大阪地方裁判所第21民事部(谷有恒裁判長)は、令和3年9月28日、他社の特許権を侵害した会社の代表取締役及び取締役について、会社法429条1項に基づき、特許権を侵害された他社に対し損害賠償責任を負うとの判断を示しました。本判決は、特許権侵害事案における取締役の善管注意義務の内容を具体的に示した上、取締役らによる第三者への損害賠償責任を認めた珍しい判決であり、実務上重要であるため、紹介します。

ポイント

骨子

  • 会社の取締役は,その善管注意義務の内容として,会社が第三者の特許権侵害となる行為に及ぶことを主導してはならず,また他の取締役の業務執行を監視して,会社がそのような行為に及ぶことのないよう注意すべき義務を負うということができる。
  • 自社の行為が第三者の特許権侵害となる可能性のあることを指摘された取締役としては,侵害の成否又は権利の有効性についての自社の論拠及び相手方の論拠を慎重に検討した上で,侵害の成否または権利の有効性については,公権的判断が確定するまではいずれとも決しない場合があること,その判断が自社に有利に確定するとは限らないこと,正常な経済活動を理由なく停止すべきではないが,第三者の権利を侵害して損害賠償債務を負担する事態は可及的に回避すべきであり,仮に侵害となる場合であっても,負担する損害賠償債務は可及的に抑制すべきこと等を総合的に考慮しつつ,当該事案において最も適切な経営判断を行うべきこととなり,それが取締役としての善管注意義務の内容をなすと考えられる。
  • 具体的には,①非侵害又は無効の判断が得られる蓋然性を考慮して,実施行為を停止し,あるいは製品の構造,構成等を変更する,②相手方との間で,非侵害又は無効についての自社の主張を反映した料率を定め,使用料を支払って実施行為を継続する,③暫定的合意により実施行為を停止し,非侵害又は無効の判断が確定すれば,その間の補償が得られるようにする,④実施行為を継続しつつ,損害賠償相当 額を利益より留保するなどして,侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行い,自社が損害賠償債務を実質的には負担しないようにするなど,いくつかの方法が考えられるのであって,それぞれの事案の特質に応じ,取締役の行った経営判断が適切であったかを検討すべきことになる。
  • 特許法102条2項は,推定を用いるとはいえ,特許権者が受けた損害賠償額を算定する方法を定めたものであり,別件判決の確定により,原告がネオケミアの特許権侵害により上記損害を受けたことは確定しているのであるから,取締役の善管注意義務違反によりネオケミアが特許権侵害を行ったことによる損害も,これと同じものであると解するのが相当であり,法的性質は異なるとして,別途の算定をしなければならないと解すべき理由はない。

判決概要

裁判所 大阪地方裁判所第21民事部
判決言渡日 令和3年9月28日
事件番号 令和元年(ワ)第5444号 損害賠償請求事件
特許番号 特許第4659980号
特許第4912492号
発明の名称 二酸化炭素含有粘性組成物
裁判官 裁判長裁判官 谷  有恒
裁判官    杉浦 一輝
裁判官    峯 健一郎

解説

特許権侵害とその責任

特許権侵害とは

ある発明について、特許庁により特許登録を受けると、特許権者はその発明(特許発明といいます)を独占的・排他的に利用できます。他の人が、特許発明を特許権者の許諾なく実施(使用、製造、販売等)した場合は、当該特許権の侵害となります。

民事上の責任

他人の特許権を侵害した場合、特許権者は、侵害者に対し、民事上の責任として、その実施行為の差止めや損害賠償の請求ができます。

特許権侵害の損害賠償については、民法709条の不法行為規定に基づいて請求をすることになりますが、特許権のような知的財産権の侵害の場合は、情報を目的とする財産という性質上、侵害者の過失や、損害額についての立証が困難であることから、特許法102条に、立証の負担を軽減する規定が設けられています。

