知的財産高等裁判所第1部(大鷹一郎裁判長)は、本年(令和4年)2月22日、除斥期間経過後に請求された商標法4条1項15号に基づく登録無効審判について、除斥期間の例外の要件となる「不正の目的」による商標登録についての認定判断を示す判決をしました。特に目新しい判示事項があるわけではありませんが、具体的な認定判断の手法については実務上参考になると思われるため、紹介します。

なお、この事件において、被告(商標権者)は、登録無効審判について、請求を認諾する趣旨の答弁をし、事実関係についても積極的に争っていませんでした。また、審判請求を受けた後に権利を放棄しています。

特許庁は、その上で審理を進め、除斥期間の経過を理由に原告の請求を却下し、また、同時に請求されていた商標法4条1項7号に基づく登録無効審判についても、不成立審決をしています。本訴訟は、この審決に対する取消訴訟におけるもので、審理に際し、やはり被告は積極的に争ってはいなかったようですが、判決は、原告の請求を棄却しました。処分権主義や弁論主義といった原則が適用されない特許庁の審判の考え方が現れたものといえます。

ポイント

骨子

  • 本件商標の動物図形と引用商標は,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,その基本的姿勢等に似通った点があることから,本件商標に接した需要者は,本件商標の動物図形は引用商標を模倣したものと連想,想起するものと一応いい得るが,「JUMPINGSHI-SA」の文字部分があることによって,本件商標の動物図形からは,引用商標から生じる「PUMA」ブランドの観念や「プーマ」の称呼は生じないものと認められること・・・に照らすと,本件商標の動物図形は引用商標を模倣したものと連想,想起するからといって,被告が本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたことについて,周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させる「不正の目的」があったものと認めることはできない。
  • 本件商標と被告標章の外観は,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,その基本的姿勢等に似通った点があるものの,被告標章には本件商標において大きな構成部分である文字部分を有していないという顕著な相違があり,両商標は,外観,称呼及び観念において異なり,類似しないことに照らすと,原告が主張する被告による被告標章の商標登録の無効審決の確定後の被告標章の使用及びアダルトグッズへの被告標章の使用の事実があるからといって,被告が本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたことについて,周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させ,又はその名声を毀損させる「不正の目的」があったものと認めることはできない。
  • 被告作成の上申書には,「被請求人は,請求人の主張を認め,請求の趣旨に対し,請求人が主張するとおりの審決がなされ,本件商標権が遡及消滅することを争わない。」との記載があるが,上記記載中の「請求人の主張を認め」にいう「請求人の主張」を基礎づける具体的な事実が特定されていないから,上記記載をもって被告が具体的事実について自白したものと認めることはできないのみならず,具体的事実を証明する供述証拠として評価することもできない。また,上記記載中の「請求の趣旨に対し,請求人が主張するとおりの審決がなされ…争わない。」との部分は請求の認諾の趣旨のものとうかがわれるが,商標登録無効審判においては請求の認諾はできないから,上記部分を斟酌することはできない。
  • 本件商標は,『プーマ』など,動物(生物)をモチーフにしたデザインを参考にして『シーサー』を表現する意図で作成されたものとうかがわれるから,被告が周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させる「不正の目的」で本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたことを認め,あるいはこれを裏付ける趣旨の記載であると評価することはできない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和4年2月22日
事件番号
事件名
令和3年(行ケ)第10101号
審決取消請求事件
対象商標登録 商標登録第4992824号
原審決 特許庁無効2020-890043号
裁判官 裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 小 林 康 彦
裁判官 小 川 卓 逸

解説

商標登録とは

商標とは、商品や役務(サービス)に用いる標章(マーク)で、商標登録とは、商標と、その商標を用いる商品や役務(それぞれ「指定商品」、「指定役務」と呼ばれます。)を組み合わせて特許庁に登録することをいいます。特許庁で商標登録を受けるためには、所定の願書及び添付書類を提出して商標登録出願をする必要があります。

商標登録出願の結果、商標権の設定登録がなされると、出願人は商標権を持ち、商標権社として自ら登録商標を指定商品・役務について使用することができる専用権を取得するほか、他人が、商標権者の許諾なく、登録商標と同一または類似の商標を指定商品・役務と同一または類似の商品・役務について使用することを禁止する禁止権を行使することができるようになります。

