知的財産高等裁判所第4部(菅野雅之裁判長)は、昨年(令和4年)12月26日、被控訴人(被告)による赤い靴底を有する女性用ハイヒールの製造販売等について、控訴人ら(原告ら)が不正競争防止法(不競法)2条1項1号の周知表示混同惹起行為及び同項2号の著名表示冒用行為に該当する旨を主張した事案において、周知表示混同惹起行為については、原告商品との混同のおそれがないとし、著名表示冒用行為については、著名性が認められないとして、原告らの請求を棄却した原審の東京地裁判決を維持しました。
結論としては、東京地裁も知財高裁も原告の請求を認めませんでしたが、周知表示混同惹起行為を否定するに際しては、東京地裁は、原告主張の表示(女性用ハイヒールの靴底に特定の赤色を付したもの)が「他人の商品等表示」に該当しないことを決め手としたのに対し、知財高裁は、「他人の商品等表示」に該当するか否かを判断するまでもなく原告商品との混同のおそれがないと述べており、その理由付けには大きな違いがあります。
著名な高級婦人靴ブランドの事案であり、また、色彩を含む商品形態の保護が不正競争訴訟として争われた貴重な先例であるため、ここに紹介します。
ポイント
骨子
- 被告商品と原告商品は、価格帯が大きく異なるものであって市場種別が異なる。また、女性用ハイヒールの需要者の多くは、実店舗で靴を手に取り、試着の上で購入しているところ、路面店又は直営店はいうまでもなく、百貨店内や靴の小売店等でも、その区画の商品のブランドを示すプレート等が置かれていることが多いので、ブランド名が明確に表示されているといえ、しかも、それぞれの靴の中敷きにはブランドロゴが付されていることから、仮に、被告商品の靴底に付されている赤色が原告表示と類似するものであるとしても、こうした価格差や女性用ハイヒールの取引の実情に鑑みれば、被告商品を「ルブタン」ブランドの商品であると誤認混同するおそれがあるといえないことは明らかというべきである。
- 仮に、被告商品の靴底に付された赤色が原告表示に類似するとしても、被告商品にはコラボレーション商品であることを示すようなロゴはないから、需要者が、被告商品が控訴人らのライセンス商品又は控訴人らとの間で何らかの提携関係を有する商品であると誤認混同するおそれがあるともいえない。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
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判決言渡日 | 令和4年12月26日 |
事件番号 | 令和4年(ネ)第10051号(原審・東京地方裁判所平成31年(ワ)第11108号) |
事件名 | 不正競争行為差止等請求控訴事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 菅野 雅之 裁判官 中村 恭 裁判官 岡山 忠広 |
解説
周知表示混同惹起行為
周知表示混同惹起行為とは、不正競争の1つであり、「他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」をいいます(不競法2条1項1号)。この行為を規制する趣旨は、商品又は営業の出所混同を防止し、業務上の信用を保護するとともに、需要者を保護することにあります。
この行為の成立要件は、以下のとおりです。
- 他人の商品等表示
- 需要者の間に広く認識されていること(周知性)
- 同一・類似の商品等表示(同一性・類似性)
- 商品等表示の使用又はそれを使用した商品の譲渡等
- 他人の商品・営業との混同又はそのおそれを生じさせること(出所混同のおそれ)
出所混同のおそれについては、同一主体であると誤認させる場合(狭義の混同)のみならず、関連企業であると誤認させる場合(広義の混同)が含まれます。
周知表示混同惹起行為によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、差止めを請求できます(不競法3条)。また、故意又は過失によりこの行為を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、損害賠償責任を負います(不競法4条)。
商品形態の商品等表示該当性
形状や色彩といった商品形態は、出所表示のために付される商品ブランドとは異なり、商品自体を構成する要素であるため、本来的には、出所表示となるものではありません。もっとも、一定の場合には、需要者が商品形態を見て当該商品の出所を認識するため、商品形態が出所表示(商品等表示)に該当することがあります。
この点について、知財高裁平成24年12月26日判決〔ペアルーペ〕は、以下のとおり、商品形態が商品等表示に該当するための要件として、①商品形態の特別顕著性と②長期間の独占的使用や極めて強力な宣伝広告等による周知性を挙げています。
……商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し,不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当するためには,①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性),かつ,②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され,又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により(周知性),需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていることを要すると解するのが相当である。
