東京地裁は、特許権侵害訴訟の無効の抗弁に対する訂正の再抗弁が認められるための4つの要件を示した上で、再抗弁の成立を認めました。この4要件についてはすでに過去の裁判例でも言及されていましたが、本判決はその内容を確認したものといえます。

訂正の再抗弁に関しては、この判決後の7月に重要な最高裁判決が出されたところですので、本稿では、この4要件について改めて解説します。

ポイント

骨子

本件は、名称を「ピストン式圧縮機における冷媒吸入構造」とする発明についての特許権を有する原告が、特許権の侵害を理由として、被告の輸入・販売する圧縮機の差止め及び半製品の廃棄を求めた事案です。

被告が特許法104条の3の抗弁(無効の抗弁)を主張したのに対し、原告は特許の訂正審判の申立てをした上で、訂正の再抗弁を主張しました。

裁判所は、原告の訂正の再抗弁の成否につき、特許法104条の3の抗弁に対する訂正の再抗弁が成立するための要件として、①特許庁に対し適法な訂正審判の請求又は訂正の請求を行っていること、②当該訂正が訂正の要件を充たしていること、③当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること、④被告各製品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属すること、の各要件を全て充たしている必要があると述べました。その上で、本件では上記①~④の全て充たすと判断し、訂正の再抗弁の成立を認めています。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第40部
判決言渡日 平成29年4月21日
事件番号 平成26年(ワ)第34678号特許権侵害行為差止事件
裁判官 裁判長裁判官 東海林  保
裁判官    廣瀬   孝
裁判官    勝又 来未子

解説

訂正の再抗弁とは

訂正の再抗弁とは、特許権侵害訴訟において無効の抗弁が出された場合に、訂正審判または訂正の請求を行うことで、特許が無効と判断されることを回避し、無効の抗弁が認められることを防ぐ主張です。

例えば、本件では、被告は、原告の発明には進歩性が認められず無効事由を有していると主張していましたが、原告は、特許請求の範囲につき、発明の構造を限定する訂正請求を行い、これによって無効事由が解消されたものと主張していました。

訂正の再抗弁が成立するための要件

訂正の再抗弁が認められるためには、以下の4つが全て充たされる必要があると解されており、本判決においてもこの4要件を示しました。

①特許庁に対し適法な訂正審判の請求又は訂正の請求を行っていること
②当該訂正が訂正の要件を充たしていること
③当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること
④被告各製品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属すること

特許庁に対し適法な訂正審判の請求又は訂正の請求を行っていること(要件①)

訂正審判とは、特許権者が、特許登録後に、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をするために請求する審判です(特許法第126条1項)。他方、訂正の請求とは、特許無効審判の被請求人が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正するための請求であり(特許法第134条の2)、特許無効審判内の手続です。

訂正審判または訂正の請求が「適法」であるためには、法律で定められた期間内に行われている必要があります。具体的には、訂正審判の申立ては特許権消滅後であっても、当該特許権が取り消されまたは無効とならない限り行うことができますが(特許法第126条8項)、特許異議の申立て又は特許無効審判が特許庁に係属した時からその決定又は審決が確定するまでの間は、請求することができないとされています(特許法第126条2項)。

訂正の請求においては、無効審判の手続内で指定された期間内に行う必要があるほか、訂正の目的についても、訂正審判と同様の制限があります(特許法134条の2第1項)。

もっとも、シートカッター事件最高裁判決においては、訴訟で問題とされたものとは異なる無効理由で特許無効審判ないし審決取消訴訟が継続し、そのため、訂正審判請求が制限されている場合には、訂正の再抗弁を主張するために、現に訂正審判請求等を行っている必要はないとの判断が示されており、一定の例外が認められるものと解されます(詳細はシートカッター事件の解説 参照)。

当該訂正が訂正の要件を充たしていること(要件②)

次に、訂正は、訂正の要件を満たしている必要があります。

具体的には、まず、訂正ができる範囲は、特許請求の範囲の減縮、誤記又は誤訳の訂正、明瞭でない記載の釈明、または、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることのいずれかを目的とするものに限られます(特許法126条1項、134条の2第1項)。訂正の再抗弁が主張される際に最もよく用いられるのは、特許請求の範囲の減縮です。すなわち、特許請求の範囲を被告の製品等が技術的範囲に属する範囲内で狭くすることによって無効を回避する方法です。

また、訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものであってはならず(126条6項、134条の2第9項)、特許請求の範囲の減縮または誤記又は誤訳の訂正を目的とする訂正においては、訂正後の発明が独立特許要件を満たしている必要があります(126条7項、134条の2第9項)。

当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること(要件③)、被告各製品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属すること(要件④)

訂正の再抗弁は無効の抗弁に対して出されるものですので、これが成立するためには、当然、当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消される必要があります。また、訂正の再抗弁は特許権の侵害訴訟において原告の主張する抗弁であり、再抗弁が認められることで原告の特許権侵害の主張が認められるという関係にあることから、被告製品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属することも必要となります。

なお、被告においては、訂正が認められるとの前提のもと、訂正後の特許につき新たな無効事由が存在する旨の主張を行うことは可能です。本件でも、被告は、訂正後の特許は明確性を欠くとし、新たな無効主張を行っていましたが、裁判所はこの主張を認めませんでした。

コメント

本件は、特許権侵害訴訟で頻繁に問題となる訂正の再抗弁が認められるための要件を確認した点において、実務上意義のあるものと思われます。

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(文責・町野)