商標審判とは

商標審判の意味と種類

商標審判とは、商標登録出願手続における特許庁の処分や商標登録の消長について特許庁の判断を受ける行政審判手続の総称で、大きく以下の4種類に分かれます。

  • 拒絶査定不服審判(商標法44条)
  • 補正却下不服審判(商標法45条)
  • 登録無効審判(商標法46条)
  • 取消審判(商標法50条ないし53条の2)
査定系審判と当事者系審判

上述の4種類の審判のうち、拒絶査定不服審判と補正却下不服審判の2つは、出願手続における特許庁の処分について出願人が争うもので、出願人と特許庁の間で審理が行われます。このように、出願人と特許庁の間で審理が行われる審判は、「査定系審判」と呼ばれます。

他方、登録無効審判と取消審判の2つは、商標登録後に、第三者の請求により、商標登録を無効にし、または取り消す審判で、訴訟と同様に、当該第三者と商標権者との間で攻防がなされることによって審理が進められます。このように、対立当事者間で審理が行われる審判は、「当事者系審判」と呼ばれます。

登録無効審判とは

登録無効審判の意味と無効理由

商標法における登録無効審判は、上述の当事者系審判のひとつで、一定の事由を要件として、商標登録を無効にする審判です。

商標権の設定登録がなされた後に、これを抹消する審判手続としては、登録無効審判と取消審判の2種類がありますが、請求の原因となる事由が異なり、登録無効審判における無効理由については、商標法46条1項が以下のとおり規定しています。

(商標登録の無効の審判)
第四十六条 商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において、商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては、指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。
 その商標登録が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第一項、第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定に違反してされたとき。
 その商標登録が条約に違反してされたとき。
 その商標登録が第五条第五項に規定する要件を満たしていない商標登録出願に対してされたとき。
 その商標登録がその商標登録出願により生じた権利を承継しない者の商標登録出願に対してされたとき。
 商標登録がされた後において、その商標権者が第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定により商標権を享有することができない者になつたとき、又はその商標登録が条約に違反することとなつたとき。
 商標登録がされた後において、その登録商標が第四条第一項第一号から第三号まで、第五号、第七号又は第十六号に掲げる商標に該当するものとなつているとき。
 地域団体商標の商標登録がされた後において、その商標権者が組合等に該当しなくなつたとき、又はその登録商標が商標権者若しくはその構成員の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているもの若しくは第七条の二第一項各号に該当するものでなくなつているとき。
(略)

請求人適格

登録無効審判を請求することができるのは、以下の商標法46条2項により、利害関係人に限られています。

第四十六条 (略)
 前項の審判は、利害関係人に限り請求することができる。
(略)

取消審判は、商標法53条の2の審判を除いて何人も請求できるため、この点も、両制度の相違点ということができます。

商標権消滅後の審判請求

登録無効審判は、以下の商標法46条3項に定めるとおり、商標権が消滅した後でも請求することができます。

第四十六条 (略)
 第一項の審判は、商標権の消滅後においても、請求することができる。
(略)

商標権侵害行為があった後に権利放棄などの理由で商標権が消滅した場合、たとえその商標登録に無効理由があったとしても、消滅前の侵害行為について、損害賠償などの法的責任が当然に消滅するわけではありません。こういった責任を否定するためには、登録無効審判において無効審決を得て、その商標権が初めから存在しなかったものとみなす必要があるため、商標権が消滅しても、登録無効審判を請求する利益が認められる場合があります。なお、そういった利益が全く認められないのに登録無効審判を請求した場合には、利害関係がないことになるため、前述の請求人適格を欠くものとして、審判請求が却下されます。

商標審判と処分権主義・弁論主義

民事訴訟においては、処分権主義や弁論主義といった原則が存在します。処分権主義とは、訴えの範囲、消長について、当事者が決定権限を持つ、という考え方であり、弁論主義とは、訴えの基礎となる主要事実の主張・立証の決定権限を当事者が持つ、という考え方です。

これらの原則のもと、民事訴訟の被告は、訴えを争うこともできれば、認めること(請求の認諾)もでき、また、原告が主張する請求の原因を否認することもできれば、これを認めること(自白)もできます。被告が訴えを認諾したときは、それによって訴訟は終了し、認諾を調書に記載すると、確定判決と同一の効力を生じます(民事訴訟法267条)。また、原告の主張事実について自白をしたときは、裁判所は、事実の認定において自白に拘束され、異なる認定をすることは許されません(同法179条)。