そのひとつとして、特許法102条2項では、特許権侵害者が侵害行為により受けた利益を特許権者の受けた損害額と推定するとの規定を設けて、被害者側による損害額の立証の負担を軽減しています。

(損害の額の推定等)

第百二条

1 

 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。

 以下略

刑事上の責任

他人の特許権を故意に侵害した場合、上記の民事上の責任を負う以外に、刑事罰が科されます。直接侵害については10年以下の懲役と1000万円以下の罰金が、間接侵害については5年以下の懲役と500万円以下の罰金が法定刑とされています。

(侵害の罪)

第百九十六条 特許権又は専用実施権を侵害した者(第百一条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

第百九十六条の二 第百一条の規定により特許権又は専用実施権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

法人の代表者や従業員等が、法人の業務に関して特許権侵害をした場合は、法人にも刑事罰が科されます。

(両罰規定)

第二百一条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号で定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。

 第百九十六条、第百九十六条の二又は前条第一項 三億円以下の罰金刑

 第百九十七条又は第百九十八条 一億円以下の罰金刑

 前項の場合において、当該行為者に対してした前条第二項の告訴は、その法人又は人に対しても効力を生じ、その法人又は人に対してした告訴は、当該行為者に対しても効力を生ずるものとする。

3 第一項の規定により第百九十六条、第百九十六条の二又は前条第一項の違反行為につき法人又は人に罰金刑を科する場合における時効の期間は、これらの規定の罪についての時効の期間による。

取締役の第三者に対する責任

上記のとおり、会社が特許権侵害をしたときは、民法709条に基づいて、特許権者に対し、損害賠償責任を負うことになりますが、さらに、その会社の取締役個人も特許権者に対して責任を負うことがあります。

第三者に対する取締役の責任について、会社法429条1項は、以下のとおり、取締役に、職務を行うについて悪意又は重過失があったときは、それによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うことを定めています。つまり、会社が第三者に対し損害を与えたときは、会社だけでなく、取締役も、第三者に対して損害賠償責任を負う場合があるということで、特許権侵害の場合にもこの規定が適用されることがあり得るのです。

(役員等の第三者に対する損害賠償責任)

第四百二十九条 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

 略

この制度の趣旨は、会社の経済社会に占める地位や取締役の職務の重要性を考慮し、第三者保護の観点から、取締役が悪意・重過失により会社に対する任務を懈怠(善管注意義務違反・忠実義務違反)した結果第三者に損害を被らせたときは、取締役に損害賠償責任を負わせるとしたもので、実際上は、会社が倒産するなどして会社から債権を回収できない場合などに、取締役個人から回収する手段としても機能しています。

重過失の判断枠組み

経営判断原則

上述のとおり、取締役は、職務を行うについて悪意又は重過失があったときに責任を負いますが、職務を行うについて悪意又は重過失があったといえるためには、①取締役としての任務懈怠(善管注意義務違反)と②それについて悪意か重過失があったことが要件となり、経営判断原則という考え方に基づいてそれらの有無が判断されます。

経営判断権原則とは、一般的には、個別の法令に違反する場合を除いて、取締役が十分な情報をもとに誠実に経営判断したときは、判断内容が著しく不合理でない限り、任務懈怠の責任は問わないとする考え方をいいます。

経営判断権原則は、もともとアメリカで取締役の対会社責任の判断基準として発展したものですが、対第三者責任の文脈においても用いられるようになりました。経営判断原則の背景には、会社経営における判断は常に一定のリスクのもとに行われるもので、判断の結果会社に損失が出た場合に常に責任が認められていたのでは、取締役の任務は遂行できないという考え方があるところ、これは、会社に対する責任であっても、第三者に対する責任であっても同様だからです。

対第三者責任に関する裁判例の状況

最高裁判所は、対会社責任の文脈における取締役の責任についてではありますが、経営判断原則を採用し、取締役が経営上の判断をしたときは、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきと示しています(最小判H22.7.15)。

