本年(平成29年)9月14日、知的財産高等裁判所第2部において、商標登録出願に係る拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決を取り消した判決がありました。この判決は、「Advanced Midwife アドバンス助産師」との商標が、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に当たるとして、特許庁がなした商標登録の拒絶査定及びこれに対する不服審判での不成立審決とは異なる判断を下したものです。

本稿では、まず、商標登録の手続及び商標登録の要件を概観し、本判決の内容を解説します。

ポイント

判旨概要

  • 「アドバンス助産師」は、助産師でない者が助産師又は紛らわしい名称の使用を禁止する保健師助産師看護師法42条の3第2項の規定に違反する事態が発生するおそれはない。
  • 「アドバンス助産師」は、国家資格である助産師資格を有する者のうち、一定程度の高い助産実践能力を持つ者を示すものであるということが相当程度認知されており、取引者等が「アドバンス助産師」に抱くその認識は誤っていない。
  • 国家資格の中に、上級の資格を「アドバンス」と称する国家資格はなく、「アドバンス助産師」認証制度が相当程度認知されていることからすると、「アドバンス助産師」が「助産師」とは異なる国家資格であると認識されるとは認められない。
  • 「Advanced Midwife アドバンス助産師」との商標が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たるということはできない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決日 平成29年9月14日
事 件 平成29年(行ケ)第10049号 審決取消請求事件
原審決 不服2016-1536号
裁判官 裁判長裁判官 森 義之
裁判官    永田 早苗
裁判官    古庄 研

解説

商標登録制度

商標とは、事業者が、自己の商品・サービスを他人の商品・サービスと区別するために使用するマーク(識別標識)をいいます。

商標法(以下、単に「法」といいます。)は、特許庁へ商標を出願して商標登録を受けることにより、業務上の信用が蓄積された商標を他人による模倣から保護しています。

登録できる商標のタイプには、文字商標、図形商標、立体的形状のみから構成される商標、動き商標、ホログラム商標、色彩のみからなる商標、音商標など様々なものがあります。

商標登録の手続と不服申立て手続

商標登録出願と査定

事業者がある商標について商標登録を受けたい場合、まず、特許庁に対し、商標登録出願を行います(法5条1項)。

特許庁は、商標出願について法律に定められた拒絶理由があるときは、登録拒絶の査定(法15条1項)をし、拒絶の理由を発見しないときは商標登録の査定(法16条)を行います。

拒絶査定不服審判

出願人が拒絶査定を受けた場合において、不服があるときは、査定の謄本の送達があった日から3か月以内に、特許庁に対し、不服審判を請求することができます(法44条1項)。

審判官による審理の結果としては、①「出願を審査に付する」との差戻し審決がなされる場合、②「審判の請求は成り立たない」との登録拒絶の審決(不成立審決)がなされる場合、③「登録をすべき」との審決がなされる場合があります。

審決取消訴訟

拒絶査定不服審判において不成立審決を受けた場合、審判請求人がこれに不服があるときは、審決の謄本の送達があった日から30日以内に、東京高等裁判所に対し、審決取消訴訟を提起することができ(法63条1項、法63条2項の準用する特許法178条3項)、受理された訴訟は、知的財産高等裁判所設置法に基づき、東京高等裁判所の特別の支部である知的財産高等裁判所において審理されます。

審決取消訴訟における審理の結果、裁判所は、取消の理由があるときは「審決を取り消す」との判決をし、そうでないときは「請求を棄却する」との判決をします(法63条2項の準用する特許法181条1項)。

取消訴訟の判決に不服があるときは、判決の謄本の送達があった日から2週間以内に上告や上告受理申立てを行うことができます(民事訴訟法313条・285条)。

審決取消の効果

審決の取消判決が確定すると、審決はなかったことになり、特許庁において審判が再開します。特許庁の審判官は、さらに審理を行い、審決をしなければならず(法63条2項の準用する特許法181条2項前段)、この場合、審判官は取消判決の判断に拘束されます(行政事件訴訟法33条1項)。

商標に関する審決取消訴訟の利用状況

なお、商標に関する審決取消訴訟は、毎年20件程度(拒絶査定不服審判、補正却下不服審判、訂正審判の合計)提起され、そのうち請求が認められ取消判決となるのは数件となっています。