他方、商標審判をはじめとする産業財産法制上の審判については、認諾の制度がなく、また、自白の拘束力も認められていません。具体的には、商標法は、審判手続について特許法の規定を準用し、さらに、特許法は、民事訴訟法の規定を数多く準用していますが、認諾や自白に関する規定は準用されておらず、これらの制度の適用はないものと解されています。

このような相違は、民事訴訟法が特定の当事者間の権利義務の存否やその範囲を確定し、紛争を解決することを目的とするのに対し、商標審判は、商標権という対世的効力を持つ権利の消長を問題とするものであり、また、当事者系の審判であっても、特許庁による行政処分を求めるものである点において、審理判断の内容を当事者には委ねられないことに由来するものと考えられます。

無効審決確定の効果

登録無効審判において、商法登録を無効にすべき旨の審決が確定すると、商標権は、原則として、初めから存在しなかったものとみなされます。例外として、事後的に無効理由が生じた場合(「商標登録が前条第一項第五号から第七号までに該当する場合」)には、無効の効果は登録時に遡及せず、無効理由が生じたときから存在しなかったものとみなされます。

第四十六条の二 商標登録を無効にすべき旨の審決が確定したときは、商標権は、初めから存在しなかつたものとみなす。ただし、商標登録が前条第一項第五号から第七号までに該当する場合において、その商標登録を無効にすべき旨の審決が確定したときは、商標権は、その商標登録が同項第五号から第七号までに該当するに至つた時から存在しなかつたものとみなす。
(略)

なお、取消審判においては、審決が確定することによって、それ以降商標権が消滅します(商標法54条1項。ただし、商標の不使用を理由とする取消審判については、同条2項により、審判請求の登録があった日に商標権が消滅したものとみなされます。)。そのため、登録無効審判において、無効審決の確定により初めから商標権がなかったものとみなされるのも、取消審判との相違といえます。

商品・役務の混同のおそれと登録無効審判

商標法4条1項15号

商標法4条1項は、商標登録を受けることができない商標について規定しており、同項15号は、その1つとして、以下のとおり、「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)」を定めています。

(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)
(略)

ここで、括弧書部分に記載された「第十号から前号までに掲げるもの」は、具体的には以下に引用するとおりで、いずれも他人の周知商標その他のマークと同一または類似の場合が挙げられています。

(商標登録を受けることができない商標)
第四条 (略)
 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
十一 当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
十二 他人の登録防護標章(防護標章登録を受けている標章をいう。以下同じ。)と同一の商標であつて、その防護標章登録に係る指定商品又は指定役務について使用をするもの
十三 削除
十四 種苗法(平成十年法律第八十三号)第十八条第一項の規定による品種登録を受けた品種の名称と同一又は類似の商標であつて、その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
(略)

他方、上述のとおり、商標法4条1項15号は、同一性や類似性ではなく、混同のおそれを要件としていますので、その趣旨としては、他人の商標等と同一または類似でない商標であっても、なお商品や役務の出所に混同が生じる恐れがあるときは、商標登録を許さないことにあるといえます。

この無効理由が認められ、審決が確定したときには、上述の商標法46条の2本文により、商標権は、初めから存在しなかったものとみなされます。

混同とは

商標法解釈の文脈における「混同」の意味については、一般に、「商標が用いられる商品・役務の出所が同一であると誤認されること」という「狭義の混同」と、「商品・役務の出所が同一ではないが、親子会社、系列会社等の緊密な営業上の関係や、同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にあると誤認されること」という「広義の混同」があるといわれています。

この点、最高裁判所は、商標法4条1項15号の「混同」には、狭義の混同と広義の混同の双方が含まれると解し、当該商品役務の取引者・需要者の通常の注意力を基準に、取引の実情を含む各種考慮要素に鑑みて、上記意味での「混同」が生じるかを判断するものとしています(最判平成12年7月11日民集54巻6号1848頁「レールデュタン」事件)。特許庁の商標審査基準も、この最高裁判決に依拠しつつ、さらに考慮要素を詳細にした判断基準を設けています。

