平成29年(本年)7月10日、最高裁は、特許権者が事実審で訂正の再抗弁を主張しなかった場合に、後の訂正審決等の確定が再審理由にあたるとの主張を退ける判決を下しました。特許無効の抗弁の主張は、特許権侵害訴訟において常態化しており、これに対する訂正の再抗弁も重要な意味合いを有します。本判決は、訂正の再抗弁の早期の主張を促すものとして、実務上重大な影響を有するものです。

ポイント

骨子

  • 特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして、特許法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されない。

判決概要

裁判所 最高裁判所第二小法廷
判決言渡日 平成29年7月10日
事件番号 平成28年(受)第632号 特許権侵害差止等請求事件
原判決 知財高判平成27年12月16日平成26年(ネ)第10124号
裁判官 裁判長裁判官 山本 庸幸
裁判官    小貫 芳信
裁判官    鬼丸 かおる
裁判官    菅野 博之

解説

はじめに

本判決の要旨は、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに、訂正の再抗弁を主張しなかった場合、その後に訂正審決等が確定したことを理由に、事実審の判断を争うことは、原則としてできない、というものです。

結論のみを見ると非常にシンプルにも思えますが、最高裁の論理を紐解くためには、特許法の、公法としての側面と私法としての側面の両方についての理解が不可欠です。そこで、本稿では、本判決が前提とする各種の法的論点について、一つ一つ丁寧に解説していきます。

特許法の二面性

特許法は、①ある発明に対する「特許」の付与という特許庁の行政処分と、②有効に成立した特許を前提とした、私人による「特許権」の行使、のそれぞれを規律するものです。

①に関する具体的手続としては、特許庁における行政審判手続として、特許の付与に関する判断である特許査定・拒絶査定手続、一度成立した特許の有効性を判断する特許無効審判、そして、一度成立した特許について訂正を行う訂正審判等があります。

②に関する具体的手続としては、裁判所における特許権侵害訴訟があります。

本件では、両手続が並存する場合の法律関係が問題となるため、その相違を意識しておく必要があります。

上告審で再審事由が問題となる理由

本件判決は、裁判所における特許権侵害訴訟の上告審でなされたものですが、上述のとおり、上告人(原告・被控訴人)は、特許庁において訂正審決を得たことを基礎に、原判決は破棄されるべきであると主張しています。

具体的には、上告人の主張は、高裁での審理終結後に特許庁で訂正審決が認められたことを根拠に、「本件の上告審係属中に本件訂正審決が確定し、本件特許に係る特許請求の範囲が減縮されたことにより、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある」というものです。

再審とは

上述のとおり、上告人は、原判決が破棄される根拠として、再審事由がある、ということを主張しています。

再審とは、いったん確定した判決について、特に重大な事由がある場合に、審理のやり直しを行うことをいいます。報道では、殺人事件の冤罪などについて再審が行われる例が見られますが、このような事件では、しばしば最高裁判所まで争われた後に判決が確定しています。

これに対し、本件では、まだ最高裁判所の判決が確定していないのに、再審事由の有無、つまり、再審が認められるための要件が満たされているかが争点となっています。

なぜ判決確定前に再審が問題となっているのか、まずは、その理由を解説します。

上告審と下級審の違い

地方裁判所や高等裁判所の審理(下級審)が「事実審」と呼ばれるのに対し、最高裁判所が取り扱う上告事件は、「法律審」と呼ばれます。下級審では、証拠に基づいて事実認定を行い、それに法律を適用することで判決を行うのに対し、上告事件においては、新たな事実の審理は行わず、事実審で認定された事実をもとに法律解釈のみを取り扱うこととされているからです。

このような構造から、上告審では、原則として事実審における事実認定の誤りは争点として取り上げられず、また、事実審の審理終結後に生じた事実に基づく判断もなされません。

この点、本件では、上告後に訂正審決がなされているため、上記原則のもとでは、訂正審決があったとの事実は最高裁判所における審理の対象とならないこととなります。それにもかかわらず、訂正審決の事実が上告審で審理されるためには、訂正審決があったことが、法律で定められた上告の要件を満たすことが必要になります。

上告と上告受理の違い

最高裁判所で上訴事件の審理を受けるためには、憲法違反等の上告理由があることを理由とするか(民訴法312条1項および2項)、または、原判決に最高裁の判決と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件であるとして、上告受理を行うこと(民訴法318条1項)が必要です。

