知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、本年10月23日、特許無効審判の請求人適格として要求される利害関係の有無が問題となった事案について判決をしました。

判決は、花王株式会社が有する「パンツ型使い捨ておむつ」の特許(特許第5225248号)について特許無効審判を請求した個人について、その者が直接的に対象特許の実施行為を行おうとしているわけではなく、また、自ら事業化のための設備等を有していなくとも、製造委託等の方法により関連発明の実施に向けて行動し、抵触がありうるのであれば利害関係が認められるとの判断を示しています。

ポイント

骨子

  • 原告は,製造委託等の方法により,原告発明の実施を計画しているものであって,その事業化に向けて特許出願(出願審査の請求を含む。)をしたり,試作品(サンプル)を製作したり,インターネットを通じて業者と接触をするなど計画の実現に向けた行為を行っているものであると認められるところ,原告発明の実施に当たって本件特許との抵触があり得るというのであるから,本件特許の無効を求めることについて十分な利害関係を有するものというべきである。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 平成29年10月23日
事件番号 平成28年(行ケ)第10185号 審決取消請求事件
原審決 特許庁平成28年6月24日無効2015-800170号
特許番号 特許第5225248号
発明の名称 パンツ型使い捨ておむつ
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官    寺 田 利 彦
裁判官    大 西 勝 滋

解説

特許無効審判・審決取消訴訟とは

特許無効審判とは、無効理由のある特許を無効にするための特許庁における行政審判手続をいい、訴訟類似の当事者対立構造で審理されます。どのような場合に無効審判を請求できるかについては、特許法123条1項に列挙されています。

審決取消訴訟とは、特許無効審判を含む各特許審判の審決に対する不服申立手続で、東京高等裁判所が専属的な管轄を有し、東京高等裁判所の特別の支部である知的財産高等裁判所において審理が行われます。

特許無効審判の請求人適格

かつて特許法には特許無効審判の請求人適格に関する規定がなく、解釈に委ねられていたところ、裁判所は、特許無効審判を請求するためには、利害関係が必要であるとしていました。

その後、平成15年特許法改正において初めて明文の規定が置かれましたが、その際には、原則として何人も特許無効審判を請求することができる一方、冒認出願と共同出願違反を理由とする審判請求の請求人適格だけは利害関係人に限定されました。
原則として請求人適格を無制限とした背景には、平成15年改正に際し、何人も申し立てることができる付与後異議制度が廃止され、その機能を特許無効審判が代替することが期待されていたからです。

その後、平成23年改正特許法74条により、真の発明者(特許を受ける権利を有する者)による特許権の取戻請求権が認められるようになった際に、冒認出願を理由とする特許無効審判の請求人適格が、単なる利害関係人から、特許を受ける権利を有する者に限定されました。

さらに、平成26年改正により付与後異議が復活したことに伴い、特許無効審判一般について請求人適格として利害関係が求められるようになりました。

その結果、現在では、特許無効審判を請求するには、利害関係人であることが必要であり、その中でも、冒認出願と共同出願違反の場合については、特許を受ける権利を有する者に限って請求が認められる構造になっています。

利害関係とは

特許庁が公表している審判便覧第16版(31-01)では、利害関係人は以下のように定義されています。

無効審判を請求し得る利害関係人とは、特許(商標)権などの存在によって、法律上の利益や、その権利に対する法律的地位に直接の影響を受けるか、又は受ける可能性のある者をいう。
利害関係人として認められるか否かは、権利内容や請求人の事業内容等との関係において個別具体的に判断されるべきものであって、手続をする能力のように個別の事件と離れて一般的な能力として判断されるものではない。