以上については、「すしざんまい」事件知財高裁判決の解説もご覧ください。

登録無効審判における除斥期間

商標審判における除斥期間とは

登録無効審判における無効理由は上述のとおりですが、一部の無効理由については、以下の商標法47条により、登録無効審判を請求することができる期間が商標権の設定登録から5年に限られています。このような審判請求期間の制限は、「除斥期間」と呼ばれています。

第四十七条 商標登録が第三条、第四条第一項第八号若しくは第十一号から第十四号まで若しくは第八条第一項、第二項若しくは第五項の規定に違反してされたとき、商標登録が第四条第一項第十号若しくは第十七号の規定に違反してされたとき(不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除く。)、商標登録が同項第十五号の規定に違反してされたとき(不正の目的で商標登録を受けた場合を除く。)又は商標登録が第四十六条第一項第四号に該当するときは、その商標登録についての同項の審判は、商標権の設定の登録の日から五年を経過した後は、請求することができない。
 商標登録が第七条の二第一項の規定に違反してされた場合(商標が使用をされた結果商標登録出願人又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものでなかつた場合に限る。)であつて、商標権の設定の登録の日から五年を経過し、かつ、その登録商標が商標権者又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その商標登録についての第四十六条第一項の審判は、請求することができない。

商標法4条1項15号と除斥期間の例外

商標法4条1項15号に基づく登録無効審判の請求については、上の同法47条1項により、5年の除斥期間の適用を受けますが、同項括弧書きで、「不正の目的で商標登録を受けた場合を除く。」と規定されています。つまり、混同のおそれのある商標登録については、除斥期間経過後であっても、その商標登録が「不正の目的」でなされたものであることを証明すれば、なお登録無効審判を請求することができることとなります。

商標登録と不正の目的

商標法における「不正の目的」は、以下のとおり、同法4条1項19号において、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。」と定義されています。

(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
十九 他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)
(略)

この規定と除斥期間に関する商標法47条1項を併せ読むと、除斥期間経過後に、商標法4条1項15号に基づく登録無効審判を適法に請求するためには、混同のおそれの立証以前に、不正の目的の存在、すなわち、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」で商標登録を受けたものであることを証明することが求められることとなります。

審決取消訴訟とは

特許庁における審決に不服があるときは、その取消しを求めて裁判所に訴えることができます。審決の取り消しを求める訴訟は、審決取消訴訟と呼ばれ、知的財産高等裁判所が審理します。

審決取消訴訟で審決が取り消されると、特許庁は、再び審理して審決をすることになりますが、その際には、審決取消訴訟の判決の理由中の判断に拘束されることになるため、判決と矛盾する審決をすることはできません。

事案の概要

原告と引用商標

本訴訟の原告は、スポーツ用品で有名なドイツ企業であるプーマで、以下の商標登録を受けていました。判決中で、この商標は、「引用商標」と称されています。
 
 

  • 登録第4637003号商標
  • 登録出願日 平成14年4月24日
  • 設定登録日 平成15年1月17日
  • 指定商品 第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」
被告と本件商標

他方、被告は、平成17年12月19日、以下の商標について、指定商品を第25類「Tシャツ、帽子」として商標登録出願をし、平成18年9月4日、登録査定を受け、同年10月6日、商標権の設定登録を受けていた個人です。判決中で、この商標は「本件商標」と呼ばれ、この商標について設定登録を受けた商標権は「本件商標権」と呼ばれています。
 
 

  • 登録第4992824号商標
  • 登録出願日 平成17年12月19日
  • 設定登録日 平成18年10月6日
  • 指定商品 第25類「Tシャツ,帽子」
登録無効審判とその審決

原告は、令和2年6月1日、本件商標の指定商品中、「沖縄の観光土産用又は沖縄をイメージしたTシャツ、その他のTシャツ、沖縄の観光土産用又は沖縄をイメージした帽子、その他の帽子」の商標登録について、本件商標が商標法4条1項7号及び15号に該当することを無効理由として商標登録無効審判(無効2020-890043号)を請求しました。判決中で、上記の各指定商品は「本件指定商品」と呼ばれ、また、この登録無効審判は、「本件審判」と呼ばれています。

被告(被請求人)は、本件審判において、令和2年9月28日付け上申書を提出し、「被請求人は、請求人の主張を認め、請求の趣旨に対し、請求人が主張するとおりの審決がなされ、本件商標権が遡及消滅することを争わない。」という答弁をし、令和2年9月29日の受付にて、本件商標権について、商標権の放棄による登録の抹消をしました。もっとも、上述のとおり、商標権が消滅しても登録無効審判の請求をすることはできるため、これによって審判が不適法になるわけではありません。

