最高裁判所第2小法廷は、平成29年3月24日、均等侵害の成立に関し、容易に想到可能な均等の構成が特許請求の範囲に記載されていなかった場合に、均等第5要件の「特段の事情」が認められるかという問題について判断を示しました。

判旨は、単に容易な構成を記載しなかったというだけでは特段の事情があったとはいえず、客観的、外形的にみて、そういった代替的構成を認識しながらあえて記載しなかったことが表示されているときに意識的除外などの特段の事情が認められるとの基準を示しています。

ポイント

骨子

  • 出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。
  • 出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。

判決概要

裁判所 最高裁判所第2小法廷
判決言渡日 平成29年3月24日
事件番号 平成28年(受)第1242号 特許権侵害行為差止請求事件
裁判官 裁判長裁判官 鬼丸かおる
裁判官    小貫芳信
裁判官    山本庸幸
裁判官    菅野博之

解説

権利一体の原則と周辺限定主義

特許権の保護範囲は、特許請求の範囲の記載(クレーム)で決まります。特許権侵害訴訟の実務では、クレームの文言を切り分け、個々の構成要件ごとに充否を検討し、すべての構成要件を充足したときに初めて権利侵害が認められます。この考え方を「権利一体の原則」(All Elements Rule)といいます。

このような考え方の背景には、特許権が法的サンクションを伴う対世的禁止権であることから、クレームが権利範囲の公示として機能することが重要だという事情があります。

このように、クレームの記載が特許権の外縁を画すべきだという考え方は、周辺限定主義(Peripheral Claiming System)と呼ばれ、現在の主流となっています。

均等論の必要性

他方、クレームは、多かれ少なかれ抽象性を有する技術的思想を言語で表現したものですので、あらゆる侵害態様に対応できるように記載するのは容易ではありません。

また、特許は早い者勝ちなので、出願時にじっくりと記載内容を検討することができるわけでもありません。

そのため、クレームの文言解釈を厳格に行うと、クレームドラフティングの巧拙によって権利範囲が大きく左右されたり、例えば、発明を構成する部材の一部を出願時に想定されていなかった同効材に置き換えるなどの方法で容易に特許権を回避できてしまったりします。

これでは特許取得のインセンティブが阻害されるので、クレーム解釈においては、厳格な文言解釈だけでなく、何らかの規範的な拡張解釈が必要であることが認識され、その具体的アプローチのひとつとして、構成要件の一部に相違があっても実質的に均等の場合には要件充足を認める均等論(Doctrine of Equivalence)が唱えられました。

均等論の採用と要件

我が国の裁判所は均等論の採用に消極的でしたが、まず、大阪高等裁判所が、「プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)」事件判決(大阪高判平成8年3月29日知的裁集28巻1号77頁)で正面から均等論の適用を認めました。
この事件は、527のアミノ酸配列を構成要件に含む蛋白質の特許につき、1つのアミノ酸が異なっている場合において、両者の特性や作用効果が同一であるとして均等を認めたものです。

その2年後の平成10年2月24日、「ボールスプライン」事件判決(最判平成10年2月24日判時1630号32頁)において、最高裁判所が均等論を認めるとともに、その成立要件を定立しました。

均等侵害の成立要件

ボールスプライン最高裁判決によれば、均等侵害が成立するための要件は、以下の5つとされています。

  1. 被告の製品や方法(被告製品等)と特許のクレームとで相違する部分が特許発明の本質的部分ではないこと
  2. 相違部分を被告製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること
  3. 置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであること
  4. 被告製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではないこと
  5. 被告製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないこと

それぞれの要件について、さまざまな議論がありますが、本判決で問題となったのは、5つ目の「特段の事情」要件の解釈です。

本事件の論点

均等論は、「均等」といえる範囲で、特許権が及ぶ範囲を特許請求の範囲の文言的意味より広げるものです。

これに対し、均等第5要件は、出願手続において提出された当事者の意見や証拠に照らして、被告製品の構成が特許権の権利範囲から除外されている場合など、「特段の事情」があるときは均等論によって権利を及ぼすことができないことを定めたものです。

つまり、特許権者自らが特許権の範囲から除外したものにまで後日権利を及ぼしてはならない、という考え方です。

今回の事件で問題とされたのは、「簡単に均等発明に想到できたはずなのに、クレームに書かなかった場合には、その発明は権利範囲から除外したことになり、第5要件にいう『特段の事情』があることになるのではないか」ということでした。

