平成31年3月13日、公正取引委員会(公取委)は、被審人がCDMA携帯無線通信に係る知的財産権の実施権等を一括して許諾するにあたり、相手方にその知的財産権についての被審人に対する無償の実施権許諾等を余儀なくさせており、これが独占禁止法の禁止する拘束条件付取引に該当することを理由に発せられた平成21年9月28日付けの排除措置命令について、当該ライセンス契約がクロスライセンス契約としての性質を有することを指摘したうえで、本件の事実関係においては公正競争阻害性が認められないことを理由に、これを取り消す旨の審決を行いました。
公取委が排除措置命令の全部を取り消すことは珍しく、また、知財ライセンス契約における非係争条項の独禁法上の評価を考える際の参考になります。
本稿では、「知財ライセンス契約の非係争条項が不当な拘束条件付取引に該当するとした排除措置命令を取り消した公正取引委員会の審判審決(1)」の続きとして、本件違反行為の公正競争阻害性に関する公取委の判断をご紹介します。
ポイント
骨子
- 独占禁止法が不当な拘束条件付取引を規制するのは、競争に直接影響を及ぼすような拘束を加えることは、相手方の事業活動において、相手方が良質廉価な商品・役務を提供するという形で行われるべき競争を人為的に妨げる側面を有しているからであり、拘束条件付取引の内容が様々であることから、不当な拘束条件付取引に該当するか否かを判断するに当たっては、個々の事案ごとに、その形態や拘束の程度等に応じて公正な競争を阻害するおそれを判断し、それが公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあると認められる場合に初めて相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるというべきである。
- 不当な拘束条件付取引に該当するか否かを判断するに当たっては、具体的な競争減殺効果の発生を要するものではなく、ある程度において競争減殺効果発生のおそれがあると認められる場合であれば足りるが、この「おそれ」の程度は、競争減殺効果が発生する可能性があるという程度の漠然とした可能性の程度でもって足りると解するべきではなく、当該行為の競争に及ぼす量的又は質的な影響を個別に判断して、公正な競争を阻害するおそれの有無が判断されることが必要である。
- 本件ライセンス契約は、基本的な契約の構造としては、被審人が保有する知的財産権の実施権を許諾するのに対し、国内端末等製造販売業者も保有する知的財産権の非独占的な実施権を許諾するというクロスライセンス契約としての性質を有するものといえる。
- 被審人のライセンシーに対する非係争条項も、これを本件ライセンス契約に規定した国内端末等製造販売業者と、同様の条項を規定した他の被審人のライセンシーが、無償で、互いに保有する知的財産権の権利主張をしないことを約束するというものであって、相互に保有する知的財産権の使用を可能とするものとして、クロスライセンス契約に類似した性質を有するものと認めるのが相当である。
- クロスライセンス契約を締結すること自体は原則として公正競争阻害性を有するものとは認められない。
- クロスライセンス契約としての性質を有する本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約について、国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するなどして公正な競争秩序に悪影響を及ぼす可能性があると認められるためには、この点についての証拠等に基づくある程度具体的な立証等が必要になるものと解される。
審決概要
行政機関 | 公正取引委員会 |
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審決年月日 | 平成31年3月13日 |
事件番号 | 平成22年(判)第1号 |
被審人 | クアルコム・インコーポレイテッド |
審判請求の対象 | 被審人に対する平成21年9月28日付けの排除措置命令 (平成21年(措)第22号) |
解説
公正競争阻害性の判断基準
公取委は、判例及び審決例を踏まえ、不当な拘束条件付取引に該当する場合について、①個々の事案ごとに、その形態や拘束の程度等に応じて公正な競争を阻害するおそれを判断する必要があること、②競争減殺効果発生の「おそれ」の程度は、競争減殺効果が発生する可能性があるという程度の漠然とした可能性の程度でもって足りると解するべきではなく、当該行為の競争に及ぼす量的又は質的な影響を個別に判断して、公正な競争を阻害するおそれの有無が判断されることが必要であることを確認しました。その上で、公取委は、本件についても、本件無償許諾条項等を規定することにより国内端末等製造販売業者の事業活動を拘束することが公正な競争を阻害するおそれがあるということができるか否かを判断する必要があると述べました。
旧一般指定第13項に規定する「不当に」の要件は,平成21年改正法による改正前の独占禁止法第2条第9項が規定する「公正な競争を阻害するおそれ」(公正競争阻害性)があることを意味するものと解される。
そして,独占禁止法が不当な拘束条件付取引を規制するのは,競争に直接影響を及ぼすような拘束を加えることは,相手方の事業活動において,相手方が良質廉価な商品・役務を提供するという形で行われるべき競争を人為的に妨げる側面を有しているからであり,拘束条件付取引の内容が様々であることから,不当な拘束条件付取引に該当するか否かを判断するに当たっては,個々の事案ごとに,その形態や拘束の程度等に応じて公正な競争を阻害するおそれを判断し,それが公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあると認められる場合に初めて相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるというべきである(最高裁判所平成10年12月18日判決・民集第52巻第9号1866頁・公正取引委員会審決集第45巻461頁〔有限会社江川企画による地位確認等請求上告事件〕参照)。
また,不当な拘束条件付取引に該当するか否かを判断するに当たっては,具体的な競争減殺効果の発生を要するものではなく,ある程度において競争減殺効果発生のおそれがあると認められる場合であれば足りるが,この「おそれ」の程度は,競争減殺効果が発生する可能性があるという程度の漠然とした可能性の程度でもって足りると解するべきではなく,当該行為の競争に及ぼす量的又は質的な影響を個別に判断して,公正な競争を阻害するおそれの有無が判断されることが必要である(公正取引委員会平成20年9月16日審決・公正取引委員会審決集第55巻380頁〔マイクロソフトコーポレーションに対する件〕参照)。
本審判において、審査官は、知財ガイドラインを踏まえ、①本件無償許諾条項等の制約の程度・内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であり、②その制約による不利益を填補又は回避する可能性もなかったことから、③CDMA携帯電話端末等に関する技術について国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあるほか、④被審人の有力な地位を強化するおそれがあるとして、⑤本件違反行為は公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあると主張していました。
