知的財産高等裁判所第1部(高部眞規子裁判長)は、平成31年2月6日、「CHAMPAGNE(シャンパン)」の文字を含む商標の商標法第4条第1項第7号該当性が争われた事案について判決をしました。

判決は、本件商標をその指定商品に使用することは、フランスのシャンパーニュ地方におけるぶどう酒製造業者の利益を代表する被告のみならず、法令により「CHAMPAGNE(シャンパン)」の名声、信用ないし評判を保護してきたフランス国民の国民感情を害し、日本とフランスとの友好関係にも好ましくない影響を及ぼしかねないものであり、国際信義に反し、両国の公益を損なうおそれが高いといわざるを得ず、本件商標は、商標法第4条第1項第7号に該当するとの判断を示しています。

ポイント

判旨概要

  • 「CHAMPAGNE」及び「シャンパン」の表示は、「フランスのシャンパーニュ地方で作られる発泡性ぶどう酒」を意味する語であって、生産地域、製法、生産量など所定の条件を備えたぶどう酒にだけ使用できるフランスの原産地統制名称である。
  • 「CHAMPAGNE」及び「シャンパン」の表示は、日本において、シャンパーニュ地方産スパークリング・ワインの名称にとどまらず、発泡性ぶどう酒の代名詞のようなイメージを持たれるほどに取引者のみならず消費者に広く認識され、多大な顧客吸引力を有する極めて著名な表示であったことが認められる。
  • 本願商標からは、「アンヴィ シャンパングレイ」の称呼及び観念を生じるのみでなく、「シャンパン」の称呼及び「フランスのシャンパーニュ地方で作られる発泡性ぶどう酒」との観念をも生じるということができる。
  • 本件商標をその指定商品に使用することは、フランスのシャンパーニュ地方におけるぶどう酒製造業者の利益を代表する被告のみならず、法令により「CHAMPAGNE(シャンパン)」の名声、信用ないし評判を保護してきたフランス国民の国民感情を害し、日本とフランスとの友好関係にも好ましくない影響を及ぼしかねないものであり、国際信義に反し、両国の公益を損なうおそれが高いといわざるを得ない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決日 平成31年2月6日
事 件 平成30年(行ケ)第10124号 審決取消請求事件
原審決 無効2017-890086号
裁判官 裁判長裁判官  高部 眞規子
裁判官  杉浦 正樹
裁判官  片瀬 亮

解説

本件の争点

本件は、商標法第4条第1項第7号該当性が争われた事案です。同号は公序良俗違反に関する規定で、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は商標登録を受けることができない旨定めています。

「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」の類型に関しては、特許庁が発行している商標審査基準で詳しく説明されています。商標審査基準の第4条第1項第7号の説明において、例えば以下の(1)から(5)に該当する場合をいうと記載されています。

(1) 商標の構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、きょう激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音である場合。 なお、非道徳的若しくは差別的又は他人に不快な印象を与えるものであるか否かは、特に、構成する文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音に係る歴史的背景、社会的影響等、多面的な視野から判断する。

(2) 商標の構成自体が上記(1)でなくても、指定商品又は指定役務について使用する ことが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合。

(3) 他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合。

(4) 特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合。

(5) 当該商標の出願の経緯に社会的相当性を欠くものがある等、登録を認めることが 商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合。

本件は、上記例示のうち(4)に該当するか否かが争われた事案です。

「CHAMPAGNE(シャンパン)」に関する過去の審判決

「CHAMPAGNE(シャンパン)」の文字を含む商標の商標法第4条第1項第7号該当性を争った裁判例は過去にもあり、以下のとおり同号に該当すると判断されています。

・「シャンパンタワー」事件(知財高裁平成24年12月19日判決)

「シャンパン」の表示がフランスにおいて有する意義や重要性及び我が国における周知著名性等を総合考慮すると,本件商標を飲食物の提供等,発泡性ぶどう酒という飲食物に関連する本件指定役務に使用することは,フランスのシャンパーニュ地方における酒類製造業者の利益を代表する被告のみならず,法律により「CHAMPAGNE」の名声,信用,評判を保護してきたフランス国民の国民感情を害し,我が国とフランスの友好関係にも影響を及ぼしかねないものであり,国際信義に反するものといわざるを得ない。