商標権の発生

登録の査定か審決の謄本の送達があった日から30日以内に登録料を納付した場合に商標権の設定の登録となり、商標権が発生します(法18条1項・2項)。これにより、法による保護が受けられるようになります。

商標権の存続期間は、設定の登録から10年間であり、更新することができます(法19条)。

商標登録の要件

商標登録が認められるためには、法15条に規定された拒絶理由がないことが必要ですが、その中でも、実体的要件としては、以下の事項があります。

自他商品・役務の識別力を有すること

普通名称になっているものなど、法3条1項には、自己の商品・役務と他人の商品・役務とを区別することができないとして登録を受けることができないものが列挙されています。

商標法3条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
二 その商品又は役務について慣用されている商標
三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。以下略)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
四 ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
五 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
2 前項第三号から第五号までに該当する商標であっても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。

不登録事由に該当しないこと

法4条1項には、不登録事由が列挙されています。

国旗や国、地方公共団体若しくは国際機関の名称やこれらが用いる商標と同一又は類似する商標や、他人の登録商標や広く認識されている他人の未登録商標と同一又は類似の商標であって同一又は類似の商品若しくは役務に使用するものが登録できないほか、

7号 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標
15号 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標
16号 商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標
19号 他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって、不正の目的をもって使用するもの

などは登録できません。

公的資格の誤認と公序良俗

本件では、「Advanced Midwife アドバンス助産師」との商標が、公的資格であるとの誤認を生じるものとして法4条1項7号「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するかどうかが争われました。

この点に関する裁判例としては、以下のようなものがあり、出願商標等の周知の程度、出願の経緯や目的など様々な観点が考慮され、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ」の該当性が判断されています。

公序良俗違反に該当するとした判決
  • 「特許管理士」東京高裁平成11年11月30日判決
    一般国民は、末尾に「士」の付された名称に接した場合、一定の国家資格を付与された者を表していると理解することが多い。そして、「特許管理士」の語は、本件商標の登録出願時において、既に一般国民の間において、現実には弁理士にしか許されていない業務を行う資格を有する者と誤信され、弁理士と混同されるおそれがあったものと認められるから、弁理士法22条の3にいう「弁理士に類似する名称」に該当し、本件商標は、公の秩序に反する。
  • 「食養士」東京高裁平成15年10月29日判決
    「栄養士」と「食養士」とは、その外観、観念において類似し、称呼においてもある程度紛らわしく、他方、「栄養士」が、広く普及した国家資格としてその存在及び活動内容が国民に非常によく知られていることを考慮すると、「食養士」に接する需要者、取引者が、これを著名な国家資格である「栄養士」に関連した新たな公的職業資格であるかのように誤信する場合があることは否定できないから、このような商標は、国家資格に対する一般国民の信頼性を損なうものであり、社会公共の利益に反する。
公序良俗違反に該当しないとした判決
  • 「秘書士」東京高裁平成16年9月30日判決
    「秘書士」との商標は、「秘書士」の称号認定が長期間にわたって相当の量的規模によって行われ、公的資格である「秘書技能検定」と並んで周知となっていたと認められていたなどの出願に至る経緯の観点からも、また、公的資格である「秘書技能検定」と誤認を生ずるおそれの有無の観点からも、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たるとはいえない。

公序良俗違反に関するその他の判決

なお、他の考慮により「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たると判断された裁判例は数多くありますが、例えば以下のようなものがあります。

  • 東京高裁平成12年5月8日判決
    「企業市民白書」との商標は、政府刊行物としての「白書」に対する一般国民の信頼性を損なうものであって、商取引の秩序を乱し、また、社会公共の利益を害することになる。
  • 知財高裁平成24年10月30日判決
    「富士山世界文化遺産センター」との商標は、私人の登録を認めると、国または地方公共団体等による富士山の「世界遺産」に関連する施策の遂行を阻害するおそれがあり、これら施策の高度の社会公共性に鑑みれば、社会公共の利益に反するというべきである。
  • 知財高裁平成24年12月19日判決
    「シャンパンタワー」との商標は、「シャンパン」の表示がフランスにおいて有する意義や重要性及び日本における周知著名性等を総合考慮すると、フランス国民の国民感情を害し、日本とフランスの友好関係にも影響を及ぼしかねないものであり、国際信義に反する。
  • 知財高裁平成27年7月9日判決
    「激馬かなぎ」との商標は、原告が五所川原市金木町区域の活性化を図るという公益的な施策に便乗して、公費の投入や公的機関等の広報活動によって広く知られるに至った地方特産品としての位置付けである「激馬かなぎカレー」の標章につき、そこから得られる利益の独占を図ろうとする者と同視され、公正な競業秩序を害するものであって、公序良俗に反する。