また、審判便覧は、裁判例に基づき、利害関係人の例として、以下の類型を列挙しています(31-02)。

(1) 当該特許発明と同一である発明を実施している/していた者
当該登録商標と同一又は類似である商標を同一又は類似の商品等に使用している/していた者
(2) 当該特許発明を将来実施する可能性を有する者
当該登録商標と同一又は類似の商標を将来使用する可能性を有する者
ア 当該特許発明に類似する発明を実施している者
イ 当該特許発明の実施を準備している者(必要な機械や材料を購入したり、設備の建設や設計に着手しているなど)
  当該登録商標と同一又は類似の商標の使用を準備している者
ウ 当該特許発明を実施できる設備を有する者
(3) 当該特許権に係る製品・方法と同種の製品・方法の製造・販売・使用等の事業を行っている者
(4) 当該登録商標により商品の出所の混同による不利益を被る可能性を有する者
(5) 当該特許権の専用実施権者、通常実施権者等
当該商標権の専用使用権者、通常使用権者等
(6) 当該特許権について訴訟関係にある/あった者又は警告を受けた者
当該商標権について訴訟関係にある/あった者又は警告を受けた者
(7) 当該特許発明に関し、特許を受ける権利を有する者

本件の背景

原告は、本件特許について特許無効審判を請求した審判請求人で、発明の名称を「使い捨ておむつ用外層シート及びこれを備える使い捨ておむつ」とする特許出願(特願2015-104616号)などをしているものの、個人であり、自ら生産設備を有するわけではなく、また、原告が想定している実施行為は、直接的に本件特許に抵触するものではなかったため、利害関係の有無が問題となりました。

原審決の判断

本判決によると、原審決は、以下のとおり述べ、本件特許と原告の実施行為との間に抵触が生じないとの理由で、原告は利害関係人に当たらないとの判断をしました。

原告が利害関係人というには,原告が本件特許発明にかかるもの(本件特許発明そのものか,あるいは,本件特許発明を利用する関係にあるもの)の実施準備をしており,無効とされるべき特許発明が誤って特許され,保護されることによって原告が不利益を被るおそれがあることを要するところ,原告の行為(事業化の一環としての特許出願,試作品の製作,既存の紙おむつ製造業者等に対するプレゼンテーション資料の作成や問い合わせ,インターネットサイトへの登録など)は,いずれも本件特許発明(にかかるもの)の実施準備に該当せず,無効とされるべき特許発明が誤って特許され,保護されることよって原告が不利益を被るおそれがあるとはいえないから,原告は特許法123条2項の利害関係人には該当しない。

審理における原告の陳述

判決によると、原告は、審理において、以下のような陳述をしたとされています。

(1) 原告は,特許権取得のための支援活動等を行う個人事業主であり,自らも特許技術製品の開発等を行っている。
(2) 特許願(甲54)の請求項に記載されている発明(原告発明)は,自分(原告)の発明である。
(3) 原告発明に係るおむつの開発に着手した理由は,日頃から医療分野に興味を持っていたこと,特に子供の頃から・・・,排せつの問題に関する知識があったこと,さらには,災害の発生,外国人の需要などにより,商品開発をして市場に提供するチャンスがあると考えたことによる。
(4) 原告発明は,紙おむつの外層シートに新たな構造を付加することを特徴とするものであり,弾性構造のない部分を有し,かつ,(テープ型でなく)パンツ型のおむつが最も適する。
(5) 原告としては,自ら発明を実施する能力がないので,ライセンスや他の業者に委託して製造してもらうことなどを考えており,製品化の準備として,市販品のおむつ(被告製品など)に手を加えて試作品(サンプル)を製作していた。
(6) 実際に上記試作品をおむつの製造業者等に持ち込んだことはまだないが,インターネット上で特許発明の実施の仲介を行う業者や不織布を取り扱う業者に対し,原告発明の実施の可能性について尋ねたことはある。
(7) その際,原告としては,原告発明を製品化する場合,被告の本件特許に抵触する可能性があると考えていたので,率直にその旨を上記の業者らに伝えたところ,いずれも,その問題(特許権侵害の可能性)をクリアしてからでないと,依頼を受けたり,検討したりすることはできないといわれ,それ以上話が進められなかった。
(8) 原告としては,設計変更等による回避も考えたが,原告発明を最も生かせる構造(実施例)は,被告の本件特許発明の技術的範囲にあると思われたため,原告発明を実施する(事業化する)には,本件特許に抵触する可能性を解消する必要性があると判断し,また,専門家から本件特許に無効理由があるとの意見をもらったことから,本件無効審判請求を行った。