争点及び審決の判断

本件審判は、商標権の設定登録から5年経過後に請求されたものであるため、商標法4条1項15号に基づく登録無効審判との関係では、商標法47条1項括弧書きの「不法の目的」の有無が問題となりました。

特許庁は、令和3年8月31日、本件商標が「不正の目的」で登録されたものとは認められないとして、商標法4条1項15号を理由とする審判請求を却下しました。また、同項7号を理由とする審判請求については、請求が成り立たないとする審決をしています。

本訴訟の提起

上記審決を受けて、原告は、令和3年8月31日、審決取消訴訟を提起しました。判決を見る限り、「原告の主張」は現れるものの、「被告の主張」の記載がないため、被告は、本訴訟でも積極的に原告の主張を争ってはいなかったものと思われます。

以下、本稿では、商標法4条1項7号や15号の適否といった無効理由の実体的問題には触れず(15号については、実体判断が行われていません。)、除斥期間の成否に関する「不法の目的」の認定判断について解説します。

背景事情

なお、背景事情として、本件の被告は、かつて下記商標についても登録を受けていました。
 
 

  • 登録第5392943号商標
  • 登録出願日 平成20年4月12日
  • 設定登録日 平成23年2月25日
  • 指定商品 第25類「Tシャツ,帽子」

この商標登録について、原告は、「混同を生ずるおそれ」を理由に登録無効審判を請求したところ、特許庁は、原告の主張を排して不成立審決をしましたが、知的財産高等裁判所は、平成31年3月26日、混同のおそれありとして審決を取り消し、特許庁は、改めて無効審決をし、令和元年9月2日に当該審決が確定しています。原告は、この商標について混同のおそれが認められていたことを、本件における「不正の目的」の論拠のひとつとして主張しています。なお、判決中で、この商標については、「被告標章」と呼ばれています。

判旨

原告の主張

原告は、「不正の目的」に関し、以下の各事情を総合考慮すれば、被告は、周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし、その出所表示機能を希釈化させ、又はその名声を毀損させる「不正の目的」で本件商標の登録出願をし、その商標登録を受けたものであると主張していました。

① 引用商標の周知・著名性と本件商標との類似性(本件商標の動物図形と原告の業務に係る周知著名な引用商標には高い類似性があり、本件商標と引用商標が同一又は類似の商品に使用された場合、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあること)

② 被告標章無効審決確定後の使用及びアダルトグッズへの使用(被告による被告標章の商標登録の無効審決の確定後の被告標章の使用及びアダルトグッズへの被告標章の使用の事実があること)

③ 被告の自白等(本件審判において、被告の自白をもとに、被告の不正の目的を推認させる事情を原告が具体的かつ詳細に立証した後、被告がこれに争わない意向を表明した経緯があること)

商標の対比

判決は、まず、本件商標と引用商標を対比し、両者は、外観、称呼及び観念のいずれも異なるとして、類似性を否定しました。この判断に大きく影響したのは、判決が、両者を対比するにあたり、本件商標から動物を模した図形部分のみを切り出して対比することはできず、文字部分も含めて一体的に対比すべきであるとした点にあります。以下では、結論部分について判旨を引用します。

本件商標と引用商標を対比すると,本件商標と引用商標の外観は,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,その基本的姿勢等に似通った点があるものの,引用商標には本件商標において大きな構成部分である文字部分を有していないという顕著な相違があり,両商標の外観は明らかに異なること,本件商標から「ジャンピングシーサーオキナワンオリジナルガーディアンシシドッグ」の称呼が生じ,沖縄の伝統的な獅子像である「跳躍するシーサー」の観念が生じるのに対し,引用商標からは,「プーマ」の称呼が生じ,「PUMA」ブランドの観念が生じるから,両商標は,称呼及び観念において異なるものである。

以上のとおり,本件商標と引用商標とは,外観,称呼及び観念のいずれにおいても異なるものであり,本件商標と引用商標が本件指定商品に使用されたとしても,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるものと認めることはできないから,本件商標と引用商標は,類似しない。

