令和3年(2021年)3月2日、特許法・意匠法・商標法等の改正について、閣議決定され、本通常国会に提出されることとなりました。
本改正案では、審判でのWeb口頭審理の導入、海外事業者が模倣品を国内に持ち込む行為の違法化、特許訂正に関する通常実施権者の承諾要件撤廃、特許権侵害訴訟における第三者意見募集制度(アミカスブリーフ)の新設等が予定されています。
このうち、模倣品に関する改正については、別の記事で詳しくご紹介します。

ポイント

骨子

  • 新型コロナウイルスの感染拡大に対応した手続の整備が行われます。
    1.審判手続でのWeb口頭審理
    2.特許料等の印紙予納の廃止
    3.意匠・商標の国際出願における登録査定通知の電子送付
    4.特許料等の納付期間を経過した際の割増料金の免除
  • 権利の保護について見直しが行われます。
    1.海外事業者が模倣品を郵送等により国内に持ち込む行為の違法化
    2.特許訂正審判等における通常実施権者の承諾要件の撤廃
    3.権利回復要件の緩和
  • 知的財産制度の基盤が強化されます。
    1.特許権侵害訴訟における第三者意見募集制度の新設
    2.特許料等の金額の見直し(今後政令で規定)
    3.弁理士業務の追加・法人名称の変更・一人法人制度の導入

改正案の概要

法律名 特許法等の一部を改正する法律
法律番号 令和3年5月21日法律第42号
成立日 令和3年5月14日(第204回通常国会)
公布日 令和3年5月21日
施行日 一部の規定を除き、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日

解説

新型コロナウイルスの感染拡大に対応した手続の整備

審判手続でのWeb口頭審理

特許庁で行われる特許や商標の無効審判(権利が無効であると申し立てて争う手続)や、商標の不使用取消審判(所定の期間、商標が使用されていないことを理由に商標登録の取り消しを求める手続)等の審判手続においては、口頭審理という、特許庁が申立人と被申立人を呼び出して、双方から主張を聞く手続が行われます。
口頭審理は、対面で行うことが予定されていたため(特許法145条3項)、新型コロナウイルスの感染拡大により、実施することが難しくなり、書面審理とせざるを得ない状況も生じました。
今回の改正により、審判手続の口頭審理や証拠調べ・証拠保全(特許法150条)について、Web会議システムを用いて実施することが可能となる見込みです(改正特許法145条6、7項、151条。実用新案法、意匠法、商標法により、これらの審判にもそれぞれ準用されます)。
なお、裁判所で行われる訴訟手続は、2021年3月現在、民事訴訟法上の「書面による準備手続」をWeb会議システムによって開催するという運用が行われていますが、口頭弁論手続や弁論準備手続をWeb会議システムで行うことはできない状況です。これらの手続についてもWeb会議システムにより実施できるようにすべく、2022年中の民事訴訟法改正案提出を目指し、検討が進められています。

特許料等の印紙予納廃止

利用者が特許庁に支払う特許料・登録料等の支払方法について、これまで、特許印紙を購入して、特許庁の窓口に持ち込んで予納するという方法が広く行われていました。
新型コロナウイルスの感染拡大をふまえた事務負担軽減の一環として、今回の改正により、印紙予納は廃止される見込みです(改正工業所有権に関する手続等の特例に関する法律14条2項)。改正後は、現在利用されている口座振替、オンライン手続時のクレジットカード払い、Pay-easy 支払(電子現金納付)等の方法に加えて、特許庁の窓口でのクレジットカード支払い等が可能となる見込みです。

意匠・商標の国際出願登録査定通知の電子送付

意匠・商標の国際出願に関し、これまで、登録査定の通知等は郵送で行われていました。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今回の改正により、感染状況によっては停止のおそれがある郵送に代えて、国際機関を経由した電子送付を可能とするなど、手続が簡素化される見込みです(改正意匠法60条の12の2、改正商標法68条の18の2)。

納付期間を経過した際の割増料金の免除

特許料等の納付期間を経過してしまった場合、割増料金を支払うことにより、権利の消滅を免れることができます。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大や災害等のやむを得ない事情により特許料等の納付期間を過ぎてしまった場合にも、必ず割増料金の納付を要するとするのは、権利者に負担を強いる形になることから、このような場合には、割増料金の納付を免除する規定が設けられることになりました(改正特許法112条、改正実用新案法33条、改正意匠法44条。改正商標法43条)。

権利保護の見直し

海外事業者による個人使用目的での模倣品持ち込みと意匠権・商標権侵害

今回の改正では、海外事業者が模倣品を郵送等により国内に持ち込む行為は、輸入者の側が個人使用目的であったとしても、日本における意匠権・商標権の侵害と位置付けることになりました。具体的には、海外事業者が、日本国内の他人をして持ち込ませる行為を意匠法と商標法の「輸入」行為に含めることとされました(新意匠法2条2項1号、新商標法2条7項)。
この改正につきましては、別の記事で詳しくご紹介いたします。