判決の要旨

以上の審理を経て、判決は以下のように述べて、利害関係の基礎となる事実認定を行いました。

以上のとおり,原告は,単なる思い付きで本件無効審判請求を行っているわけではなく,現実に本件特許発明と同じ技術分野に属する原告発明について特許出願を行い,かつ,後に出願審査の請求をも行っているところ,原告としては,将来的にライセンスや製造委託による原告発明の実施(事業化)を考えており,そのためには,あらかじめ被告の本件特許に抵触する可能性(特許権侵害の可能性)を解消しておく必要性があると考えて,本件無効審判請求を行ったというのであり,その動機や経緯について,あえて虚偽の主張や陳述を行っていることを疑わせるに足りる証拠や事情は存しない。

さらに、判決は、上記事実認定を受け、以下のように述べて、原告に利害関係があることを認めました。

以上によれば,原告は,製造委託等の方法により,原告発明の実施を計画しているものであって,その事業化に向けて特許出願(出願審査の請求を含む。)をしたり,試作品(サンプル)を製作したり,インターネットを通じて業者と接触をするなど計画の実現に向けた行為を行っているものであると認められるところ,原告発明の実施に当たって本件特許との抵触があり得るというのであるから,本件特許の無効を求めることについて十分な利害関係を有するものというべきである。

被告の主張については、まず、原告の実施能力との関係について、以下のとおり、製造委託をする上で抵触可能性のある特許を無効にすることは必要であることを理由にこれを退けています。

被告は,「請求人(原告)が,本件特許発明について,実施の準備をしている者と評価されるためには,例えば,紙おむつを製造販売する事業(物の発明の生産,譲渡等を伴う事業)に必要となる製造設備や資金,販売ルート等を備えた企業等が,本件特許発明の実施に該当する事業の準備(事業の計画)を行うとともに,請求人が,その事業の少なくとも一部において主体的に関与していること」が必要であるとした審決の判断は相当であるから,そのような事情の認められない本件においては,利害関係の存在を肯定することはできないと主張する。しかし,上記のような要求をするということは,原告が製造委託先の企業等を求めようとしても,相手方となるべき企業等が,本件特許との抵触のおそれを理由に交渉を渋るというような場合には,直ちに本件特許の無効審判を請求することはできず,まずは,原告が自ら製造設備の導入等の準備行為を行わなければならないという帰結をもたらすことになりかねないが,このように,経済的リスクを回避するための無効審判請求を認めず,原告(審判請求人)が経済的なリスクを負担した後でなければ無効審判請求はできないとするのは不合理というべきである。

また、原告が実施しようとしている発明と本件発明との関係についても、以下のとおり、本件特許発明を利用する一般的可能性があることを理由に被告の主張を排斥しました。

また,被告は,原告発明と本件特許発明とは何ら関係がない等として,原告による原告発明の実施が本件特許に抵触することはあり得ないという趣旨の主張をする。しかし,原告発明は,主として折り畳み部を有する外層シートに関する発明であるから,それだけで紙おむつを製作することができるわけではなく,他に様々な技術を利用する必要があることは明らかであるところ,そういった,他に利用すべき技術の一つとして,本件特許が無効なのであれば,それに係る技術を利用しようとすることも考え得るところである(原告本人の陳述は,そのような趣旨であると理解できる。)。被告は,本件特許発明以外の技術によっても代替可能であるという趣旨の主張をするものと思われるが,本件特許が無効なのであるとすれば,それにもかかわらず,原告が,本件特許発明の利用を回避しなければならない理由はないというべきであり,被告の上記主張も失当である。

コメント

本件は、いわゆる事例判決であって、利害関係についての一般的な規範を示したものではありませんが、事実認定のポイントを知る上で参考になるものと思われます。