知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針(以下「知財ガイドライン」という。)は,その第4の5(6)において,ライセンサーがライセンシーに対し,「ライセンシーが所有し,又は取得することとなる全部または一部の権利をライセンサー又はライセンサーの指定する事業者に対して行使しない義務」又は「ライセンシーが所有し,又は取得することとなる全部又は一部の特許権等をライセンサー又はライセンサーの指定する事業者に対してライセンスをする義務」を課す行為は,ライセンサーの技術市場若しくは製品市場における有力な地位を強化することにつながること,又はライセンシーの権利行使が制限されることによってライセンシーの研究開発意欲を損ない,新たな技術の開発を阻害することにより,公正競争阻害性を有する場合には,不公正な取引方法に該当するとしている。
審査官は,知財ガイドラインの前記……の考え方を踏まえて,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が,国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であり,その制約による不利益を填補又は回避する可能性もなかったことから,CDMA携帯電話端末等に関する技術について国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあるほか,被審人の有力な地位を強化するおそれがあるとして,本件ライセンス契約において本件無償許諾条項等を規定することにより国内端末等製造販売業者の事業活動を拘束するという本件違反行為は,公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあるものと認められると主張する。
そして、審査官は、上記①(本件無償許諾条項等の制約の程度・内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であること)の根拠として、次の3点を挙げていました。
- 本件無償許諾条項等の適用範囲が広範であること
- 本件無償許諾条項等が無償ライセンスとしての性質を有すること
- 本件無償許諾条項等が不均衡であること
これに対し、公取委は、前記の判断基準に加え、本件ライセンス契約がクロスライセンス契約としての性質を有すること、クロスライセンス契約の締結自体は原則として公正競争阻害性を有するものとは認められないことを指摘し、本件無償許諾条項等に関する公正競争阻害性を認めるためには、国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するなどして公正な競争秩序に悪影響を及ぼす可能性があることについての証拠等に基づくある程度具体的な立証等が必要になると述べました。そして、公取委は、前記の審査官の主張①~⑤に沿って、順次、その当否を検討していきましたが、その中では、しばしば本件ライセンス契約がクロスライセンス契約であることが強調されています。
この点,前記……のとおり,不当な拘束条件付取引に該当するか否かを判断するに当たっては,具体的な競争減殺効果の発生を要するものではなく,ある程度において競争減殺効果発生のおそれがあると認められる場合であれば足りるが,この「おそれ」の程度は,競争減殺効果が発生する可能性があるという程度の漠然とした可能性の程度でもって足りると解するべきではない。
また,前記……で認定した各事実を踏まえて本件無償許諾条項及び被審人等に対する非係争条項が規定された本件ライセンス契約の権利義務関係を総合的に検討すると,本件ライセンス契約は,被審人が国内端末等製造販売業者に対してCDMA携帯無線通信に係る知的財産権の実施権を許諾する一方,国内端末等製造販売業者が被審人に対し,一時金及び継続的なロイヤルティの支払のほか,国内端末等製造販売業者の被審人に対するCDMA携帯無線通信に係る知的財産権の実施権の許諾(本件無償許諾条項)又は国内端末等製造販売業者の被審人等及び被審人の顧客に対するCDMA携帯無線通信に係る知的財産権の権利主張をしない約束(被審人等に対する非係争条項)をするというものであり,基本的な契約の構造としては,被審人が保有する知的財産権の実施権を許諾するのに対し,国内端末等製造販売業者も保有する知的財産権の非独占的な実施権を許諾するというクロスライセンス契約(特許権の一部について権利主張をしない約束をしているものを含む。以下同じ。)としての性質を有するものといえる(被審人は金員の支払義務を負わず,国内端末等製造販売業者だけが金員の支払義務を負うことになっているものの,このような態様の契約も,クロスライセンス契約として非典型的なものとはいえないし,その金員の多寡も契約の性質自体に影響を及ぼすものとは認められない。)。また,被審人のライセンシーに対する非係争条項も,これを本件ライセンス契約に規定した国内端末等製造販売業者と,同様の条項を規定した他の被審人のライセンシーが,無償で,互いに保有する知的財産権の権利主張をしないことを約束するというものであって,相互に保有する知的財産権の使用を可能とするものとして,クロスライセンス契約に類似した性質を有するものと認めるのが相当である。そして,クロスライセンス契約を締結すること自体は原則として公正競争阻害性を有するものとは認められない(知財ガイドライン第1の1,第4の5(6),同(9)の記述も,このような考え方を前提としているものと解される。)。
そうすると,クロスライセンス契約としての性質を有する本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約について,国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するなどして公正な競争秩序に悪影響を及ぼす可能性があると認められるためには,この点についての証拠等に基づくある程度具体的な立証等が必要になるものと解される。
本件無償許諾条項等の適用範囲が広範であるか否か
本審判において、審査官は、本件無償許諾条項等は、当該条項により権利行使ができなくなる知的財産権の範囲及び取得時期並びに権利行使ができなくなる相手方及び期間のいずれの点においても適用範囲が広範であり、国内端末等製造販売業者による権利の行使を広範にわたり制約しており、これが、本件無償許諾条項等の制約の程度、内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものであると主張していました。しかし、公取委は、本件ライセンス契約がクロスライセンス契約であることを強調して、契約の一部のみを取り出して広範性を論じることは適切でないと述べました。その上で、公取委は、本件無償許諾条項等の内容について、詳細に検討していきました。
しかしながら,前記……で説示したとおり,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約は,クロスライセンス契約としての性質を有するものであり,契約の性質上,双方の知的財産権の行使が制限されるのは当然であって,そのうちの国内端末等製造販売業者等の保有する知的財産権の行使が制限される部分のみを取り出し,その適用範囲の広範性を論じるのは適切とはいえない。
(1)対象となる知的財産権の範囲
公取委は、以下のとおり、国内端末等製造販売業者が被審人からも実施権の許諾を受けたり、他の被審人のライセンシーから権利主張をされなかったりすることも考慮し、本件無償許諾条項等の対象となる知的財産権の範囲が広範なものとは認めませんでした。
