景品表示法は、一般消費者のお客様に対してモノやサービスを販売する企業にとって逃れたくても逃れられない法律です。判断基準の掴みどころのなさも相まって、企業の広告担当者にとっては悩みの種といえるでしょう。
景表法事件レポートでは、消費者庁による法執行(行政指導、措置命令、課徴金納付命令等)をモニターし、注目すべき事件につき皆様にご紹介いたします。
今回は、コロナ禍という今の時勢を反映する事件として次亜塩素酸水・アルコールスプレーと抗体検査キットに関する事件を、体験談型広告の難しさを再認識させる事件としてテレビショッピング番組に関する事件をご紹介します。
次亜塩素酸水及びアルコールスプレーの販売事業者に対する景品表示法に基づく措置命令(2020年12月11日公表)
概要
消費者庁は、2020年12月9日、下表記載の事例が確認された事業者らに対し、下表記載の表示が優良誤認表示に該当することを理由に、措置命令を行いました。
【次亜塩素酸水】
対象商品 | 次亜塩素酸水スプレー |
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表示の概要 |
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実際 | 対象商品における有効塩素濃度は、上記表示内容記載の濃度を大幅に下回るものであった。 |
【アルコールスプレー】
対象商品 | アルコールスプレー |
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表示の概要 |
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実際 | 対象商品におけるアルコールの濃度は、65%を下回るものであった。 |
解説
本措置命令の背景
近時、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、消費者庁による抗菌・抗ウイルス商品の広告に対する法執行が活発に実施されています。例えば、2020年3月~6月にかけて新型コロナウイルスに対する予防効果を謳った健康食品等の広告に対する行政指導が断続的に行われ、また首掛けタイプの空間除菌グッズの販売事業者に対する措置命令も行われました。
本措置命令も、このような流れを受けたものであり、昨今の時勢を反映したものといえるでしょう。
商品出荷後の優良誤認表示化?
本措置命令で特に注目されるのは、次亜塩素酸水スプレーに係る表示です。
報道によれば、違反行為者の中には「出荷段階では、対象商品の有効塩素濃度は表示内容どおりであった」と主張している事業者もいたようです(消費者庁の確認時には10~20%程度又は不検出)。
この主張の真偽は定かではありませんが、次亜塩素酸水については、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)による消毒方法の有効性評価を受けて公開された経済産業省・厚生労働省・消費者庁が合同で取りまとめた情報でも、紫外線により分解される特性(そのために遮光性の容器にいれるとともに、冷暗所にて保管する必要性)が指摘されています。
したがって、仮に上記主張が真実であれば、商品出荷時には優良誤認表示でなかった表示が、出荷後の事情の変化によって優良誤認表示と化したということになります。
景品表示法が消費者の保護を図ることを主な目的として執行されている法律であることに照らせば、出荷時では問題のない表示であっても、消費者の手に渡る時点で優良誤認表示となっていれば、同法に基づく法執行の対象となることはやむを得ません。
本措置命令は、事業者に対し、消費者の手に渡るまで広告に責任を持つこと、自社が取り扱う商品の特性を十分に理解すること、商品の特性を踏まえて品質管理を行わなければならないことなどを再認識させる良い事例であるといえるでしょう。
EMS機器及びY字型美容ローラーの販売事業者に対する措置命令(2020年12月18日公表)
概要
消費者庁は、2020年12月18日、「TBCスレンダーパッド」と称するEMS機器(腹筋ベルト)及び「トルネードRFローラー」と称するY字型美容ローラーのテレビショッピング番組について、優良誤認表示に該当することを理由とする措置命令を行いました。
【本件商品①:EMS機器(腹筋ベルト)】
対象商品 | 「TBCスレンダーパッド」と称する商品 |
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表示内容 |
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実際 | 違反行為者から資料の提出があったものの、合理的根拠を示す資料とは認められなかった。 (不実証広告規制を適用) |
打消し表示 | 番組中に、
と表示していたが、上記表示内容に係る消費者の認識を打ち消すものではない。 |
【本件商品②:Y字型美容ローラー】
対象商品 | 「トルネードRFローラー」と称する商品 |
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表示内容 |
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実際 | 違反行為者から資料の提出があったものの、合理的根拠を示す資料とは認められなかった。 (不実証広告規制を適用) |
打消し表示 | 番組中に、
と表示していたが、上記表示内容に係る消費者の認識を打ち消すものではない。 |
解説
体験談型広告の難しさ