著名表示冒用行為
著名表示冒用行為とは、同じく不競法が規制する不正競争の1つであり、「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為」をいいます(不競法2条1項2号)。
この行為の成立要件は、以下のとおりです。
- 他人の商品等表示
- 商品等表示が著名であること(著名性)
- 自己の商品等表示としての使用
- 同一・類似の商品等表示(類似性)
- 商品等表示の使用、それを使用した商品の譲渡等
周知表示混同惹起行為とは異なり、著名表示冒用行為においては、著名性という周知性よりハードルの高い要件が存在する代わりに、出所混同のおそれは要件ではありません。著名表示冒用行為規制の目的は、出所混同の防止ではなく、著名表示とその主体との一対一の対応関係や著名表示のブランドイメージの希釈化(ダイリューション)や、著名表示が持つイメージの汚染(ポリューション)の防止にあります。
著名表示冒用行為によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、差止めを請求できます(不競法3条)。また、故意又は過失によりこの行為を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、損害賠償責任を負います(不競法4条)。
ルブタン商標事件知財高裁判決
本判決の関連事件として、知財高裁令和5年1月31日判決〔ルブタン商標〕(菅野雅之裁判長)があります。次の商標(女性用ハイヒール靴の靴底部分に付した赤色(PANTONE 18-1663TP)で構成され、破線は商標がどのように使用されるのかの一例を示したものであり、商標を構成する要素ではありません)の商標登録出願に関する拒絶査定不服審判において、拒絶審決がなされたため、出願人である原告が審決取消訴訟を提起したものです。
拒絶審決では、出願商標は商品の特徴(商品の色彩)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるから、商標法3条1項3号に該当し、かつ、使用の結果として、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識できるに至ったものとは認められず、商標法3条2項の要件を具備しないと判断されました。
(商標登録の要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一、二 (略)
三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
四~六 (略)
2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。
知財高裁は、商品の色彩は「取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、原則として何人も自由に選択して使用できるものとすべきであ」るなどと述べたうえで、以下のとおり、単一の色彩のみからなる商標の登録要件として、高度の自他商品識別力等の獲得(独占適応性)を要求しました。
こうした商標法3条2項の趣旨に照らせば、自由選択の必要性等に基づく公益性の要請が特に強いと認められる、単一の色彩のみからなる商標が同条同項の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に当たるというためには、当該商標が使用をされた結果、特定人による当該商標の独占使用を認めることが公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力等を獲得していること(独占適応性)を要するものと解するべきである。
その上で、知財高裁は、①出願商標の色彩及び色彩を付する位置がいずれもありふれたものか、普通のものであること、②一定の需要者には「靴底が赤い」女性用ハイヒール靴は原告ブランドを指すものと認識されているが、中敷きにある「Christian Louboutin」のロゴから出所が認識され得ること、③我が国において女性用ハイヒールの靴底に赤色を付した商品形態を原告が独占的に使用してきたものとは認められないこと、④原告が第三者に依頼して実施したアンケート調査(東京都等に居住し、特定のエリアでファッション製品を購入し、ハイヒール靴を履く習慣のある20歳~50歳の女性を対象としたもの)で出願商標を原告ブランドであると想起した回答者が51.6%程度にとどまること等から、出願商標が高度の自他商品識別力を獲得している(独占適応性がある)とは認められないと判断しました。
同判決の詳細は、平野潤「単一の色彩のみからなる商標の自他商品役務識別力に関する知的財産高等裁判所判決について (2)ルブタン商標事件」をご覧ください。
事案の概要
原告Xは、高級ファッションブランド「クリスチャン ルブタン」(以下「ルブタン」といいます)のデザイナーであり、ルブタンに関する知的財産権を有しています。また、原告会社は、婦人靴等のルブタンの商品の製造販売等を業とするフランス法人の会社であり、原告Xがその代表者を務めています。原告会社は、次のイラストの表示(女性用ハイヒールの靴底にパントン社が提供する色見本「PANTONE 18-1663TPG」〔以下「原告赤色」といいます〕を付したものであり、破線部分は含みません。以下「原告表示」といいます)を使用した商品(以下「原告商品」といいます)を製造販売等しています。