そして,前記……によれば,まず,本件無償許諾条項等により実施権を許諾し,又は,権利主張を行わないと約束する国内端末等製造販売業者の知的財産権は,CDMA携帯電話端末等の製造,販売等のためのCDMA携帯無線通信に係る技術的必須知的財産権及び商業的必須知的財産権(被審人のライセンシーに対する非係争条項は技術的必須知的財産権のみ)であるが,この範囲が,携帯無線通信に係る携帯電話端末,基地局及びこれらに使用される部品の製造,販売等のための知的財産権のライセンス契約ないしクロスライセンス契約において実施権の許諾等の対象となる知的財産権の範囲として,通常のものとは異なり,特に広範なものであると認めるに足りる証拠はない。また,国内端末等製造販売業者は,一方で,被審人等に対し,国内端末等製造販売業者等が保有する知的財産権について,本件無償許諾条項等により実施権を許諾し,又は,権利主張を行わないと約束するものの,他方で,被審人から,被審人等が保有するCDMA携帯無線通信に係る技術的必須知的財産権及び商業的必須知的財産権の実施権の許諾を受けたり,他の被審人のライセンシーから,保有する技術的必須知的財産権についての権利主張をされなかったりすることを考慮すると,本件無償許諾条項等の対象として国内端末等製造販売業者の権利行使が制限される知的財産権の範囲について,これが広範なものであって,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものであると認めるのは困難である。
(2)対象となる知的財産権の時的範囲
公取委は、概ね以下の点を指摘して、改良期間が無期限とされていることをもって広範なものとは認めませんでした。
- 一部の国内端末等製造販売業者について改良期間が無期限と定められている技術的必須知的財産権は、標準規格(第三世代携帯無線通信規格)を構成するものであり、規格会議により、標準規格の対象とするものについては、当該権利所有者が、一切の権利主張をせずに無条件に、又は適切な条件の下に非排他的かつ無差別に実施権を許諾するものとされているから、CDMA携帯電話端末等の製品の差別化要素となるものではないこと
- 国内端末等製造販売業者による実施権の許諾等における改良期間が被審人による実施権許諾における改良期間と共通のものであること
また、公取委は、概ね以下の点を指摘して、改良期間に開発・取得される知的財産権が許諾等の対象に含まれることをもって広範なものとは認めませんでした。
- 一部の国内端末等製造販売業者については、技術的必須知的財産権の改良期間は一定期間とされていること
- 他の事業者の製品との差別化要素となる商業的必須知的財産権については、国内端末等製造販売業者14社すべてとの間の本件ライセンス契約において、改良期間が無期限とされていないこと
- 国内端末等製造販売業者による実施権の許諾等における改良期間が被審人による実施権許諾における改良期間と共通のものであること
この点,別表のとおり,国内端末等製造販売業者14社のうちの9社との本件ライセンス契約では,技術的必須知的財産権の改良期間が無期限と定められているものの,そもそも,技術的必須知的財産権は,標準規格(第三世代携帯無線通信規格)を構成するものであり,規格会議により,標準規格の対象とするものについては,当該権利所有者が,一切の権利主張をせずに無条件に,又は適切な条件の下に非排他的かつ無差別に実施権を許諾するものとされており,CDMA携帯電話端末等の製品の差別化要素となるものではない。しかも,国内端末等製造販売業者が被審人に対して実施権の許諾等をする知的財産権の範囲を画する改良期間は,被審人が国内端末等製造販売業者に実施権を許諾する知的財産権の範囲を画する改良期間と共通のものでもあり,改良期間が定められていない(無期限とされている)場合,被審人も,(本件ライセンス契約が存続する限り)国内端末等製造販売業者に対し,本件ライセンス契約の発効日から無期限の期間に開発又は取得することとなる知的財産権の実施権の許諾等をすることになることからすると,技術的必須知的財産権の改良期間が無期限とされていることをもって,その範囲が広範なものであって,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものであるとまで認めることはできない。
また,別表のとおり,国内端末等製造販売業者14社のうちの5社との間の本件ライセンス契約では,技術的必須知的財産権の改良期間は,契約発効日から■ないし■以内と定められており,他の事業者の製品との差別化の要素となる商業的必須知的財産権については,上記の国内端末等製造販売業者14社全てとの間の本件ライセンス契約において,改良期間は無期限とされておらず,いずれも本件ライセンス契約の発効日から■ないし■以内と定められている上,この改良期間は,被審人が国内端末等製造販売業者に対して実施権を許諾する技術的必須知的財産権及び商業的必須知的財産権の実施権と共通のものであることからすると,国内端末等製造販売業者が本件無償許諾条項等に基づいて実施権を許諾し,又は,権利主張をしないと約束した知的財産権について,本件ライセンス契約の発効日以前に開発又は取得したもののみならず,本件ライセンス契約で定められた改良期間に開発又は取得することとなるものも含まれるということをもって,その範囲が広範なものであって,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを基礎付けるような広範なものであると認めることはできない。
(3)相手方の範囲
公取委は、本件無償許諾条項については、概ね以下の点を指摘して、国内端末等製造販売業者が権利行使を制限される相手方の範囲が広範なものとは認めませんでした。
- 被審人等のCDMA部品を組み込まない顧客の製品の部分又は機能によって知的財産権を侵害された場合には権利行使が可能であること
- 実施権の許諾者が実施権により製造した製品の購入者に対して権利行使を制限されることは通常であること
- 本件ライセンス契約がクロスライセンス契約としての性質を有しており、国内端末等製造販売業者も顧客の製品について被審人から権利行使を受けないという利益を得ること
また、公取委は、被審人等に対する非係争条項についても、その相手方の範囲が本件無償許諾条項よりも狭いことから、それが広範なものとは認めず、さらに、被審人のライセンシーに対する非係争条項についても、相手方の範囲が被審人のライセンシーに限られるうえ、国内端末等製造販売業者自身が権利行使を受けない範囲と一致することから、それが広範なものとは認めませんでした。
前記……のとおり,本件無償許諾条項に基づいて国内端末等製造販売業者が被審人に対して知的財産権の実施権を許諾することによって権利行使が制限される相手方の範囲は,被審人等のほか,被審人等からCDMA部品を購入した者(被審人の顧客)であるが,実際に国内端末等製造販売業者が被審人の顧客に対して権利行使をすることができなくなるのは,当該被審人の顧客が被審人等のCDMA部品に使用された知的財産権によって国内端末等製造販売業者の知的財産権を侵害する場合に限られ,被審人等のCDMA部品を組み込まない顧客の製品の部分又は機能によって知的財産権を侵害された場合には,権利行使をすることを妨げられない。そして,知的財産権の実施権を許諾した者が,それを使用して製造した製品を購入した者に対し,その製品による知的財産権の侵害について,権利行使を制限されること自体は,一般的なライセンス契約やクロスライセンス契約で通常生じるものである。さらに,前記……で説示したとおり,本件無償許諾条項が規定された本件ライセンス契約は,クロスライセンス契約としての性質を有しており,上記のとおり,一方で,国内端末等製造販売業者は,本件無償許諾条項の効果により,被審人の顧客に対する権利主張を一定の範囲で制限されるものの,他方で,本件ライセンス契約に基づいて実施権を許諾された被審人等の保有する知的財産権を使用して製品を製造した場合,同様に,その製品を購入した国内端末等製造販売業者の顧客の製品による被審人の知的財産権の侵害について,被審人から権利行使を受けないという利益を得ることからすると,本件無償許諾条項によって国内端末等製造販売業者が権利行使をすることができなくなる相手方の範囲について,これが広範なものであって,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものであると認めることはできない。
