平成29年7月27日、東京地裁は、freee株式会社(原告)が株式会社マネーフォワード(被告)に対して提起した特許権侵害に基づく差止等請求を棄却しました。ITベンチャー企業間の訴訟として耳目を集めた本件ですが、AI関連ビジネスが採りうる特許戦略の在り方を検討する上で参考となる事件です。

ポイント

骨子

以下の事実が認められることからfreee社の特許権について、マネーフォワード社の製品等による文言侵害及び均等侵害のいずれも認められない。

  • 原告の特許は「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」ものである
  • 被告方法は「いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して,入力された取引内容に対応する勘定科目を推測していることが窺われる」

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第47部
判決言渡日 平成29年7月27日
事件番号 平成28年(ワ)第35763号 特許権侵害差止請求事件
裁判官 裁判長裁判官 沖中 康人
裁判官    矢口 俊哉
裁判官    島田 美喜子

解説

特許権侵害の態様

特許権者が、ある者(以下「相手方」といいます。)による特許権侵害を主張するための論理構成としては、①文言侵害、②均等侵害、そして③間接侵害の3種類があります。

文言侵害

文言侵害は、相手方が販売する製品や用いている方法(以下「相手方製品等」といいます。)が、特許請求の範囲(クレーム)のすべての要件を充足しているときに認められます。

その判断は、特許請求の範囲を個々の要素に分解し(これを「分説」といいます。)、各要素と、相手方製品等の構成とを1対1で比較することにより行われます。

例えば、特許請求の範囲において、A+B+Cの構成が開示されている場合、相手方製品の販売が、特許権を侵害するためには、相手方製品等がA+B+Cの構成全てを充足する必要があります(All Elements Rule)。

もっとも、特許請求の範囲(クレーム)の記載からは、特許発明の技術的範囲が必ずしも一義的に明確でない場合があります。このような場合には明細書の記載を参酌して解釈することになります。

均等侵害

均等侵害は、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等との相違点がある場合であっても、次の均等5要件すべてを満たす場合には特許権侵害が認められるというものです。これらの要件は、最三判平成10年2月24日民集52巻1号113頁(ボールスプライン事件最高裁判決)により定立されました。

  • 相違点が特許発明の本質的部分ではないこと(第1要件)
  • 相違点を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏すること(第2要件)
  • 当業者が、上記の置換に,対象製品等の製造等の時点において容易に想到できたこと(第3要件)
  • 対象製品等が,特許発明の出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたこと(第4要件)
  • 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと(第5要件)

 
均等論については、こちら もご覧ください。
 

間接侵害

間接侵害は、特許発明のすべてを実施するに至らない場合でも、特許権侵害を誘発するおそれが高い特許法101条各号の各行為を実施したときに認められます。

侵害立証のための証拠収集手続

特許権侵害を主張する際、その主張立証責任は権利者の側にあります。しかしながら、相手方製品等の具体的構成や損害賠償額の算定に関する客観的証拠は相手方側の手のうちにある場合がほとんどです。そこで、特許法は、このような証拠の偏在に対する救済手段として、具体的態様の明示義務及び文書提出命令について定めています。

具体的態様の明示義務

特許法104条の2は、特許権者が主張する侵害品等の具体的態様を相手方が否認する場合には、相手方において、原則として、自己の行為の具体的な態様を明らかにするべき旨を定めています。

第104条の2 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、特許権者又は専用実施権者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するときは、被告は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。ただし、被告において明らかにすることができない相当の理由があるときは、この限りでない。

同条の義務の違反に特段サンクションは定められていませんが、正当な理由なくこれを拒む等の不誠実な訴訟追行を行った場合には、かかる事実も踏まえて裁判所が判断を行うこととなります。

文書提出命令

特許法105条1項は、侵害立証又は損害計算のための必要書類について文書提出命令を定めています。

第105条  裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立てにより、当事者に対し、当該侵害行為について立証するため、又は当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類の提出を命ずることができる。ただし、その書類の所持者においてその提出を拒むことについて正当な理由があるときは、この限りでない。

2 裁判所は、前項ただし書に規定する正当な理由があるかどうかの判断をするため必要があると認めるときは、書類の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては、何人も、その提示された書類の開示を求めることができない。

3 裁判所は、前項の場合において、第一項ただし書に規定する正当な理由があるかどうかについて前項後段の書類を開示してその意見を聴くことが必要であると認めるときは、当事者等(当事者(法人である場合にあつては、その代表者)又は当事者の代理人(訴訟代理人及び補佐人を除く。)、使用人その他の従業者をいう。以下同じ。)、訴訟代理人又は補佐人に対し、当該書類を開示することができる。

4 前三項の規定は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟における当該侵害行為について立証するため必要な検証の目的の提示について準用する。

特許法の文書提出命令は、民事訴訟法第220条の文書提出命令の特則です。民事訴訟法では免除事由が具体的に列挙されていますが、特許法では「正当な理由」がある場合に免除される旨規定されているとの違いがあります。

