大阪地方裁判所第26民事部(髙松宏之裁判長)は、平成30年11月5日、「BELLO!」(ミニオン語で「HELLO!」の意味)との語を付したUSJのキャラクターであるミニオンのキャラクターグッズについて、個別具体的な取引の実情等を考慮した上で、被告各標章につき「需要者が何人かの業務に係る商品…であることを認識できる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当するとの判決を下しました。
判決では、上記取引の実情として、ミニオンというキャラクターの周知性や、被告各商品に接した需要者の着眼点、原告商標の周知性の有無といった事情がそれぞれ検討されており、商標的使用の有無の主張・立証に際して、実務上参考になるものと思われます。
ポイント
骨子
- 被告各商品に接した需要者が,被告各標章を「需要者が何人かの業務に係る商品…であることを認識できる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)と認識するか否かは,ミニオンの図柄や被告各標章が服飾品のデザインとしての性質を有することを前提にしつつ,更に被告各標章の使用態様や取引の実情等を総合考慮して検討する必要がある。
- ミニオンというキャラクターが高い周知性を有することや、被告各商品を購入する需要者は被告各商品がミニオンのキャラクターグッズであることに着目すること、需要者が「BELLO!」という語をミニオンと関連するフレーズと認識すること、他方で本件各商標が周知のものではないことなどに照らすと、需要者は、被告各商品がUSJの直営店舗で販売されるミニオンの公式キャラクターグッズであることや,被告各商品のタグやパッケージに付された被告のロゴによって、本件各商品の出所を識別するのであって、被告各標章によって被告各商品の出所を識別するとはいえない。
判決概要(審決概要など)
裁判所 | 大阪地方裁判所第26民事部 |
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判決言渡日 | 平成30年11月5日 |
事件番号 | 平成29年(ワ)第6906号 |
商標番号 | 第5316480号 第5163790号 (以下これら上記各商標を総称して「本件各商標」といい、本件各商標に係る商標権を総称して「本件各商標権」といいます。) |
被告標章 | (以下これらを総称して「被告各標章」といいます。) |
当事者 | 被告 合同会社ユー・エス・ジェイ(テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」の運営会社) |
裁判官 | 裁判長裁判官 高 松 宏 之 裁判官 野 上 誠 一 裁判官 大 門 宏一郎 |
解説
商標の機能
「商標」とは
商標法上、「商標」は、次のとおり定義されています(商標法(以下「法」といいます。)2条1項)。
この法律で「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。
一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
二 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)
この文言に照らすと、商標法上の「商標」は、「人の知覚によつて認識できるもの」に2段階の絞りをかけたものということができます。
第一の絞りが、「文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの」との部分です。「人の知覚」、すなわち人の五感によって認識できる情報には、大別して、視覚情報の他、聴覚、触覚、味覚又は嗅覚から得られる情報があります。第一の絞りでは、これら五感情報のうち、視覚情報のうちの「文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合」及び聴覚情報のうちの「音」以外のもの、例えば、触感(触覚)、味(味覚)、香り(嗅覚)が除外されます。この絞りによって、商標法上の「標章」が定義づけられます。
なお、上記「政令で定めるもの」との文言は、将来的なニーズに対応して保護対象を拡充できるようにするために規定されたものです。上記のとおり除外された、触感、味及び香りについては、現在、「政令で定めるもの」として保護するかどうかが議論されています*1。
第二の絞りが、上記1号及び2号に定められた使用方法です。つまり、「標章」が「商標」たり得るためには、商品に使用されるか(1号)又は役務に使用される必要があります(2号)。この絞りによって、ようやく商標法上の「商標」が定義づけられることになります。
以上の説明を整理すると、下図のとおりとなります。
商標の4つの機能
ところで、前述のとおり、商標は商品又は役務に使用される標章であるところ、商標は、本質的には、①自己の商品・役務と他人の商品・役務とを区別することを目的として用いられるものです。