下級審では、これまで様々な取引状況・経営状況における取締役の意思決定について取締役の対第三者責任が追及される中で、経営判断原則の考え方を取り入れた判断がなされてきました。

例えば、会社の経営状態からみて返済の見込みのない大量の借入れをするなどした事案では、他のより合理的な選択があり得ることが客観的に容易に理解できる場合に限り、重過失を認めるべきとして取締役の対第三者責任を否定したもの(千葉地判H5.3.22)がある一方、経営状態が危機に瀕しており、手形を支払期日に支払う見込みは全くなかったことを知りながら、手形の振出しにより融資が受けられると軽信して手形を振り出したとして取締役の対第三者責任を認めたものもあります(東京高判S55.6.30)。

特許権侵害事案における取締役の責任

会社が他人の特許権を侵害した事案において、その会社の取締役の対第三者責任が追及され、認められた例としては、知財高判平成30年6月19日「生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置」事件があります。

この事件では、取締役は、会社の取引実施に当たって第三者の特許権を侵害しないよう配慮すべき義務を負っていたというべきであるとした上で、具体的には、会社で取り扱っていた装置が第三者の特許権に係る発明の技術的範囲に属することを知らなかった場合でも、裁判所による仮処分決定が出て、当該装置が第三者の特許権を侵害するおそれが高いことを認識できたのに、中立的な専門家の意見を聴取しないまま取引を継続していることや、装置の型式名について工作しているといった事情をもって、その頃以降の会社による特許権侵害について、取締役には悪意又は重過失があったと認め、結論として、取締役は特許権者に対し責任を負うと判断されています。

事案の概要

本件の原告会社は、本訴訟以前に、訴外A社(「ネオケミア」)及びA社と協力関係にあった訴外B社(「クリアノワール」)を含む複数の会社に対し、原告の特許権を侵害しているとして損害賠償請求訴訟を提起していました。

同訴訟において、原告会社は、A社とB社を含む数社の損害賠償責任を認める判決を得ました。しかし、その後、A社は原告会社に支払を完了する前に破産しました。

本件訴訟は、原告会社が、A社・B社の元代表取締役や元取締役らを被告として、特許権侵害により損害を受けたことについて、会社法429条1項に基づく取締役の対第三者責任として、損害賠償の請求等をした事案です。

判旨

取締役の悪意重過失の判断枠組み

上記のとおり、取締役が会社法429条1項に基づき第三者に対して損害賠償責任を負うには、取締役に職務を行うについて悪意又は重大な過失があったことが必要です。

この点につき、判決は、まず、以下に引用するとおり、会社が特許権を侵害した場合は、会社自身も刑罰の対象となることから、会社取締役が負うべき任務(善管注意義務・忠実義務)として、会社が第三者の特許権侵害となる行為に及ぶことを主導してはならず、また他の取締役の業務執行を監視して、会社がそのような行為に及ぶことのないよう注意すべき義務を負うとしました。

法人の代表者等が,法人の業務として第三者の特許権を侵害する行為を行った場合,第三者の排他的権利を侵害する不法行為を行ったものとして,法人は第三者に対し損害賠償債務を負担すると共に,当該行為者が罰せられるほか,法人自身も刑 罰の対象となる(特許法196条,196条の2,201条)。

したがって,会社の取締役は,その善管注意義務の内容として,会社が第三者の特許権侵害となる行為に及ぶことを主導してはならず,また他の取締役の業務執行を監視して,会社がそのような行為に及ぶことのないよう注意すべき義務を負うということができる。

他方で、判決は、以下のとおり、自社の行為が第三者の特許権侵害となる可能性のあることを指摘された取締役としては、

  • 侵害の成否又は権利の有効性についての自社の論拠及び相手方の論拠を慎重に検討した上で、侵害の成否または権利の有効性については、公権的判断が確定するまではいずれとも決しない場合があること
  • その判断が自社に有利に確定するとは限らないこと
  • 正常な経済活動を理由なく停止すべきではないが、第三者の権利を侵害して損害賠償債務を負担する事態は可及的に回避すべきであり、仮に侵害となる場合であっても、負担する損害賠償債務は可及的に抑制すべきこと

