東京地方裁判所第47民事部(沖中康人裁判長)は、本年(平成29年)4月27日、建築の著作物の著作物性や著作者性について判断した判決をしました。

判決は、建築の著作物について、デザイン上のアイデアを提供した設計士が、その後実際に設計され、建築された建築物の共同著作者に該当するか、また、原著作物の著作者に該当するか、という争点について判断したものですが、その前提として、①当該デザインは未だアイデアであって表現に該当しないこと、②表現に該当するとしても創作性がないこと、そして、③建築の著作物とはいえないこと、を示しました。

なお、実際に建築された店舗建物の著作物性について、明示的な判断はなされていません。

ポイント

骨子

  • 著作権法は,著作物の対象である著作物の意義について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(同法2条1項1号)と定義しており,当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては,著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならないものと解される。
  • また,当該作品等が創作的に表現されたものであるというためには,作成者の何らかの個性が表現として表れていることを要し,表現が平凡かつありふれたものである場合には,作成者の個性が表現されたものとはいえず,創作的な表現ということはできない。
  • また,「建築の著作物」(同法10条1項5号)とは,現に存在する建築物又はその設計図に表現される観念的な建物であるから,当該設計図には,当該建築の著作物が観念的に現れているといえる程度の表現が記載されている必要があると解すべきである。
  • 原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案は,被告竹中工務店設計資料を前提として,その外装スクリーンの上部部分に,白色の同一形状の立体的な組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置,配列するとのアイデアを提供したものにすぎないというべきであり,仮に,表現であるとしても,その表現はありふれた表現の域を出るものとはいえず,要するに,建築の著作物に必要な創作性の程度に係る見解の如何にかかわらず,創作的な表現であると認めることはできない。更に付言すると,原告代表者の上記提案は,実際建築される建物に用いられる組亀甲柄の具体的な配置や配列は示されていないから,観念的な建築物が現されていると認めるに足りる程度の表現であるともいえない。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所第47民事部
判決言渡日 平成29年4月27日
事件番号 成27年(ワ)第23694号 著作者人格権侵害差止等請求事件
裁判官 裁判長裁判官 沖 中 康 人
   裁判官 村 井 美喜子
   裁判官 廣 瀬 達 人

解説

著作者とは

著作者とは、著作物の創作をした者をいいます。2人以上の者が創作に寄与した場合には、その著作物は共同著作物と呼ばれ、著作者は共同著作者と呼ばれます。

著作権法上、法人でも著作者となることができます。特許法上の法人は発明者になれないことと対比すると、2つの法制度の間で設計思想が異なることが分かります。

著作者と著作権者

著作者は、創作した著作物について、著作権と著作者人格権を有します(映画の著作物については、例外的な取り扱いが定められています。)。

これらの権利のうち、著作権は譲渡することができます。著作権が譲渡されると、譲り受けた人が著作権者となるため、ある著作物について、著作者と著作権者は別人であることがあり得ます。

著作者人格権とは

著作者人格権とは、著作者に認められる人格権で、公表権、氏名表示権、同一性保持権の3つの権利の総称です。

著作者人格権は、著作者の人格と結びついた権利なので、著作権とは異なり、譲渡することができません。

本訴訟では、氏名表示権が問題となりました。氏名表示権とは、著作物の公表時に、著作者名を表示するかしないか、表示する場合、実名か変名かを、著作者が決めることができる権利です。

著作物とは

著作権、著作者人格権の対象となるのは、「著作物」です。その意味について、著作権法2条1項1号は以下のように定義しています。

思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

一般に、この定義は、以下の4つの要件からなると整理されています。

  • 思想または感情
  • 創作性
  • 表現
  • 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属すること

また、著作権法は、著作物にあたるものとして、以下のような例示をしています。

  • 音楽の著作物
  • 舞踊又は無言劇の著作物
  • 美術の著作物
  • 建築の著作物
  • 地図又は図形の著作物
  • 映画の著作物
  • 写真の著作物
  • 写真の著作物

これらのうち、本件で問題となったのは、建築の著作物です。

創作性とは

創作性とは、著作者の個性が著作物の表現に現れていることをいいます。

最近の有力な考え方によれば、創作性の本質は、何かを表現するに際し、表現の様々な可能性の中から、ある表現を選択することにあるとされています(「表現の幅」論)。
逆に、表現に幅がない場合(例えば、「1+1=2」という観念を表現する手段は非常に限られています。)、その表現に創作性は認められません。

表現と建築の著作物

著作権・著作者人格権は、「表現」を保護するもので、その背景にある「アイデア」を保護するものではありません。
これが、著作物の要件として表現であることが求められる理由です。

建築の著作物は、建築の形式で思想又は感情が創作的に表現されることによって成立し、建築物の部分的意匠についてアイデアを提供しても、それだけでは建築の著作物にはなりません。

建築の著作物の成立

建築の著作物がどの段階で成立するか、という点に関しては、建築そのものと建築の著作物とは異なることに留意しなければなりません。著作物は、情報つまり「無体物」であって、建築という「有体物」とは別個に存在するものなのです。