また,前記……によれば,被審人等に対する非係争条項は,国内端末等製造販売業者が被審人に対して知的財産権の実施権を許諾するというものではなく,国内端末等製造販売業者が権利行使できなくなる相手方の範囲を個別に定めたものである。被審人等に対する非係争条項は,国内端末等製造販売業者等が開発若しくは取得し,又は開発若しくは取得することとなる知的財産権の一部について,本件無償許諾条項の対象とすることを避け,国内端末等製造販売業者が権利行使を制限される範囲を具体的に定めるために規定されたものであり,本件無償許諾条項よりも権利行使が制限される相手方の範囲が狭くなるように定められている被審人等に対する非係争条項について,これによって権利行使が制限される相手方の範囲について,これが広範なものであって,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものであると認めることはできない。
さらに,前記……によれば,被審人のライセンシーに対する非係争条項については,これによって権利行使が制限される相手方の範囲が,同様の条項を規定した他の被審人のライセンシーに限られる上,自身が権利行使を受けなくなる相手方の範囲と一致することからすると,権利行使が制限される相手方の範囲について,これが広範なものであって,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものであると認めることはできない。
(4)契約期間
本件ライセンス契約の契約期間は定められていません。しかし、公取委は、国内端末等製造販売業者は改良期間終了後に開発・取得する知的財産権を行使できること、もとより、国内端末等製造販売業者が権利行使を制限される期間は被審人による実施権許諾の期間と一致し、一方的に無期限あるいは長期間にわたるというものではないことから、本件ライセンス契約の契約期間が無期限あるいは長期間であるということをもって、その範囲が広範なものとは認めませんでした。
被審人と国内端末等製造販売業者との間の本件ライセンス契約では,契約期間が定められていないが,これは,本件ライセンス契約及び本件無償許諾条項等の対象となる知的財産権について,その実施権を許諾し,又は,権利主張をすることができなくなる期間が定められていないということを意味するだけであり,国内端末等製造販売業者が被審人等に対して実施権を許諾し,又は,権利主張を行えなくなる知的財産権の範囲について,これを画定する期間が定められていないということを意味するものではない。つまり,本件ライセンス契約の契約期間にかかわらず,国内端末等製造販売業者は,改良期間終了後に開発又は取得することとなる知的財産権を別途行使できるのであるから,本件ライセンス契約の契約期間が無期限あるいは長期間であるということをもって,国内端末等製造販売業者が行使できなくなる知的財産権の範囲が広範であるということはできない。
もとより,本件ライセンス契約の契約期間が無期限あるいは長期間であるということは,国内端末等製造販売業者が本件無償許諾条項等に基づいて実施権の許諾等をする知的財産権について,その行使を制限される期間が無期限あるいは長期間であることを意味するものの,この点は,被審人が国内端末等製造販売業者に対して知的財産権の実施権を許諾する期間と一致するものであって,国内端末等製造販売業者が権利行使できない期間が一方的に無期限あるいは長期間にわたるものというものではないし,上記のとおり,国内端末等製造販売業者は,改良期間終了後に開発又は取得することとなる知的財産権を別途行使できることは変わりない。
したがって,本件ライセンス契約の契約期間が無期限あるいは長期間であるということをもって,その範囲が広範であって,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものと認めることはできない。
無償ライセンスとしての性質を有するか否か(本件無償許諾条項及び被審人等に対する非係争条項)
公取委は、ここでも本件ライセンス契約がクロスライセンス契約の性質を有するものであり、一方の契約当事者の一部の義務だけを取り出してその評価を行うのは相当ではないと指摘しました。その上で、公取委は、概ね以下の点を指摘して、本件無償許諾条項や被審人等に対する非係争条項が無償のものとは認めませんでした。
- 国内端末等製造販売業者が被審人から実施権許諾を受けていること
- 仮に国内端末等製造販売業者が得る利益が小さいとしても、本件ライセンス契約が交渉結果として成立していること
- 本件ライセンス契約の対象知的財産権の数、内容、金銭的評価、国内端末等製造販売業者からのロイヤルティの要否、妥当なロイヤルティ料率について証拠上明らかにするのは困難であり(現に明らかでない)、両当事者の利益が釣り合っていないという事実が認められないこと
- 本件無償許諾条項については、契約書に「fully-paid」という文言があるほか、一部の国内端末等製造販売業者の契約書の前文には、本件無償許諾条項等を含む規定が全体として被審人からの知的財産権の実施権の許諾についての対価の一部を構成していることを示す記載があること
しかしながら,前記……で説示したとおり,本件無償許諾条項及び被審人等に対する非係争条項が規定された本件ライセンス契約は,被審人と国内端末等製造販売業者がそれぞれ保有する知的財産権を互いにライセンスし合うクロスライセンス契約としての性質を有するものであると認められるところ,通常,このような契約は,その性質上,契約において定められた当事者双方の義務が相互に関連するものとして定められているものと解するのが相当であるから,一方の契約当事者の一部の義務だけを取り出して,その評価を行うのは相当ではない。そして,本件ライセンス契約において,国内端末等製造販売業者は,一方で,本件無償許諾条項等に基づき,被審人に対し,国内端末等製造販売業者等が保有し又は保有することとなる知的財産権について,実施権を許諾し,又は,一定の範囲の相手方に対してその権利主張をしないことを約束するほか,一時金とロイヤルティという金員を支払うものとされているものの,他方で,被審人等が保有し又は保有することとなる知的財産権の実施権の許諾を得ていることからすると,国内端末等製造販売業者が,一定の範囲の知的財産権について,その実施権を許諾し,又は,一定の範囲の相手方に対してその権利主張をしないことを約束するという本件無償許諾条項等だけを取り出して,国内端末等製造販売業者が何らの対価も得られないままに義務付けられたものと解釈することは,本件ライセンス契約の解釈として相当ではなく,これをもって本件無償許諾条項等が対価のない無償のものであると評価することはできない。
