東京地方裁判所は、本年(2017年)7月27日、米国特許権に基づく米国内の特許権侵害訴訟に対応して当該米国訴訟の被告が日本国内で提起した債務不存在確認請求訴訟について、日本国の裁判所には国際裁判管轄がなく、また、訴えを却下すべき特別の事情があるとの判断を示しました。

日本の中小企業である原告は、米国の連邦裁判所において、NPEに特許権侵害訴訟を提起されていたところ、これに対する対抗手段として国内訴訟を提起したものです。

ポイント

骨子

本件訴訟の被告(いわゆるNPE)が、原告を相手取って米国で特許権侵害訴訟を提起したことを受けて、原告が、日本国内で、米国特許権の侵害に基づく損害賠償債務の不存在の確認を求める訴訟を提起したところ、判決は、そのような訴訟の国際裁判管轄について、概要以下の判断を示しました。

不法行為に関する訴えに関する民事訴訟法3条の3第8号について
  • (被告が米国訴訟で対象としているのは原告の米国内における行為であることや、米国訴訟の訴状の記載からもそのように理解できることから)民訴法3条の3第8号に基づき,本件訴えの管轄が日本の裁判所にあると認めることはできない。
  • 念のため付言すると,この点を措いても,被告が「別件米国訴訟において本件米国特許権の侵害行為として日本国内における原告の行為は対象としていない」旨主張している以上,本件訴えのうち,当該行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認を求める部分は,訴えの利益を欠くことになる。
財産権上の訴えに関する民事訴訟法3条の3第3号について
  • 民訴法3条の3第3号の趣旨が,日本に生活の本拠を有しない者に対する権利の実行を容易にするために,請求の目的物の所在地又は財産所在地に管轄原因を認め,執行の対象となる財産の所在地で債務名義を獲得する途を確保するところにあることに照らせば,このような趣旨は本件のような債務不存在確認訴訟に当てはまるものとはいえない。
特別の事情による訴えの却下に関する民事訴訟法3条の9について
  • 本件訴訟の本案の審理において想定される主な争点は,米国内において流通する原告製品の構成,原告製品の本件米国特許権に係る発明への技術的範囲の属否及び本件米国特許権の有効性等であると解されるところ,これらの争点に関する証拠方法は,主に米国に所在するものと解される。そして,上記の証拠の所在等に照らせば,これを日本の裁判所において取り調べることは,外国法人であって日本国内にその支店や営業所等を有しない被告に過大な負担を課することになるといえる。
  • これらの事情に照らせば,原告と被告の会社規模の差異や旧オリオン電機からの本件事業譲渡の経緯に関する証拠の所在など原告の主張する事情を考慮しても,本件については,民訴法3条の9にいう「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があるというべきである。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第47部
判決言渡日 平成29年7月27日
事件番号 平成28年(ワ)第25969号 債務不存在確認請求事件
裁判官 裁判長裁判官 沖 中 康 人
裁判官     矢 口 俊 哉
裁判官     島 田 美喜子

解説

法域とは

国際裁判管轄を理解するためには、まず法域(jurisdiction)という概念を理解する必要があります。

法域とは、法律の効力が及ぶ地理的範囲をいいます。例えば、日本の法律は単一の国会によって立法され、日本全国にその効力が及びますので、日本では、国の範囲と法域が一致しているといえます。

これに対し、例えば、米国では、各州が立法権や裁判権を有するほか、連邦にも一定の立法権や裁判権があるため、多くの法域が複雑に入り組んだ国であるといえます。

国際裁判管轄とは

国際裁判管轄(国際管轄)とは、ある事件について関連を有する複数の法域につき、どの裁判所がその事件の管轄権を有するか、という問題です。

国内の管轄は、訴え提起のあった具体的裁判所(東京地方裁判所や大阪地方裁判所、知的財産高等裁判所など)に管轄があるか、を問題にするのに対し、国際裁判管轄は、その問題をある法域で取り扱うことができるか、を問題とする点で異なります。

米国では、多くの取引が州をまたいで行われていますが、こういった取引の当事者が訴訟を提起する場合には、常に潜在的に国際裁判管轄の問題が横たわっていることとなります。

日本では、原則として国内取引で国際裁判管轄が問題となることはありませんが、企業活動がグローバル化するに伴い、多くの企業にとって、国際裁判管轄は日常的問題になってきたといえます。

国際裁判管轄の判断

国際裁判管轄の判断は、訴え提起を受けた各法域の裁判所が、自国の法律に照らし、当該事件について自らが管轄権を有するか、という観点で判断されます。この意味において、国際裁判管轄は、名称とは裏腹に、各国の国内法の問題ということができます。

