知的財産高等裁判所は、本年(2017年)6月8日、特許庁が無効審判不成立(特許有効)と判断したトマト含有飲料の特許について、サポート要件違反の無効理由があると判断し、審決を取り消す判決を下しました。

ポイント

骨子

  • 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負う。
  • いわゆるパラメータ発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該変数が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。
  • 「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり,請求項に記載された三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては,少なくとも,①「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。
  • 「甘み」,「酸味」又は「濃厚」という風味1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通に手順が踏まれたことや各パネラーの個別の評点の記載がないまま,風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示す,あるいは,各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるための評価基準を示す手順が踏まれたことの記載がないまま,各風味の評点(全パネラーの評点の平均)を単純に足し合わせて評価する,という評価試験の記載から,実施例1~3について所望の効果(風味)が得られたことを当業者が理解できるとはいえない。
  • 判決概要

    裁判所 知的財産高等裁判所(第2部)
    判決言渡日 2017年6月8日
    事件番号 平成28年(行ケ)第10147号 審決取消請求事件
    原審決 無効2015-800008号
    特許 特許第5189667号
    発明の名称「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」
    当事者 原告 カゴメ株式会社(無効審判請求人)
    被告 株式会社伊藤園(特許権者)
    裁判官 裁判長裁判官 森  義之
    裁判官    片岡 早苗
    裁判官    古庄  研

    解説

    特許の無効理由

    本件事件は、株式会社伊藤園の特許について、カゴメ株式会社が無効であると主張した事件であり、特許の無効理由の有無が争点となっています。
    この点、よく問題となる無効理由としては、その特許発明に新規性・進歩性(特許法29条、同法123条1項2号)があるかという発明の中身の問題が挙げられますが、それ以外に、特許請求の範囲や明細書の記載に問題がある(特許法上の要件に適合しない場合)場合も、無効理由になります(特許法36条、同法123条1項2号)。
    このような記載に関する要件として、具体的には、
    (1) 実施可能要件(明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること、特許法36条4項1号)、
    (2) サポート要件(特許請求の範囲の記載は、明細書の発明の詳細な説明に記載したものであること、特許法36条6項1号)、
    (3) 明確性要件(特許を受けようとする発明が明確であること、同項2号)
    等があります。

    本件判決は、特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するということはできないと判断したものです。

    なお、原告は、被告による訂正請求が訂正要件に適合しないこと及び実施可能要件に適合しないことについても主張していましたが、判決は、同訂正請求は訂正要件に適合するとし、実施可能要件については判断をしませんでした。
    本稿では、サポート要件に関する判示を取り上げます。

    サポート要件とは

    サポート要件とは、上記のとおり、特許請求の範囲の記載は、明細書の発明の詳細な説明に記載したものでなければならないという記載要件です。
    実務上、過去の知財高裁判決(知財高裁平成17年11月11日判決「偏光フィルム事件」 )で示された以下の基準により、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するかどうか判断されてきました。

    特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人又は特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である。

    また、上記判決は、いわゆるパラメータ発明の事件であり、以下のとおり、パラメータ発明に関するサポート要件の判断基準も示されていました。

    本件発明は,特性値を表す二つの技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり,いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ,このような発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。

    本件特許発明の内容

    本件各特許発明のうち、請求項1から7はトマト含有飲料の発明(物の発明)、請求項8から11はトマト含有飲料の製造方法の発明です。
    本件各特許発明は、①「糖度」、②「糖酸比」及び③「グルタミン酸・アスパラギン酸の含有量の合計」の3つの値を、所定の範囲内に調整するという発明で、これにより、主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制されたトマト含有飲料を実現できるとされています。

    【請求項1】(訂正請求後)
    糖度が9.4~10.0であり,糖酸比が19.0~30.0であり,グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が,0.36~0.42重量%であることを特徴とする,トマト含有飲料。

    本件明細書には、実施例、比較例、参考例の各トマト含有飲料について、12人のパネラーが「酸味」「甘み」「濃厚」を7段階(-3点から3点)で評価した風味評価試験の結果が記載されています。
    【表1】

