本年(令和6年)5月10日、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(通称「プロバイダ責任制限法」)の一部を改正する法律が第213回国会において成立し、同月17日に公布されました。来年の春頃までに施行される予定です。
今回の改正では、インターネット上の誹謗中傷などによる権利侵害の被害回復が実効的になされるよう、大規模プラットフォーム事業者に対し、投稿の削除対応の迅速化、その運用状況の透明化に関し、具体的措置を求める制度整備を行うとともに、法律の名称を「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(通称「情報流通プラットフォーム対処法」)に変更しています。
本稿では、新しい「情報流通プラットフォーム対処法」の概要を解説します。
ポイント
改正法骨子
- 現行「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(通称「プロバイダ責任制限法」)は、法律の名称が「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(通称「情報流通プラットフォーム対処法」)に変更されます。
- 大規模プラットフォーム事業者として指定された事業者は、投稿の削除対応の迅速化、その運用状況の透明化に関し、具体的措置を行う義務を負うことになります。
改正法案概要
法律名 | 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律(「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」から「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」へ改称) |
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法律番号 | 令和6年法律第25号 |
成立日 | 令和6年5月10日 |
公布日 | 令和6年5月17日 |
施行日 | 公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日 |
解説
現行プロバイダ責任制限法
現行の「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(通称「プロバイダ責任制限法」)は、特定電気通信(ウェブサイト・SNS等)による情報の流通によって権利の侵害があった場合に、特定電気通信役務提供者(プロバイダ、プラットフォーム事業者等)の損害賠償責任を制限する制度と、発信者情報の開示を請求する権利及びそれに関する裁判手続について定めています。
インターネット上の誹謗中傷等、誰かの権利を侵害するような投稿等がされている場合、プロバイダやプラットフォーム事業者等は、権利侵害投稿の削除措置を講じれば、投稿を削除されてしまった発信者から損害賠償請求されるリスクにさらされます。反対に、削除措置を講じなければ、被害者から損害賠償請求されるリスクにさらされます。本法は、これらいずれについても、事業者の責任範囲を限定することにより、削除されるべき情報を事業者において適切に削除等できるよう促すことを目的にしています。これとともに、権利を侵害された者が発信者を特定して自ら被害を回復する手段(加害者への損害賠償請求)を確保することも目的にしています。
このような目的を持つプロバイダ責任制限法は、被害者救済と、適法な情報発信を行っている者の表現の自由、プライバシー及び通信の秘密という相反する利益の調整を行う法律といえます。
改正の背景
誹謗中傷をはじめとするインターネット上の違法・有害情報の流通は深刻な状況にあり、誹謗中傷をきっかけとして自殺者が出るなどの報道もなされているところです。その対策として、政府は、これまでに、「プロバイダ責任制限法」の改正による発信者情報開示請求に係る裁判手続の迅速化(令和 4 年 10 月施行)や、刑法改正による侮辱罪の法定刑の引き上げ(令和 4 年 7 月施行)等の取組を行ってきました。これらによって、加害者に対する損害賠償請求が実効的なものとなり、また、刑事罰の適用を通じて、一定程度被害の回復や抑制が達成されてきました。
しかしながら、被害者が最も求めているのは、やはりまずは投稿の削除である一方、現行法下では、投稿の迅速な削除が叶わない状況にありました。
投稿の削除に係る現行制度の問題点
現行のプロバイダ責任制限法には、違法・有害な投稿について、プラットフォーム事業者等による削除を義務付ける定めはないため、被害者は、名誉やプライバシーといった人格権をプラットフォーム事業者等に侵害されたという法律構成をもって、プラットフォーム事業者に投稿の削除を請求することになります。
被害者が加害投稿を削除したいと思った場合、現行法下では以下の2つの手段をとりえますが、それぞれ次のとおり課題がありました。
①プラットフォーム事業者等を相手方とする裁判手続による削除
被害者にとって金銭的な負担が大きく、また、削除に至るまで長期間を要するため利用のハードルが高く、利用数が限定的な状況でした。
②プラットフォーム事業者が定める利用規約等に基づく裁判外での削除