不正の目的について

以上を前提に、判決は、まず、原告の主張①(引用商標の周知・著名性と本件商標との類似性)について、以下のとおり、原告の商標の周知・著名性は認めつつも、本件商標との間に類似性はなく、また、需要者が本件商標から原告の商標を連想することはあっても、原告のブランドの観念や「プーマ」の称呼は生じないから、不正の目的があったとは認められないとしました。

①については,引用商標は原告の業務に係る周知著名な商標ではあるが,前記・・・認定のとおり,本件商標と引用商標とは,外観,称呼,観念のいずれにおいても異なり,本件商標と引用商標は,類似しない。

また,本件商標の動物図形と引用商標は,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,その基本的姿勢等に似通った点があることから,本件商標に接した需要者は,本件商標の動物図形は引用商標を模倣したものと連想,想起するものと一応いい得るが,「JUMPINGSHI-SA」の文字部分があることによって,本件商標の動物図形からは,引用商標から生じる「PUMA」ブランドの観念や「プーマ」の称呼は生じないものと認められること・・・に照らすと,本件商標の動物図形は引用商標を模倣したものと連想,想起するからといって,被告が本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたことについて,周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させる「不正の目的」があったものと認めることはできない。

また、判決は、原告の主張②(被告標章無効審決確定後の使用及びアダルトグッズへの使用)についても、両商標の間に類似性がないことから、不正の目的は認められないとしました。

本件商標と被告標章の外観は,四足動物が右から左に向けて跳び上がるように前足と後足を大きく開いている様子が側面から見た姿でシルエット風に描かれている点で共通し,その基本的姿勢等に似通った点があるものの,被告標章には本件商標において大きな構成部分である文字部分を有していないという顕著な相違があり,両商標は,外観,称呼及び観念において異なり,類似しないことに照らすと,原告が主張する被告による被告標章の商標登録の無効審決の確定後の被告標章の使用及びアダルトグッズへの被告標章の使用の事実があるからといって,被告が本件商標の登録出願をし,その商標登録を受けたことについて,周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させ,又はその名声を毀損させる「不正の目的」があったものと認めることはできない。

原告の主張③(被告の自白等)について、判決は、まず、被告が「被請求人は,請求人の主張を認め,請求の趣旨に対し,請求人が主張するとおりの審決がなされ,本件商標権が遡及消滅することを争わない。」との上申をした点について、自白が成立するほど被告の主張は具体的に特定されておらず、また、証拠にもならないとし、また、「請求の趣旨に対し,請求人が主張するとおりの審決がなされ…争わない。」との答弁をした点について、商標審判においては請求の認諾はできないことを理由に、この答弁を斟酌することはできないとしました。

被告作成の令和2年9月28日付け上申書(甲104)には,「被請求人は,請求人の主張を認め,請求の趣旨に対し,請求人が主張するとおりの審決がなされ,本件商標権が遡及消滅することを争わない。」との記載があるが,上記記載中の「請求人の主張を認め」にいう「請求人の主張」を基礎づける具体的な事実が特定されていないから,上記記載をもって被告が具体的事実について自白したものと認めることはできないのみならず,具体的事実を証明する供述証拠として評価することもできない。また,上記記載中の「請求の趣旨に対し,請求人が主張するとおりの審決がなされ…争わない。」との部分は請求の認諾の趣旨のものとうかがわれるが,商標登録無効審判においては請求の認諾はできないから,上記部分を斟酌することはできない。

上記認定判断のうち、前段については、事実の具体性を問題とするまでもなく、商標審判では自白の拘束力が認められず、また、そもそも除斥期間という審判の要件にかかる事実については、民事訴訟においても弁論主義の適用を受けないという点で原告の主張を排斥することも可能であったとは思われますが、当該供述に証拠価値がないことを判示することに主眼があったのかも知れません。

その上で、判決は、以下のとおり、証拠に現れた本件商標の制作の経緯について検討し、プーマは意識されていたものの、「『プーマ』など,動物(生物)をモチーフにしたデザインを参考にして『シーサー』を表現する意図で作成されたものとうかがわれる」とし、原告の商標の顧客誘引力にフリーライドするなどしようとしたとは認められないとして、不正の目的を否定しました。