ルブタンの女性用ハイヒールは、以下の写真のとおり、いずれも革素材の靴底が原告赤色でラッカー塗装されています。
他方、被告は、婦人靴の販売等を業とする株式会社であり、遅くとも平成30年5月頃から、次の写真の商品(被告商品1)を含む自社製の女性用ハイヒール(以下「被告商品」といいます)を被告運営の通販サイト(以下「被告通販サイト」といいます)や店舗で販売しています。被告商品の赤色のゴム素材から成る靴底には金色で「EIZO」のロゴマークが付されています。
原告らは、被告商品は周知著名な原告表示と類似した商品等表示を使用した商品であり、被告商品の製造販売等が周知表示混同惹起行為(不競法2条1項1号)及び著名表示冒用行為(同項2号)に該当すると主張して、被告に対して差止め及び損害賠償を求めました。
しかし、原審の東京地裁は、主に原告表示が周知表示混同惹起行為における商品等表示に該当しないと述べて当該行為を否定するとともに、そうである以上は著名な商品等表示にも該当しないと述べて著名表示冒用行為も否定しました。原判決の詳細は、拙稿「女性用ハイヒールの靴底に特定の赤色を付すことが不正競争防止法上の商品等表示に該当しないとした『ルブタン』事件東京地裁判決について」をご覧ください。
これに対して原告らが控訴したため、本判決が言い渡されました。
判旨
混同の有無
周知表示混同惹起行為の成否について、知財高裁は、事案に鑑み、原告商品との混同の有無から検討しました。
まず、知財高裁は、原告商品と被告商品との価格差や女性用ハイヒールの取引の実情について、以下の事実を指摘しました。
- 原告商品と被告商品の主たる需要者層(20代~50代の女性)は同じ
- 一般的に、女性が靴を購入するときは、履き心地(フィット感)、色・形のデザイン性、歩きやすさ、値段といった点が着目され、実店舗で試着して購入することがほとんど
- 特に高級ブランド品を志向する者は、ハイヒールのブランドにも着目することがある
- 女性用ハイヒールの市場は、①高級ブランド品、②手ごろな価格帯のブランド品、③安価な無名品に大別される
- 原告表示が付される原告商品は、8万円~10万円超の高価格帯のハイヒールで、①高級ブランド品に分類され、靴底は革製で、光沢のあるラッカー塗装の赤色であり、中敷には「ルブタン」のブランドロゴが付されている
- 原告表示が付された原告商品は、路面店等において、「ルブタン」ブランドであることが一見してわかる販売形態がとられており、ECサイト等で販売される場合も商品画像とともに詳細説明が添えられている
- 被告商品は、1万6000円~1万7000円(税抜)のハイヒールで、②手ごろな価格帯のブランドに分類され、靴底はゴム製で、光沢のない赤色であり、中敷及び靴底には金色で「EIZO」のブランドロゴが付されている
- 被告商品は、百貨店等においては、「EIZO」のブランドプレート等がある区画で販売され、ECサイト等においては、ブランド名が明記され、商品画像とともに詳細説明が添えられている
その上で、知財高裁は、価格差、店頭におけるブランド名の表示、中敷のブランドロゴから、被告商品を「ルブタン」ブランドの商品と誤認混同するおそれはないと判断しました。
このように、被告商品と原告商品は、価格帯が大きく異なるものであって市場種別が異なる。また、女性用ハイヒールの需要者の多くは、実店舗で靴を手に取り、試着の上で購入しているところ、路面店又は直営店はいうまでもなく、百貨店内や靴の小売店等でも、その区画の商品のブランドを示すプレート等が置かれていることが多いので、ブランド名が明確に表示されているといえ、しかも、それぞれの靴の中敷きにはブランドロゴが付されていることから、仮に、被告商品の靴底に付されている赤色が原告表示と類似するものであるとしても、こうした価格差や女性用ハイヒールの取引の実情に鑑みれば、被告商品を「ルブタン」ブランドの商品であると誤認混同するおそれがあるといえないことは明らかというべきである。
また、普段は被告商品のような手ごろな価格帯の女性用ハイヒールを履く需要者の中には、場面に応じて原告商品のような高級ブランド品を購入することもあると考えられるが、こうした需要者は、原告商品が高級ブランド(控訴人らが主張するように「ルブタン」がラグジュアリーブランドであり、日本だけではなく世界中の著名人や芸能人が履くというイメージがあればなおさらである。)であることに着目し、試着の上で慎重に購入するものと考えられるから、被告商品が原告商品とその商品の出所を誤認混同されるおそれがあるとはいえない。
また、ECサイトにおける販売についても、商品画像があり、詳細説明においてブランドや靴の状態が説明されていることから、被告商品が原告商品と誤認混同されるおそれはないと判断しました。
なお、原告商品及び被告商品ともに、公式オンラインショップだけではなく、二次流通品を含め、ECサイトで販売されていることもあり、原告商品の二次流通品の中には価格帯が大きく下げられて販売されることもあるが、公式オンラインショップでの売上げ実績は全体の売上げ規模からして僅少であって(そのことは、需用者の多くが実際に商品を試着して購入していることを示すものである。)、それぞれのブランド専用のサイトであるし、また、公式オンラインショップ以外のサイトでは、商品の画像だけではなく、商品の詳細な説明において、ブランドや靴の状態が説明されているから、こうした流通形態があり、仮に、被告商品の靴底に付されている赤色が原告表示と類似するものであるとしても、被告商品が原告商品と誤認混同のおそれがあるとはいえない。