金銭的、時間的なコストも低く、一般的に利用されているものの、削除の申請窓口が分かりにくい、また、外国を本拠地とする事業者による利用規約は日本の法令や被害実態を十分に考慮していないといった課題があり、事業者による自主的な削除も、必ずしも十分には機能していない状況でした。
改正の方向性
現行法に上記のような課題があるなかで、誹謗中傷等の情報の拡散による被害を早期に回復するには、ウェブサイトやSNS等の利用規約に基づく事業者による自主的な削除が、迅速かつ適切に行われるような法改正が必要とされたのです。
ただし、仮に、改正法において、どの情報を削除するのかという表現内容に立ち入る判断そのものに行政機関が介入するとすれば、行政による検閲を認めるのに等しくなってしまい、これは利用者の表現の自由を確保する観点から強い懸念があります。
そこで、改正法では、このような実体的な判断は、引き続きプラットフォーム事業者が自ら行うことを前提とし、大規模SNS等のプラットフォーム事業者に対して、投稿の削除に係る手続的な義務のみを課すものとなっています。
改正の項目
主な改正の項目は以下の点となります。
1.大規模プラットフォーム事業者の指定
2.投稿の削除対応の迅速化
3.削除対応に係る運用状況の透明化
4.勧告、罰則等の新設
5.法律名の変更
1.大規模プラットフォーム事業者の指定
総務大臣による事業者の指定(改正法20条)
大規模なプラットフォーム事業者が提供するサービスでは利用者数や投稿数の多さから短時間で被害が深刻化する傾向があるため、新たに手当てを行う必要性と緊急性が高いところです。一方で、改正法が課す義務を履行するには事業者にとって経済的、実務的な負担がある程度大きいことが予定され、中小規模のプラットフォーム事業者すべてを対象とするのは酷であると考えられるため、本改正による投稿削除対応義務等を負う対象事業者を大規模な事業者に限定し、総務大臣が指定する事業者のみが義務を負うこととしています。
対象事業者となる要件は、新法施行に向けて整備される省令において具体的に示されることになりますが、一定規模を超えるアクティブユーザー数又は投稿数のある事業者を対象とすることが想定され、また、権利の侵害が発生するおそれの少ないサービスとして省令で定めるサービスを提供する事業者は除外されます。その場合、日本国内でサービスを提供している、国内外の主要なSNS事業者や掲示板運営者は対象事業者と指定されることになる見込みです。
国内の代表者・住所等の届出(改正法21条)
また、後述する各種義務の履行を確保するため、大規模プラットフォーム事業者として指定された者は、総務大臣に氏名・住所等を届け出なければならないこととし、さらに外国事業者は、日本国内における代表者等を選任し、その者の氏名・住所等も届け出なければならないこととして、外国事業者に対しても、日本の事業者と同じように各種義務に係る法執行ができるよう手当てをしています。
2.投稿の削除対応の迅速化
被害者からの申出の受付方法の公表(改正法22条)
現状、被害者が投稿の削除を求めるための被害申告の方法が分かりにくいプラットフォームが存在するという問題があったことから、本改正では、大規模プラットフォーム事業者は、被害申出の方法を定めたうえ、それを公表しなければならないとしました。
被害申出の方法は、被害者に過重な負担を課すものではなく、事業者が被害申出を受けた日時が被害者に明らかになるような方法でなければなりません。
被害申出があった投稿の調査(改正法23条)
本改正では、被害の申出があったとき、大規模プラットフォーム事業者は、その情報の流通によって申告した者の権利が不当に侵害されているかどうかを確認するために、遅滞なく必要な調査を行う義務が定められました。
なお、事業者が本義務に違反した場合でも、総務大臣による報告徴収(改正法29条)や勧告・命令(改正法30条)がなされることはないのですが、これは、被害申告のあった情報は権利侵害情報なのかどうかという事業者による判断に行政が関与するものではないことを法文上明確化して、利用者の表現の自由にも配慮したことによるものです。
調査専門員の選任(改正法24条)
大規模プラットフォーム事業者は、上記の調査を行う際に、適正な調査となるよう、専門的な知識経験を有する者を、専門員として今後の省令により定められる数以上選任しなければなりません。
これにより、海外の事業者であっても、日本の法令や文化、社会背景といった実情に精通する者を選任する必要が生じ、実効的な被害回復がなされることが期待できます。
申出に対する通知(改正法25条)
被害申告に対し事業者が迅速に対応するよう、大規模プラットフォーム事業者は、被害者から投稿削除の申出があった場合に、必要な調査を行ったうえで、投稿の削除をするかどうか判断し、申出を受けた日から14日以内の総務省令で定める期間以内に、申出者に対し、投稿を削除した場合には削除した旨を、削除しなかった場合には削除しなかった旨とその理由を通知しなければならないという義務が定められました。現時点では、総務省令で定める期間は、「1週間」とすることが予定されています。