わが国では、長い間民事訴訟法に国際管轄の規定がなく、最判昭和56年10月16日(マレーシア航空事件)の前例のもと、個別に解釈されてきました。

その後、平成23年改正民事訴訟法3条の2ないし12に国際管轄の規定が置かれ、平成24年に施行されました。現在では、これらの規定に基づいて国際裁判管轄の判断がなされています。

企業間取引訴訟の管轄と特許権侵害訴訟の管轄

民事の国際裁判管轄は、国際結婚をした場合の離婚訴訟から大規模な企業間取引をめぐる訴訟まで、様々な問題に付随して生じます。

企業間取引においては、紛争解決条項(Dispute Resolution)などの形で、国際訴訟管轄の合意がなされるのが通常です。この場合、どの国・州の裁判所で訴訟を行うかを定める規定を置く場合もあれば、仲裁の規定が置かれることもあります。このような合意があれば、原則として、国際裁判管轄の解釈が争点になることはありません。

これに対し、特許権侵害訴訟は、もともと取引関係のない第三者間で提起されるのが一般的ですので、原則として事前に管轄合意が行われることはなく、法律がそのまま適用されるのが通例です。

特許権の効力と属地主義

特許権は、多くの法域で、特許という行政処分によって付与される権利として構成されており、その効力は、国の主権が及ぶ地理的範囲に制限されています。このような考え方を属地主義といいます。

この属地主義の考え方も、その具体的内容は各国で全く同一というわけではなく、例えば、米国では、米国内における米国特許権の侵害を誘発(induce)する行為については、外国における行為にも権利行使ができるものとされています。

しかし、日本の最高裁判所は、このような米国法に基づく権利行使を日本の裁判所で行うことについて、属地主義を理由に否定しました(最一判平成14年9月26日「FM信号復調装置」事件)。

この意味では、我が国は厳格な属地主義の考え方を採用しているものといえ、日本の裁判所で争うことができるのは、日本国内における特許権侵害行為ということとなります。

特許権侵害に基づく損害賠償債務の不存在請求訴訟

一般に、特許権侵害があった場合には、特許権者が被疑侵害者に対して特許権侵害訴訟を提起することになります。

他方、例外的に、特許権を侵害しているといわれている側から、「自分は、特許権侵害に基づく債務をしていない」ということの確認を求めて訴訟を提起することもできます。

このような訴訟類型を債務不存在確認請求事件といい、本件訴訟は、これに該当します。被疑侵害者が訴えを提起するため、本件では、特許権者が被告、被疑侵害者が原告となっています。

確認の利益とは

無益な訴訟を防止するため、一般に、訴訟が適法とされるには、判決によって具体的紛争が解決される「訴えの利益」が存在することが求められます。

この点、債務不存在確認訴訟のようないわゆる「確認訴訟」は、裁判所が敗訴当事者に何か給付を命じるわけではなく、判決を得たからといって、直接的に何か権利を実現できるわけではありません。

そのため、確認訴訟は、特に厳格に訴えの利益が求められており、原告の法律上の地位に不安ないし危険が現に生じており、それを除去する方法として、原告・被告間で確認訴訟の対象たる権利又は法律関係の存否について判決することが有効かつ適切な場合にのみ認められるものと解されています。

このような確認訴訟における訴えの利益のことを「確認の利益」と呼び、確認の利益のない確認訴訟は却下されることとなります。

本件の経緯

被告は、カナダのいわゆるNPE(別法人に訴訟が承継されていますが、ここでは詳細に立ち入りません。)で、米国デラウェア地区連邦裁判所にて、日本企業である原告に対し、特許権侵害訴訟を提起しました。

この訴訟提起を知った原告は、訴状送達を受ける前に、東京地方裁判所において、被告に対し、債務不存在確認請求訴訟を提起しました。これが、本件訴訟です。

被告は、これに対し、日本の裁判所には、国際裁判管轄権がないと主張し、訴訟そのものの適法性を争いました。

なお、米国の特許権侵害訴訟では、訴訟提起後、訴状送達までに相当程度の時間を要し、その間に交渉などが行われることが珍しくありません。被告が日本企業の場合には、訴状を送達するにも、米国裁判所、米国外務省、日本国外務省、日本国裁判所と訴状が順次送られ、最終的に日本の民事訴訟法に基づく特別送達によって送達されるため、米国内訴訟よりもさらに数ヶ月長い時間を要するのが通例です。

主張の構造

原告の主張

原告は、以下の2つの規定を根拠として、日本の裁判所に国際裁判管轄があると主張しました。

  • 民事訴訟法3条の3第8号(不法行為に関する訴え)
  • 民事訴訟法3条の3第3号(財産権場の訴え)