加えて、裁判所が、書類の提出を拒む正当な理由があるかどうかの判断をするため、必要な場合には書類の所持者に対して当該書類を提示させるインカメラ手続(特許法105条2項)のみならず、裁量によりこれを当事者等に開示する手続(特許法105条3項)が設けられていることに特徴があります。

ただし、実務上、文書提出命令は、特許権侵害が認められた後に、損害額を立証する段階(「損害論」といいます。)で発令されることはあるものの、特許権侵害を立証する段階(「侵害論」といいます。)で発令されるのは稀です。このような発令へのハードルの違いは、証拠漁りを前提とした探索的な訴訟追行に対する懸念によるものと考えられています。

相手方の訴訟追行

以上のとおり、特許権侵害を主張される相手方は、自己の行為の具体的な態様を説明する義務を負います。しかしながら、他方において、このような説明を行うことにより、自己のビジネスの営業上・技術上の秘密を開示することは避ける必要があります。裁判は、原則、公開の手続であることに加えて、特許権者は、相手方の直接の競業者である場合も多く、そのビジネス上の悪影響が大きいからです。

特許法は、開示された営業秘密の訴訟追行以外の目的への利用を禁ずる秘密保持命令(特許法105条の4等)を定めていますが、一度開示された情報を特許権者がどのように利用するか捕捉することは、事実上困難な場面がありえます。

そのため、相手方としては、自己の秘密情報を開示しないように努める一方、その他の間接事実の積み重ねにより、特許権者の主張する態様で実施等をしていないことについて主張を行うことが重要になります。

本件の概要

本件は、特許5503795号(以下「freee特許」といいます。)の特許権者であるfreee株式会社(以下「freee社」といいます。)が、マネーフォワード株式会社が提供する会計サービス「MFクラウド会計」を提供するクラウドシステム及びプログラム(以下「MF製品」といいます。)及びこれらを提供する方法(以下「MF方法」といいます。)が、freee特許に関する特許権を侵害するとして、MF製品の差止め及び廃棄並びにMF方法の使用差止を求めた事件です。

本件の争点は、①文言侵害の成否、②均等侵害の成否および③被告製品および被告方法の特定の適否でした。

裁判所は、結論として①文言侵害および②均等侵害について否定し、③特定の適否については、①および②が否定され、請求が成り立たないことにより判断を行いませんでした。そこで、以下①及び②について説明します。

文言侵害(争点①)について

freee特許の構成

freee特許のうち、本件で問題となったのは、請求項1(物の特許)、13(方法の特許)及び14(物(プログラム)の特許)です。これらは、ほぼ同一の構成を開示するものですので、以下、請求項13のみを取り上げます。請求項13を分説すると以下のとおりです(強調部は筆者によります。)。

13A ウェブサーバが提供するクラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理方法であって、

13B 前記ウェブサーバが、ウェブ明細データを 取引ごとに識別するステップと、

13C 前記ウェブサーバが、各取引を、前記各取引の取引内容の記載に基づいて、前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して、特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと、

13D 前記ウェブサーバが、日付、取引内容、金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成するステップとを含み、作成された前記仕訳データは、ユーザーが前記ウェブサーバにアクセスするコンピュータに送信され、前記コンピュータのウェブブラウザに、仕訳処理画面として表示され、

13E 前記仕訳処理画面は、勘定科目を変更するためのメニューを有し、前記対応テーブルを参照した自動仕訳は、前記各取引の取引内容の記載に対して、複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し、優先順位の最も高いキーワードにより、前記対応テーブルの参照を行う

13F ことを特徴とする会計処理方法。

裁判所は、構成要件13C及び13Eについて、①テーブルの辞書的な意味、②仕訳に複数のキーワードを使うことによるクレーム解釈の不整合、③明細書の記載を考慮の上で、本件発明13を「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には,キーワードの優先ルールを適用して,優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し,それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより,特定の勘定科目を選択する」構成を有すると認定しました。

MF方法の認定

裁判所は、以下の3点から、MF製品等が「取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル」を参照していないと結論付けました。

第1に、裁判所は、MF製品等には、複数のキーワードを組み合わせた摘要について、それを構成するいずれのキーワードとも違う勘定科目に分類される場合があることを指摘します。

例えば、「商品店舗チケット」は「商品」、「店舗」および「チケット」の3つのキーワードを含んでいますが、freee特許の処理に従えば、これらキーワードの中で最も優先度が高いキーワードと対応する勘定科目に仕訳けられるはずです。しかしながら、実際には、そのいずれでもない「旅費交通費」に仕訳けられています。

摘要(入力) 勘定科目の推定結果(出力)
本取引① 商品 備品・消耗品費
本取引② 店舗 福利厚生費
本取引③ チケット 短期借入金
本取引④ 商品店舗 備品・消耗品費
本取引⑤ 商品チケット 備品・消耗品費
本取引⑥ 店舗チケット 旅費交通費
本取引⑦ 商品店舗チケット 仕入高

第2に、裁判所は、摘要の入力が同一であっても、サービスカテゴリを変更すると異なる勘定科目の推定結果があることを指摘します。

 摘要(入力)  出金額  サービスカテゴリ  勘定科目の推定結果(出力)
本取引⑮ 東京 5040円 カード 旅費交通費
本取引⑯ 東京 500万円 カード 福利厚生費
本取引⑰ 東京 5040円 銀行 預り金
本取引⑱ 東京 500万円 銀行 現金