「書かれたこと」だけでなく、「書かれなかったということ」から「特段の事情」を判断できるか、という問題ともいえるでしょう。

原判決

原審である知的財産高等裁判所は、この問題を特別部(大合議)で取り上げ、以下のとおり述べて、まず、単に均等発明を容易に思いつくことができたというだけでは「特段の事情」にあたらない、つまり、均等侵害を否定することはできない、と判断しました。

特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。

他方、原判決は、以下のように述べて、均等発明の存在を認識していながらクレームに記載していないときは、「特段の事情」があるものとして、均等侵害が否定されると判断するとともに、認識していたかどうかの判断基準として、明細書などの記載に加えて、論文などの出願手続外の文献に均等発明を記載していたことも考慮し、客観的・外形的な事実に基づいて判断されることも示しました。

出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。

関連裁判例

この争点に関連する過去の裁判例としては、「椅子式エアーマッサージ機」事件(知財高判平18年9月25日)があります。

この判決では、「特許侵害を主張されている対象製品に係る構成が,特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたというには,特許権者が,出願手続において,当該対象製品に係る構成が特許請求の範囲に含まれないことを自認し,あるいは補正や訂正により当該構成を特許請求の範囲から除外するなど,当該対象製品に係る構成を明確に認識し,これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動がとられていることを要すると解すべきであり,特許出願当時の公知技術等に照らし,当該対象製品に係る構成を容易に想到し得たにもかかわらず,そのような構成を特許請求の範囲に含めなかったというだけでは,当該対象製品に係る構成を特許請求の範囲から意識的に除外したということはできないというべきである」との判断が示されていました。

他方、この判決においては、「特段の事情」があるといえるためには、「出願手続において」意識的除外がなされていることが必要であるとされており、マキサカルシトール事件原判決とは異なり、出願手続外の文献に均等発明を記載したことを斟酌するとまでは判示していませんでした。

判旨の概要

判決は、以下のとおり、まず、単に想到容易な均等の構成を特許請求の範囲に記載していなかったというだけでは「特段の事情」が存するとはいえない、との判断を示しました。

出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても,それだけでは,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。

続いて、判決は、そのような構成について、客観的、外形的にみて、クレームに記載された構成に対して代替性があることを認識しながらあえて記載しなかった旨を「表示しているといえるとき」には、特段の事情が存するとの考え方を示しました。

出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである

なお、判決は、第5要件の解釈について原判決と微妙に異なる考え方を示しましたが、結論においては、上告を棄却し、原判決を維持しています。

コメント

原判決も、最高裁判決も、単に想到容易な構成をクレームに記載しなかったというだけではその構成が均等侵害の範囲から除外されたとはいえないと考えている点では共通しています。この点は、椅子式エアーマッサージ機事件判決でも同様です。

問題はその例外で、どのような場合に「特段の事情」が認められるかについては、考え方が分かれました。

この点、分析の視点は、以下の3点に整理できると思われます。

  • 想到容易な構成を認識していたというだけで「特段の事情」に該当しうるのか、積極的・意識的に除外することが必要なのか
  • そのような認識や意識的除外は出願手続において行われることを要するのか、あるいは、手続外の行動を斟酌できるのか
  • 判断は外形的に行われるのか、あるいは特許権者の主観を考慮するのか

まず、最初の点については、椅子式エアーマッサージ機事件判決では意識的除外が求められたのに対し、マキサカルシトール事件原判決では、認識の有無が基準となりました。

この点につき、最高裁判所は、「対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していた」ことを基準としています。

この「あえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していた」との基準が意識的除外と異なるのかどうか、異なるとして、実際上どのような適用上の差を生むかは不明ですが、原判決と比較すると、特許権者の積極的行為が必要であり、単なる認識のみで権利範囲から除外されることはないと判断したものといえるでしょう。

次に、出願手続で行われることが必要か、という点については、最高裁判所は沈黙しています。特に限定していないことからすると、出願手続外の事情も斟酌される可能性はあるのかもしれません。

最後に、判断の方法は、客観的、外形的な観点によるものとされています。要するに、特許権者の意図はさておき、第三者から見て、特許権者の行動が上記の「表示」に該当するか、という観点で判断されることとなります。

具体的適用範囲は必ずしも明らかではありませんが、最高裁判所の判断は、「特段の事情」を意識的除外と理解する考え方に近いものと考えられます。この意味では、出願手続外の事情も考慮するとしていた原判決と比較すると、結論に対する予見可能性は高いものと思われます。

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(文責・飯島)