特許訂正審判等における通常実施権者の承諾要件の撤廃

特許権は、一旦成立した後であっても、特許権侵害訴訟や無効審判において、無効であると主張されることがよくあります。
その際、特許権者は、特許の内容を訂正することにより、無効となることを回避できる場合があり、特許紛争においては、特許権者の有力な防御手段として活用されています。例えば、過去に似たような発明が存在し、容易に思いつく進歩性のない発明だと主張された場合に、特許権者が訂正によって権利範囲を減縮し、訂正後の発明は、過去の発明から容易に思いつかないから有効だ、と反論するような場合が挙げられます。
特許権者がこのような訂正(訂正審判、訂正請求)を行う場合、これまでは、通常実施権者(ライセンシー)の承諾を要するとされていました(特許法127条、120条の5、134条の2第9項)。
しかし、包括クロスライセンスやパテントプール等、多数のライセンシーが存在することも多く、ライセンシーの承諾を得る負担が大きいこと、訂正してもライセンシーが実施できなくなるものではなく、承諾を不要としてもライセンシーの法的利益を害さないこと、他の主要国で承諾を要する規定は設けられていないこと等もふまえ、今回の改正で、通常実施権者の承諾は不要とされる見込みです(改正特許法127条)。
なお、専用実施権者と質権者については、引き続き承諾を要するものとされています。

権利回復要件の緩和

特許権等について、所定の手続期間までに手続を行わないと、権利が消滅したり、優先権を主張できなくなったりする場合があります。
平成23年法改正により、権利の回復を認める基準が「その責めに帰することができない理由」から「正当な理由」に緩和されました。
ところが、「正当な理由」の判断が厳格に運用されてきた結果、他の主要国に比べて回復が認められる率が低い状態が続いていました。
今回の改正では、「正当な理由」に代えて、経済産業省令で定めるところにより権利の回復ができるが、故意で手続を行わなかった場合は回復できない、という規定に改められ、権利回復の要件が実質的に緩和される見込みです。

知的財産制度の基盤強化

特許権侵害訴訟における第三者意見募集制度(アミカスブリーフ)の新設

米国においては、裁判所が、第三者(アミカスキュリエ(Amicus Curiae)、裁判所の友)から意見や資料の提出を受ける、アミカスブリーフ(Amicus Brief)という制度があります。
これまで、我が国においては、裁判所が特許権侵害訴訟に関し、第三者からの意見を募集する法律上の制度はありませんでしたが、知的財産高等裁判所が、標準必須特許に関する大合議事件において、独自に意見を公募し、多数の意見が提出されたという例がありました(平成25年(ネ)第10043号アップル対サムソン事件)。
今回の改正では、以下のように、法律上の制度として、裁判所が第三者からの意見を広く募集できる制度が新設される見込みです(改正特許法105条の2の11、改正実用新案法30条)。
また、意見の内容に関する相談が、弁理士業務に追加されます(改正弁理士法4条2項4号)。

対象 特許権・実用新案権・これらの専用実施権の侵害訴訟
裁判所 東京地方裁判所・大阪地方裁判所・知的財産高等裁判所
要件 当事者の申立て+裁判所が必要と認める+他の当事者の意見聴取
取扱い 当事者が閲覧・謄写し、必要に応じて証拠として提出
特許料等の金額の見直し

我が国では、特許庁における出願等に関する収入(特許料等)と支出(審査官人件費、システム関係費等)は、特許特別会計として、一般会計とは区分して管理されています。近年は、特許料等の減免制度等によって、赤字が続き、余剰金を取り崩して運営する状態になっています。
審査負担増大や手続のデジタル化に対応し、収支のバランス確保を図るため、今回の改正で、特許料等の金額について、政令で規定できるように改正され、今後政令において金額の見直し(引き上げ)が行われる見込みです。

弁理士業務・弁理士法人制度

今回の改正により、弁理士を名乗って行うことができる業務に、農林水産関連の知的財産権(植物の新品種・地理的表示)に関する相談や、上述した第三者意見募集制度の意見の内容に関する相談(改正弁理士法4条2項4号)等の業務が追加される見込みです。
また、これまで、弁理士業を行う法人の名称は「特許業務法人」とされ、2名以上の社員弁理士が必要とされていましたが、今回の改正で、法人の名称が「弁理士法人」に変更され(改正弁理士法2条7項、37条、38条)、弁護士法人・司法書士法人等と同様に、社員弁理士1名でも設立できる(改正弁理士法43条、52条)ことになる見込みです。

コメント

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、Web口頭審理の導入等が速やかに検討されたことは評価に値すると思います。
訴訟手続のIT化を実現する民事訴訟法の改正についても、早期実現が期待されます。
なお、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会では、上記改正点のほかに、侵害訴訟の二段階訴訟制度、当事者本人への証拠の開示制限、懲罰的賠償・利益吐き出し型賠償の導入についても議論されていましたが、今回の法改正には盛り込まれませんでした。

令和3年5月14日追記(改正特許法等の成立)

「特許法等の一部を改正する法律案」は、令和3年5月14日、参議院本会議で可決され、成立しました。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・藤田)