本件は、後者の上告受理事件です。

上告破棄事由としての「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」

上告事件(上告受理事件も上告事件として扱われます。)については、上告理由がある場合には、必ず原判決を破棄差戻等しなければなりませんが(民訴法325条1項)、これが無い場合であっても、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」がある場合には破棄差戻等することができます(民訴法325条2項)。

後者の場合、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」とは何を指すかが問題となりますが、最高裁判所は、かつて、「原判決には民訴法338条1項8号に規定する再審の事由がある。そして、この場合には、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があったものというべきである」(最二判平成15年10月31日集民211号325頁)という判決をしています。

そこで、さらに、民事訴訟法338条1項8号を詳しく見ると、同号は、再審事由として「判決の基礎となった行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと」を挙げています。

第338条 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。…
⑧ 判決の基礎となった…行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。…

そして、本件の上告人(特許権者)は、事実審の口頭弁論終結後に訂正審決が確定したことが「判決の基礎となった行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと」に該当し、再審事由が認められるべきだ、と主張しています。

仮にこれが再審事由と認められれば、上記の平成15年最判のもと、原判決が破棄される可能性があるからです。

訂正審決の確定と再審事由

事実審の審理終結後に訂正審決がなされたことにより、再審事由が認められるか否かについては議論のあったところですが、最一判平成20年4月24日民集62巻5号1262頁(以下「ナイフの加工装置事件最高裁判決」といいます。)の多数意見は、以下のとおり、再審事由となる「余地がある」との立場をとっています(なお、泉裁判官の意見は否定説をとっています。)。

本件訂正審決が確定したことにより、本件特許は、当初から本件訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特許法128条)、前記のとおり本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから、これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず、上記無効理由が解消されるとともに、本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは、上告人の請求を容れることができるものと考えられる。そうすると、本件については、民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。

再審事由と訂正の可否の関係

もっとも、ナイフの加工装置事件最高裁判決は、以下述べるとおり、仮に再審事由が認められる場合であっても、その具体的な事案においては、上告人の主張は、当事者間の特許権侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり、特許法104条の3の規定の趣旨に照らして原審の判断を争うことが許されないと判断しています。

上告人は、第1審においても、被上告人らの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり、上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと、少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。そして、本件訂正審決の内容や上告人が1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると、上告人が本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない。したがって、上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく、上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず、上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。

ナイフの加工装置事件最高裁判決を受けて、平成23年特許法改正では、特許法104条の4が新設され、同条第1項3号は、以下のとおり、特許権侵害訴訟の終局判決確定後に、敗訴した特許権者等が無効理由等を取り除くために行った訂正審決が確定した場合であっても、再審の訴えにおける主張を禁じました。

第104条の4 特許権…の侵害…に係る訴訟の終局判決が確定した後に、次に掲げる決定又は審決が確定したときは、当該訴訟の当事者であつた者は、当該終局判決に対する再審の訴え…において、当該決定又は審決が確定したことを主張することができない。…
③ 当該特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の決定又は審決であつて政令で定めるもの

なお、上記規定が引用する政令については特許庁ウェブサイトを参照下さい。

「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」と再審事由の関係

ここまでの考え方は、以下のとおり整理できます。

  • 本件で上告人の主張が認められるためには、原審の判断に「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」があったことが求められる。
  • 判例(最二判平成15年10月31日)によれば、再審事由の存在は、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」に該当する。
  • 判例(ナイフの加工装置事件最高裁判決)によれば、特許無効の抗弁が認められて特許権者の請求が棄却された後に、訂正審判が確定した場合には、民事訴訟法338条1項8号の再審事由に該当する可能性がある。
  • もっとも、同判決によると、特許法104条の3の趣旨に照らし、訴訟の不当な遅延の有無等の具体的な事情を勘案の上で、再審事由にかかる主張が認められないとの判断がされる可能性があり、また、同判決後に新設された特許法104条の4も同様の趣旨に基づくものである。

そして、本件では、現に訂正審決がなされている一方、上告人は、事実審において、訂正に関する主張を全く行わず、上告審に至って初めて再審事由となるとの主張をしました。また、その背景として、本件の特許権侵害訴訟とは別に特許無効審判が係属しており、訂正審判請求が制限されていたとの事情もありました。