そのため、建築の著作物は、実際に建築されなくても、設計図などによって建築の表現がなされていれば成立することになります。
著作権法の観点からは、実際に建築物を建築することは、建築図面などで表現された著作物の「複製」に該当するものとされています(同法2条1項15号)。

建築の著作物と創作性

通説的な考え方によれば、実用的な著作物については創作性が厳格に判断され、単なる個性の発露を超えて審美的要素が重視されます。
その典型は応用美術の著作物性で、最近では、児童用の椅子のデザインの著作物性が議論されたTRIPP TRAPP事件において、知財高裁が著作物性を認める判決(知財高判平成27年4月14日)をしたことが話題になりました。

実用品の著作物性に否定的な伝統的見解の背景には、著作権によって実用的デザインが非常に長い期間独占されると、社会の利便性が損なわれるということがあります。
法体系の観点から見ても、実用的な物品に対しては、意匠権という権利が与えられるところ、これは特許権同様審査を経て与えられ、保護期間も20年に限定されています。
著作物の要件として「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属すること」が求められますが、意匠権の対象となる実用品がこういった要件を満たすためには、創作性も高度なものが求められるわけです。

建築についても同様の問題があります。広く権利を与えると、例えば、世界(ベルヌ条約、TRIPs協定等の条約加盟国)で誰かが家を設計すると、平凡な外観であっても、同じような形の家を建てると違法になりかねません(もちろん、依拠性の認定などの問題は残りますが。)。一般向けの住宅のデザインのバリエーションはそれほど豊富なものではないでしょうから、これではあまりにも不自由です。

そのため、我が国の伝統的な裁判例は、歴史的建築物に代表されるような建築芸術と評価できる建築にのみ著作物性を認めることとしてきました。

本件の経緯

本件で問題となったのは、ファッションブランド「STELLA McCARTNEY」の店舗用建物で、施主は、設計・建築を竹中工務店に依頼するとともに、別途、竹中工務店の設計担当者に知らせることなく、原告に対し、「外観デザイン監修」を依頼していました。
この依頼を受けた原告は、施主から、竹中工務店が作成した図面を受け取り、外観スクリーンの一部に組亀甲柄と呼ばれる伝統的な図柄を用いる案を提案しました。

竹中工務店の設計者は、突然打合せの場でこのような提案がなされて席を立ち、その後、原告とは接触しないまま設計、施工を終えましたが、外観スクリーンには、組亀甲柄が用いられていました。
この状況で、原告が自らを著作者として表示することを求めたのが本訴訟です。

判旨とあてはめ

判決は、まず、以下のように述べて、著作物の要件を明らかにするとともに、「思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの」や「表現上の創作性がないもの」は著作物に該当しないと判示しました。

著作権法は,著作物の対象である著作物の意義について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(同法2条1項1号)と定義しており,当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方,思想,感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては,著作物に該当せず,同法による保護の対象とはならないものと解される。

また、判決は、創作性の要件として、作成者の何らかの個性が表現として現れていることが必要であることを明らかにしました。

また,当該作品等が創作的に表現されたものであるというためには,作成者の何らかの個性が表現として表れていることを要し,表現が平凡かつありふれたものである場合には,作成者の個性が表現されたものとはいえず,創作的な表現ということはできない。

さらに、判決は、以下のように述べて、設計図の記載が建築の著作物といえるためには、当該建築の著作物が観念的に現れているといえる程度の表現となっていなければならないことを示しました。

また,「建築の著作物」(同法10条1項5号)とは,現に存在する建築物又はその設計図に表現される観念的な建物であるから,当該設計図には,当該建築の著作物が観念的に現れているといえる程度の表現が記載されている必要があると解すべきである。

その上で、判決は、以下のように述べて、本件の事実関係のもとでは、原告が作成した資料等は、(a)未だアイデアにとどまり、(b)創作性を欠き、(c)建築の著作物としても成立していないと結論づけました。

原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案は,被告竹中工務店設計資料を前提として,その外装スクリーンの上部部分に,白色の同一形状の立体的な組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置,配列するとのアイデアを提供したものにすぎないというべきであり,仮に,表現であるとしても,その表現はありふれた表現の域を出るものとはいえず,要するに,建築の著作物に必要な創作性の程度に係る見解の如何にかかわらず,創作的な表現であると認めることはできない。更に付言すると,原告代表者の上記提案は,実際建築される建物に用いられる組亀甲柄の具体的な配置や配列は示されていないから,観念的な建築物が現されていると認めるに足りる程度の表現であるともいえない。

コメント

判決は、さらに、上記判断に基づいて、原告がその後設計施工された建築との関係で、共同著作者に当たるか、また、最終的な建築を二次的著作物とした場合の原著作者にあたるか、という論点について議論し、いずれも否定しています。

原告は、建築の著作物に求められる創作性の程度についても議論していますが、判決は、どのような解釈によっても結論は変わらないとしてこの問題には直接触れていません。判示事項には取り立てて目新しい事項はありませんが、建築の著作物性をめぐる問題が整理された判決と思われます。

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(文責・飯島)

平成29年(2016年)11月1日追記

平成29年10月13日、知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)にて、本判決に対する控訴審の判決があり、本判決の結論が維持されました。控訴審判決の全文は下記リンクからご覧ください。