そして、自己の商品・役務と他人の商品・役務とを区別するということは、商標が、②その商標が使用された商品・役務の提供者、すなわち出所を表示する機能を有するということでもあります。
さらに、商標が出所を表示するようになり、その出所の信用が蓄積されると、③需要者はその商標が使用されている商品・役務が同一の品質を有しているものと期待し、また④需要者がその商標が使用された商品・役務に愛着を覚えることで、商品・役務の需要が増大・喚起されるに至る場合もあります。
これらの商標の機能を、①自他商品・役務識別機能、②出所表示機能、③品質保証機能及び④広告機能といいます。
①自他商品・役務識別機能 | 自己の商品・役務と他人の商品・役務とを識別する機能 |
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②出所表示機能 | 同一の商標が使用されている商品・役務の出所が同一であることを表示する機能 |
③品質保証機能 | 同一の商標が使用されている商品・役務の品質が同一であることを示す機能 |
④広告機能 | 商標が多く使用されることにより、需要者に記憶され、商品・役務の需要を増大・喚起させる機能 |
そして、これらの機能の上記のような関係性から、①自他商品・役務識別機能が最も基本的な機能であるとされており、②出所表示機能はその派生、さらにそこから③品質保証機能及び④宣伝広告機能に派生すると理解されています*2。
形式的な意味での「使用」
商標権者は、指定商品・役務について登録商標を使用する権利を専有します(25条)。そのため、指定商品と同一の商品・役務について、登録商標と同一の商標を使用する行為は、当該登録商標に係る商標権を侵害します。
また、指定商品・役務と同一の商品・役務について登録商標と類似する商標を使用すること、及び指定商品・役務と類似する商品・役務について登録商標と同一又は類似する商標を使用する行為は、当該登録商標に係る商標権を侵害するものとみなされます(37条1号)。
ここで、上記「使用」については、商標法2条3項に定義規定があるところ、最も身近な例でいえば、商品又は商品の包装に付する行為(同条項1号)がこれに該当します。
そして、上記各規定を合わせると、登録商標と同一又は類似の商標を指定商品又はこれと類似する商品又はその包装に表示すれば、それのみをもって商標権侵害が成立するのが原則です。
実質的な意味での使用-商標的使用
商標的使用とは
もっとも、前述したとおり、商標の基本的な機能は、①自他商品・役務識別機能にありました。すなわち、商標は、単なるデザインではなく、出所を識別する目印なのであって、ゆえに商標法も商標のデザインそのものを保護しているわけではありません(法1条参照)。
そうである以上、例えば、仮に、形式的には登録商標と同一又は類似の商標を法2条3項に定める定義に該当する形で「使用」していたとしても、それが上記機能を果たさないような使用方法に過ぎないのであれば、そのような使用行為については、少なくとも商標法が関与すべき問題ではありません。
このような、自他商品・役務識別機能を果たす態様での商標の使用を「商標的使用」といいます。
商標的使用に関する法改正
他人による登録商標の形式的な使用が「商標的使用」に該当することは、商標権侵害の要件の1つであると解釈され、裁判例が積み重ねられてきましたが、商標法に明示的な定めはありませんでした。
そこで、平成26年の商標法改正時に、商標権の効力が及ばない場合として、下記の定めが追加されました(法26条1項6号)。
……需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標
ここで、どのような場合に商標的使用が否定されるのかについては様々な議論がありますが、大別して、以下の3つの類型がこれにあたると整理することができます*3。
① 標章が商品・役務の内容等を説明するための表示として付されている場合
② 標章が商品・役務の装飾・意匠として付されている場合
③ 標章が専ら商品・役務の宣伝のためのキャッチフレーズや宣伝文句等として付されている場合
事案の概要
原告は、上記のとおり「BELLO」の文字又はその飾り文字からなっている本件各商標権 を有しており、個人事業として本件各商標を付した服飾雑貨を販売していました。他方、被告は、テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(以下「USJ」といいます。)を運営する合同会社であるところ、被告各標章を付したキャラクターグッズ(Tシャツ、インナー(腹巻付き毛糸のパンツ)、トランクス、帽子、靴下、フード付きトレーナー、スウェット及びフード付きポンチョ。以下総称して「被告各商品」といいます。)を、USJのパーク内及びパークの近隣にある被告が運営する店舗並びに被告の運営するオンラインストアで販売していました。
そこで、原告が、被告各商品の販売は本件各商標権を侵害すると主張し、その販売等の差止め、在庫の廃棄、原告に生じた損害の賠償等を請求しました。