等を総合的に考慮しつつ、当該事案において最も適切な経営判断を行うべきこととなり、それが取締役としての善管注意義務の内容をなすと考えられると判断しました。

他方,特許権者と被疑侵害者との間で特許権侵害の成否や特許の有効無効について厳しく意見が対立し,双方が一定の論拠をもって自説を主張する場合には,特許庁あるいは裁判所の手続を経て,侵害の成否又は特許の有効性についての公権的判断が確定するまでに,一定の時間を要することがある。

このような場合に,特許権者が被疑侵害者に特許権侵害を通告したからといって,被疑侵害者の立場で,いかなる場合であっても,その一事をもって当然に実施行為を停止すべきであるということはできないし,逆に,被疑侵害者の側に,非侵害又は特許の無効を主張する一定の論拠があるからといって,実施行為を継続することが当然に許容されることにもならない。

自社の行為が第三者の特許権侵害となる可能性のあることを指摘された取締役としては,侵害の成否又は権利の有効性についての自社の論拠及び相手方の論拠を慎重に検討した上で,前述のとおり,侵害の成否または権利の有効性については,公権的判断が確定するまではいずれとも決しない場合があること,その判断が自社に有利に確定するとは限らないこと,正常な経済活動を理由なく停止すべきではないが,第三者の権利を侵害して損害賠償債務を負担する事態は可及的に回避すべきであり,仮に侵害となる場合であっても,負担する損害賠償債務は可及的に抑制すべきこと等を総合的に考慮しつつ,当該事案において最も適切な経営判断を行うべきこととなり,それが取締役としての善管注意義務の内容をなすと考えられる。

その上で、判決は、取締役の取りうる経営判断の例を下に引用する①ないし④のとおり示し、具体的な事案に応じて、取締役の行った経営判断が適切であったか検討すべきとしました。

具体的には,①非侵害又は無効の判断が得られる蓋然性を考慮して,実施行為を停止し,あるいは製品の構造,構成等を変更する,②相手方との間で,非侵害又は無効についての自社の主張を反映した料率を定め,使用料を支払って実施行為を継続する,③暫定的合意により実施行為を停止し,非侵害又は無効の判断が確定すれば,その間の補償が得られるようにする,④実施行為を継続しつつ,損害賠償相当額を利益より留保するなどして,侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行い,自社が損害賠償債務を実質的には負担しないようにするなど,いくつかの方法が考えられるのであって,それぞれの事案の特質に応じ,取締役の行った経営判断が適切であったかを検討すべきことになる。

本件における取締役の責任

判決は、原告特許の侵害を行ったA社の代表取締役であった者(被告P1)について、原告に対する会社法429条1項の責任を認めています。

具体的には、

  • 被告P1が、被告製品の販売が特許権侵害ではないと主張した点に十分な論拠がなかったばかりでなく、特許制度の基本的な内容に対する無理解から特許権侵害にならないと誤解して被告製品の製造販売を続けるなどした点
  • 前記①ないし④に例示した取締役として取りうる経営判断のいずれも行っていない点
  • A社について判決で確定した損害賠償金を原告に任意で支払わないままA社の破産手続開始申立てを行った点

等を考慮すると、本件各特許が登録されたことを知りながら、特段の方法をとることなく各被告製品の製造販売を継続したことは、A社取締役としての善管注意義務に違反するものであり、また、P1は注意義務違反を認識していた(悪意)と評価しました。

前記アで認定した事実,及び前記イで被告P1の主張について判断したところを総合すると,被告P1が,各被告製品の製造販売が本件各特許権の侵害にならない,あるいは本件各特許は無効であると主張した点について十分な論拠があったということはできず,むしろ特許制度の基本的な内容に対する無理解の故に,ネオケミア特許の実施品であれば本件各特許権の侵害にはならないと誤解して各被告製品の製造販売を続け,取引先にもそのように説明したものである。