そのため、本件では、訴訟の不当な遅延等、訂正審決があったとの事実を再審事由として主張することを妨げる事情があったか否かが問題となりました。

訂正の再抗弁の本件における位置づけ

本件では、訂正の再抗弁の当否は直接の争点でありません。上告人は事実審で訂正の再抗弁を主張していなかったところ、訂正の再抗弁は典型的な事実主張ですから、新たに最高裁判所でこれを持ち出すことは不可能だからです。

そのような事情から、上告人は、訂正審決が確定したとの事実を基礎に、再審事由があると主張し、その結果、上告が認められるべきとの論理構成をしたものと考えられます。

しかし、最高裁判所は、上述のとおり、ナイフの加工装置事件最高裁判決において、適切な時期に訂正の再抗弁を提出していなかったことを理由に、訂正審決を基礎に再審事由にかかる主張を行うことを封じました。

そのため、本件においても、適切な時期に訂正の再抗弁を提出すべきであったのにしなかったと言えないか、また、その前提として、現に訂正審判請求等が行われることが訂正の再抗弁の要件とされるなら、そもそも、訂正の再抗弁を提出することが可能だったのか、が問題となりました。

そこで、以下、①そもそも訂正の再抗弁とは何か、②訂正の再抗弁の要件として訂正審判請求等を要求することにはどのような意味があるかを順次見て行きましょう。

特許無効の抗弁と訂正の再抗弁

特許無効の抗弁とは

上述のとおり、行政手続としての「特許」の付与と、民事裁判手続における「特許権の行使」は、制度としては全く別個独立のものです。そのため、このような性質の違いを重視するのであれば、裁判所が特許無効の判断を行うことは不適当であり、特許庁の審判(無効審決)が下されるまでは、これが有効であることを前提として取り扱うべきであるということにもなりそうです。

しかしながら、かかる二分論を貫徹するのであれば、特許が明らかに無効である場合であっても、(本来であれば権利行使を許すべきではない)特許権者による権利行使を許すことになり、不適当な場合も考えられるところです。そこで、最三判平成12年4月11日民集54巻4号1368頁(いわゆる「キルビー事件最高裁判決」)は、いわゆる明らか無効の場合に、特許権の行使を権利濫用として制限する法理を採用しました。

そして、その後の平成16年特許法改正においては、裁判所が、特許の有効性を当該訴訟限りにおいて判断することを可能とする特許無効の抗弁(特許法104条の3)が導入され、判断権限の分配という観点からは、行政手続と民事手続の二分論の貫徹は後退することとなりました。

訂正の再抗弁とは

もっとも、特許法104条の3第1項は、「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」ときに特許無効の抗弁を主張可能としていますので、無条件に特許無効の抗弁の主張が許されているわけではありません。

第104条の3 特許権…侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により…無効にされるべきものと認められるときは、特許権者…は、相手方に対しその権利を行使することができない。

これは、行政処分としての特許の公定力に配慮した要件であると共に、キルビー事件最高裁判決において、最高裁が「訂正審判の請求がなされているなど特段の事情」がある場合には、特許に無効理由があることが明らかであっても、その権利行使は権利濫用とならないと判示したことを念頭においた規定であると考えられています。

このうち訂正については、特許に無効理由が存在している場合であっても、適切な訂正を行った訂正審決が確定等した場合には、特許査定時に遡って訂正されますので(特許法128条)、無効理由が存在しないことになります。このような場合にまで、特許無効の抗弁の主張を許すのは必ずしも妥当でないことは明らかです。

訂正の再抗弁の4要件

もっとも、このような立法趣旨に照らせば、訂正の再抗弁を主張するためには、更に、下記の4要件を充たすことが必要と考えられています(例えば、これに言及する近時の裁判例として、東京地判平成29年4月21日裁判所ウェブサイトがあります。)。

  1. 特許庁に対し適法な訂正審判の請求又は訂正の請求(以下あわせて「訂正審判請求等」といいます。)を行っていること
  2. 当該訂正が訂正要件を充たしていること
  3. 当該訂正によって被告が主張している無効理由が解消されること
  4. 被告各製品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属すること

