。しかし,従業員全員から秘密保持を誓約する書面の提出を求めていたとの事実は,本件機密情報が秘密として管理されていなかったとの上記認定を左右するものではなく,また,原告代表者が定例会議等の際に本件機密情報を漏えい,開示してはならないと従業員に伝えていたとの主張を客観的に裏付けるに足る証拠はない。

エ したがって,本件得意先・粗利管理表,本件規格書,本件工程表,本件原価計算書に記載された情報は,被告甲が秘密保持義務を負う機密情報には当たらない。

また、東京地裁は、上記各情報の持ち出しおよび使用の事実についても認められない旨判示し、結論として、次のとおり、秘密保持義務違反による損害賠償請求を退けました。

以上のとおり,本件機密情報は秘密として管理されていたものではなく,また,被告甲が本件機密情報を取得し,使用したとは認められないので,秘密保持義務違反に基づく損害賠償請求については,その余の争点について判断するまでもなく,原告の主張は理由がない。

コメント

本判決は、あくまでも、本件秘密保持条項の「機密情報」の解釈論を前提とするものですが、退職後の秘密保持条項の対象を不正競争防止法の「営業秘密」類似の要件で制限したことに特色があります。

本件秘密保持条項のように、退職後についても、広範な秘密保持条項が設けられていることは実務上、必ずしも珍しくはありませんが、その対象については、上述のとおり、不正競争防止法の「営業秘密」よりも広く捉えることが一般的でした。

しかしながら、本判決を前提とした場合、「機密事項として指定する情報の一切」等定める広範な秘密保持条項は、同法の「営業秘密」以上の保護を受けることができないリスクがあるといえます。換言すれば、この程度の定めを設けるに留まる場合には、デフォルトルール以上の法的保護を受ける意思がないとみなす、との価値判断があると評価できるかもしれません。

本判決の解釈論が、他の判決においても踏襲されるかはさておき、実務上は、秘密保持条項により、不正競争防止法以上の保護を図ることを意図するのであれば、機密情報の範囲を特定し、また、秘密情報の管理を徹底する等の対応をこれまで以上に適切に実施することが望ましいといえ、その影響は小さくないと思われます。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・松下)