民事訴訟法3場の3の各規定は、以下のとおり定めています。

第三条の三  次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定めるときは、日本の裁判所に提起することができる。
(略)
三  財産権上の訴え 請求の目的が日本国内にあるとき、又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合には差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低いときを除く。)。
(略)
八  不法行為に関する訴え 不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)。

原告は、まず、被告のいう侵害行為は、日本国内における行為も含みうることを理由に、上記8号の「不法行為に関する訴え」の規定の適用があるとし、また、原告が米国訴訟で万が一敗訴した場合に、日本国内に差押可能な資産を保有していることを理由に、上記3号の「財産権上の訴え」にも該当すると主張しました。

被告の主張

他方、被告は、本件にはこれらの規定は適用がないと主張するとともに、民事訴訟法3条の9に基づき、「特別の事情による訴えの却下」も求めました。

民事訴訟法3条の9は、以下のように定めています。

(特別の事情による訴えの却下)
第三条の九  裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合(日本の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意に基づき訴えが提起された場合を除く。)においても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる。

判決要旨

裁判所は、まず、事実として、被告が米国訴訟で対象としているのは原告の米国内における行為であることや、米国訴訟の訴状の記載からもそのように理解できることを認定しました。

その上で、まず、以下のように述べて、不法行為に関する訴えを根拠とする請求を否定しました。

民訴法3条の3第8号に基づき,本件訴えの管轄が日本の裁判所にあると認めることはできない。

また、裁判所は、その際、「念のため」としつつも、以下のようにも述べ、本件訴訟の確認の利益を否定しています。

念のため付言すると,この点を措いても,被告が「別件米国訴訟において本件米国特許権の侵害行為として日本国内における原告の行為は対象としていない」旨主張している以上,本件訴えのうち,当該行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認を求める部分は,訴えの利益を欠くことになる。

次に、財産権上の訴えに関する民訴法3条の3第3号については、以下のように述べて、やはり適用を否定しています。

民訴法3条の3第3号の趣旨が,日本に生活の本拠を有しない者に対する権利の実行を容易にするために,請求の目的物の所在地又は財産所在地に管轄原因を認め,執行の対象となる財産の所在地で債務名義を獲得する途を確保するところにあることに照らせば,このような趣旨は本件のような債務不存在確認訴訟に当てはまるものとはいえない。

要するに、財産上の訴えの規定は、外国の当事者が日本国内で訴訟をし、日本国内における執行を容易にするための規定であって、債務者たる日本の当事者が日本に管轄を認めるための規定ではない、という判断です。

さらに、判決は、被告の主張にかかる「特別の事情による訴えの却下」についても、以下のとおり述べて認めました。

本件訴訟の本案の審理において想定される主な争点は,米国内において流通する原告製品の構成,原告製品の本件米国特許権に係る発明への技術的範囲の属否及び本件米国特許権の有効性等であると解されるところ,これらの争点に関する証拠方法は,主に米国に所在するものと解される。そして,上記の証拠の所在等に照らせば,これを日本の裁判所において取り調べることは,外国法人であって日本国内にその支店や営業所等を有しない被告に過大な負担を課することになるといえる。
これらの事情に照らせば,原告と被告の会社規模の差異や旧オリオン電機からの本件事業譲渡の経緯に関する証拠の所在など原告の主張する事情を考慮しても,本件については,民訴法3条の9にいう「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情」があるというべきである。

以上の理由のもと、裁判所は、訴えを却下しました。

コメント

本件の判示内容は、いずれも理論的に特段の疑義はなく、正当な結論を導いたものと言えるでしょう。

他方、被告は、「特別の事情による訴えの却下」の論点を巡る議論の中で、却下を否定すべき理由として、以下のような主張をしています。

原告は,福井県に本店を置く中小企業であり,米国の裁判所での訴訟活動を強いられることによって,会社経営の土台が揺らぐことが十分予想されるのに対し,被告は,NASDAQ証券市場やトロント証券市場に上場する大企業であり,日本での訴訟を遂行することはさほど困難ではない。

ディスカバリやトライアルのある米国の訴訟は、日本国内訴訟と比較して、格段に高額の費用を要します。さらに、外国訴訟であるが故のコスト負担も相当大きなものとなります。これらを合わせると、中小企業にとっては、まさに事業の継続性にかかわるダメージとなることもあり得ます。おそらく、本件訴訟提起の動機は、上記の一文に集約されているのでしょう。

米国内でも、特許ライセンスを事業目的とするNPE(Non-Practicing Entity)ないしパテント・トロールによる訴訟が事業会社にもたらす負担が久しく問題とされており、管轄の考え方などの見直しなども行われているところです。本件も、そういった問題が顕在化した例といえるでしょう。

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