このうち、本件に関連するのは、要件1です。

訂正の再抗弁の要件としての訂正審判請求等

実務上の立場

特許法104条の3第1項の「無効審判の請求がされた場合には当該特許が無効にされるべきものと認められること」との文言を素直に解釈すれば、訴訟においてかかる事実を主張立証できるのであれば、訂正審判請求等を現実に行っていることは要件とならないと解釈することも可能です。

この点、ナイフの加工装置事件最高裁判決において、泉裁判官は、少数意見として、以下のとおり述べています(下線部は筆者によります。)。

被告において、権利行使制限の抗弁を成立させるためには、既に特許無効審判が請求されているまでの必要はなく、特許無効審判の請求がされた場合には当該特許が無効にされるべきものと認められることを主張立証すれば足りるのと同様に、原告において、同抗弁の成立を妨げるためには、既に訂正審判を請求しているまでの必要はなく、まして訂正審決が確定しているまでの必要はないのであり、訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができ、かつ、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証すれば足りる。

しかしながら、訴訟において、特許権者が訂正により無効理由が解消可能であることを主張したことのみをもって、訂正の再抗弁を認めてしまうと、後に特許権者が訂正を行わない場合が問題となります。何故ならば、これを許すと、特許権者は、権利行使に際しては、訂正前の広い範囲で特許権を行使できる一方、無効の再抗弁の審理の関係について、特許請求の範囲を狭く限定すると主張できることとなり、いわば二枚舌を許すこととなるからです。

このような懸念から、実務上は、訂正の再抗弁に際しては、予め訂正審判請求等を行うことが原則として必要と考えられており、知財高判平成26年9月17日(以下「共焦点分光分析事件知財高裁判決」といいます。)においてもこの考え方が採用されています(下線部は筆者によります。)。

特許権侵害訴訟において、被告による抗弁として特許法104条の3に基づく権利行使の制限が主張され、その無効理由が認められるような場合であっても、訂正請求等により当該無効理由が回避できることが確実に予想されるようなときには、「特許無効審判により無効とされるべきものと認められる」とはいえないから、当該無効の抗弁の成立は否定されるべきものである。そして、無効理由の回避が確実に予測されるためには、その前提として、当事者間において訴訟上の攻撃防御の対象となる訂正後の特許請求の範囲の記載が一義的に明確になることが重要であるから、訂正の再抗弁の主張に際しても、原則として、実際に適法な訂正請求等を行っていることが必要と解される。

仮に、訂正の抗弁を提出するに当たって訂正審判等を行うことを不要とすれば、以下のような弊害が生じることが予想される。すなわち、①当該訂正が当該訴訟限りの相対的・個別的なものとなり、訴訟の被告ごとに又は被疑侵害品等ごとに訂正内容を変えることも可能となりかねず、法的関係を複雑化させ、当事者の予測可能性も害する。②訂正審判等が行われずに無効の抗弁に対する再抗弁の成立を認めた場合には、訴訟上主張された訂正内容が将来的に実際になされる制度的保障がないことから、対世的には従前の訂正前の特許請求の範囲の記載のままの特許権が存在することになり、特許権者は、一方では無効事由を有する部分を除外したことによる訴訟上の利益を得ながら、他方では当該無効事由を有する部分を特許請求の範囲内のものとして権利行使が可能な状態が存続する。

訂正審判請求等の制限

以上のとおり、実務上、訴訟における訂正の再抗弁を提出するためには、原則として、特許庁において、訂正審判請求等を予め行うことが求められています。

他方において、訂正審判請求等を現実に行うことができる場面は、数次の特許法改正を経て段階的に限定されてきました。

すなわち、平成5年改正においては、特許無効審判の審理の迅速化を図るため、訂正請求制度が導入されるとともに、特許無効審判係属中の訂正審判請求が禁止され、さらに、平成15年改正では、いわゆる「キャッチボール」問題への対応のため、無効審決に対する取消訴訟提起後の訂正審判請求を、出訴から90日間に制限しました。

さらに、平成23年特許法改正では、「キャッチボール」問題を完全に解消すべく、特許無効審判が確定するまで(審決に対して審決取消訴訟が提起された場合には、これに対する判決が下されるまで)は、訂正審判請求ができないこととし(特許法126条2項)、また、その代わりに、特許無効審判において、無効審決が下される場合には、審決の予告をした上で、特許権者に訂正請求をする機会を与えることとしました(特許法134条の2第1項、164条の2第2項。以上の経緯については、こちらもご参照ください。)。