さらに、被告商品が控訴人ら(原告ら)との間で何らかの提携関係を有する者の商品であるという混同(広義の混同)のおそれについても、被告商品にはコラボレーション商品であることを示すようなロゴがないことを理由に、誤認混同のおそれはないと判断しました。
加えて、近時では、高価格帯のブランドが価格帯の異なるブランドとコラボレーションした商品が販売されることもあるが、その商品にはそれぞれのブランドのロゴが付されており……、その商品がコラボレーション商品であることが需用者にとって一目で分かるようになっている(そうでなければ、コラボレーション商品として企画し、販売する意味はないともいえよう。)。そうすると、仮に、被告商品の靴底に付された赤色が原告表示に類似するとしても、被告商品にはそうしたコラボレーション商品であることを示すようなロゴはないから、需要者が、被告商品が控訴人らのライセンス商品又は控訴人らとの間で何らかの提携関係を有する商品であると誤認混同するおそれがあるともいえない。
以上から、知財高裁は、仮に被告商品の靴底に付された赤色が原告表示に類似するとしても、広義の混同を含む誤認混同のおそれがなく、周知表示混同惹起行為は成立しないと判断しました。
原告表示の周知著名性
知財高裁は、一定の需要者には「靴底が赤い」女性用ハイヒールは「ルブタン」ブランドを指すものと認識されていることを認めつつ、以下の点を指摘しました。
- 靴底が赤色の女性用ハイヒールは、原告商品以外にも少なからず我が国において流通しており、女性用ハイヒールの靴底に赤色を付した商品形態を控訴人ら(原告ら)が独占的に使用してきたものとはいえない
- 本件アンケート(原告らが第三者に依頼したアンケート調査)において、原告表示を「ルブタン」ブランドであると想起した回答者が6%にとどまる
以上から、知財高裁は、原告表示が著名なものに至っているとまでは評価できず、著名表示冒用行為も成立しないと判断しました。
コメント
東京地裁も結論としては原告らの請求を棄却しましたが、その理由付けにおいては、原告表示が「商品等表示」に該当するか否かを主に検討していました。その際、東京地裁は、特別顕著性と周知性という実務上定着していた判断基準に加え、「商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合」の判断基準を示し、これが原判決の構造を複雑なものにしていました(原判決に対する「コメント」参照)。
これに対し、知財高裁は、周知表示混同惹起行為については、出所混同のおそれがないとして結論を導いています。この点について、東京地裁も「いわゆる高級ブランドである原告商品のような靴を購入しようとする需要者は、その価格帯を踏まえても、商品の形態自体ではなく、商標等によってもその商品の出所を確認するのが通常であって、原告商品、被告商品とも、中敷や靴底にブランド名のロゴが付されているのであるから、需要者は当該ロゴにより出所の違いを十分に確認することができる」と述べ、補足的に出所混同のおそれも否定していました。知財高裁は、端的に出所混同のおそれを検討することにより、東京地裁が独自に示した判断基準の当否に立ち入らないようにしたものと考えられます。
文字や図形によるマークの事案と異なり、原告が色彩のみからなる表示の冒用を主張する場合には、被告が自己のブランドを示すマークを商品に併せて使用していることが少なくありません。その場合には、需要者が当該マークを見ないで商品を購入するのが通常であるといえる商品は別として、本件のように、商品等表示該当性の議論に立ち入るまでもなく、出所混同のおそれがないとして、周知表示混同惹起行為が否定される可能性があります。このような観点から見れば、本件のような事案では、出所混同のおそれを要件としない著名表示冒用行為の成否が紛争の実質であるといえるかもしれません。
前記のとおり、本判決後に言い渡されたルブタン商標事件知財高裁判決では、原告表示について商標法3条2項による商標登録が認められませんでした。同項にいう「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」と、不競法における周知又は著名な商品等表示とは、もとより別個の概念ではありますが、ルブタン商標事件で知財高裁が求めた「高度の自他商品識別力」が「出所表示として全国的に認識されていること」を含意するのであれば(例えば知財高裁平成18年11月29日〔ひよ子立体商標〕は商標法3条2項が要求する周知性の有無は日本全体を基準として判断すべき旨を述べています)、原告表示について著名性が認められない以上、商標登録も否定されるのはやむを得ないものといえます。
ちなみに、その後に言い渡された東京地裁令和5年3月24日判決〔Dr. Martens〕では、英国のブーツブランド「Dr. Martens」の「黄色いステッチ」が周知表示混同惹起行為にいう「商品等表示」に該当すると判断されました。本件との違いは、具体的な商品名で販売されているブーツの特定の黄色いステッチが原告の表示として主張されたこと(本件では、女性用ハイヒールの靴底に付されること以外に原告表示に関する形態が特定されていません)、昭和60年から令和2年までの間にこのような形態上の特徴を有する靴製品が販売されていたことを認めるに足りる証拠はないこと等にあるものと思われます。
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(文責・溝上)