アメリカ司法省及び連邦取引委員会は、2016年8月12日、「知的財産権のライセンスのための独占禁止法上の指針(”Antitrust Guidelines for the Licensing of Intellectual Property”)」(IPライセンスガイドライン)の改正案を公表し、これに対するパブリックコメントを募集しました。
概要
米国のIPライセンスガイドライン改正案が司法省及び連邦取引委員会によって公表され、パブリックコメントが募集されました。今次の改正案は、最初に同ガイドラインが公表された1995年以来初めてのもので、その後の法改正や裁判例の蓄積を反映したものです。内容としては、基本的に現行ガイドラインの考え方を踏襲しており、今回の改正による実務への影響は限定的と思われます。
解説
IPライセンスガイドラインとは
知的財産権を保護することで産業の促進を促す知的財産法制と公正な競争を確保することを目的とする独占禁止法とでは、競争促進という目的において共通しています。
しかしながら、知的財産権の保有者がライセンスを拒絶したり、ライセンス契約に当たってライセンシーを不当に拘束することにより競争が阻害される効果を生み出す可能性があることから、知的財産権のライセンス契約においてどのような行為を独占禁止法上問題とすべきかという問題が生じます。
その点に関して、日本を含め各国の監督官庁からの指針が出されているところであり、米国における指針は1995年に公表されていましたが、それ以降、改正は行われていませんでした。
今回の改正案の内容
司法省のプレスリリースによれば、今回の改正案は、従前のガイドラインの考え方を変更するものではなく、それ以降の法律改正や判例法の蓄積や変更並びに連邦取引委員会による研究結果を正確に反映させることを目的とするものであるとされています。
実際、1995年のガイドラインと今回の改正案を比較してみても、改正案が独自に1995年ガイドラインにおける考え方を変更していると見られる部分は見当たりません。
もっとも、今回の改正は20年ぶりのガイドラインの改正であり、アメリカにおける近年の流れが反映されたものとなっていることから、以下では、1995年ガイドラインからの主要な変更点を説明いたします。
基本原則の確認
まず、1995年以降の議論を踏まえて、基本原則の項において何点か追記・修正がなされ、知的財産権のライセンスによる産業促進効果に配慮するとの基本姿勢がより明確化されています。
例えば、改正案においては、「ある会社による知的財産権の使用許諾の拒絶に対して、その会社の競合他社を手助けするという観点から法的責任を課すことは、投資やイノベーションを損なう可能性もあることから、独占禁止法は、一般的にそのような責任を課すものではない」との記述が加えられています。この記述は、司法省及び連邦取引委員会が2007年4月に発行した”Promoting Innovation and Competition”という報告書における議論を反映させたものです。
また、「特許権は必ずしも特許権者にマーケットパワーを付与するものではない」との見解も明確にされ、「知的財産権は特定の製品等につき他を排除する力を持っているものの、そのような影響力行使を阻害する密接代替品が(潜在的なものも含めて)存在する」と述べるにとどまっていた1995年ガイドラインの記述から前進ました。
さらに、2011年3月に連邦取引員会が発行した”The Evolving IP Marketplace: Aligning Patent Notice and Remedies with Competition”における議論を踏まえて、「ライセンスを行うことにより、発明者は、発明の実施についてのロイヤリティを通じて開発・改良に要した投資のリターンを取得し、したがって、革新的な取り組みへのインセンティブとなる」との考え方も明確にされ、1995年ガイドラインではそのような期待や可能性があると述べるにとどまっていたものから前進しました。
独占禁止法分野の他のガイドラインの改正を反映した修正
次に、独占禁止法分野におけるガイドラインの改正に伴い、本ガイドラインの内容にもそれに応じた修正がされています。
具体的には、2010年に”Horizontal Merger Guidelines”が改正されたことに伴い、市場画定に関するケース・スタディ及びこれに関連する記載の多くが削除されました。
もっとも、他方で、テクノロジー市場の画定に関する記述や判例が追記されているため、市場を画定した上で独占禁止法違反の有無が判断されるという枠組み自体を変更するものではないと思われます。
そのほかにも、脚注部分においては、同ガイドラインのほか、ジョイントベンチャー間のライセンスに関する記載に関して、2000年4 月発行の”Antitrust Guidelines for Collaborations among Competitors”が参照されるなど、1995年ガイドライン発行以降の関連する他のガイドラインの改正をフォローするものとなっています。
判例法・法律改正を反映した修正
更に、1995年以降の独占禁止法上における判例変更や判例法の蓄積を反映した修正や追記のうち本文中に記載があるものとしては、判例変更による販売価格の拘束の違法性判断基準の変更があります。
すなわち、1995年ガイドラインにおいては、ある製品の知的財産権のライセンサーが、ライセンシーによる当該製品の販売価格を固定することは当然に違法とされていたのに対し、契約によるこのような制限が独占禁止法上違法となるかどうかは、「合理の原則」に従い、競争上の利点や生ずる不利益を考慮して事案ごとに判断されるものとされました。
これは、2007年に連邦最高裁判所が従来の判例を変更する判断をしたことを反映した変更です(ただし、これは連邦法上の考えであり、多くの州の法令は同様の考え方を採るものの、一部の州の法令では従前の「当然違法」の法理に従うものもあるとされています。)。
その他は脚注レベルですが、パテント・プールに関する判例等、重要な判例がフォローされています。
ほかにも、ガイドラインの内容に直接影響を与える箇所ではありませんが、1995年以降の特許法や著作権法等の法改正に伴う細かな修正も行われています。
今後の動き
パブリックコメントはすでに締め切っており、今後、パブリックコメントが公表され、必要に応じてこれを加味した修正が行われた上で、正式なガイドラインが発行される見込みです。
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(文責・町野)