もっとも、申出件数が膨大となる場合も踏まえ、過去に同一の申出者から同一の申出が繰り返し行われていたといった正当な理由がある場合には、判断結果とその理由の通知は不要とし、事業者に過度な負担とならないように配慮した定めとなっています。
また、事業者が拙速に削除の判断をしてしまい、それにより利用者による表現行為を萎縮させてしまうという負の効果が生じないよう配慮する定めも置かれています。つまり、事業者が慎重に削除の検討を行えるよう、以下の場合には、上記総務省令で定める期間内に、申出者に対し、以下のいずれに該当するかを通知したうえで、「遅滞なく」、削除申出に対する判断結果とその理由の通知を行えば足りるとしています。
①発信者に対して意見の照会を行う場合
②調査専門員に調査を行わせる場合
③そのほかやむを得ない理由がある場合
3.削除対応に係る運用状況の透明化
投稿削除やアカウント停止の基準の公表(改正法26条)
インターネット上の誹謗中傷等は速やかに削除されることが必要である一方で、どのような投稿が削除されるのかが利用者に事前に公表されていなければ、多くの利用者にとって、表現の自由を萎縮させる効果が生じます。
そこで、各大規模プラットフォーム事業者は、自社のサービスではどのような投稿が削除されるのかということや、どのような行為があった場合にアカウントが停止されるのかということを示した基準を分かりやすい表現を用いて策定したうえで、基準を事前に公表しなければならないという義務を定めました。
発信者に対する通知等の措置(改正法27条)
そして、大規模プラットフォーム事業者は、投稿の削除またはアカウント停止の事実とその理由を発信者に対して通知し、または発信者が容易に知りうる状態に置かなければならないとしました。
措置の実施状況の公表(改正法28条)
また、利用者への透明性を確保するため、投稿の削除やアカウントの停止措置に関して、毎年1回、その実施状況(被害申告の受付状況、削除等の実施状況など)を公表する義務も定められています。
4.勧告、罰則等の新設
現行法には、プラットフォーム事業者が義務違反をした場合の罰則等の定めはありませんでしたが、今般、新設された上記義務に違反するような場合には、罰則等が定められています。
具体的には、事業者において各義務違反が疑われる場合には、総務大臣がそれに関する業務報告をさせることができ(改正法29条)、また、勧告・命令を行うことができます(改正法30条)。そして、命令に違反した場合には、刑事罰として1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金を科すことができます。ただし、大規模プラットフォーム事業者に指定された者の住所等届出義務に違反した場合や上記業務報告義務に違反した場合は、総務大臣による勧告・命令を経ることなく、50万円以下の罰金が科されます(改正法36条)。
他方で、先に述べたとおり、被害申出があった投稿の調査義務(改正法23条)については、総務大臣による報告徴収や勧告・命令、罰則はありません。
事業者には、代表者や従業員らが行った行為について事業者としても罰金刑が科されることとされ、法人には、1億円以下の罰金が科される場合があります(改正法37条)。
5.法律名の変更
現行法は、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」という名称で、通称は「プロバイダ責任制限法」、略称は「プロ責法」とされており、その中身として、①プロバイダの損害賠償責任の制限と②発信者情報の開示を請求する権利及び発信者情報開示命令に関する裁判手続が定められています。
改正法ではこれらに加え、③大規模プラットフォーム事業者の義務が新たに定められることになり、同時に法律名についても、「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」と変更されることになります。総務省が作成する資料では、改称後の通称は「情報流通プラットフォーム対処法」、略称は「情プラ法」としているようです。
コメント
本改正において、大規模SNS等プラットフォーム事業者に対し、投稿の削除申出に対応する義務を新たに定め、また、削除基準やその運用状況の公表を義務付けたことで、今後は、プラットフォーム事業者自身による削除基準や運用の適正化と、権利侵害が生じるような投稿の迅速な削除が一定程度期待できるものと思われます。
法律名称の変更についても、SNS等のサービス利用者にとっては、法律名やその通称を見た際に、この法律に何が書かれてあるのかとか、何のための法律なのかといったことが、従前の名称よりも多少なりとも分かりやすく感じられることでしょう。
現状は、各関係団体が作成したプロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドライン等が存在しますが、改正法施行に向けて、総務省において、どのような情報を流通させることが法令違反や権利侵害となるのか明確になるよう、関係団体と協力することによりガイドラインなどを示すことを検討しているようです。このガイドラインを参考に、各プラットフォーム事業者による利用規約が内容としても国民の権利の保護に資するものになることを期待したいです。
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(文責・村上)