本件事案の概要

本件において、原告である一般財団法人日本助産評価機構は、平成26年12月9日、「Advanced Midwife アドバンス助産師」との商標の登録出願をしたところ、平成27年11月6日、特許庁より拒絶査定を受け、さらに平成29年1月11日、審判不成立審決を受けたので、裁判所に対し、審決の取消しを求めて本件訴訟を提起しました。

特許庁による不成立審決の理由は、「Advanced Midwife アドバンス助産師」の文字からは、「上級の助産師」の意味合いが想起されるものであるところ、同機構による商標登録を認めた場合、助産師でない者が助産師又は紛らわしい名称の使用を禁止する保健師助産師看護師法(以下、「保助看法」といいます。)42条の3第2項の規定に抵触するおそれがあり、かつ、取引者等が国家資格である「助産師」の上級の国家資格であるかのように誤信する場合があるのであって、国家資格である「助産師」制度に対する社会的信頼を失わせるおそれがあり、法4条1項7号に当たるというものでした。

判旨

判決は、まず、「助産師でない者は、助産師又はこれに紛らわしい名称を使用してはならない」と規定する保助看法42条の3第2項に抵触するおそれに関し、

「アドバンス助産師」認証制度は、既に助産師資格を持つ者であって、一定の助産実践能力を有する者を「アドバンス助産師」と認証するものであるところ、原告は、「アドバンス助産師」を認証する団体であることから、本願商標の出願をしたものである。
そうすると、本願商標は、助産師でない者を「助産師」と称するために出願されたものではないから、本願商標が登録されたからといって、保助看法42条の3第2項の規定に違反する事態が発生するおそれがあるということはできない。

と判断しました。

続いて、本願商標「Advanced Midwife アドバンス助産師」が全体として「上級の助産師」の意味を生じるということ示した上で、「アドバンス助産師」認証制度は専門的知見が適切に反映された制度であり、「アドバンス助産師」が既に1万人を超えていることなど、現に相当程度認知されていることを丁寧に認定し、

そうすると、本願商標に接する取引者、需要者は、「アドバンス助産師」を、助産師のうち、一定程度の高い助産実践能力を持つ者であると認識するということができるところ、その認識自体は、決して誤ったものであるということはない。

と判示しました。
そして、判決は、公的資格であるとの誤認のおそれについて、

国家資格の中には、知識や技能の難易度等に応じて、同種の資格の中で段階的にレベル分けされているものがあることが認められる(乙21~28)が、上級の資格を「アドバンス」と称する国家資格があるとは認められないこと(甲28参照)や前記のとおり「アドバンス助産師」制度が相当程度認知されていることからすると、「アドバンス助産師」が「助産師」とは異なる国家資格であると認識されるとは認められない

と判断しました。

また、仮に、そのように認識されることがあったとしても、

①保助看法42条の3第2項違反のおそれがないこと、

②本願商標に接する取引者、需要者は、「アドバンス助産師」を、助産師のうち、一定程度の高い助産実践能力を持つ者であると認識するということができるところ、その認識自体は、決して誤ったものであるということはないこと

からすると、本願商標が国家資格等の制度に対する社会的信用を失わせる「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」ということはできないと判断しました。

判決は、以上のように説示して、「Advanced Midwife アドバンス助産師」との商標が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標」には当たらないと結論付けました。

コメント

本件は、商標の不登録事由のうちの「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標」に該当するか否かにつき、特許庁による判断とは異なる判断をした数少ない裁判例です。
特に、公的資格名を包含する商標の登録を基本的に認めない特許庁に対し、商標登録出願後の使用実績や社会内における認知状況なども含め、個別具体的な事情を考慮して、公的資格に対する社会的信用との関係で公序良俗に反しない場合には商標の登録が認められるべきであることを明らかにした点で意義あるものと思われます。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・村上)