東京地方裁判所(民事40部)は、平成29年2月17日、輸入業者に対する侵害警告後に特許が無効にされた事案において、侵害行為について不正競争防止法違反(虚偽事実の告知)が成立するか否かの判断基準を示しました。

判決は、侵害警告による故意・過失及び違法性阻却の成否について、両者を個別に判断するのではなく、1つの基準により一体的に判断しています。

ポイント

骨子

  • 登録された特許権について,後にその有効性が争われて結果として無効とする審決が確定したことによって特許権が存在しないとみなされたために,当該特許権の特許権者による侵害警告行為が不競法2条1項14号(現15号)の虚偽の事実の告知に当たる場合において,当該特許権者が損害賠償責任を負うか否かを検討するに当たっては,無効理由が告知行為の時点において明確なものであったか否か,無効理由の有無について特許権者が十分な検討をしたか否か,告知行為の内容や態様が社会通念上不相当であったか否か,特許権者の権利行使を不必要に委縮させるおそれの有無,営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮した上で,当該告知行為が登録された権利に基づく権利行使の範囲を逸脱する違法性の有無及び告知者の故意過失の有無を判断すべきである。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所(民事第40部)
判決言渡日 平成29年2月17日
事件番号 平成26年(ワ)第8922号 不正競争行為差止等請求事件
裁判官 裁判長裁判官 東海林   保
裁判官    廣 瀬   孝
裁判官    勝 又 来未子

解説

特許権の侵害警告と輸入

特許権の侵害を発見したとき、特許権者は、訴訟提起に先立って警告書を送付することがあります。通常、その中には、特許権者が侵害していると考える製品と、対応する特許権が記載されています。

この点、製品が海外で生産され、国内に輸入されている場合、国内における侵害者は輸入者となるため、国内の特許権を行使するにあたり、警告書の送付先は輸入者となります。

これをメーカーから見ると、自社の製品が特許権を侵害しているという警告書が顧客に届くこととなるため、特許権侵害が認められなかった場合には、顧客に対し、自社を非難する虚偽事実の告知があったこととなります。

特許無効審判と審決の効果

特許権の侵害が否定される理由として、特許の権利範囲に入らないというものと並んでしばしば問題となるのが、特許無効です。

特許が無効にされた場合、特殊な場合を除き、特許権は初めから存在しなかったものとみなされます(特許法125条本文)。

そのため、特許権侵害の警告書を送付し、その後特許が無効になった場合でも、警告書を送付した時点において特許権は存在しなかったこととなり、結果的に警告書に記載された特許権侵害の事実は虚偽であったことになります。

虚偽事実の告知と不正競争防止法

虚偽の事実を告げる行為に関し、不正競争防止法2条1項15号は、不正競争行為の一類型として、以下のような定義を置いています。

競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為

これを輸入業者に対する特許権の侵害警告について見ると、メーカーの立場に立てば、顧客に対する侵害警告は「営業上の信用を害する」「事実の告知」または「流布」にあたり、特許が無効にされると、「虚偽」の事実にも該当します。

また、特許権の侵害警告を送付する特許権者は、侵害品とされた製品のメーカーと競争関係にあるのが通常なので、「競争関係にある」という要件も充足するのが通常です。

そうすると、このような侵害警告を「故意又は過失により」(不正競争防止法第4条)行ったといえる場合には、特許権者は、損害賠償義務を負担することとなるため、どのような場合に「故意又は過失により」侵害警告を行ったといえるか、特に、過失の成立の基準が問題となります。

また、そもそも特許権の行使として侵害警告をすることは正当な行為であって、違法性が阻却されるのではないか、という点も問題となります。

過去の裁判例

輸入業者に対する侵害警告が国外の供給元に対する不正競争行為とされた事案としては、知財高判平成19年5月29日(「養魚用飼料添加物」事件)があります。

実用新案法における技術評価制度と権利行使の適法性

参考になる制度として、実用新案法は、権利行使の後に無効審決が確定した場合に、類型的に違法性を認める制度を規定しています。

まず、同法29条の2は、以下のとおり、実用新案権者は実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ権利行使できないと定めています。

実用新案権者又は専用実施権者は、その登録実用新案に係る実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ、自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等に対し、その権利を行使することができない。

実用新案技術評価書とは、特許庁の審査官による実用新案技術評価の報告書を言い、実用新案技術評価とは、出願され、または登録されている実用新案が、新規性・進歩性などの要件や、記載要件を満たしているかの技術的評価をいいます。

