飯島歩最高裁判所第三小法廷は、平成29年1月31日、犯罪履歴その他のプライバシーに属する事実が掲載されたウェブサイトの検索結果について、そうした事実が公表されない法的利益と検索結果を提供する理由に関する諸事情を比較衡量し、事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には検索結果の提供が違法となるとの判断を示しました。

具体的な事案は、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」違反で処罰を受けた人物の検索結果情報の削除の可否が問題となったもので、裁判所は、結論として、削除を否定しました。

ポイント

判旨

  • 検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。

決定概要

決定日 平成29年1月31日
裁判所 最高裁判所第三小法廷
事件 平成28年(許)第45号 投稿記事削除仮処分決定認可決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件
原決定 東京高等裁判所平成28年7月12日・平成28(ラ)第192号
裁判官 裁判長裁判官 岡部喜代子
裁判官 大谷剛彦
裁判官 大橋正春
裁判官 木内道祥
裁判官 山崎敏充

解説

表現の自由と知る権利

表現の自由とは、国家から規制されたり、検閲されたりすることなく表明活動を行うことができる権利をいいます。日本国憲法21条では、集会・結社の自由と言論・出版の自由が表現の自由として一体的に規定されています。

あらゆる精神活動は表明されることで社会的意味を持ち、また、その自由が民主政の支柱となるため、表現の自由は、基本的人権の中でも、特に重要な権利と認識されています。

また、民主政を支える権利として、表現の自由が実効的な意味を持つためには、自由な討論を支える基礎情報へのアクセス可能性が重要な意味を持ちます。そのため、表現の自由から知る権利が導かれます。

表現の自由や知る権利を制約することは厳しい合憲性審査基準で判断され、国家作用である裁判所の司法判断も、その規範に服します。

プライバシーの法的保護の確立

プライバシーを権利と捉える考え方は、19世紀の米国で「1人でいる権利・放っておかれる権利」(the right to be let alone)として唱えられました。近年では、これを進めて、プライバシー権を、自己の情報をコントロールする積極的権利として認識し、わが国の学説は、明文はないものの、個人の尊重を定める憲法13条によって保護されると考えています。

判例上は、「宴のあと」事件判決(東京地判昭和39年9月28日)が「私事をみだりに公開されないという保障は、不法な侵害に対して法的救済が与えられる人格的な利益であり、いわゆる人格権に包摂されるが、なおこれを一つの権利と呼ぶことを妨げるものではない」と述べ、さらに、最高裁判所が、「京都府学連」事件最高裁判決(最大判昭和44年12月24日)において、「個人の私生活の自由のひとつとして、何人も、その承諾なしにみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由を有するものというべき」であり、「警察官が、正当な理由もないのに、個人の容貌等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されない」と判示したことで、法的保護が確立しました。

その後、情報化社会の訪れにより、積極的プライバシー権の保護の動きが国際的に広がり、わが国でも、平成2年のOECD勧告を受けて個人情報保護法が制定され、平成17年に施行されました。

忘れられる権利を巡る議論

「宴のあと」事件などにも見られるとおり、表現行為が他人のプライバシーに立ち入ったものとなると、表現の自由とプライバシーという憲法上重要な2つの権利の衝突が生じ、どのような場合にいずれを優先するかが問題となります。
なかでも、インターネット上の情報は、際限なく拡散し、また、永久に消えることがありません。そのため、一旦プライバシーに関する情報がインターネット上に掲載されると、それが一生つきまとうこととなり、問題は特に深刻になります。

このような状況に対し、欧州では、過去のヌード写真の削除を認めた2011年11月のフランスの判決を皮切りに、インターネット上にある個人情報について、検索結果からの削除を求める権利である「忘れられる権利」を認める動きが広がりました。その動きの中で、2012年1月には、欧州委員会が忘れられる権利を規定した「EUデータ保護規則案」を提案し、2014年5月には、EU司法裁判所が、忘れられる権利を認める判決をしました。現在の規則案では、「消去権」(right to erase)という名称が用いられています。

わが国では、忘れられる権利について立法的な措置はありませんが、プロバイダ責任制限法のもと、権利侵害がある場合の削除について一定の準則が定められ、また、検索サービス業者もこれにしたがって削除に応じています。