また,仮に,本件ライセンス契約について,その内容を実質的にみて,被審人が得る一時金やロイヤルティ収入,そして,国内端末等製造販売業者等の保有する知的財産権の実施権の許諾等をされる利益と,国内端末等製造販売業者が得る被審人等の保有する知的財産権の実施権の許諾をされるという利益が釣り合っていない(国内端末等製造販売業者の得る利益が小さい)という事実が認められたとしても,上記のような本件無償許諾条項及び被審人等に対する非係争条項が規定された本件ライセンス契約の性質に加えて,本件ライセンス契約が被審人と国内端末等製造販売業者との交渉の結果として成立していることからすると,本件ライセンス契約に規定された条項の一部が対価のない無償のものであると評価することは困難である。この点を措いたとしても,本件ライセンス契約については,被審人及び国内端末等製造販売業者が具体的にどのような数,内容の知的財産権の実施権を相互に許諾することになるのか,その金銭的評価はどのようになるのか,国内端末等製造販売業者が被審人に対してロイヤルティを支払う必要があるのか,どの程度のロイヤルティ料率が妥当なのかについて,証拠上明らかにすることは困難であり,現に,本件証拠上もこれらは明らかではない。そのため,本件ライセンス契約について,被審人が得る利益と国内端末等製造販売業者が得る利益が釣り合っていないという事実を認めることができず,実質的にみて,本件無償許諾条項や被審人等に対する非係争条項によって国内端末等製造販売業者が課された義務が無償のものであると認めることもできない。
その他,前記……のとおり,本件ライセンス契約の契約書には,本件無償許諾条項について,金員の支払を定めない「royalty free」という文言がある一方で,「fully-paid」という文言があるほか,一部の国内端末等製造販売業者の本件ライセンス契約の契約書の前文には,本件無償許諾条項等を含む規定が,全体として,被審人からの知的財産権の実施権の許諾についての対価の一部を構成していることを示す記載もされていることからすると,本件ライセンス契約の契約書の文言から,本件無償許諾条項や被審人等に対する非係争条項が,対価を有しない無償のものであると認めることはできない。
無償ライセンスとしての性質を有するか否か(被審人のライセンシーに対する非係争条項)
公取委は、被審人のライセンシーに対する非係争条項について、これが実質的に被審人のライセンシーの知的財産権の相互利用を可能にすることを目的とした条項であると指摘したうえで、国内端末等製造販売業者にとっては、他の被審人のライセンシーの知的財産権を利用できるという対価があること等から、無償ライセンスとしての性質を有するものとは認めませんでした。
次に,被審人のライセンシーに対する非係争条項について検討するに,被審人のライセンシーに対する非係争条項は,被審人との間のライセンス契約に同様の条項を規定した被審人のライセンシー同士が,自らが保有し又は保有することとなる知的財産権に係る権利主張を相互にしないことを被審人に対して約束するというものであり,実質的にみると,被審人のライセンシーが保有し又は保有することとなる知的財産権を相互に利用することができるようにすることを目的とした条項といえる。
そうすると,被審人のライセンシーに対する非係争条項は,国内端末等製造販売業者にとっては,当該条項と同様の条項を規定した他の被審人のライセンシーの知的財産権を利用できるという対価があることになるから,被審人のライセンシーに対する非係争条項が無償ライセンスとしての性質を有するとはいえない。
また,被審人のライセンシーに対する非係争条項は,国内端末等製造販売業者と被審人との間における直接的な関係を生じさせるものではないことからすると,被審人が,当該条項の対象となる国内端末等製造販売業者の知的財産ポートフォリオの価値を検討,評価し,その結果を前提としてロイヤルティ料率及びその他の契約条件を調整していないことを理由に,無償ライセンスとしての性質を有するとはいえない。
不均衡であるか否か
審査官は、本件無償許諾条項等により、国内端末等製造販売業者が莫大な費用及び労力を投じて開発する広範な知的財産ポートフォリオについて、被審人に対し、無償で実施権を許諾し、又は、これに加えて被審人等や被審人の顧客及びライセンシーに対して権利主張をしないことを約束するとともに、被審人が一方的に決定したロイヤルティ料率に基づくロイヤルティを支払うことを義務付けられる一方で、被審人は、国内端末等製造販売業者等が保有し又は保有することとなるCDMA携帯電話端末等に関する極めて広範な知的財産権を何らの対価を支払うことなく使用して、権利行使を受けることのない安定性を有するCDMA部品を顧客に提供することが可能となることから、国内端末等製造販売業者と被審人との間で均衡を欠くと主張していました。
しかし、公取委は、ここでも本件ライセンス契約がクロスライセンス契約の性質を有するものであることを指摘したうえで、審査官の主張は、国内端末等製造販売業者が得られる権利や被審人が負う義務を考慮しないもので、不均衡性の検討方法として適切でないと述べました。
しかしながら,前記……のとおり,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約は,基本的に,クロスライセンス契約としての性質を有するものであるところ,審査官の主張は,本件無償許諾条項等を含む本件ライセンス契約の特定の条項についての国内端末等製造販売業者が負う義務と被審人が得られる権利だけを考慮し,国内端末等製造販売業者が得られる権利や被審人が負う義務を考慮しないものであり,本件ライセンス契約における本件無償許諾条項等の不均衡性の検討方法としては適切なものとはいえない。
そして、前記のとおり、本件無償許諾条項等が無償ライセンスとしての性質を有するとは認められないため、公取委は、審査官の主張はその前提を欠くものと述べました。その上で、公取委は、概ね以下の点を指摘して、不均衡であるとは認めませんでした。
- クロスライセンス契約において、双方の知的財産権の価値が一致するものと合意されるとは限らず、一方の契約当事者による金員の支払の合意をもって、当該契約が不均衡なものと評価できないのは当然であること
- 被審人が国内端末等製造販売業者よりも総体として価値の高い知的財産権を保有していたものと推認されること
- 国内端末等製造販売業者は、被審人から実施権許諾を受けたり、他の被審人のライセンシーから権利主張をされなかったりすること
なお,両者の間で形式的に不均衡が生じているようにも見えるのは,国内端末等製造販売業者が被審人に対して一時金とロイヤルティを支払う義務を負うという点であるが,そもそも,クロスライセンス契約において,双方が実施権の許諾等をする知的財産権の価値が一致するものと合意されるとは限らず,そこに差異があるのであれば,一方当事者が他方当事者に対して知的財産権の実施権の許諾等に加えて金員の支払をする旨の合意がされることは何ら不合理なものではなく,このようなクロスライセンス契約における一方の契約当事者による金員の支払の合意をもって,当該契約が不均衡なものと評価できないのは当然である。また,本件ライセンス契約の締結に至る経緯や確認書に記載された該当知的財産権の数を踏まえても,被審人は,本件ライセンス契約を締結した各国内端末等製造販売業者よりも総体として価値の高い知的財産権を保有していたものと推認されるから,本件ライセンス契約において,国内端末等製造販売業者が,被審人に対し,国内端末等製造販売業者等が保有し又は保有することとなる知的財産権の実施権を許諾したり,その権利主張をしないことを約束したりするほかに,被審人に対してロイヤルティ等の支払をするということ自体が,明らかに均衡を失するものとはいえない。さらに,国内端末等製造販売業者は,一方で,被審人等に対し,国内端末等製造販売業者等が保有する知的財産権について,本件無償許諾条項等により実施権を許諾し,又は,権利主張を行わないと約束するものの,他方で,被審人から,被審人等が保有する知的財産権の実施権の許諾を受けたり,他の被審人のライセンシーから保有する技術的必須知的財産権についての権利主張をされなかったりするのであり,国内端末等製造販売業者が被審人等の保有するCDMA携帯無線通信に係る技術的必須知的財産権及び商業的必須知的財産権の実施権の許諾を受けられる範囲に関し,被審人等の保有する上記の知的財産権の実施権の許諾が国内端末等製造販売業者のCDMA携帯電話端末に組み込まれる場合に限られる点等において差異があるものの,前記……で説示したとおり,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約において双方が実施権を許諾し,又は,権利主張しないことを約束した知的財産権の数や内容,評価が明らかでない以上,被審人の国内端末等製造販売業者に対する知的財産権の実施権の許諾と,国内端末等製造販売業者の被審人に対する上記の一時金及びロイヤルティの支払並びに知的財産権の実施権の許諾又は権利主張をしない旨の約束が均衡のとれていないものであると認めるに足りる証拠もないといわざるを得ない。