実用新案は、特許と異なり、出願すると、方式審査のみで登録されるため、このような評価を受けるまで、上記のような要件を充足しているかどうかについて特許庁の判断を受けることができません。

そこで、濫訴を防止するため、上記のように、実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ権利行使できないと規定されたのです。

この条文は、さらに、以下のように規定し、実用新案権を行使した後に実用新案登録を無効とする審決が確定したときは、原則として損害賠償債務を負担することを定めています。

実用新案権者又は専用実施権者が侵害者等に対しその権利を行使し、又はその警告をした場合において、実用新案登録を無効にすべき旨の審決(第三十七条第一項第六号に掲げる理由によるものを除く。)が確定したときは、その者は、その権利の行使又はその警告により相手方に与えた損害を賠償する責めに任ずる。

そして、例外的に損害賠償債務を負担しない場合として、実用新案登録を有効とする実用新案技術評価に基づいて権利行使をした場合を定めています。

ただし、実用新案技術評価書の実用新案技術評価(当該実用新案登録出願に係る考案又は登録実用新案が第三条第一項第三号及び第二項(同号に掲げる考案に係るものに限る。)、第三条の二並びに第七条第一項から第三項まで及び第六項の規定により実用新案登録をすることができない旨の評価を受けたものを除く。)に基づきその権利を行使し、又はその警告をしたとき、その他相当の注意をもつてその権利を行使し、又はその警告をしたときは、この限りでない

この制度はいわゆる無審査登録主義を前提とするものですが、裏返して考えると、厳格な審査を経なければ登録を受けることができない特許権の行使を原則として適法と考える根拠の一つとなるでしょう。

冒認・共同出願違反の特殊性

本件で問題となった無効理由は、冒認と共同出願違反です。特許が無効とされる理由は、特許法123条1項に列挙されており、その中の6号に冒認が、4号に共同出願違反が規定されています。

冒認とは、特許を受ける権利を有しない者が特許出願することで、平易にいえば、他人の発明を盗んで出願することです。共同出願違反とは、共同で生み出した発明を、共同発明者の一部の者だけで出願してしまうことです。いずれも、自分だけでは発明を出願する権限がないのに出願をする点で共通しています。

冒認や共同出願違反は、発明者の權利帰属を問題とするものであるため、新規性・進歩性といった特許要件や記載要件などの公益的無効理由と比較すると、主観的性格の強い無効理由といえます。

すなわち、進歩性や新規性については、先行技術を検索しなければ特許要件を欠くことを知りえないことも珍しくありませんが、冒認や共同出願違反の当事者は、原則として、その事情を知っているか、少なくとも容易に知り得る状態にあるといえます。

本件の背景

本件の原告は歯列矯正器具等の製造・販売等を業とする米国法人で、被告は日本国内の競合企業です。

原告は「Empower(エンパワー)」という製品名の歯列矯正ブラケットを製造し、日本国内の輸入販売業者バイオデント社がこれを輸入し、国内で販売していたところ、被告は、Empowerが自ら有する特許権を侵害するとして、バイオデント社に侵害警告を送付しました。これを受けたバイオデント社は、Empowerの販売を中止します。

これに対抗して、原告は、上記特許について特許無効審判を請求したところ、結論として、この特許は、冒認出願を理由として無効にされました。

その後、原告が、被告に対し、不正競争防止法(虚偽事実の告知)を理由として損害賠償を求めたのが本訴訟です。

訴訟では、いくつかの論点が争われていますが、ここでは、故意・過失及び違法性阻却の成否の問題を取り上げたいと思います。

判旨

判決は、以下のように述べ、侵害警告後に特許が無効になった場合における故意・過失及び違法性阻却の成否について、個別に判断基準を設けるのではなく、両者を一体的に判断する枠組みを示しました。

登録された特許権について,後にその有効性が争われて結果として無効とする審決が確定したことによって特許権が存在しないとみなされたために,当該特許権の特許権者による侵害警告行為が不競法2条1項14号の虚偽の事実の告知に当たる場合において,当該特許権者が損害賠償責任を負うか否かを検討するに当たっては,無効理由が告知行為の時点において明確なものであったか否か,無効理由の有無について特許権者が十分な検討をしたか否か,告知行為の内容や態様が社会通念上不相当であったか否か,特許権者の権利行使を不必要に委縮させるおそれの有無,営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮した上で,当該告知行為が登録された権利に基づく権利行使の範囲を逸脱する違法性の有無及び告知者の故意過失の有無を判断すべきである。