なお、前述のとおり、「BELLO」は、ミニオンというキャラクターが話すミニオン語の1つであり、「HELLO」を意味するものです。本判決によれば、ミニオン語には少なくとも18以上の種類があるようですが、「ミニオン語が何種類の語から成るかなど、ミニオン語の全貌については証拠上も明らかではない」とのことです。
なお、被告各商品は、全部で25種類(Tシャツ11種類、インナー1種類、トランクス2種類、帽子2種類、靴下1種類、フード付きトレーナー3種類、スウェット1種類及びフード付きポンチョ3種類)ありますが、そのうちの一部(各品目につき1種類ずつ)を下表にご紹介します。
Tシャツ | インナー | トランクス |
(被告商品1-1) |
(被告商品2) |
(被告商品3-1) |
帽子 | 靴下 | フード付きトレーナー |
(被告商品4-2) |
(被告商品5) |
(被告商品6-1) |
スウェット | フード付きポンチョ | |
(被告商品7) |
(被告商品8-3) |
判旨
侵害論に係る争点と本件における判断順序
本件における侵害論に関する争点について、裁判所は、商標的使用の有無(争点3)の他、商標の類否(争点1)、商品の類否(争点2)及び権利濫用該当性(争点4)にあると整理しました
その上で、これら争点のうち、商標的使用の有無(争点3)、すなわち被告各標章が「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)に該当するか否かから検討を始めました。
商標的使用の有無の判断基準
まず、裁判所は、被告各商品に付されたミニオンの図柄と被告各標章が、服飾品における装飾的なデザインとしての性質を有すること、及び、その一方で服飾品において被告各標章が付されている位置にはブランド名が表示される場合があることを指摘した上で、次のとおり、本件における商標的使用の有無の判断方法を明らかにしました。
……被告各商品に接した需要者が,被告各標章を「需要者が何人かの業務に係る商品…であることを認識できる態様により使用されていない商標」(商標法26条1項6号)と認識するか否かは,ミニオンの図柄や被告各標章が服飾品のデザインとしての性質を有することを前提にしつつ,更に被告各標章の使用態様や取引の実情等を総合考慮して検討する必要がある。
被告各商品に接した需要者が被告各商品を購入する際の着眼点
次に、裁判所は、ミニオンというキャラクターの高い周知性を前提として、被告各商品がそのキャラクターグッズであることを理由に、被告各商品に接した需要者につき次のとおり述べました。
……需要者は,ミニオンのキャラクターに関心を有し,被告各商品がミニオンのキャラクターグッズであるという点に着目してこれを購入するものと考えられる。
すなわち、裁判所は、被告各商品に接した需要者が当該商品を購入しようとする際、ミニオンのキャラクターに関心を持ち、当該商品がそのキャラクターグッズであることに惹かれると指摘しました。
直営店舗で購入する需要者の認識
続いて、裁判所は、USJのパーク内にミニオンが導入されていることからすれば、上記のような関心を持つ需要者にとっては、ミニオンがUSJの擁するキャラクターであり、また、被告各商品が、被告がUSJのパーク内又はその近隣で運営する店舗で販売している公式のキャラクターグッズであることをもって、他の商品との出所の識別としては十分であり、それ以上に被告各商品の出所の識別を意識する動機に乏しいとしました。
また、裁判所は、「BELLO!」が、服飾品を含む多数のミニオンのキャラクターグッズや、USJのパーク内のミニオンに関連する看板等において、広くミニオンのキャラクターとセットで使用されていることから、需要者が、被告各標章や「BELLO!」をもって、ミニオンのキャラクターと関連性を有する語ないしフレーズとして認識する(ただし、ミニオン語としてまでは認識しない)と述べました。
その上で、上記の各事情等から、裁判所は、次のとおり結論付けました。
これらの状況からすると,パーク内及び近隣の直営店舗を訪れた需要者が,被告各標章をミニオンの図柄とは関連のないものと認識し,それによって被告各商品の出所を識別するとは考え難く,需要者は,被告各標章をもって少なくともミニオンのキャラクターと関連する何らかの語ないしフレーズとして認識し,被告各商品の出所については,それがUSJ(被告)の直営店舗で販売されるミニオンのキャラクターの公式グッズであることや,被告各商品にも一般に商品の出所が表示される部位である商品のタグやパッケージに本件被告ロゴが表示されていることによって識別すると認めるのが相当である。
なお、上記にいう商品のタグやパッケージに表示されているという「本件被告ロゴ」は、下図のロゴを意味しています。
引用元:https://www.onlinestore.usj.co.jp/
本件各商標の周知性
他方で、裁判所は、次のとおり、本件各商標に周知性があれば、上記取引の事情が認められたとしても、被告各標章が出所識別表示として機能すると述べました。
もっとも,本件各商標が周知なものであれば,需要者は,それを既知の出所表示として認識しているから,被告各標章が周知のミニオンの図柄と共に表示され,上記のような状況で販売される場合でも,被告各標章を出所表示として認識することになると考えられる。
