東京地方裁判所(民事第29部)は、本年(平成29年)4月27日、特許権の共有者による実施行為か否かの判断に際し、特許権の侵害主体の認定は、物理的な行為者ではなく、実施行為の法的帰属主体を規範的に判断して行うべきとするとともに、実施行為の法的帰属主体というためには、通常、自己の名義及び計算で実施行為を行なっていることが必要であるとの判断を示しました。

本件は、特許権の共有者の一人が個人で、被疑製品のメーカーに雇用されていたという少し風変わりな事案で、判旨は、侵害行為の帰属主体について規範的に判断するものとはしているものの、焦点は、誰が「自己の名義及び計算で実施行為」で実施行為を行なっていたかにあり、同種の争点が大きく問題となる著作権侵害の場合にみられるような拡大的な解釈を意図したものではないと考えられます。

ポイント

骨子

  • 共有に係る特許権の共有者が自ら特許発明の実施をしているか否かは,実施行為を形式的,物理的に担っている者が誰かではなく,当該実施行為の法的な帰属主体が誰であるかを規範的に判断すべきものといえる。
  • そして,実施行為の法的な帰属主体であるというためには,通常,当該実施行為を自己の名義及び計算により行っていることが必要であるというべきである。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所(民事第29部)
判決言渡日 平成29年4月27日
事件番号 平成27年(ワ)第556号 特許権侵害差止請求権不存在確認等請求本訴事件
平成27年(ワ)第20109号 特許権侵害差止等請求反訴事件
裁判官 裁判長裁判官 嶋 末 和 秀
裁判官 天 野 研 司
裁判官 鈴 木 千 帆

解説

特許権侵害とは

特許権侵害という言葉は報道などでも日常的に用いられていますが、法的にはどのような意味を持つのでしょうか。

この点に関する規定として、特許法は、同法68条本文において以下のように定めています。

特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。

ここにいう、「業として」「特許発明の」「実施をする権利」が特許権の実体で、これを「専有」している状態を侵すこと、つまり、特許権者に無断で「業として特許発明の実施行為をする」のが特許権侵害です。

「業として」とは

「業として」という語の意味は争点になることがありますが、一般的には家庭内における私的な行為を排除する趣旨といわれており、企業活動における発明の利用行為が「業として」にあたらない、ということは通常ありません。

特許発明の技術的範囲

特許発明についての専有権がどの範囲で認められるかについては、特許法70条1項に以下のように規定され、特許請求の範囲、つまり、いわゆるクレームの記載で決まることとされています。

特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

特許発明の「実施」とは

侵害行為にあたる「実施」については、特許法2条3項に以下の定義があります。

この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。

一  物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為

二  方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為

三  物を生産する方法の発明にあつては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

このように、特許法は、発明を、その性質に応じて、「物の発明」、「方法の発明」、「物を生産する発明」に分類し、それぞれの発明について、どのような行為が特許法による規制の対象となるかを定めています。

実施権限と特許権侵害

特許発明の技術的範囲に属する実施行為であっても、実施権限を持つ者による実施行為は特許権侵害になりません。実施権限を持つ者の代表例は、通常実施権者や専用実施権者といったライセンシーですが、当然ながら、特許権者自身もこれに該当します。

もっとも、特許権者が常に実施権を有しているとは限りません。例えば、専用実施権を設定すると、特許権者は、専用実施権者の許諾なしには実施ができなくなります。実施権限の有無は具体的状況から判断する必要があるのです。

特許権の共有と実施権限

本件では、特許権が共有されている状況が問題となりました。特許権が共有されている場合について、特許法73条2項は以下のように定めています。

特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすること ができる。

つまり、特許権の共有者は、特に契約をしない限り、各自単独で特許発明を実施することができるのです。

民法の原則では、共有者は共有物全体について持分に応じた使用が可能ですが、民法が所有権の目的としている有体物と異なり、特許発明は情報で、一方が利用すると他方が利用できない、という関係が成り立たないため、「持分に応じた実施」という制限は採用されていません。

なお、著作権については、共有者全員の同意がなければ利用行為ができない構造となっており、対象的な制度となっています。

特許権の共有と処分及び実施許諾の権限

他方、特許法73条1項は、以下のように規定し、特許権の処分に他の共有者の同意を求めています。

特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定することができない。

また、特許法73条3項においては、特許権の共有者が第三者に発明の実施権限を付与するには、他の共有者の同意が必要である定められています。

特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その特許権について専用実施権を設定し、又は他人に通常実施権を許諾することができない。

以上からすると、特許法は、その思想として、特許権を共有する場合に、特定の共有者の間ではそれぞれ自由に発明を実施できるものの、特許権の処分や実施許諾のように、第三者が実施に関与する可能性が生じる場合には、他の共有者の同意を要求しているといえます。

物理的行為者と効果の帰属

本件で問題となっているのは、実施行為が誰の行為なのか、ということですが、一般に、ある行為について、物理的にその行為を行なっている者と、法的にその行為の効果が帰属する者とが異なることはよくあります。

例えば、会社の代表取締役が他社と企業間契約を締結するとき、物理的に捺印しているのは代表取締役や社内の担当者といった個人かもしれませんが、それは、あくまで、会社としての行為であって、契約の効果が代表取締役個人や担当者に生じるわけではありません。

他方、組織の指示であっても、物理的な行為を担った個人の責任が生じることもあります。極端な例では、組織の指示で犯罪を犯した場合には、通常、その個人の行為も違法と評価されます。

また、このような関係は、例えば、業務の受託者の行為について委託者が責任を負うのか、また、逆に、委託者の行為が適法とされることによって受託者の行為が適法とされるか、といった形で、企業間においても問題となることがあります。