ここに見られる判決の考え方は、以下のような事情を総合考慮して違法かどうか、また故意過失があるかどうかの判断をするものといえます。

  • 無効理由の明確性
  • 無効理由の有無についての検討の十分性
  • 告知行為の内容・態様の社会通念上の相当性
  • 権利行使に対する萎縮効果
  • 営業上の信用を害される競業者の利益

以上を前提に、判決は、本件において、被告は、共同発明者のひとりの同意なく出願していることを認識していたか、あるいは、少なくとも容易に認識できる状態にあったとの認定をしました。これは、冒認や共同出願違反の場合に特に生じやすい状況と考えられます。

被告は,本件発明がAとBによる共同発明であり,しかも,本件特許出願においてBを発明者の一人として掲げていたにもかかわらず,Bの同意を得ることなく本件特許を出願したものであるが,Bが被告に対し,本件発明に係る特許を,被告が単独で出願することについて明示の同意をしたことはないのであるから,本件各告知行為の時点において,本件特許出願に冒認出願若しくは共同出願違反の無効理由があることが明らかであり,被告は,本件特許出願に当たり,Bの同意を得ていないことを当然に認識していたか,少なくとも容易に認識し得る状況であったというべきである。

加えて、判決は、たとえ出願にかかる発明が単独発明だと思い込んでいたとしても、本件の状況であれば、無効理由の存在について検討不足であったと認定しています。

仮に被告が本件発明はAの単独発明であると信じていたか,又は,Bの黙示の同意があるものと信じていたとしても,Bが,本件特許出願に関し,発明者名の記載の順番にこだわっていたという事実,及び本件特許に対応する本件米国特許についてはBが譲渡書を提出せず,そのために米国においては被告とBの両者が権利者であるものとして特許出願したという経緯に照らせば,被告において,Bによる本件発明に対する寄与があること及びBに本件発明に係る特許を受ける権利を被告に譲渡する意思がないことは容易に推測できるというべきであるから,冒認出願という無効理由の有無について特許権者である被告が十分な検討をしていたということはできない。

さらに、被告が原告に送付した侵害警告は、話し合いに応じることなく、一方的に実施の中止を求めるもので、無効理由について検討不十分であったことを前提とすると、社会通念上相当とは言えない、と判断しています。

本件各告知は,原告に対してではなく,原告製品の販売業者であるバイオデントに対して直接原告製品の輸入及び販売の中止を求め,話し合いに応じることなく一方的に実施許諾を拒否する内容のものと認められるから,被告が本件特許権の無効理由の有無について十分な検討をしていなかったことを踏まえれば,本件各告知は,その内容や態様に照らし社会通念上相当ということはできない。

さらに、判決は、侵害警告がもたらす影響にかんがみると、侵害警告前に、発明の経緯などを調査すべき注意義務があったにもかかわらず、それをしなかったとしました。

そして,上記のとおり,被告は本件特許について冒認出願の無効理由があることを知り得たといえること及び本件各告知行為が,バイオデントによる原告製品①の日本国内での販売を中止させるという重大な結果を生じさせるものであることからすれば,被告には,本件各告知行為前に,Bに発明の経緯に係る事情や特許を受ける権利の譲渡に関する意向を確認するなどの調査をすべき義務があったというべきである。ところが,被告は何ら調査をすることなく,本件各告知行為に及んだ。

最後に、判決は、以上の検討を踏まえ、被告には過失があったと認定しています。

以上の事実を総合考慮すると,被告のバイオデントに対する本件各告知行為には,本件特許権に基づく権利行使の範囲を逸脱する違法があり,被告には,バイオデントに対し本件各告知による虚偽の事実の告知をしたことについて,少なくとも過失があるといわざるを得ない。

コメント

本判決は、侵害警告後に特許が無効とされた場合において、特許権者が不正競争防止法上の責任を負担するか否かにつき、判断枠組みを示したものとして意義があります。裁判所が示した枠組みは抽象的なものですが、権利行使を受ける側の事業活動の自由と、特許権者による権利行使への萎縮効果のバランスを取ろうとするものであり、有益な基準であると思われます。

具体的事例としてみると、本件は、冒認ないし共同出願違反という、特許権者自身の行為に起因する無効理由が問題とされたため、上記基準のもとで違法とされやすい事例であったと考えられます。特許要件や記載要件に関する無効理由について、そのまま判旨があてはまるとは思われませんが、例えば、自己実施が出願に先行した場合の公用の事例などでは同様の問題が生じることがあるかも知れません。物の発明の場合において、輸入業者や販売店など、メーカー以外に警告をする場合には意識しておきたい問題といえます。

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(文責・藤田)