また、審査官は、本件無償許諾条項等は、国内端末等製造販売業者の保有する知的財産権の価値の差異を考慮していない点で、国内端末等製造販売業者各社を実質的に差別的に取り扱うものであり、国内端末等製造販売業者各社間の均衡を欠くと主張していました。しかし、公取委は、本件無償許諾条項等の対象の知的財産権に存在する差異が本件ライセンス契約の内容に差異を設けるべきほどのものかは証拠上明らかでなく、また、本件無償許諾条項等の内容に一定の差異が設けられていることから、被審人が国内端末等製造販売業者を実質的に差別的に取り扱っているとまではいえないと述べました。
しかし,国内端末等製造販売業者がそれぞれ保有する知的財産権について,その価値が全く同一ということがあり得ないことは確かであるが,そこに存在する差異が本件無償許諾条項等の規定された本件ライセンス契約の内容に何らかの差異を設けるべきほどのものであるのかは,証拠上明らかでなく,国内端末等製造販売業者の間で契約内容の差異を設けなかったことが,本件無償許諾条項等の制約の程度,内容が一部の国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものであるとはいえない。しかも,別紙2のとおり,ロイヤルティ料率について差異がなかったとしても,本件無償許諾条項等における改良期間の定め,対象となる権利の範囲,一時金の金額等が,各国内端末等製造販売業者において一部異なっていることに鑑みると,被審人が国内端末等製造販売業者の知的財産権の価値を考慮せず,各社を実質的に差別的に取り扱っているとまではいえない。
研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理か否か
審査官は、①本件無償許諾条項等の適用範囲が広範であること、②本件無償許諾条項等が無償ライセンスとしての性質を有すること、③本件無償許諾条項等が不均衡であることを根拠に、以下の点を指摘して、本件無償許諾条項等の制約の程度・内容が国内端末等製造販売業者が競って研究開発をしようとする意欲を低下させるものであると主張していました。
- 国内端末等製造販売業者が価値のある技術を開発しても、対価の支払を受けることができない場合が広く発生すること
- 権利行使が妨げられる相手方には競争者が多く含まれ、CDMA携帯電話端末等製品の差別化が困難となること
- 国内端末等製造販売業者が価値ある技術を開発し、当該技術に係る知的財産権を保有すれば保有するほど、被審人との間又は国内端末等製造販売業者間の不均衡の程度が拡大すること
しかし、公取委は、前記のとおり、上記①~③のいずれも認められないことを理由に、この主張も斥けました。
しかしながら,本件ライセンス契約に規定された本件無償許諾条項等によって,国内端末等製造販売業者が被審人に対して実施権を許諾し,又は,被審人等や被審人のライセンシーに対して権利主張をしないことを約束する知的財産権の範囲が,国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理なものであることを示すような広範なものとはいえないことは,前記……で説示したとおりである。特に,ライセンス契約における知的財産権に係る研究開発意欲の阻害という点からは,当該知的財産権のライセンス契約において契約当事者が実施権を許諾し,又は,権利主張をしないことを約束する知的財産権のうち,契約当事者が契約時に保有するものの範囲ではなく,それ以後に開発又は取得するものの範囲が問題となるところ,本件ライセンス契約においては,多くの契約における技術的必須知的財産権の改良期間と全ての契約における商業的必須知的財産権の改良期間は,■ないし■以内とされているし,一部の契約において技術的必須知的財産権の改良期間が無期限と定められているものの,前記……で説示したとおり,そもそも,技術的必須知的財産権は,標準規格(第三世代携帯無線通信規格)を構成するものであり,規格会議により,標準規格の対象とするものについては,当該権利所有者が,一切の権利主張をせずに無条件に,又は適切な条件の下に非排他的かつ無差別に実施権を許諾するものとされており,CDMA携帯電話端末等の製品の差別化要素となるものではないことからすると,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約において,契約当事者である国内端末等製造販売業者が実施権を許諾し,又は,権利主張をしないことを約束する知的財産権のうち,当該契約締結後に開発又は取得するものの範囲自体が,通常の契約内容とは異なり,国内端末等製造販売業者等の研究開発意欲を阻害する程度に広範なものであると認めることはできない。
また,本件無償許諾条項等が無償ライセンスとしての性質を有するとは認められないことも前記……で説示したとおりであるし,仮に,その一部が無償ライセンスとしての性質を有するとしても,そのことのみをもって,直ちに,国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するものと認めることはできない。
さらに,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約が不均衡なものと認めるに足りる証拠がないことも,前記……で説示したとおりであり,仮に被審人と国内端末等製造販売業者との間で契約内容が一部不均衡なものとなっていたとしても,そのことのみをもって,直ちに,国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するものと認めることはできない。
国内端末等製造販売業者は本件無償許諾条項等により被るおそれのある不利益を填補又は回避できなかったか否か
審査官は、本件無償許諾条項等の制約の程度・内容が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理なものであったとしても、国内端末等製造販売業者が、本件ライセンス契約の交渉過程において、本件無償許諾条項等により被るおそれのある不利益を填補又は回避することができたのであれば、研究開発意欲阻害のおそれを基礎付ける事実は認められないところ、本件において、国内端末等製造販売業者は、本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約の締結を「余儀なく」されており、本件無償許諾条項等により被るおそれのある不利益を填補又は回避することができなかったと主張していました。しかし、公取委は、本件排除措置命令は優越的地位の濫用を理由とするものではなく、拘束条件付取引との関係では「余儀なく」させたか否かは直接の要件とならないと述べました。