被告作成の平成19年9月12日付け「商標登録第5040036号について①」と題する書面(甲41)には,商標の制作経緯等に関し,「2003年(平成15年)年末ごろ,弊社も新アイテムとして『シーサー』を分かりやすく,そして現代の若者にも受け入れられるデザインをコンセプトにしようと改めてデザインを構想しました。2004年(平成16年)3月ごろ,コンセプトであげた『分かりやすく・シンプルに』と言うことでデザインに当時では珍しいピクトグラム(道路標識や公共施設,非常口など図柄だけで意味を表現するデザイン)を取り入れてはどうか?と,社内で議論しました。そこで,(スポーツブランド)にはシンプルなデザイン(ロゴ)が多数使用されていたことから世界的に有名な『ラコステ』『ポロ・ラルフローレン』『マンシングウェア』『プーマ』など,動物(生物)をモチーフにしたデザインを参考にして図③のように大まかなデザインができあがりました。空想上の生物なので,伝統工芸の焼き物や民芸雑貨などをシルエット(影)にしてみたものの形状はまだ複雑でシンプルを追求すると(プーマ)風なデザインになっていました。しかし,デザイン(ロゴ)だけでは『シーサー』を表現していると誰も気づかないのでは?等の意見もあり,前述で述べた『獅子面T-シャツ』のように文字(読み方・言い方)をデザインに組み合わせてはどうか?ということで図④になりました」,「その後,何度かデザインを変更して図⑤~⑦を経て現在は図⑧(平成17年から発売)になっています。」との記載がある。しかし,上記記載中の「『プーマ』など,動物(生物)をモチーフにしたデザインを参考にし」た,「(プーマ)風なデザインになっていました」旨の部分は,これに引き続きく「デザイン(ロゴ)だけでは『シーサー』を表現していると誰も気づかないのでは?等の意見もあり,前述で述べた『獅子面T-シャツ』のように文字(読み方・言い方)をデザインに組み合わせてはどうか?ということで図④になりました」との部分と併せて読めば,本件商標(図⑥)は,『プーマ』など,動物(生物)をモチーフにしたデザインを参考にして『シーサー』を表現する意図で作成されたものとうかがわれるから,被告が周知著名な引用商標に化体した顧客吸引力にただ乗りし,その出所表示機能を希釈化させる「不正の目的」で本件商標(図⑥)の登録出願をし,その商標登録を受けたことを認め,あるいはこれを裏付ける趣旨の記載であると評価することはできない。

したがって,上記書面から,被告に上記「不正の目的」があったものと認めることはできない。

以上の認定判断の結果、判決は、原告の請求を棄却しました。

コメント

本判決は、実体面では、主に商標に類似性がないことからフリーライドの目的が認められないとして、「不正の目的」を否定したものといえます。その意味で、実質的な争点は類似性判断にあったといえそうですが、フリーライドを理由に「不正の目的」を認定しようとすれば、類似性が大きな要素になることは避けにくいものと思われるため、除斥期間経過後においては、商標法4条1項15号による登録無効審判の請求は、同項10号ないし14号と争点が重複することになりそうです。ちなみに、同項10号ないし14号に基づく登録無効審判のうち、除斥期間の例外があるのは10号のみで、その適用を受けるためには、同法47条1項に基づき、「不正競争の目的」の立証が必要になります。

審理経過に目を向けると、本件の商標権者(被告)は、審判段階で実質的に請求を認諾する趣旨の答弁をし、事実関係も争わず、また、登録無効審判請求後に商標権も放棄していましたが、なお審判請求人の請求は、審判でも訴訟でも否定されています。

プーマ社が被告の商標権の侵害行為をしていたとは考えられないため、被告が商標権を放棄した以上、プーマ社がさらに登録無効審判によって遡及的に商標権を消滅させる実益はなく、プーマ社の目的は、商標権の放棄によって達成されていたものと考えることもできます。それでも同社が訴訟提起した背景として、プーマ社とこの被告との間には、判決中で引用されている過去の登録無効審判の他にも商標をめぐる争いがあったようで(こちらでも関連事案として紹介しています。)、両者間には、長らく確執があった可能性があります。

判決の内容については、特に目新しい判示事項があるわけではありませんが、具体的な認定判断は実務上参考になると思われます。上記のような事情から、商標権者が争わず、また、商標権が放棄されてもなお訴訟が提起されている点で、判決の結論が関係者の利害に影響せず、むしろ、請求を棄却する上でごく客観的な判断がなされやすい状況であったとも考えられます。

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(文責・飯島)