前述のとおり,特許権侵害の成否,権利の有効無効については,公権力のある判断が確定するまでは軽々に決し得ない場合があり,自社に不利な判断が確定する場合もあるのであるから,取締役にはそれを前提とした経営判断をすべきことが求められ,前記(1)の①ないし④で述べたような方法をとることで,特許権侵害に及び,自社に損害賠償債務を負担させることを可及的に回避することは可能であるにも関わらず,被告P1はそのいずれの方法をとることもせず,各被告製品の製造販売を継続している。さらに,別件判決(甲5)によれば,ネオケミアは各被告製品の販売により相応の利益を得ていたのであるから,特許権侵害となった場合の賠償相当額を留保するなどして,別件判決確定後に損害を遅滞なく填補すれば,ネオケミアに損害賠償債務を確定的に負担させないようにすることも可能であったのに, 被告P1は任意での賠償を行わず,ネオケミアを債務超過の状態としたまま,破産手続開始の申立てを行ったものである。

以上を総合すると,被告P1が,本件各特許が登録されたことを知りながら,特段の方法をとることなく各被告製品の製造販売を継続したことは,ネオケミアの取締役としての善管注意義務に違反するものであり,被告P1は,その前提となる事情をすべて認識しながら,ネオケミアの業務としてこれを行ったのであるから,その善管注意義務違反は,悪意によるものと評価するのが相当である。

さらに、判決は、A社の名目上の取締役でしかなく、業務に全く関与していなかった者(被告P2)についても、原告に対する会社法429条1項の責任を認めています。

つまり、名目上の取締役も、取締役として選任されている以上は、個々の能力、知識、報酬等の有無にかかわらず、取締役として一般に要求される善管注意義務を尽くして代表取締役の業務執行を監視、監督すべきものであると判断した上で、P2には、被告P1の業務執行に対する適切な監視、監督を怠ったことについて、重大な過失があったと判断しました。

ア 会社法上,取締役として選任されている以上は,個々の能力,知識,報酬等の有無にかかわらず,取締役として一般に要求される善管注意義務を尽くして代表取締役の業務執行を監視,監督すべきものである。 被告P2は,自身が名目上の取締役であり,ネオケミアの業務に全く関与せず,本件各特許の内容を知らず,各被告製品が本件各特許権を侵害するかを判断する機会もなかったので,被告P1の経営判断が特許権侵害であるとしても,それを発見し,抑止することはできなかったと主張するが,このような理由で,取締役としての善管注意義務が存在しない,あるいは免除されていると解することはできない。

イ 既に認定したとおり,原告とネオケミアとの間で各被告製品に係る明らかな紛争が発生していたのであるから,被告P2において,これを把握することは容易であり,前記(2)で検討したとおり,被告P1に対し,ネオケミアに不利となる公権的判断が確定する可能性をも考慮した適切な経営判断を行っているかを確認し,被告P1の判断に不十分な点があれば,再考を求めることは可能であったと解される。 被告P2が,上述したような監視,監督を尽くしても,被告P1の行為を抑止できなかったとすべき具体的な事情は認められないし,被告P2がネオケミアの業務に関心を持たず,本件各特許すら知らず,各被告製品に係る紛争を知らなかったということを被告P2に有利な事情と解することはできず,むしろ,取締役としての義務に違反する程度は大きいといわざるを得ない。

以上を総合すると,被告P2には,取締役である被告P1の業務執行に対する適切な監視,監督を怠ったことについて,重大な過失があったということができる。

加えて、判決は、原告特許の侵害を行ったB社の代表取締役であった者(被告P3)についても、原告に対する会社法429条1項の責任を認めています。

具体的には、被告P3が、原告から特許権侵害の警告を受けた後も、主として被告製品の製造元であるA社からの説明に依拠し、前記①ないし④の方法をとることもなく、被告製品の販売をして原告に損害を生じさせた点等を考慮すると、B社取締役としての善管注意義務に違反するものであり、また、少なくとも重過失によるものと評価しました。

