本年(平成29年)7月20日、東京地方裁判所は、原告が著作権を有する動画の一部を発信者が編集して動画共有サイトにアップロードした事案について、アップロード行為は著作権法32条1項の「適法な引用」に当たらず、被告であるプロバイダは原告に対し、保有する発信者情報の開示をしなければならないと判断しました。
本稿では、発信者情報開示制度の概要と著作権法における「引用」について解説するとともに、本件判決の内容を概観します。
ポイント
判旨概要
- 発信者による本件アップロード行為に係る原告動画の利用は、仮に批評目的があったとしても、批評に必要な部分以外も利用されており、「正当な範囲内」で行われたといえないから、著作権法32条1項の適法な引用とはならない。
- 本件アップロード行為は、適法な引用に該当しない以上、正当な行為として違法性が阻却されることはない。
判決概要
裁判所 | 東京地方裁判所民事第46部 |
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判決言渡日 | 平成29年7月20日 |
事件番号 | 平成28年(ワ)第37610号 発信者情報開示請求事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 柴 田 義 明 裁判官 萩 原 孝 基 裁判官 大 下 良 仁 |
解説
プロバイダ責任制限法の目的
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(いわゆるプロバイダ責任制限法)は、特定電気通信(ウェブサイト等)による情報の流通によって権利の侵害があった場合に、特定電気通信役務提供者(プロバイダ等)の損害賠償責任の制度及び発信者情報の開示を請求する権利について定めています。
その目的は、プロバイダ等の責任範囲を限定して、削除されるべき情報をプロバイダ等において適切に削除等できるよう促すとともに、権利を侵害された者が発信者を特定して自ら被害を回復する手段を確保することにあります。
同法は平成14年5月27日に施行され、その後は社会情勢に鑑みて関係法令含め何度か改正がなされています。
発信者情報開示制度
本件の原告は、著作権侵害を理由に、被告であるプロバイダに対し、発信者の情報の開示を求めています。
この点、プロバイダ責任制限法では、以下のとおり、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が、特定電気通信役務提供者に対し、発信者情報の開示を請求する権利を定めています。
4条1項 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。
特定電気通信、特定電気通信設備、特定電気通信役務提供者、発信者
これらの定義はプロバイダ責任制限法2条に定められています。
2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 特定電気通信 不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)をいう。二 特定電気通信設備 特定電気通信の用に供される電気通信設備(電気通信事業法第二条第二号に規定する電気通信設備をいう。)をいう。
三 特定電気通信役務提供者 特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者をいう。
四 発信者 特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者をいう。
特定電気通信の具体例としては、ウェブぺージ、電子掲示板、インターネット放送等が含まれ、電子メール等は含まれません。
特定電気通信設備の具体例としては、ウェブサーバやストリームサーバ等があります。
特定電気通信役務提供者の具体例としては、プロバイダのほか、ウェブサーバ等を用いて第三者が自由に書き込める電子掲示板等を運用している企業や大学、個人等も含みます。
権利侵害の明白性(4条1項1号)
発信者情報の開示請求が認められるには、さらに、「開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかである」ことが必要です。
「権利が侵害されたことが明らかであるとき」と認められるためには、まず、権利侵害の事実が存在することが必要です。
本件で問題となっている著作権侵害は、権利侵害に該当します。
また、不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせる事情が存在しないことをも必要になります。
これは、発信者情報は発信者のプライバシーに関わる情報であって、一度開示されてしまうと原状回復困難な性質のものであることなどを考慮し、そのように解されています。
正当な理由の有無(4条1項2号)
発信者情報の開示請求は、上記に加えて、「当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき」に認められます。
「正当な理由があるとき」の具体例としては、発信者に対する損害賠償請求や謝罪広告等の請求等があります。
公衆送信権
本件では、権利侵害の内容として、著作権侵害、具体的には、公衆送信権の侵害が問題とされています。