【訂正審判】

126条…
2 訂正審判は、特許異議の申立て又は特許無効審判が特許庁に係属した時からその決定又は審決(請求項ごとに申立て又は請求がされた場合にあつては、その全ての決定又は審決)が確定するまでの間は、請求することができない。

【無効審判における訂正請求】

134条の2 特許無効審判の被請求人は、前条第1項若しくは第2項、次条、第153条第2項又は第164条の2第2項の規定により指定された期間内に限り、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正を請求することができる。…
164条の2 …
2 審判長は、前項の審決の予告をするときは、被請求人に対し、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正を請求するための相当の期間を指定しなければならない。…

法律上主張不可能な場合の訂正審判請求等の要否

このように、特許法は、特許無効審判が係属している場合において、原則として訂正審判請求を禁止しているため、このような場合にも、果たして、訂正の再抗弁を提出するために予め訂正請求等を行うことが必要か、逆にいうと、特許無効審判が係属してしまうと、事実上訂正の再抗弁の提出が許されなくなるのか、が問題となります。

この点、前述した共焦点分光分析事件知財高裁判決では、第1審において特許権者が訂正の再抗弁を提出せず、かつ、控訴審に際して初めてこれを提出したものの、当該時点においては、無効審決取消訴訟が係属していたことから、法律上は特許権者が訂正審判請求等を行うことができない状況にあり、まさにこの点が問題となりました。

知財高裁は、平成23年特許法改正により、審決取消訴訟提起後の訂正審判請求が禁止され、その請求が困難となった事情を踏まえて、以下のとおり、一般論としては例外的に訂正審判請求等が不要な事案があると述べています。

特許権者による訂正請求等が法律上困難である場合には、公平の観点から、その事情を個別に考察し、適法な訂正請求等を行っているとの要件を不要とすべき特段の事情が認められるときには、当該要件を欠く訂正の再抗弁の主張も許されるものと解すべきである。

もっとも、同事件の事実関係の下、知財高裁は、結論として、控訴審の段階で法律上訂正審判請求が不可能になったとしても、原審係属中は可能であったことから、予め訂正審判請求等を行っておくべきであった旨述べて、訂正の再抗弁を認めませんでした(下線部は筆者によります。)。

以上の経緯によれば、現時点において、知的財産高等裁判所に上記審決取消訴訟が係属中である以上、特許権者である控訴人…は、訂正審判請求及び訂正請求をすることはできない(特許法126条2項。同法134条の2第1項参照。)。

しかしながら、控訴人らが、当審において新たな訂正の再抗弁を行って無効理由を解消しようとする…無効理由は、既に原審係属中…に行われたものであり、その後、控訴人…は、…本件訂正審判請求を行ってその認容審決を受けている。また、被控訴人が…進歩性欠如を無効理由とする無効審判請求を行っていることから、控訴人…は、その審判手続内で訂正請求を行うことが可能であった。さらに、新たな訂正の再抗弁の訂正内容を検討すると、本件発明である共焦点分光分析装置として通常有する機能の一部を更に具体的に記載したものであって、控訴審に至るまで当該訂正をすることが困難であったような事情はうかがわれない。

すなわち、控訴人…は、…訂正の再抗弁を主張するに際し、これに対応した訂正請求又は訂正審判請求を行うことが可能であったにもかかわらず、この機会を自ら利用せず、控訴審において新たな訂正の再抗弁を主張するに至ったものと認められる。

そうすると、控訴人…が現時点において訂正審判請求及び訂正請求をすることができないとしても、これは自らの責任に基づくものといわざるを得ず、訂正の再抗弁を主張するに際し、適法な訂正請求等を行っているという要件を不要とすべき特段の事情は認められない。

この判決を前提とすれば、無効審判請求を受けた特許権者としては、訂正請求の要否を検討し、特許権侵害訴訟の進行も見据えて、特許法上許容される適切な時期に訂正請求を行わなければ、特許権侵害訴訟においても、訂正の再抗弁を主張する機会を喪失することになります。

本件の事案の概要

上告人(原告・被控訴人)は発明の名称を「シートカッター」とする特許(特許第5374419号。以下、この特許を「本件特許」といい、これに関する特許権を「本件特許権」といいます。)の特許権者です。