また、被告の提出証拠「CHAMPAGNE(シャンパン)の文字を含む商標に関する審決等」にも記載されているとおり、「CHAMPAGNE」や「シャンパン」の文字を含む商標に関する異議の決定・審決は数多くあり、ほとんどの事案で取消決定又は無効となっております。以下に取消し又は無効と判断された事例の一部を紹介いたします。

・無効2001-35160「Pink Champagne/ピンク シャンパン」

・異議2008-900455「ゴールドシャンパンの香り」

・異議2009-900363「シャンパングレイ」

・無効2013-890084「PINK CHAMPAGNE/デシーマジャパン株式会社」

・異議2015-900152「シャンパンフローラルの香り」

・無効2016-890024「シャンパンマンゴー」

・無効2016-890035「シャンパークリング」

事案の概要

本件商標「 」(登録第5942675号)に対して、平成29年12月25日、本件商標が商標法第4条第1項第7号に該当することを理由として、被告は無効審判を請求し、平成30年7月26日、「登録第5942675号の登録を無効とする。」との審決がなされ、これに対して原告は、審決の取消しを求めて本件訴訟を提起しました。なお、本件商標の指定商品は、第9類「眼鏡,電子出版物,アプリケーションソフトウェア」です。

判旨

まず、判決では、「CHAMPAGNE(シャンパン)」について詳細に事実認定を行い、以下のとおり、「CHAMPAGNE」「シャンパン」の表示はフランス国内外で周知著名性を獲得、維持し、高い名声、信用ないし評判が形成され、フランス及びフランス国民の文化的所産というべきものになっており、重要性が極めて高いものであると判断しています。

前記各認定事実によれば,本件商標のうち「CHAMPAGNE」,「シャンパ ン」の部分は,フランスのシャンパーニュ地方で作られるスパークリング・ワイン (発泡性ぶどう酒)を意味する語であるところ,フランスにおいて,1908年 (明治41年)には法律により「CHAMPAGNE」という名称が法律上指定され, その後,原産地統制名称法(1935年7月30日付けデクレ)その他の法令により原産地統制名称として保護されていることが認められる。具体的には,公立行政機関である原産地名称国立研究所(INAO)が定める生産区域,ぶどうの品種,生産高,最低天然アルコール純度,栽培方法,醸造方法,蒸留方法に関する諸生産条件を満たすぶどう酒のみがその名称として「CHAMPAGNE」(シャンパン)を使用する権利を有することとして,シャンパーニュ地方産ワイン製品の品質につき厳格な管理・統制が行われる一方でその生産者が保護されており,被告は,その製品の専門的利益を防禦することをその任務とし,フランス国内及び国外において,「CHAMPAGNE(シャンパン)」の原産地統制名称を保護する等の活動をしている。こうした被告をはじめとするシャンパーニュ地方のワイン生産者等の努力の結果,「CHAMPAGNE」,「シャンパン」の表示及びその対象であるシャンパーニュ地方産のスパークリング・ワインは,周知著名性を獲得,維持し,高い名声,信用ないし評判が形成されている。

そして、以下のとおり、「CHAMPAGNE(シャンパン)」の表示は、日本においても、多大な顧客吸引力を有する極めて著名な表示であると判断しました。

前記認定に係る辞書,事典,雑誌,新聞等の記載内容及び掲載媒体等に鑑みれば,本件商標のうち「CHAMPAGNE」及び「シャンパン」の表示は,「フランスのシャンパーニュ地方で作られる発泡性ぶどう酒」を意味する語であって,生産地域,製法,生産量など所定の条件を備えたぶどう酒にだけ使用できるフランスの原産地統制名称であって,本件商標の登録査定時以前から,日本において,シャンパーニュ地方産スパークリング・ワインの名称にとどまらず,発泡性ぶどう酒の代名詞のようなイメージを持たれるほどに取引者のみならず消費者に広く認識され,多大な顧客吸引力を有する極めて著名な表示であったことが認められる。 しかも,商標法4条1項7号に当たるとされたとはいえ,「CHAMPAGNE(シャンパン)」の文字をその構成に含む商標や,これを模した商標が様々な指定商品又は指定役務につき出願されたことに鑑みると,日本において,上記表示は,ぶどう酒という商品分野に限られることなく,取引者及び需要者に対して高い顧客吸引力を有するものであることがうかがわれる。