前記認定したところによれば,被告P3は,原告から被告製品14の販売が本件各特許権の侵害に当たるとの警告を受けたものの,本件各特許の発明者であって炭酸ガスパックの専門家であった被告P1から,ネオケミアが委任した弁護士や弁理士が特許権侵害ではないと言っているなどと聞き,どのような根拠で特許権侵害に当たらないということになるのか理解できないまま,ネオケミアも特許権を有していて,原告製品よりネオケミアの製品の方が品質・性能が良いので,原告の特許権が優先することはないなどと考え,被告製品14の販売を継続する意思決定をしたというのであるから,主として,被告製品14の製造元であるネオケミアからの説明に依拠してその判断を行ったことになる。

しかしながら,特許権侵害が成立しないとするネオケミア側の説明に十分な論拠 がなく,むしろ被告P1の特許制度に対する誤解が前提となっていたことは,前記 ⑵で検討したとおりであるし,品質・性能において上回っていることは,特許権侵 害を否定する理由とはなり得ない。

被告P3は,特許権侵害の判断は素人には難しく,警告を受ければすべからく製造販売等を停止しなければならないとすることは不当であると主張するが,前記(1)で述べたとおり,クリアノワールの代表取締役として,被告P3には,特許権侵害の成否や権利の有効性についての公権的判断が,自己に有利にも不利にも確定する可能性があることを前提に,そのいずれの場合であっても第三者の権利を侵害し損害を生じさせることを可及的に回避しつつ,自社の利益を図るような経営判断をすべき注意義務があったということができる。

この点について被告P3は,特許権侵害の警告を受けた後も,主として被告製品14の製造元であるネオケミア側からの説明に依拠し,前記(1)の①ないし④で検討したような方法をとることもなく,裁判所からの心証開示があるまでの間,被告製品の14の販売をして特許権侵害の不法行為を継続し,原告に損害を生じさせたのであるから,取締役としての善管注意義務に違反したというべきであり,少なくとも重過失によると認めるのが相当である。

また、判決は、原告特許の侵害を行ったB社の取締役であった者(被告P4)についても、被告P3の業務執行に対する適切な監視、監督を怠ったことについて、重大な過失があったとして、原告に対する会社法429条1項の責任を認めています。

会社法上,取締役として選任されている以上は,個々の能力,知識,報酬等の有無にかかわらず,取締役として一般に要求される善管注意義務を尽くして代表取締役の業務執行の監督を行うべきものである。

前記(4)のとおり,原告から警告書の送付を受けるなど,クリアノワールについて被告製品14に係る明らかな紛争が発生していたのであるから,その取締役であった被告P4においてこれを把握することは容易であった。また,前記(4)で認定したとおり,被告P3に確認すれば,特許権侵害が成立しないことの十分な論拠はなく,仮に特許権侵害が確定した場合の対応も想定しないままに,クリアノワールが被告製品14の販売を継続しようとしていることを知り得たのであるから,被告P4には,取締役である被告P3の監視・監督を怠る義務違反があったというべきであり,その過失の程度は重大というべきである。

損害額について

判決は、会社法429条1項に基づく責任に係る原告の損害額を認定するにあたり、特許権侵害者が侵害行為により受けた利益を特許権者の受けた損害額と推定する特許法102条2項の適用を認めました。その理由は、A社ないしB社と原告間の判決の確定により、原告がA社ないしB社の特許権侵害により受けた損害額は確定しているのであるから、取締役の善管注意義務違反によりA社B社が特許権侵害を行ったことによる損害も、これと同じものであると解するのが相当であるというものです。

上記1億0829万1485円という金額は,別件判決が特許法102条2項を適用して算出したネオケミアの損害賠償債務の元金部分(1億1107万7895円)から,被告製品6の売上にかかる部分と原告が差押え等により回収した700万円を控除した金額に一致するところ,被告らは,会社法429条1項に基づく責任に特許法102条2項を適用または類推適用すべきではない旨主張する。