侵害主体の認定

特許権侵害についても同様の問題があり、ある行為が、物理的には実施権限を有しないものによって行われた場合に、権限を有する者の行為といえるのか、あるいは、権限を有しない者による侵害行為となるのかが争点化することがあります。

典型的には、特許権の共有者やライセンシーから特許製品の生産を受注した下請けの行為が適法か、という局面で問題となります。

この問題は、特許法の世界では古典的論点で、古くは、実用新案権の共有者の下請けが他の共有者から権利行使された例で、①共有者から下請けへの工賃の支払い、②共有者による指揮監督、③生産した製品の全量納品といった条件が満たされている場合には、実施行為を行なっているのは、実施権限を有する共有者自身の行為であって、下請けに侵害行為はないとした戦前の判決があります(大判昭和13年12月22日「模様メリヤス事件」)。

戦後の事案では、意匠権の先使用権者の下請けの行為を適法とした「地球儀型トランジスタラジオ受信機事件」(最判昭和44年10月17日)や、実施権者の下請けの行為を適法とした「鋳造金型事件」(最判平成9年10月28日)があります。

本件の背景

本件では、対象となる特許権が、法人と個人とで共有されており、本件における被疑製品のメーカーは、実施権を有する者の下請けとして特許製品を製造したのではなく、特許権の共有者の一人(個人)を社員として雇用していました。

要するに、社員の中に実施権限を有する者がいる場合に、会社の行為が適法化されるか、が争われたわけです。

訴訟の形式としては、法人の特許権共有者が被疑製品購入者に警告をしたところ、同社が、当該共有者に対して損害賠償請求訴訟を提起し、さらに、共有者が反訴として被疑製品購入者に特許権侵害訴訟を提起した、というものです。さらに、個人の共有者は、他の共有者の補助参加人として訴訟に参加しており、複雑な構造の訴訟となっています。

なお、被疑製品のメーカーは、訴訟告知を受けたものの、参加はしていないようです。

本件判決

判決は、まず、以下のとおり述べて、特許権の共有者が単独で特許発明を実施できる趣旨を説明しています。

特許法73条2項は,「特許権が共有に係るときは,各共有者は,契約で別段の定をした場合を除き,他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる。」と規定している。これは,特許発明のような無体財産は占有を伴うものではないから,共有者の一人による実施が他の共有者の実施を妨げることにならず,共有者が実施し得る範囲を持分に応じて量的に調整する必要がないことに基づくものである。

他方、共有者による特許権の処分や実施許諾等について特許法が他の共有者の同意を求めている趣旨を、以下のように説明しています。

もっとも,このような無体財産としての特許発明の性質は,その実施について,各共有者が互いに経済的競争関係にあることをも意味する。すなわち,共有に係る特許権の各共有者の持分の財産的価値は,他の共有者の有する経済力や技術力の影響を受けるものであるから,共有者間の利害関係の調整が必要となる。そこで,同条1項は,「特許権が共有に係るときは,各共有者は,他の共有者の同意を得なければ,その持分を譲渡し,又はその持分を目的として質権を設定することができない。」と規定し,同条3項は,「特許権が共有に係るときは,各共有者は,他の共有者の同意を得なければ,その特許権について専用実施権を設定し,又は他人に通常実施権を許諾することができない。」と規定しているのである。

その上で、実施行為の主体の認定については、以下の通り、物理的な行為主体ではなく、実施行為の法的帰属主体によって判断すべきであると判示しました。

このような特許法の規定の趣旨に鑑みると,共有に係る特許権の共有者が自ら特許発明の実施をしているか否かは,実施行為を形式的,物理的に担っている者が誰かではなく,当該実施行為の法的な帰属主体が誰であるかを規範的に判断すべきものといえる。

また、その判断に際しては、通常、実施行為を自己の名義及び計算で行なっていることが必要であるとの指針を示しました。

そして,実施行為の法的な帰属主体であるというためには,通常,当該実施行為を自己の名義及び計算により行っていることが必要であるというべきである。

以上の規範のもと、判決は、社内の共有者が被疑製品のメンテナンス料を個人で受け入れたことはあるものの、被疑製品の製造販売はメーカーが会社として行い、その代金も全額受け入れていること等を考慮して、特許権の共有者による実施行為ではないと結論づけました。

コメント

侵害主体の規範的認定をめぐっては、ネットワークの浸透に伴い、著作権法の領域で活発に議論されてきました。そこでは、複製や公衆送信といった利用行為の基盤となるサービスを提供する事業者を侵害者として捕捉するための技巧的・拡張的な法解釈が行われています。

他方、本件における規範的判断は、伝統的な実施主体の考え方を逸脱するものではなく、ごくオーソドックスな見解を示したものといえます。

内容についてみると、上述のとおり、特許法は、共有者の間では自由に実施できるものの、実施主体に変更が生じる場合には、同意を求める構造となっています。

実施権者の下請けの行為の適法性が問題となった模様メリヤス事件をはじめとする判決は、実施にかかる事業の主体はあくまで特許権の共有者であり、また、事業主体となる会社が製品の製造を第三者に委託したからといって、その製品のメーカーは委託者(特許権共有者)側である、というのは、社会常識にかなうところです。

他方、本件では、被疑製品メーカーは特許権の共有者ではなく、たとえ社内に特許権の共有者が在籍しているとしても、会社の名義と計算で特許発明の実施を含む事業を行なっている以上、実施主体は会社であると考えるのが妥当でしょう。

共有に関する考え方が整理された判決と思われます。

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(文責・藤田)