しかし、裁判所は、過去に、原告の取扱商品が掲載された雑誌が発行され、また百貨店等にて当該商品の販売コーナーが設けられたことがあった事実を前提としても、掲載雑誌の種類及び掲載頻度、並びに販売コーナーの規模及び期間が、それぞれ限定されていることなどから、本件各商標の周知性を否定しました。
オンラインストアで購入する需要者の認識
次に、USJのオンラインストアで被告各商品が販売される場合について、裁判所は、トップページ上の本件被告ロゴの表示によって同ストアがUSJのオンラインストアであることが明確に認識されるようになっていること、及び同ストアと直営店舗で販売されている商品とが同じ商品であることをもって、同ストアにアクセスした需要者は、そこで販売されているキャラクターグッズがUSJの公式グッズであると認識すると述べました。
また、アマゾンなどの同ストア以外のオンラインショップについて、裁判所は、被告各商品を含む公式グッズには公式グッズとしての独自の価値があることからすると、販売者が被告各商品の出所が被告ないしUSJであることを明記しないとは考え難いとしました。
以上から、裁判所は、いずれのオンライン販売についても、直営店舗での販売と同様に、需要者が被告各標章によって被告各商品の出所を識別するとは考え難いと結論付けています。
結論-商標的使用の否定
以上を踏まえ、裁判所は、次のとおり述べて、被告各商標につき商標的使用を否定、すなわち商標法26条1項6号該当性を肯定しました。
……これまでの取引の実情に基づく限り, 被告各商品が販売されているいずれの局面においても,被告各標章が出所表示として機能していないから,被告各標章は,「需要者が何人かの業務に係る商品…であることを認識することができる態様により使用されていない」(商標法26条1項6号)と認められる。
なお、裁判所は、上記判示に続いて、次のとおり付言しています。
また,将来の被告各標章の使用についても,取引の実情の変化の有無やその態様が明らかではないから,将来における取引の実情の変化を前提とする判断をすることはできない。
この判示は、本件において将来的に取引の実情が変化して、被告による被告各標章の使用が原告各商標を「侵害するおそれ」(法36条1項)があることを根拠に差止請求が認められるかという点に関するものであると考えられます。
コメント
本判決は、前述した商標的使用が否定される類型のうち、②の「標章が商品・役務の装飾・意匠として付されている場合」に該当するものと整理できます。
この類型に関する代表的な裁判例としては、ポパイ・アンダーシャツ事件判決(大阪地判昭和51年2月24日判時828号69頁)があります。同事件は、下記各被告標章を付したアンダーシャツを被告が販売していた事案で、判決では、各被告標章がアンダーシャツの胸部中央のほぼ前面に大きく彩色した上で付されたものであることを理由に、需要者としては、当該アンダーシャツの「面白い感じ」「楽しい感じ」「可愛い感じ」に惹かれて購入するのであって、出所識別表示とは認識しないとの判断が示されています。
原告商標 | 被告標章1 | 被告標章2 |
ところで、この判決では、次のとおり、あたかも、標章が服飾品の前面や背面を覆うように大きく表示される場合は、商標的使用に該当しないように読める説示があります。
「本来の商標」がシャツ等商品の胸部など目立つ位置に附されることがあるが、それが「本来の商標」として使用される限り、世界的著名商標であつても、商品の前面や背部を掩うように大きく表示されることはないのが現状である。
しかし、少なくとも今の時代においてこの考え方に立脚することはできません。
例えば、LOVEBERRY事件判決(東京地判平成18年12月22日判タ1262号323頁)は、「Tシャツの胸元等に付されたものが単なる装飾的あるいは意匠的効果を有するか,出所識別機能をも有するかは,当該標章の具体的使用態様に即して判断せざるを得ない」と述べた上で、被告標章が前面に付されたTシャツにつき商標的使用を肯定しました。
本判決も、被告各商品の中にはその前面に大きく被告標章が表示されたものもありましたが、前述のとおり、被告各標章が付されている位置にはブランド名が表示される場合があることが指摘されています。その上で、本判決では、商標的使用の有無につき具体的な取引の実情に即した検討がされており、前記「標章が商品・役務の装飾・意匠として付されている場合」の一例として、同場合における主張立証の参考になるものと思われます。
脚注
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*1 小野昌延・三山俊司編『新・注解商標法[上巻]』97頁[茶園茂樹](株式会社青林書院、2016
年)
*2 小野昌延・三山俊司編『新・注解商標法[上巻]』83-86頁[小野昌延](株式会社青林書院、2016
年)
*3 髙部眞規子編『著作権・商標・不競法関係訴訟の実務[第2版]』274-280頁[荒井章光](株式会
社商事法務、2018年)
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(文責・増田)