また、本件商標の構成に関しては、以下のように述べて、「シャンパン」の称呼及び「フランスのシャンパーニュ地方で作られる発泡酒ぶどう酒」の観念が生じると判断しています。この判断には、上記の日本における「CHAMPAGNE(シャンパン)」の文字の著名性も影響しているものと考えられます。

他方,本件商標を構成する他の要素のうち「envie」,「アンヴィ」は,フランス語で「羨望」を意味するとしても,一般の取引者及び需要者になじみのある語と はいい難い。また,他の要素である「GLAY<ママ>」,「グレイ」は,「灰色」を意味する英語ないし外来語として広く認識されているということができるものの,これと 「CHAMPAGNE」,「シャンパン」とを一体的に結合した「CHAMPAGNE GRAY」,「シャンパングレイ」については,原告ないし訴外会社の商品及び他社の商品において色彩を示す表示として使用された例は認められるものの,色彩を表示する語としても,その他の意味を示す語としても,広く一般的に認識されている語と認めるに足りる証拠はない。まして,これと「envie」,「アンヴィ」を一体的に結合した「envie CHAMPAGNE GLAY<ママ>」,「アンヴィ シャンパングレイ」 の語が広く一般的に認識されていると認めるに足りる証拠はない。
これらの事情を踏まえると,本件商標からは,「アンヴィ シャンパングレイ」 の称呼及び観念を生じるのみでなく,「シャンパン」の称呼及び「フランスのシャンパーニュ地方で作られる発泡性ぶどう酒」との観念をも生じるということができる。

これらの事実認定及び判断を踏まえて、裁判所は、「CHAMPAGNE(シャンパン)」の名声,信用ないし評判を保護してきたフランス国民の国民感情を害し,日本とフランスとの友好関係にも好ましくない影響を及ぼしかねないものであり,国際信義に反し,両国の公益を損なうおそれが高いといわざるを得ないと述べ、本件商標は商標法第4条第1項第7号に該当するものであると判断しています。

以上のような本件商標の文字の構成,指定商品の内容,本件商標のうちの 「CHAMPAGNE」,「シャンパン」の文字がフランスにおいて有する意義や重要 性,日本における周知著名性等を総合的に考慮すると,本件商標をその指定商品に使用することは,フランスのシャンパーニュ地方におけるぶどう酒製造業者の利益を代表する被告のみならず,法令により「CHAMPAGNE(シャンパン)」の名声,信用ないし評判を保護してきたフランス国民の国民感情を害し,日本とフランスとの友好関係にも好ましくない影響を及ぼしかねないものであり,国際信義に反し,両国の公益を損なうおそれが高いといわざるを得ない。

したがって,本件商標は,商標法4条1項7号に該当するというべきである。

なお、原告は、本件商標を構成する「CHAMPAGNE GRAY」は、「シャンパングレイ色」のカラーコンタクトレンズを示すものであり、「CHAMPAGNE」「シャンパン」の文字は色彩を表示するものであるから、色彩以外の意味合いを想起することはない旨主張しましたが、裁判所は、比喩的に「シャンパン」の語を用いて色彩を表現しており、本件商標「シャンパン」の称呼及び「シャンパーニュ地方産のスパークリング・ワイン」の観念を生じることをむしろ裏付けるものといえ、原告の主張は採用できないと判断しています。

コメント

本判決は過去の審決、異議の決定及び判決の判断を踏襲したものであり、目新しい判断が示された事案というわけではありませんが、判決でも述べられているとおり、「CHAMPAGNE」「シャンパン」の文字を含む商標は様々な指定商品・役務について出願されており、異議申立てや無効審判で争われるケースも多いため、取り上げました。

最近の審決例では、「シャンパークリング」の文字からなる商標が無効と判断されております。このため、「CHAMPAGNE」「シャンパン」の文字そのものが含まれていない商標であっても、商標の構成や指定商品によっては取消しや無効となるリスクがありますので、注意が必要です。

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(文責・前田)