 
第3に、裁判所は「鴻働葡賃」というような通常の日本語には存在しない語を入力した場合であっても、何らかの勘定科目の推定結果が出力されていることを指摘しました。

裁判所の判断

以上を前提として、裁判所は、MF製品等が対応テーブルを採用しておらず、むしろ「いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して,入力された取引内容に対応する勘定科目を推測していることが窺われる」と判断して、freee社の特許権の文言侵害を認めませんでした。

均等侵害(争点②)について

裁判所は、以下のとおり、均等第1要件及び第5要件の充足を認めず、均等侵害を認めませんでした。

均等第1要件

上述のとおり、均等第1要件は「相違点が特許発明の本質的部分ではないこと」です。

裁判所は、以下のとおり、出願時の公知文献や出願経緯を考慮の上で、構成要件13E等はfreee特許の本質的部分であり、したがって、これらを欠く均等第1要件を欠くと判断しました。

本件発明1,13及び14のうち構成要件1E,13E及び14Eを除く部分の構成は,上記公知文献に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,本件発明1,13及び14のうち少なくとも構成要件1E,13E及び14Eの構成は,いずれも本件発明の進歩性を基礎づける本質的部分であるというべきである。

均等第5要件

裁判所は、以下の出願過程に照らせば、原告は,構成要件1E,13E及び14Eの各構成を有さない対象製品等を本件発明1,13,及び14に係る「特許請求の範囲から意識的に除外」したものと認められるとして、均等侵害第5要件を欠くと認めました。

原告は,本件特許の出願過程において,出願前に公知であった特開2011-170490号公報(乙4)及び特開2004-326300号公報(乙5)記載の発明に基づく進歩性欠如等を理由として,拒絶理由通知(起案日平成25年11月1日。乙3)を受けたこと,そのため,原告は,平成25年12月17日提出の手続補正書(乙6)において,本件発明1,13及び14について構成要件1E,13E,14Eの構成を追加する旨の手続補正を行い,それを受けて,平成26年1月7日,特許査定を受けたこと(甲1),以上の事実が認められる。

文書提出命令に対する判断

本件では、口頭弁論終結日(平成29年5月12日)間近に、freee社は「被告が本件機能につき行った特許出願にかかる提出書類一式」を対象文書とする平成29年4月14日付け文書提出命令の申立をしています。しかし、裁判所は、以下のとおり、インカメラ手続を実施し、申立を却下しています。

本件においては,原告から「被告が本件機能につき行った特許出願にかかる提出書類一式」を対象文書とする平成29年4月14日付け文書提出命令の申立てがあったため,当裁判所は,被告に対し上記対象文書の提示を命じた上で,特許法105条1項但書所定の「正当な理由」の有無についてインカメラ手続を行ったところ,上記対象文書には,被告製品及び被告方法が構成要件1C,1E,13C,13E,14C又は14Eに相当又は関連する構成を備えていることを窺わせる記載はなかったため,秘密としての保護の程度が証拠としての有用性を上回るから上記「正当な理由」が認められるとして,上記文書提出命令の申立てを却下したものである。原告は,上記対象文書には重大な疑義があるなどとして,口頭弁論再開申立書を提出したが,そのような疑義を窺わせる事情は見当たらないから,当裁判所は,口頭弁論を再開しないこととした。

コメント

ITベンチャー企業同士の訴訟ということで耳目を集めた本件は、判断それ自体はオーソドックスな特許訴訟の枠組みを超えるものではありませんが、特許権者、相手方のそれぞれについて、得られる教訓があると思われます。

まず、特許権者の側の教訓は、既存の特許の主要部をAIに置換した製品が出てくることを想定しておく必要があるということです。そして、既存特許のクレームが限定的であればあるほど、特許権を行使できる範囲は当然のことながら狭くなります。例えば、freee特許の構成要件13Eは、テーブルとキーワード間の優先ルールにより自動仕訳を行う構成を開示していますが、これは換言すれば、このようなテーブルを用いない製品等を特許権侵害で捕捉することができないことを意味します。勿論、特許化をするためには止むを得ない場合もあるものの、もしも、現在の主力製品のクレームの記載が、特定の構成に限定されているようであれば、他社に先立ち、主要部にAIを使用する特許を新たに取得する等の特許戦略を採ることも必要となりうるでしょう。

逆に、相手方の立場では、自ら使用する技術について特許権侵害訴訟を提起された場合、自らのビジネスの根幹部をブラックボックスとして守りつつも、敗訴を避けるため、間接事実の積み重ねにより、その行為態様を具体的に説明する必要があるということです。そのような証拠としては、マネーフォワード社のように特許権者の主張と相容れない出力結果や挙動があることが直接的ではあるものの、製品カタログ、プレスリリースあるいは紹介記事等、支障のない範囲で、製品等の仕組みを説明可能な資料を日ごろから準備しておくということも必要となるでしょう。

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(文責・松下)