性犯罪者の追跡を巡る動き

忘れられる権利とは対照的に、性犯罪者に対しては、米国の多くの州や、韓国、英国、カナダ、ドイツ、フランス、スウェーデンといった国々で、性犯罪の前歴を有する者にGPSの取付けを義務付けることが法制化されており、監視がなされています。

性犯罪者に関する情報は、前歴を有する者にとっては特にセンシティブなプライバシーであると同時に、社会の安全にとっても重要な情報であり、知る権利とプライバシーとの緊張関係が先鋭化する場面と言えます。

本件では、このような局面において検索結果の削除が認められるかが問題となりました。

名誉毀損罪における違法性阻却の要件

刑法の名誉毀損罪は、公然に事実を摘示することが実行行為とされており、どこまでの行為を違法とするかという点で表現とプライバシーの調整の問題が生じます。
この点、刑法230条の2は、名誉毀損行為が公共の利害に関する事実に係るもので、専ら公益を図る目的であった場合に、真実性を証明することができれば免責されることを規定しています。

民事的な不法行為が問題となる場面でも、公益性、公共性、真実性といった要素は重要な意味を持つと考えられています。

本件の背景

本件の手続の申立人(抗告人)は、児童買春をしたとの被疑事実に基づき、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の容疑で平成23年11月に逮捕され,同年12月に罰金刑に処せられています。この事件は、逮捕当日に報道され,その内容がインターネット上に多数回書き込まれました。

抗告人は、さいたま地裁において、人格権ないし人格的利益に基づき、検索情報の削除を求めて投稿記事削除仮処分を申し立てたところ、報道によると、同裁判所は、平成27年12月、忘れられる権利を認め、削除の仮処分命令をしましたが、東京高裁は、平成28年7月、これを覆し、最高裁判所の許可抗告に判断が持ち越されていました。

判旨

本決定は、まず、プライバシーが保護を受ける法律上の利益であることを改めて確認しました。

個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となるというべきである(最高裁昭和52年(オ)第323号同56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁,最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁,最高裁平成13年(オ)第851号,同年(受)第837号同14年9月24日第三小法廷判決・裁判集民事207号243頁,最高裁平成12年(受)第1335号同15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁,最高裁平成14年(受)第1656号同15年9月12日第二小法廷判決・民集57巻8号973頁参照)。

ついで、決定は、検索事業者のサービスがそれ自体表現行為としての意味を持つこと、現代社会における情報流通の基盤として大きな役割を果たしていることを指摘するとともに、これを制約することは、表現行為の制約であり、かつ、情報流通基盤という役割に対する制約であると述べました。

他方,検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして,検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ,その削除を余儀なくされるということは,上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより,検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる。

上記の利益対立の中、裁判所は、検索事業者が検索結果の提供を継続することが違法か否かを判断する基準として、「当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべき」とし、「その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」には、検索結果の提供が違法となるとの規範を示しました。
また、上記判断に際しては、以下のような事情が考慮されるべきものとされています。

  • 事実の性質及び内容
  • プライバシーに属する事実が伝達される範囲
  • 具体的被害の程度
  • 対象となる者の社会的地位や影響力
  • 記事等の目的や意義
  • 記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化
  • 記事等において当該事実を記載する必要性

以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。

最後に、決定は、具体的事案を上記規範にあてはめ、児童売春が社会的に強い非難の対象とされている公共の利害に関する事項にあたること、具体的な検索結果に鑑み、事実が伝達される範囲がある程度限定されていることから、「事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」と結論づけました。

児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また,本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
以上の諸事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,・・・罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。

コメント

本決定は、表現の自由とプライバシーの調整というデリケートな問題について、一定の指針を示したものといえます。「事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」との基準は、表現の自由の優越的地位に基づくものといえるでしょう。

もっとも、決定が示した基準はあくまで総合判断であり、具体的な適用については今後も議論が続くものと思われます。本件の事例についてみても、性犯罪という、比較的社会防衛の必要性を正当化しやすい領域に属する内容である一方、一般私人による犯罪であるため、犯罪者の更生など、刑事政策的な観点からの考慮も必要になるかも知れません。また、個人的には現時点での結論の妥当性に深刻な疑問は感じないものの、時間の経過とともにこの件に関する検索結果を残す必要性も変化するのではないかと思われます。

現状は、プロバイダ責任制限法の運用によりある程度の準則が事実上確立しているため、今後この論点を巡り、どの程度裁判例が現れるかは不明ですが、議論の深化が期待される論点です。

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(文責・飯島)