この点,まず,本件排除措置命令では,被審人が優越的地位にあるとして,その地位を濫用して国内端末等製造販売業者に対して不当に不利益となるような本件無償許諾条項等を本件ライセンス契約に規定することを余儀なくさせたとされているわけではなく,被審人の本件違反行為が旧一般指定第13項の規制する拘束条件付取引に該当するとされているところ,拘束条件が付された取引を「余儀なく」させたか否かは,拘束条件付取引に該当するための直接の要件となるものではない。。
本件無償許諾条項等の具体的な効果が認められ、国内端末等製造販売業者の研究開発意欲阻害のおそれが具体的に立証されるという審査官の主張
審査官は、本件無償許諾条項等の具体的な効果として、国内端末等製造販売業者が、本件無償許諾条項等により、新たな技術のための研究開発活動への再投資を妨げられているほか、制約が広範かつ長期にわたり、また、不均衡な内容であることを認識して研究開発を行わざるを得なくなっていることから、国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれが具体的に立証されると主張していました。公取委は、この主張について、実際に本件無償許諾条項等による国内端末等製造販売業者の研究開発意欲が阻害されていることを主張立証することによって、本件無償許諾条項等による研究開発意欲阻害のおそれを間接的に立証しようとするものと理解しました。
この点,審査官の上記主張は,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約の公正競争阻害性については,実際に国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を損ない,新たな技術の開発を阻害した事実までの主張立証は不要であり,研究開発意欲が阻害されるおそれの立証で足りることを前提とした上で,実際に本件無償許諾条項等による国内端末等製造販売業者の研究開発意欲が阻害されていることを主張立証することによって,本件無償許諾条項等による研究開発意欲阻害のおそれを間接的に立証しようとするものと考えられる。
(1)研究開発活動への再投資を妨げられているか否か
公取委は、概ね以下の点を指摘して、国内端末等製造販売業者が本件無償許諾条項等によって知的財産権の行使が妨げられたことをもって、国内端末等製造販売業者が研究開発活動のための再投資を妨げられて研究開発意欲を低下させられたという審査官の主張を斥けました。
- クロスライセンス契約としての性質上、実施権許諾等の対象とされた知的財産権の行使が制限され、対価を得ることができる余地が減少するのは当然であること
- 被審人による実施権許諾と、国内端末等製造販売業者による一時金及びロイヤルティの支払並びに実施権許諾等が均衡のとれていないものであると認めるに足りる証拠がないこと
- 国内端末等製造販売業者等が改良期間経過後に開発・取得することとなる知的財産権については権利行使が可能であること
- 国内端末等製造販売業者は、保有する知的財産権によってライセンス収入を得るということしかできないわけではなく、それは事業戦略の問題であること
- 国内端末等製造販売業者は、被審人等及び被審人の顧客以外の事業者に対するライセンス料の請求等は可能であるし、改良期間終了後に開発・取得した知的財産権を行使して、被審人等や被審人の顧客、他の被審人のライセンシーに対するライセンス料の請求等も可能であること
- 一部の国内端末等製造販売業者は、平成15年に形成された第三世代携帯無線通信規格であるW-CDMA方式のパテントプールに参加して、現にライセンス料収入等を得ていること
しかしながら,そもそも,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約は,クロスライセンス契約としての性質を有しており,その性質上,各契約当事者が実施権を許諾するなどした知的財産権の行使が制限され,別途,その実施権の許諾等による対価を得ることができる余地が減少するのは当然のことであるから,国内端末等製造販売業者が本件無償許諾条項等のため,自社が保有する知的財産権を行使する機会が制限されたことをもって,直ちに,本来得ることができる経済的利益を獲得する機会を奪われたと評価することはできない。
また,国内端末等製造販売業者が,被審人等や被審人の顧客からロイヤルティを得たり,本件ライセンス契約において被審人に対して支払うものとされたロイヤルティ料率の調整を受けたりすることができなかったという点については,前記……のとおり,被審人の国内端末等製造販売業者に対する知的財産権の実施権の許諾と,国内端末等製造販売業者の被審人に対する一時金及びロイヤルティの支払並びに知的財産権の実施権の許諾又は権利主張をしない旨の約束が均衡のとれていないものであると認めるに足りる証拠がない以上,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約により,国内端末等製造販売業者が本来得ることができる経済的利益を得る機会を獲得することができなかったことを示すものと認めることはできない。
さらに,他の事業者との差別化を図るために必要となる商業的必須知的財産権については,改良期間が■ないし■とされており,国内端末等製造販売業者等が改良期間経過後に開発又は取得することとなる知的財産権については権利行使をすることが可能であることからすると,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約により,国内端末等製造販売業者による製品の差別化が実際に困難となったと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
加えて,審査官の主張は,国内端末等製造販売業者が,保有する知的財産権によってライセンス収入を得て,これを研究開発費として再投資することを前提とするものであるが,国内端末等製造販売業者は,保有する知的財産権によってライセンス収入を得るということしかできないわけではなく,本件無償許諾条項等を含む本件ライセンス契約により,自らが保有する知的財産権に基づく権利行使をしない代わりに,被審人等から(被審人のライセンシーに対する非係争条項を規定した場合には他の被審人のライセンシーからも)権利行使を受けずに,これらの者が保有する知的財産権を使用して携帯電話端末等を製造,販売し,これによって収入を得ることができることからすると,国内端末等製造販売業者が本件無償許諾条項等によって研究開発に再投資すべき経済的利益を獲得する機会を奪われているとか,それによって国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を実際に阻害されたと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。この点,国内端末等製造販売業者の中に,ライセンス収入を研究開発費として還元している事業者が存在するとしても,それは当該国内端末等製造販売業者側の事業戦略の問題であるから,上記のような事業者の存在を理由に,本件無償許諾条項等により通常は研究開発費の原資が不足するなどとして,本件無償許諾条項等によって研究開発意欲が阻害されると認めることはできない。
