平成30年3月19日、東京地方裁判所民事第29部(嶋末和秀裁判長)は、サックス用ストラップの商品形態模倣行為が問題となった事案について判決しました。請求は模倣がないことを理由に棄却されましたが、原告商品の形態のマイナーチェンジと「最初に販売された日」との関係が述べられていますので、紹介します。
ポイント
骨子
- 商品形態は、模倣された商品が「最初に販売された日」から3年間に限り保護される。
- 「最初に販売された日」の対象となる商品とは、保護を求める商品形態を具備した最初の商品を意味するのであって、このような商品形態を具備しつつ、若干の変更を加えた後続商品を意味するものではない。
- 旧原告商品の販売後におけるV型プレート(サックス用ストラップのパーツ)の変更は、特徴的部分の実質的変更であり、変更後の形態は美観の点において保護されるべきものである。
- 「最初に販売された日」は、旧原告商品ではなく、(V型プレートが変更された)原告商品が最初に販売された日である。
判決概要
裁判所 | 東京地方裁判所民事第29部 |
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判決言渡日 | 平成30年3月19日 |
事件番号 | 平成29年(ワ)第21107号 不正競争行為差止等請求事件 |
裁判官 |
裁判長裁判官 嶋 末 和 秀 裁判官 伊 藤 清 隆 裁判官 西 山 芳 樹 |
解説
商品形態模倣行為の保護期間
商品形態模倣行為(不正競争防止法2条1項3号)の規制は、日本国内において最初に販売された日から起算して3年を経過した商品については適用されません(同法19条1項5号イ)。なぜなら、先行開発者が投下資本の回収を終了し通常期待し得る利益を上げられる期間に限定しないと、厳格な要件の下に知的創作を保護する知的財産法の趣旨を没却しかねず、また、後行開発者の同種商品の開発意欲を過度に抑制してしまうからです(知財高裁平成28年11月30日判決)。
3年を超えて保護を受けるには、意匠登録を受けるか、または、不正競争防止法上の周知表示・著名表示の規制等による必要があります。
商品形態にマイナーチェンジがあった場合
既に販売されている商品の形態をマイナーチェンジした商品が新たに販売されたとき、「最初に販売された日」はいつになるでしょうか。マイナーチェンジによって「最初に販売された日」が容易に更新されると、商品形態が3年を超えて保護されることになりかねません。
この点について、本判決に先立つ東京高裁平成12年2月17日判決は、「『最初に販売された日』の対象となる『他人の商品』とは、保護を求める商品形態を具備した最初の商品を意味するのであって、このような商品形態を具備しつつ、若干の変更を加えた後続商品を意味するものではない」と述べ、先行商品の販売開始日を起算日と認定しました。
また、東京地裁平成23年7月14日判決も同様の解釈を示したうえ、「原告先行商品と原告商品の形態が実質的同一である場合」には先行商品の販売開始日が保護期間の起算日になる旨を述べ、先行商品の販売開始日を起算日と認定しました。
なお、前掲東京高裁判決は、「仮に控訴人主張のとおり、控訴人製品が『FASU』(筆者注:先行商品)の改良品や部分的な手直し品でないというのであれば、このような場合、控訴人が、控訴人製品に固有の形態として不正競争防止法二条一項三号による保護を求め得るのは、控訴人製品の商品形態のうち、『FASU』の形態と共通する部分を除外した部分に基礎をおくものでなければならない」と述べています。既に先行商品において具備されていた形態を改めて保護する必要はないからです。
本件事案の概要
原告と被告は、いずれも楽器のパーツ等の販売等を業とする株式会社です。原告は、被告が原告の販売するサックス用ストラップの形態を模倣した商品を販売等したと主張し、被告に対し、不正競争防止法に基づき、被告商品の販売等の差止め、同商品の廃棄、損害賠償金の支払を求めました。
原告商品は、発売からまだ3年を経過していなかったものの、モデルチェンジがされた後の商品であり、モデルチェンジ前の旧原告商品の販売開始日から起算すると、本件訴訟が提起された時点で3年が経過していました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。ただし、東京地裁は、争点3→争点1の順に判断し、その他の争点については判断しませんでした。
- 被告商品は原告商品の形態を模倣したものといえるか
- 原告商品の形態が「当該商品の機能を確保するために不可欠な形態」に該当するか
- 原告商品が日本国内において最初に販売された日から起算して3年を経過したか
- 原告は本件請求の請求権者に該当するか
- 原告の損害の有無及びその額
裁判所の判断
「最初に販売された日」の意義
争点3について、本判決は、「最初に販売された日」の意義を示す前提として、次のとおり、商品形態模倣行為の規制の趣旨が投下資本の保護にある旨を述べました。
不競法2条1項3号……の趣旨は,他人が資金,労力を投下して商品化した商品の形態を他に選択肢があるにもかかわらず殊更模倣した商品を,自らの商品として市場に提供し,その他人と競争する行為は,模倣者においては商品化のための資金,労力や投資のリスクを軽減することができる一方で,先行者である他人の市場における利益を減少させるものであり,事業者間の競争上不正な行為として位置付けるべきものとしたことにあると解される。
その上で、マイナーチェンジがあった場合の「最初に販売された日」の意義について、次のとおり述べ、従前の裁判例と同様の解釈を示しました。