上告人は、本件特許権に基づき、被上告人(被告・控訴人)の販売していた工具の販売差止及び損害賠償請求を求めて特許権侵害訴訟を提起しました。
これに対して、被上告人は、訴訟手続において、要旨変更補正及び記載要件違反による特許無効の抗弁(以下「無効抗弁1」といいます。最高裁は「無効の抗弁」と呼んでいます。)を主張し、また、同時にこれらを理由とする特許無効審判を提起しました。しかしながら、第1審において、東京地裁は無効抗弁1を認めず、上告人の請求を認容しました。

そこで、被上告人は、知財高裁に控訴し、新規性及び進歩性違反による特許無効の抗弁(以下「無効抗弁2」といいます。最高裁は「本件無効の抗弁」と呼んでいます。)を主張しました。これに対して、上告人は、合計4回の弁論準備期日において、訂正の再抗弁を提出せず、その後、平成27年11月に口頭弁論が終結しました。

これに対して、上告人は、上告及び上告受理申立てを行うと共に、平成28年1月6日、無効抗弁2の理由に関連して、特許請求の範囲を減縮すべく、本件特許の訂正審判請求を行いました。なお、無効抗弁1の理由による無効審判が平成28年1月まで確定していなかったことから、上告人は、無効理由2についても、訂正審判又は訂正審判請求のいずれも行うことができない状態にありました。

その後、かかる訂正を認める審決が下されたことから、上告人は、上告審係属中に、「原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、民訴法338条1項8号に規定する再審事由がある」ため、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある旨主張しました。

時系列を整理すると以下のとおりです。

特許権侵害訴訟 特許無効審判 訂正審判
平成25年
12月
上告人:本件訴訟提起
被上告人:要旨変更補正及び記載要件違反による無効の抗弁を提出(無効抗弁1)
平成26年
1月6日
被上告人:無効抗弁1と同理由による特許無効審判提起
平成26年
7月
特許庁:特許有効審決(別件審決)
平成26年
8月
被上告人:別件審決取消訴訟を提起
平成26年
10月
東京地裁:被上告人の無効の抗弁を排斥し、上告人の請求認容
被上告人:知財高裁に控訴
平成26年
12月26日
被上告人:新規性及び進歩性違反による新たな無効の抗弁を提出(無効抗弁2)
合計4回の弁論準備期日(上告人は訂正の再抗弁を主張せず)
平成27年
11月
口頭弁論終結
平成27年
12月16日
知財高裁:無効抗弁2を認め、被上告人の敗訴部分を取消し、上告人の請求棄却 知財高裁:別件審決取消訴訟の棄却判決
平成28年
1月6日
別件審決取消訴訟棄却判決確定 上告人:特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求
平成28年
10月
特許庁:訂正審決(本件訂正審決)

判決

判示事項

最高裁は、特許無効の抗弁(特許法104条の3)に関連する特許法の各規定について、次のとおり、その法的位置づけを整理した上で、訂正の再抗弁についても同様であると述べます。

  • 特許法104条の3第1項(特許無効の抗弁):「特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で迅速に解決することを図った」
  • 特許法104条の3第2項(不当な遅延目的による特許無効の抗弁の却下):「無効の抗弁について審理、判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐため」(訂正の再抗弁にも同様に妥当。ナイフの加工装置事件最高裁判決参照)
  • 特許法104条の4(再審の訴えにおける訂正審決等確定の主張不可):「特許権の侵害に係る紛争を一回的に解決することを図った」

その上で、事実審の口頭弁論終結時までに、訂正の再抗弁を主張しなかったにも関わらず、その後に訂正審判等の確定を主張することの可否について、以下のとおり判示し、「特段の事情」がない限り、これを認めない旨判示しています(下線部は筆者によります。)。

特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして、特許法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。

訂正審判請求ないし訂正請求の要否と結論

以上の一般論を前提として、最高裁は、以下のとおり、訂正審判請求等を妨げていたのは、無効抗弁1にかかる無効審判が未確定であったことにあり、無効抗弁2に関するものでないから、訂正の再抗弁を主張するのに、訂正審判請求等を予め請求しておく必要はなかったとの判断を示しました。

また、これを前提とすると、上告人は、再抗弁を主張することができたにもかかわらずこれをしなかったこととなるため、訂正の再抗弁を主張しなかったことを正当化する「特段の事情」の存在を否定し、結論として上告人の主張を退けました(下線部は筆者によります。)。

これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、上告人は、原審の口頭弁論終結時までに、原審において主張された本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかったものである。そして、上告人は、その時までに、本件無効の抗弁に係る無効理由を解消するための訂正についての訂正審判の請求又は訂正の請求をすることが法律上できなかったものである。しかしながら、それが、原審で新たに主張された本件無効の抗弁に係る無効理由とは別の無効理由に係る別件審決に対する審決取消訴訟が既に係属中であることから別件審決が確定していなかったためであるなど…の事情の下では、本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために現にこれらの請求をしている必要はないというべきであるから、これをもって、上告人が原審において本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張することができなかったとはいえず、その他上告人において訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれない。

コメント

本判決は、特許法上事実審係属中に訂正審判請求等ができず、事実審の審理終結後に訂正審判が確定した場合に、上告審でこの事実を考慮することができるか、また、どのような場合に考慮できるかについて、最高裁判所が判断したものとして、先例性があるといえます。

本判決と、本稿で紹介した下級審における判決とは論点を異にしますが、すべての判決に通底するのは、特許無効の抗弁に対する訂正の再抗弁は、特許無効審判の請求があった場合においても、事実審の適切な時期に提出する必要がある、という点です。

訂正の再抗弁の積極的な主張の必要性

ナイフの加工装置事件最高裁判決は、事実審継続中において訂正審判請求を繰り返し行っていたにも関わらず、訂正の再抗弁を行わなかった事情、つまり、「訂正審判請求等をすることができていたから、訂正の再抗弁を主張できたのにそれを主張しなかった」ことが、訴訟を不当に遅延させるものであったとの判断を示しています。

これに対して、本件では、平成23年特許法改正により、法律上訂正審判請求等を行うことができない場合であっても、その具体的な事実関係の下では、訂正の再抗弁を主張しておくべきであったと述べており、「訂正審判請求等をすることができなくても、訂正の再抗弁を主張するべきであった」との判断を示しています。

本判決はあくまでも事例判断にすぎませんので、その射程がどこまで及ぶかは今後の裁判例の集積を待つしかありません。しかしながら、両判決の趣旨に照らせば、事実審において訂正の再抗弁を提出しなかった場合に、上告審で新たに争点として取り上げられる可能性はほとんどなく、実務上の対応としては、事実審係属中の適切な時期に訂正の再抗弁を提出するべきものと考えられます。

訂正の再抗弁の主張のタイミング

もっとも、具体的にどのタイミングで、訂正の再抗弁を提出するかは中々難しい問題です。特許権者としては、訂正審判請求等を行い特許請求の範囲を減縮することは、当該訴訟にとどまらず、その権利行使全体に影響を与えうることから、可能な限り避けたいと考えることもあると思われます。

この点、共焦点分光分析事件知財高裁判決は、訂正の再抗弁の要件として、訂正審判請求等の現実の提起を求めており、かつ、これを怠った結果として、その後に、特許法上、訂正審判請求等を行うことができない状態に陥った場合には、訂正の再抗弁を認めないとの判断を示しました。

他方、同判決は、「適法な訂正請求等を行っているとの要件を不要とすべき特段の事情が認められるときには、当該要件を欠く訂正の再抗弁の主張も許される」と述べ、一定の例外も許容しています。

本判決は、訴訟で問題とされたものとは異なる無効理由で特許無効審判ないし審決取消訴訟が係属し、そのため、訂正審判請求が制限されている場合には、訂正の再抗弁を主張するために、現に訂正審判請求等を行なっている必要はないとの判断を示しました。これは、共焦点分光分析事件知財高裁判決における上述の例外の解釈について一定の指針を示したものといえるでしょう。

本件やナイフの加工装置事件最高裁判決に見られる最高裁判決と、共焦点分光分析事件知財高裁判決のような下級審判決とでは争点が異なりますが、両者に共通するのは、特許無効の抗弁に対する訂正の再抗弁は、特許無効審判の請求があった場合においても、事実審の適切な時期に提出しなければならない、という考え方です。実務上は、特許権侵害訴訟の係属中に無効審判請求があった場合には、迅速に訂正請求の要否を判断し、訂正請求の時期的制限と特許権侵害訴訟の進行を見据えつつ、適切な時期に訂正の対応をすることが必要といえるでしょう。

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(文責・松下)