しかも,本件無償許諾条項等は,国内端末等製造販売業者が被審人に対して保有する知的財産権の独占的な実施権を許諾するというものではないから,国内端末等製造販売業者は,被審人等及び被審人の顧客以外の事業者に対して保有する知的財産権に係るライセンス料の請求等をすることは可能であるし,また,被審人等,被審人の顧客及び被審人のライセンシーに対する権利行使が制限されるのは,本件ライセンス契約の発効日以前に国内端末等製造販売業者等が開発又は取得した知的財産権及び国内端末等製造販売業者等が改良期間内に開発又は取得した知的財産権に限られるから,改良期間終了後に開発又は取得した知的財産権を行使して,被審人等や被審人の顧客,他の被審人のライセンシーに対してライセンス料の請求等をすることも可能である。そして,証拠……によれば,一部の国内端末等製造販売業者は,実際に,有力な事業者とライセンス契約を締結しているほか,平成15年に形成された第三世代携帯無線通信規格であるW-CDMA方式のパテントプールの「W-CDMA Patent Licensing Programme」に,平成21年9月の時点で,《C》,《F》,《D》,《K》,《A2》及び《E》が参加して,ライセンス料収入等を得ているものと認められることからすると,仮に,国内端末等製造販売業者が,本件無償許諾条項等により,一定の経済的利益を獲得する機会を奪われていたとしても,それが国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を実際に阻害するものであるとは認めるに足りないというべきである。
(2)制約の広範性・長期性、不均衡性を認識して研究開発を行わざるを得ないか否か
審査官は、本件無償許諾条項等による制約により国内端末等製造販売業者が認識するであろう不利益(本件無償許諾条項等による制約の広範性・長期性、不均衡性)を挙げ、これにより、国内端末等製造販売業者が積極的に研究開発活動を拡大する意欲を失うことになると主張していました。しかし、公取委は、前記のとおり本件無償許諾条項等自体が不合理なものとは認められないことを理由に、この主張を斥けました。
しかし,本件無償許諾条項等が,その性質上,国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を低下させるおそれがあると推認される程度に不合理なものと認められないことは,前記……で説示したとおりである。審査官の上記主張は,このことを国内端末等製造販売業者の認識の点から表現しているにすぎず,格別の主張であるとは認められない。
また,国内端末等製造販売業者である《A2》の従業員と《F》の従業員は,現に本件無償許諾条項等によって研究開発意欲が削がれたかのような供述をしているものの……,本件無償許諾条項等自体について,国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に広範,無償,不均衡で不合理なものと認めるに足りる証拠がないことは,前記……で説示したとおりであり,本件について利害関係を有する国内端末等製造販売業者の従業員の供述のみをもって,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約が国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理なものと認めることはできない。
被審人の有力な地位が強化されるおそれ
審査官は、以下のとおり、被審人の有力な地位が強化されるおそれがあると主張していました。
- 被審人が本件検討対象市場において有力な地位を有していたことを前提に、被審人により本件無償許諾条項等を含む本件ライセンス契約の締結を余儀なくされた結果、国内端末等製造販売業者による研究開発意欲を阻害するおそれがあり、これにより国内端末等製造販売業者の地位が低下することとなる一方で、相対的に被審人の有力な地位が更に強化される。
- 被審人が、国内端末等製造販売業者が保有する技術を利用する際に費用の支出を免れる一方で、自らは継続的なロイヤルティ収入を得て、安定した半導体集積回路の販売利益を確保することになり、被審人が有利な条件で研究開発活動の原資を獲得し、研究開発活動費に充てることで強力な知的財産ポートフォリオを築き上げ、その有力な地位を更に強化する。
しかし、公取委は、前記のとおり本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約が不合理なものであるとまで認められないことを理由に、審査官の主張はその前提を欠くと述べました。また、公取委は、本件ライセンス契約がクロスライセンス契約としての性質を有することを指摘して、本件ライセンス契約ないし本件無償許諾条項等が被審人の地位を一方的に強化するものであるとは認めませんでした。
しかしながら,審査官が主張するように,被審人が,規格会議に対して第三世代携帯無線通信規格に係る技術的必須知的財産権を多数保有する旨の確認書を提出し,実際にもこれを保有していることなどから,被審人がCDMA携帯電話端末等に関する技術に係る市場において有力な地位を有していたものと認められるとしても,前記……のとおり,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約が,国内端末等製造販売業者によるCDMA携帯電話端末等に関する技術の研究開発意欲を阻害するおそれを推認させる程度に不合理なものであるとまでは認められないことからすると,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約によって国内端末等製造販売業者の研究開発意欲が阻害され,それによって国内端末等製造販売業者の地位が低下し,被審人の有力な地位が更に強化されるという審査官の主張は,その前提を欠くものといえる。
また,審査官は,被審人が国内端末等製造販売業者等の保有する技術を利用する際に費用の支出を免れることができるとも主張するが,本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約は基本的にクロスライセンス契約としての性質を有するものであり,被審人が,本件ライセンス契約に基づき,ライセンス料の支払を受けるほか,国内端末等製造販売業者等の保有する知的財産権の実施権の許諾や非係争の利益を得る一方で,国内端末等製造販売業者も,被審人等が保有する知的財産権の実施権の許諾を受けるのであり,被審人の国内端末等製造販売業者に対する知的財産権の実施権の許諾と,国内端末等製造販売業者の被審人に対する一時金及びロイヤルティの支払並びに知的財産権の実施権の許諾又は権利主張をしない旨の約束が均衡のとれていないものであると認めるに足りる証拠がないことからすると,本件ライセンス契約ないし本件無償許諾条項等が,保有する知的財産権の範囲を超えて,被審人の地位を一方的に強化するものであると認めることはできない。
コメント
ライセンシーに非係争義務があれば、ライセンサーやその指定する第三者がライセンシーの知的財産を利用しても差止請求等を受けることがないため、非係争義務は、当該知的財産の普及を促進し、競争を促進する面があるとも指摘されます。非係争義務の対象となる知的財産権の範囲がある程度限定されていれば、本審決が述べたようにクロスライセンスが行われた場合と変わりがないともいえます(実際、マイクロソフト事件と判断が分かれた理由として、本件の非係争義務の対象となる知的財産権の範囲が限定的であった点を指摘する論者もいます。)。本審決は、どのような非係争義務が独禁法に照らして適法であるかの一例を示すものであり、重要な審決例であると考えられます。
しかし、非係争義務が規定されたライセンス契約が実質的にクロスライセンス契約であるか、それともライセンシーを過度に拘束して競争を阻害するものであるかについては、本件がそうであるように、ライセンサーが許諾する実施権やライセンシーが負う非係争義務の範囲の広範性、両当事者の負う様々の義務が釣り合っているか否か、知的財産の内容(標準必須知的財産権であるか、それとも製品の差別化をもたらす知的財産権か等)、両当事者の交渉経過など、非常に複雑な要素を考慮する必要があり、その判断は容易ではありません。
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(文責・溝上)