……上記の同法2条1項3号の趣旨からすれば,「最初に販売された日」の対象となる商品とは,保護を求める商品形態を具備した最初の商品を意味するのであって,このような商品形態を具備しつつ,若干の変更を加えた後続商品を意味するものではないと解される。
旧原告商品と原告商品の比較
(上が旧原告商品、下が原告商品)
本判決は、上記の解釈を前提として、旧原告商品と原告商品のV型プレートを比較しました。そして、次のとおり、V型プレートの両翼が細長く変更された点を指摘し、V型プレートというサックス用ストラップの特徴的部分が実質的に変更されたことを理由に、V型プレートの変更後の形態が美観の点において保護されるべき形態であるとしました(なお、その他のパーツである革パッドとブレード(紐)の変更については、いずれも軽微な変更であること等を理由に、保護を求める商品形態に変更があったとは認めませんでした。)。
……両翼の上部が削られてその形状及び幅が両翼にかけて細長く変更されている。上記変更により,原告商品のV型プレートの美観から受ける印象は旧原告商品のV型プレートとは相当に異なるものといえる。そうすると,上記変更は,V型プレートの形態としてはその美観において実質的に変更されたと評価し得る変更であって,しかも,V型プレートはサックス用ストラップの美観における特徴的部分であり需要者が着目する部分であるといえるから,V型プレートの変更後の形態は,美観の点において保護されるべき形態であると認められる。
もっとも、本判決は、次のとおり、あくまで同種商品と比較して原告商品に特有の形状についてのみ保護される旨を付言しています。
もっとも,V型プレートを有するサックス用ストラップは,旧原告商品はもとより他にも同種商品が存在し……,細長形状の形態も公開されているところであるから……,ここで保護されるのは,V型プレートの中央部の形状や両翼の角度・形状等を総合した特有の形状に限られるというべきである。
そして、本判決は、V型プレートの変更部分が保護されるべき形態であることを理由に、原告商品が「最初に販売された日」は、旧原告商品が最初に販売された日ではなく、(V型プレートが変更された)原告商品が最初に販売された日である(保護期間が経過していない)としました。
模倣行為の有無
(上が原告商品、下が被告商品)
争点1について、本判決は、(V型プレートが変更された)原告商品を保護する理由がV型プレートの実質的変更にあることを指摘し、あくまで原告商品が保護され得るのはV型プレートの変更部分に基礎を置く部分に限られるとしました。従前の裁判例と同様の解釈を示したものといえます。
被告商品の形態が原告商品の形態と実質的に同一であるか否かについて検討するに,旧原告商品の不競法2条1項3号による保護期間が経過した後であっても原告商品が同号の保護を受け得るのは,そのV型プレートの変更部分が商品の形態において実質的に変更されたものであり,その特有の形状が美観の点において保護されるべき形態であると認められるからである以上,前記1⑴に説示した(※)同号の趣旨からすれば,同号による保護を求め得るのはこの部分に基礎を置く部分に限られるというべきである。
※最初に引用した判決文参照。
そして、次のとおり、原告商品と被告商品のV型プレートを比較し、両者の相違点を指摘したうえで、被告商品のV型プレートは原告商品のV型プレートの特有の形状を備えているものとはいえず、V型プレートの美観に基礎を置く部分が実質的同一ではないとしました。
原告商品と被告商品とは,大きさはほぼ共通しており,基本的な構成態様は共通している。しかし,原告商品は,中央部の下部の2つの穴と上部の間に窪みができており,下部が丸みを帯びているのに対し,被告商品は,中央部が下部に向かってなめらかに狭くなっており,中央部の上部の2つの穴の位置も異なっている。また,中央部の下面は,原告商品が平面であるのに対し,被告商品は湾曲している。さらに,両製品は,両翼の角度が異なるほか,先端部分の上面及び側面の角度も異なる。上記のとおり,原告商品の形態が保護されるのは,そのV型プレートの特有の形状が美観の点において保護されるべき形態であると認められるからであるが,被告商品のV型プレートは,上記のような相違点があることにより,そのような特有の形状を備えているものとはいえず,美観の点において異なる印象を与えるものであるから,原告商品と被告商品のV型プレートの美観に基礎を置く部分は実質的に同一とは認められないというべきである。
その結果、本判決は、被告商品の形態は原告商品の形態と実質的に同一ではなく、被告が原告商品に依拠して被告商品を作ったものでもない旨を述べ、請求を棄却しました。
コメント
裁判所の判断それ自体は、従前の裁判例と特に異なるものではありませんが、マイナーチェンジ後の商品の販売開始日を保護期間の起算日と認定した点で実務上参考になりますので、紹介しました。
もっとも、本判決が旧原告商品と原告商品の形態を詳細に比較しているように、商品形態のマイナーチェンジがあった場合において保護期間の起算日がいつになるかは、個別具体的な事実関係に大きく左右されます。先行商品の販売開始日が起算日と認定される場合も少なくないと考えられますので、他社による商品形態模倣行為の疑いが発覚した時点で、速やかに対応する必要があります。
また、本判決によると、仮にマイナーチェンジ後の商品の販売開始日が保護期間の起算日となる場合であっても、マイナーチェンジ前の商品と共通する形態まで新たに保護されるものではない点にも実務上留意する必要があります。
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(文責・溝上)
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