    審決の内容

    特許庁の審決においては、以下のとおり、サポート要件違反の無効理由はないと判断されていました。

    実施例1~3により、糖酸比を高くすれば相対的に酸味に対して甘みが強くなる方向に飲料の味が変化するという概略の傾向は理解でき、請求項の数値範囲により課題を解決できることは当業者なら想定し得る。
    トマト含有飲料の「濃厚な味わい」には、糖度及び糖酸比以外に温度や粘度等の多岐にわたる条件が寄与するとしても、糖度及び糖酸比がトマト含有飲料の味わいに大きく影響することは明らかである。
    請求項の数値は、実施例1~3により裏付けられたものであり、サポート要件に適合する。

    本件判決

    本件判決では、まず、上記偏光フィルム事件で示されたサポート要件の判断基準を踏襲することが明らかにされました。

    特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁平成17年11月11日判決,平成17年(行ケ)第10042号,判例時報1911号48頁参照)。

    本件発明は,特性値を表す三つの技術的な変数により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり,いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ,このような発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該変数が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である(知財高裁平成17年11月11日判決,平成17年(行ケ)第10042号,判例時報1911号48頁参照)。

    その上で、本件明細書の風味評価試験の記載によって、請求項に記載された数値がサポートされているか(当業者が課題を解決できると理解できるか)について検討されました。

    本件判決は、

    (1)飲食品の風味は、飲食品中における甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等の要素に影響を及ぼす様々な成分及び飲食品の物性によって左右されることが本件出願日当時の技術常識であること、

    (2)風味の評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性も,本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常であること
    からすると、請求項に記載された①「糖度」、②「糖酸比」及び③「グルタミン酸・アスパラギン酸の含有量の合計」の3つの要素を変化させて、「酸味」「甘み」「濃厚」という風味との関連を測定するには、以下のような方法が取られるべきであるとされました。

    少なくとも,
    ①「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,
    ②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。

    本件明細書には、①の説明はなされておらず、②に従って他の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されていたわけでもなかったため、請求項に記載された数値範囲と「酸味」「甘み」「濃厚」という風味との関係の技術的意味を、当業者が理解できるとはいえないとされました。

    上記に加えて、本件判決は、風味評価試験の評点に関する記載にも以下のような問題があったことを指摘し、この風味評価試験からでは、実施例1~3のトマト含有飲料が所望の効果(風味)が得られたことを当業者が理解できるとはいえないとしました。

    「甘み」,「酸味」又は「濃厚」という風味を1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通にするなどの手順が踏まれたことや,各パネラーの個別の評点が記載されていない。したがって,少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや,大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性が否定できず,各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。

    「甘み」,「酸味」及び「濃厚」は異なる風味であるから,各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるためには何らかの評価基準が示される必要があるものと考えられるところ,そのような手順が踏まれたことも記載されていない。そうすると,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて,各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価する,前記(3)の風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる。

    以上の内容に照らすと、本件明細書の風味評価試験の記載によって、請求項の数値がサポートされている(当業者が課題を解決できると理解できる)とはいえないと判断されました。

    コメント

    本件事件では、特許庁と知財高裁とで、サポート要件に関する判断が分かれました。
    本件は飲食品に関する事件ではありますが、本件判決の判示のうち、試験方法の部分(①作用効果に見るべき影響を与えるのが当該パラメータ発明の変数だけ、あるいは他にも影響を与える要素はあるが条件を揃える必要がない場合は、そのことを技術的に説明する、②①以外の場合は、作用効果に見るべき影響を与える他の要素を一定にした上で当該パラメータ発明の変数を変化させる)は、飲食品以外の分野であっても、評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性が作用効果に影響を及ぼすと当業者が考えるようなケースであれば、射程に含まれる可能性があると思われます。
    また、本件判決の判示のうち、評点の部分についても、飲食品分野に限らず、官能試験(人間の感覚(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚など)を用いて製品の品質を判定する検査)の結果を記載する場合は、留意が必要と思われます。

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    (文責・藤田)