米国連邦最高裁判所は、2017年5月17日、特許権侵害訴訟における裁判地のうち、「被告の居住する地区」とは、米国内企業の場合、会社の設立地のみに限るとの判断を示しました。
この決定により、特許権侵害に係る民事訴訟が提起できるのは、被告である会社が設立された地区、または、被告が侵害行為を行いかつ恒常的に確立した事業所を有する地区に限定されることとなりました。
ポイント
骨子
本件では、デラウェア州に本店を有する原告が、インディアナ州法に従って同州で設立され、同州に本店を有する被告に対し、デラウェア地区連邦地方裁判所に特許権侵害の訴訟が提起されたところ、被告は、デラウェア地区は裁判地として不適切であると主張し、インディアナ州の連邦地方裁判所への移送を求めた事件です。
米国連邦最高裁判所は、特許権侵害訴訟の場合に適用される裁判地に関する規定である28 U. S. C. §1400 (b)における、「被告の居住地」とは、国内企業の場合、被告の設立地のみであると判断し、下級審である連邦巡回区控訴裁判所に事件を差し戻しました。
判決概要
裁判所 | 米国連邦最高裁判所 |
決定言渡日 | 2017年5月17日 |
事件名 | TC Heartland LLC v. Kraft Foods Group Brand LLC |
解説
連邦民事訴訟規則の裁判地一般に関する規定
米国の連邦裁判所の民事訴訟管轄については、連邦民事訴訟規則で規律されています。同規則においては複数の種類の裁判管轄がありますが、そのうち裁判地(venue)は、事物管轄(subject matter jurisdiction)及び人的管轄(personal jurisdiction)を備える裁判所が複数ある場合に、訴訟を起こすのが適切である地区を意味します。
裁判地について、同規則では、「全ての被告が当該地区の存する州に居住している場合には、いずれかの被告が居住する地区に訴訟を提起できる」と定めています(28 U. S. C. §1391(b)(1))。
更に、ここでいう、「居住」の意義については、会社の場合、「被告会社が設立された場所如何に関わらず、当該地区において民事訴訟の人的管轄に服し、かつ、原告が当該地区において主たる事業所を有する場合」には、当該地区に「居住」しているとみなされる旨規定されています(§1391 (c)(2))。なお、詳細な説明は割愛しますが、被告が当該州で商品を意図的に販売している場合には、通常、人的管轄が認められると解されます。
この§1391(c)の規定は複数回改正がされており、2011年の法改正により、柱書に”for all venue purpose”と記載され、裁判地の決定に際して適用される一般的な定義であるものとされました。
連邦民事訴訟規則の特許権侵害訴訟の裁判地に関する規定
他方、特許権侵害訴訟の場合に適用される裁判地に関する規定として、28 U. S. C. §1400 (b)があります。同条項は、「特許権侵害に係る民事訴訟は、被告の居住する地区、または、被告が侵害行為を行いかつ恒常的に確立した事業所を有する地区において提起できる」と定めています。
§1400 (b)の解釈に関しては、1957年に出された連邦最高裁判所の判例(Fourco Glass Co. v. Transmirra Products Corp., 353 U. S. 222, 226。以下「Fourco判決」といいます。)において、国内企業における「居住」とは、会社が設立された地区のみを意味し、裁判管轄一般に関する規定である§1391 (c)における裁判地のようなより広い意義を含むものではないと判断されています。
本件では、1957年の連邦最高裁判決によって限定的に解釈されていた特許権侵害訴訟の裁判地の規定と、2011年に裁判地を広く捉えるよう改正された連邦民事訴訟規則の規定の間の適用関係が問題となりました。
事案の概要
本件では、デラウェア州に本店を有する原告が、インディアナ州法に従って設立され、同州に本店を有する被告に対し、デラウェア地区連邦地方裁判所に特許権侵害の訴訟を提起しました。(侵害品であると主張されていた被告の製品はデラウェア地区でも販売されていました。)これは、デラウェア地区は、§1400 (b)において被告が「居住」する地区であるから、同裁判所に訴訟を提起できることを管轄の根拠とするものです。
これに対し、被告は、デラウェア地区に「居住」せず、また、同地区内に恒常的に確立した事業所を有していないから同地区は裁判地とならないと主張して、インディアナ州の地方裁判所への移送(transfer of venue)を申立てました。
連邦地方裁判所及び連邦巡回区控訴裁判所はこの申立てを認めませんでした。連邦巡回区控訴裁判所の判断では、連邦民事訴訟規則§1391 (c)の規定は、同§1400 (b)の”reside”(居住)の定義を補完するものであり、被告が§1391 (c)においてデラウェア地区に居住するのであれば、§1400 (b)においても居住することになることが根拠とされています。
この決定に対して被告が上訴をしたのが本件になります。
判示事項
連邦最高裁判所は、本件の唯一の争点は、§1391の改正時に議会が§1400 (b)における「被告の居住する地区」の意味を変更したか否かであるとしました。すなわち、この法改正の際に議会が§1400 (b)の意味を変更し§1391(c) (2)と同一の解釈(をするよう変更したものととらえた場合には、§1400 (b)の解釈においても、Fourco判決における解釈に関わらず、「当該地区において民事訴訟の人的管轄に服し、かつ、原告が当該地区において主たる事業所を有する場合」には当該地区に「居住」していると解され、デラウェア州がこの要件を満たす場合には、同州に裁判地が認められることになります。
しかしながら、裁判所は、立法府はそのような変更がある場合には比較的明確な示唆をするはずであるが、上記改正時にはそういった示唆は見られないから、§1400 (b)の意味は変更されていないといえ、本件もFourco判決で示された判断に従うとしました。
上記のとおり、Fourco 判決では、§1400 (b)の解釈につき、国内企業における「居住」とは、会社が設立された地区のみを意味するとされていますので、本判決は本件もその解釈に従うべきであると述べ、事件を巡回控訴裁判所に差し戻しました。
この点、被申立人は、1391(c)の規定が”for all venue purpose”と規定していることから、例外は認められない旨を主張していましたが、裁判所は、Fourco判決の当時も同条項の規定は実質的には変わっておらず、2011年の同条項の改正以前の規定が”for purpose of venue under this Chapter”とすでに包括的な規定であったものに改正によって”all”との文言を付加することをもって、立法府がFourco判決を見直すことを意図していたとはいえないと述べ、この主張を退けています。
コメント
米国においては、従来、特許権の被疑侵害品が販売される全ての地域において特許権侵害訴訟を提起できると解されていたため、原告は、特許権者に有利な判断が下される割合の高い裁判所(具体的には、テキサス州東部地区)で戦略的に訴訟を起こしてきました。今回の判決により、特許権者側がそういった戦略を採ることは困難となります。
他方、本判決は、アメリカ国内の企業が被告となる場合の判断である旨を明示していますので、アメリカ国外の企業については射程が及ばないと考えられる点に留意が必要でしょう。
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(文責・町野)