いわゆるテレビショッピング番組で美容グッズが取り扱われる際には、スタジオでの商品紹介の後、商品のセールスポイントに関するスタジオでのやり取りを交えつつ、商品を用いた検証結果を紹介する構成となっていることが定番です。
本措置命令の対象となった「プレミアムカイモノラボ」も、まさにそのようなテレビショッピング番組でした。
上記構成のうち商品を用いた検証結果の紹介は、いわゆる体験談型の広告といえます。
体験談型の広告では、多くの場合、効果があったとの体験談(強調表示)とセットで「個人の感想です」といった注記(打消し表示)が付されますが、このような打消し表示について、「打消し表示に関する実態調査報告書」には、以下の記載があります。
ア 体験談に関する景品表示法上の考え方
……
今回の調査結果から、実際に商品を摂取した者の体験談を見た一般消費者は「『大体の人』が効果、性能を得られる」という認識を抱き、「個人の感想です。効果には個人差があります」、「個人の感想です。効果を保証するものではありません」といった打消し表示に気付いたとしても、体験談から受ける「『大体の人』が効果、性能を得られる」という認識が変容することはほとんどないと考えられる。また、広告物は一般に商品の効果、性能等を訴求することを目的として用いられており、広告物で商品の効果、性能等を標ぼうしているにもかかわらず、「効果、効能を表すものではありません」等と、あたかも体験談が効果、性能等を示すものではないかのように記載する表示は、商品の効果、性能等を標ぼうしていることと矛盾しており、意味をなしていないと考えられる。
このため、例えば、実際には、商品を使用しても効果、性能等を全く得られない者が相当数存在するにもかかわらず、商品の効果、性能等があったという体験談を表示した場合、打消し表示が明瞭に記載されていたとしても、一般消費者は大体の人が何らかの効果、性能等を得られるという認識を抱くと考えられるので、商品・サービスの内容について実際のもの等よりも著しく優良であると一般消費者に誤認されるときは、景品表示法上問題となるおそれがある。
(84頁から引用)
イ 体験談を用いる場合の留意点
体験談を用いる際は、体験談等を含めた表示全体から「大体の人に効果がある」と一般消費者が認識を抱くことに留意する必要がある。
また、試験・調査等によって客観的に実証された内容が体験談等を含めた表示全体から一般消費者が抱く認識と適切に対応している必要があるところ、上記のような認識を踏まえると、実際には、商品の使用に当たり併用が必要な事項(例:食事療法、運動療法)がある場合や、特定の条件(例:BMIの数値が 25 以上)の者しか効果が得られない場合、体験談を用いることにより、そのような併用が必要な事項や特定の条件を伴わずに効果が得られると一般消費者が認識を抱くと考えられるので、一般消費者の誤認を招かないようにするためには、その旨が明瞭に表示される必要がある。
体験談により一般消費者の誤認を招かないようにするためには、当該商品・サービスの効果、性能等に適切に対応したものを用いることが必要であり、商品の効果、性能等に関して事業者が行った調査における(ⅰ)被験者の数及びその属性、(ⅱ)そのうち体験談と同じような効果、性能等が得られた者が占める割合、(ⅲ)体験談と同じような効果、性能等が得られなかった者が占める割合等を明瞭に表示すべきである。
(85頁から引用)
つまり、体験談に対して単に「個人の感想です」あるいは「効果効能を表すものではありません」といった打消し表示を付すのみでは、仮に打消し表示が(文字サイズ、強調表示との文字サイズのバランス、配置箇所、文字色と背景色との区別等に照らして)明瞭に表示されていたとしても、免罪符とはなりません。
本措置命令では、「※効果には個人差があります」との打消し表示があったとのことですが、これのみでは打消し表示としては何ら機能しないものと評価されることになるでしょう。
前述したとおり、本措置命令の対象となった「プレミアムカイモノラボ」は、他のテレビショッピング番組と比較して特異な構成になっているわけではありません。むしろ、多くのテレビショッピング番組が「プレミアムカイモノラボ」と似たような構成をとっているといっても過言ではないかもしれません。
本措置命令の教訓を活かすべく、テレビショッピング番組の制作にあたっては、「打消し表示に関する実態調査報告書」の内容をよく確認し、それに沿った番組作りを心がける必要があるでしょう。
提出資料の問題点
本措置命令では、消費者庁からの求めに応じて違反行為者から資料の提出があったものの、当該資料は表示の裏付けとなる合理的根拠を示す資料とは認められず、その結果、不実証広告規制(景品表示法7条2項)によって優良誤認表示該当性が認められました。
以前の記事(「首掛けタイプの空間除菌グッズの販売業者に対する景品表示法に基づく措置命令」)でご紹介したように、不実証広告ガイドラインでは、ある資料が「合理的な根拠」を示すものであると認められるためには、①提出資料自体の客観性及び②表示の意味との対応が求められます。
朝日新聞や日本経済新聞による報道によれば、違反行為者は、モニター試験の結果を、上記合理的根拠を示す資料として提出したようです。
そのため、上記①との関係でいえば、当該モニター試験が「社会通念上及び経験則上妥当と認められる方法」で実施されたといえるか否かが問題になります。
また、上記②との関係でいえば、下図のとおり、当該モニター試験の結果が前述したそれぞれの表示の意味をサポートできているといえるか否かが問われることとなります。
しかし、上記報道によれば、提出されたモニター試験の結果には、以下のような問題点があったということです。
- サンプル数が少なかったこと