しかしながら,特許法102条2項は,推定を用いるとはいえ,特許権者が受けた損害賠償額を算定する方法を定めたものであり,別件判決の確定により,原告がネオケミアの特許権侵害により上記損害を受けたことは確定しているのであるから,取締役の善管注意義務違反によりネオケミアが特許権侵害を行ったことによる損害も,これと同じものであると解するのが相当であり,法的性質は異なるとして,別途の算定をしなければならないと解すべき理由はない。

判決は、上記解釈のもと、上記損害と取締役である被告らの行為とには全て相当因果関係があると判断し、特許権侵害者が侵害行為により受けた利益の額を会社法429条1項による損害賠償金額と認定しました。

コメント

本件は、特許権侵害を行った会社が破産したために、その会社から侵害に係る損害賠償金を回収できなくなったという事情から、元取締役個人に対して、損害賠償を請求したものと思われます。

本判決は、他社の特許を侵害した事案において、個別の事情に基づくものではあるものの、係争段階における取締役の善管注意義務の内容を具体的に示した点で意義があります。

その内容として、先例である知財高判平成30年6月19日が、裁判所により一定の公権的な侵害の判断がなされた仮処分決定の後の行為をもとに取締役の責任を認めたのに対し、本判決は、取締役の特許制度の基本的事項への無理解を指摘しつつも、まだ公権的判断がない時点において、①非侵害又は無効の判断が得られる蓋然性を考慮して、実施行為を停止し、あるいは製品の構造、構成等を変更する、②相手方との間で、非侵害又は無効についての自社の主張を反映した料率を定め、使用料を支払って実施行為を継続する、③暫定的合意により実施行為を停止し、非侵害又は無効の判断が確定すれば、その間の補償が得られるようにする、④実施行為を継続しつつ、損害賠償相当額を利益より留保するなどして、侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行い、自社が損害賠償債務を実質的には負担しないようにする、といったことをしなかったことを根拠に善管注意義務違反を認めたことになります。

上述のとおり、経営判断原則は、個別の法令違反がない場合に取締役の注意義務を軽減するものといえますが、本件は、特許権侵害に該当する客観的事実は認識しつつ、それが特許権侵害という法令違反に該当するかどうかという法適用の判断に誤りがあったという事案であり、判決が示した判断要素は、公権的判断がある前に、一定の確度をもって取締役が特許権侵害かどうかの判断をなし得ることが前提となっていると考えられます。その評価には議論のあり得るところかと思われますが、一般に特許権侵害の成否についての判断は専門家にとっても困難を伴うものであり、実際、裁判所における判断ですら、しばしば上級審で覆るのが実務です。また、実施行為の停止が事業活動の存続に致命的影響を与えることもあることからすると、侵害の成否について確信がないままに実施行為を停止することは、後日、取締役として、より深刻な善管注意義務違反を犯したものと判断されることもあり得ます。そういった事情を考えると、もし上記判断枠組みが一般的に用いられるとすると、取締役に対して厳しい注意義務を課すものとなり得るのではないかと思われるところです。

また、判決は、会社に対する特許権侵害訴訟の結論が出た後の対応ではなく、侵害行為そのものについて取締役の任務懈怠を問題とすることにより、特許法102条2項による損害計算を、取締役の対第三者責任における損害計算にも用いています。この点でも、本判決の考え方は、取締役に厳しい責任を課すものといえそうです。

以上からすると、本件における具体的事案に対する判断ないし結論の相当性はさておき、本判決で立てられた、取締役が取り得る具体的な4つの判断要素のそれぞれについては、それが一般的に通用するものか、議論の余地があるものと思われます。問題の本質は、特許権者の被害回復と取締役の経営判断の関係という非常に難しいものであり、今後、より精緻な議論が蓄積されることが期待されます。

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(文責・村上)