公衆送信権(著作権法23条1項)とは、通信において、不特定又は多数の者によって直接受信されることを目的として情報を送出する権利をいいます(著作権法2条1項7号の2参照)。公衆送信には多様な種類があり、具体例として、地上波・BS放送、音楽有線放送、ウェブサイトなどが挙げられます。
著作権の制限
著作物の利用行為であっても、著作権の制限事由に該当する場合には、著作権侵害とはなりません。著作権の制限に関する規定は、著作権法30条以下に規定されており、本件で問題となっている「引用」については、著作権法32条に規定があります。
著作権法32条1項 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
「引用」を著作権の制限事由とした趣旨は、既存作品の限定的な利用であれば著作権者の経済的打撃も小さい一方、既存作品の表現の利用を認めることで新たな表現活動を保護する必要性があるということにあります。
著作権法32条1項によると、著作権の制限事由となる適法な「引用」と認められるには、
- 公表された著作物であること(公表要件)、
- 引用であること(引用要件)、
- 公正な慣行に合致すること(公正慣行要件)、
- 報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内であること(正当範囲要件)
が必要です。
公表要件
権利者によって不特定又は多数の者に頒布や提示をされた著作物でなければなりません。
引用要件
㋐自ら創作した部分と他人が創作した部分が明瞭に区別でき、㋑質的にも量的にも自ら創作した部分が主、他人が創作した部分が従でなければならないと解されています。
公正慣行要件
引用して利用する方法や態様が、従来認められてきた公正な慣行に合致していなければなりません。そして、公正な慣行に合致しているかどうかは、既存作品の表現を利用した新たな表現活動の保護と著作権者の経済的打撃の程度を勘案して総合的に判断されなければならないと解されています。
正当範囲要件
引用は、報道、批評、研究その他の引用の目的との関係で、社会通念に照らして質的・量的に正当な範囲内でなければなりません。
本件事案の概要と主な争点
本件は、氏名不詳の発信者が、被告プロバイダの提供するインターネット接続サービスを利用して、原告が著作権を有する動画の一部を、動画共有サイトにアップロードしたという事案です。本件で侵害が疑われる権利は、著作権のうち公衆送信権(著作権法23条1項)であり、原告は発信者に損害賠償請求等するため、被告プロバイダに対し、発信者の氏名、住所及び電子メールアドレスを開示するよう請求しました。
本件では、プロバイダ責任制限法4条1項1号の「権利が侵害されたことが明らかであるとき」(権利侵害の明白性の要件)の該当性が争われています。
ここで、仮に本件アップロード行為が、著作権法32条1項で適法とされる「引用」に該当し、又は正当な行為と認められ著作権侵害の違法性が阻却されるのであれば、上記権利侵害の明白性の要件に該当しないといえることから、本件判決では、本件アップロード行為が
- ① 適法な「引用」かどうかということ、
- 及び
- ② 正当な行為として違法性が阻却されるかどうかということ
が判断されました。
判旨
本件判決は、①本件アップロード行為が適法な「引用」かどうかという点について、原告の動画が、ある楽曲の著作権を侵害していることを一般のインターネットユーザーに知らしめて批評することが発信者の目的であったとする被告の主張に対し、発信者がアップロードした動画の内容を分析した上で、
仮に、本件発信者に被告主張の批評目的があったと認められるとしても、本件発信者動画における本件冒頭部分も含む本件原告動画の上記利用は目的との関係において「正当な範囲内」の利用であるという余地はない。
として、被告プロバイダの主張を排斥しました。そして、引用に関する他の要件の該当性を検討するまでもなく、本件アップロード行為は適法な「引用」に当たらないと判示しました。
続いて、②本件アップロード行為が正当な行為として違法性が阻却されるかどうかという点については、
仮に上記目的が認められるとしても著作権法32条1項の適法な引用に該当しない以上、正当な行為として違法性が阻却されるとはいえないというべきである。
と判示しました。
そうすると、本件アップロード行為を正当化する事由はなく、発信者が原告の公衆送信権を侵害したことが明らかであるから、プロバイダ責任制限法4条1項の「開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかである」との権利侵害の明白性の要件を満たすこととなり、結論として、裁判所は、被告プロバイダは、著作権者である原告に対し、保有する発信者情報を開示するよう命じました。
コメント
本件は、プロバイダ責任制限法の枠組みの中で、公衆送信権の侵害や、引用の例外の成否が争われた事案であり、また、動画と引用の関係について判断している点においても興味深いものと思われます。
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(文責・村上)
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