- モニター試験において、運動や食事制限やといった他の要因が十分に排除されていなかったこと
このような問題点に鑑みると、実施されたモニター試験は、統計的に客観性が確保された試験方法が取られていなかった(モニター数の少なさ)ために上記①が、また試験条件の設定が不適切なものあった(他の要因排除の不十分さ)ために上記①及び②が充足されなかったと考えられます。
現実問題としても、EMS機器やY字型美容ローラーに基づくエネルギー消費量は限定的であると考えられるため、食事制限や運動なしにこのような機器を使用するのみで痩身効果が得られるということ自体、やや無理がありそうです。
1日間のみという表示期間の短さ
本措置命令の対象となった表示の表示期間は、それぞれ1日間にとどまっています。
もちろん、問題の映像(番組)が使用された回数が対象となった1日のみということは考え難いため、現実の表示期間はもっと長かったものと推測されます。
もっとも、本措置命令から学ぶべきは、たった表示期間がたった1日間(1回)のみであっても、措置命令を出すには十分であるということです。
事実上、表示期間が長ければその分問題化しやすい傾向はあるかもしれませんが、表示期間が短いことは、問題の表示が優良誤認表示に該当するか否かとの関係では、なんら抗弁とはなりません。
事業者としては、「たった1日間しか表示しないし…」「1つの場所でしか表示しないし…」といった気持ちを排し、表示内容そのものと向き合って、広告審査を行うことが重要です。
新型コロナウイルスの抗体検査キットの販売事業者6社に対する行政指導(2020年12月25日公表)
概要
消費者庁は、2020年12月25日、新型コロナウイルスの抗体検査キットの販売事業者6社に対して下表記載の表示が優良誤認表示に該当するおそれがあることを理由に、再発防止等の行政指導を行いました。
対象商品 | 新型コロナウイルスの抗体検査キット |
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表示内容 | 「わずか15分!高精度・新型コロナウイルス判定」、「PCR法では難しいとされる感染初期での判別も可能」、「10分で新型コロナウイルス感染の有無を目視で簡単に判定できます。」、「陽性反応 感染中でウイルス所持の疑い」などと表示することにより、あたかも、当該抗体検査キットを使用することにより、現在、新型コロナウイルスに感染しているか否かが判定できるかのように示す表示をしていた。 |
実際 | 新型コロナウイルスの抗体検査キットは、使用することにより、現在、新型コロナウイルスに感染しているか否かを判定できるものではない。 |
解説
本行政指導の背景
本行政指導も、前述した次亜塩素酸水等に関する措置命令と同様に、近時の消費者庁による抗菌・抗ウイルス商品の広告に対する法執行の活発化の流れを受けたものであるといえるでしょう。
もっとも、これまで多数の法執行が行われてきた抗菌・抗ウイルス商品と異なり、抗体検査キットに関する法執行は、今回が初めてであると思われます。
新型コロナウイルスに関連する商品に対する法執行は、今後も引き続き積極的に行われていくことが予想されるため、今後の動向も注目されます。
抗体検査の位置付け
新型コロナウイルスの抗体検査の位置付けについて、新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)(2021年2月11日時点)の「5. 新型コロナウイルス感染症に対する医療について」では、以下のとおり説明されています。
問2 新型コロナウイルス感染症を診断するための検査にはどのようなものがありますか。
……
なお、抗体検査は、過去に新型コロナウイルス感染症にかかったことがあるかを調べるものであるため、検査を受ける時点で感染しているかを調べる目的に使うことはできません。
問5 新型コロナウイルスに感染すると抗体・免疫ができるのですか。抗体検査について注意すべき点はありますか。
……
新型コロナウイルスに感染した人の体内でも、新型コロナウイルスに対する抗体が作られることが知られていますが、どのくらいの割合の人で抗体が作られるのか、その抗体が感染後どのくらいの時期から作られ、その後どのくらい持続するのか、それにより新型コロナウイルスに対する免疫が獲得できるのかは、現時点では明らかになっていません。……
また、上記のことから、新型コロナウイルスへの抗体を持っていないことが分かっても、そこから現在新型コロナウイルスに感染していない、あるいは過去に感染したことがないと判断することはできません。
つまり、少なくとも現時点においては、新型コロナウイルスの抗体検査キットに関して、およそ検査時点での感染の有無がわかるような意味を有する表示をすることは、優良誤認表示に該当するといって差し支えないでしょう。
本行政指導も、前述した次亜塩素酸水等に関する措置命令と同様に、事業者において自社の取り扱う商品の特性を正確に理解することの重要性を示すものといえます。
一般消費者に対する注意喚起
本行政指導と併せて、消費者庁は、一般消費者に対し、Twitter、Facebook及び公式LINEを通じて、以下の内容の注意喚起を実施しています。
新型コロナウイルスの抗体検査キットは、現在、ウイルスに感染しているかどうかを判定できるものではありません。ご注意ください。
また、本行政指導と併せて、消費者庁と厚生労働省の連名で、「新型コロナウイルスの抗体検査キット使用後の注意」とのポスターが公開されています。
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(文責・増田)