経済産業省は、平成30年(2018年)4月27日、「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(案)」(以下「本ガイドライン案」といいます。)を公表し、パブリックコメント手続に付しました。

本ガイドライン案は、①データ編と②AI編により構成され、①データ編は、経済産業省が平成29年5月に公表した「データの利用権限に関する契約ガイドラインver1.0」をアップデートし、他方、②AI編は、昨今、AIの活用が急速に進展している実情を踏まえて、今回新たに策定されるものです。

データ編およびAI編のいずれも、当事者間の契約自由の原則を前提とした上で、データあるいはAI技術に関する契約の基本的な考え方を説明し、かつ、契約条項例またはモデル契約を付する等、実務におけるより幅広い利用を企図しています。

※筆者は「AI・契約ガイドライン検討会作業部会」の構成員として本ガイドライン案の策定に携わりましたが、本稿はあくまでも筆者個人の見解を述べるものです。

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ポイント

  • 経済産業省は、平成30年4月27日、「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(案)」を公表し、パブリックコメント手続に付しました。
  • 本ガイドライン案(データ編)では、データの取扱いを3類型に分類し、これまでのガイドラインで取扱われなかった論点を含め、契約締結上の問題点等を説明しています。
  • 本ガイドライン案(AI編)では、AI技術の特性について説明をし、その特性を踏まえて、AI技術を利用したソフトウェアの開発方式として「探索的段階型」の開発方式を提唱しています。また、開発・利用の成果物について、利用条件の設定による利害関係調整の枠組みを提示しています。

本ガイドライン案策定の経緯

本ガイドライン案の策定に先立つ、平成29年5月、経済産業省は「データの利用権限に関する契約ガイドラインver1.0」(以下「ガイドラインver1.0」といいます。)を公表しました。

ガイドラインver1.0は、産業データの利用権限を定める際の合意形成プロセスや、利用権限の設定の際の考慮要素を説明するものであり、現場での活用が期待された一方、「具体的なユースケースの充実」を希望する意見や、「機械学習関係の開発の実務に即した場合には、利用しにくい部分が見られる」等の声も寄せられていました。

そこで、経済産業省は、平成29年12月、「データの利用・共用を促すための契約・契約条件の整理や個別取引の深掘り、ユースケースの充実を図るとともに、新たにAIの法的問題も取り扱う」べく、ガイドラインver.1.0の全面的な改訂を行うことを公表しました。

そして、経済産業省は、平成29年12月から3月までの期間、「AI・データ契約ガイドライン検討会」(全3回)を開催し、ガイドラインの改訂方針を議論・検討すると共に、弁護士等の法律専門家により構成された「AI・データ契約ガイドライン検討会作業部会」の構成員が、公募された11のユースケース(データ編6つ・AI編5つ)を踏まえて、ガイドラインの作成・改訂を行いました。

検討会における議論の状況については、次の各資料が公表されています。

AI・データ契約ガイドライン検討会(第1回)配布資料

AI・データ契約ガイドライン検討会(第2回)配布資料

AI・データ契約ガイドライン検討会(第3回)配布資料

本ガイドライン案の概要

この度、公表された「AIとデータの利用に関する契約ガイドライン(案)」(本ガイドライン案)は、①データ編と、②AI編の2つから構成されています。このうち、①データ編は、ガイドラインver1.0をアップデートするものであり、他方、②AI編は、昨今、AIの活用が急速に進展している実情を踏まえて、今回新たに策定されるものです。

これらのガイドライン案は、平成30年4月27日から同年5月26日までのパブリックコメント期間を経て、同年5月末に正式公表される予定です。

本ガイドライン案(データ編)の概要

データの取扱いに関するガイドラインとしては、上述のガイドラインver1.0に加えて、平成27年10月に公表された「データに関する取引の推進を目的とした契約ガイドライン」(以下「取引推進ガイドライン」といいます。)がありましたが、本ガイドライン案(データ編)は、これらのガイドラインを1本化し、かつ、契約類型別に、データの取扱いに関する法的な論点や契約での取決め方等を整理するものです。その概要は次のとおりです。

データに関する契約類型の整理

本ガイドライン案(データ編)では、データに関する契約類型を次の3つに整理しています。

データ提供型 データ提供者から他方当事者に対してデータを提供する際に、他方当事者の利用権限その他データ提供条件等を取り決めるための契約
データ創出型 データが新たに創出される場面において、データの創出に関与した当事者間で、データの利用権限について取り決めるための契約
データ共用型 複数の事業者がデータをプラットフォームに提供し、プラットフォームが当該データを集約・保管、加工または分析し、複数の事業者がプラットフォームを通じて当該データを共用するための契約
「データ提供型」契約

「データ提供型」契約は、取引推進ガイドラインをガイドラインver1.0に一本化する形で整理された類型であり、契約条項例が付されています。

具体的に取り上げられている主な論点としては、次の事項があります。

  • 派生データ等の利用権限の有無
  • 提供データの品質問題
  • 提供データに起因する損害の負担
  • 提供データの目的外利用
  • クロス・ボーダー取引における留意点
  • 個人情報等を含む場合の留意点等
  • データ流通阻害原因とその対処法
「データ創出型」契約

「データ創出型」契約は、ガイドラインver1.0の内容を拡充し整理された類型であり、提供型同様に、やはり、契約条項例が付されています。

具体的に取り上げられている主な論点としては、次の事項があります。

  • 当事者間で設定すべき利用条件
  • 対象データの範囲・粒度
  • 分析・加工および派生データの利用権限
  • 保証/非保証、収益分配、コスト・損失負担
  • 管理方法、セキュリティ等との関係
  • 消費者との契約の場合の留意点
「データ共用型」契約

「データ共用型」契約は、これまでのガイドラインで扱われてこなかった、プラットフォームを利用したデータの共用に関する法的論点等を解説するものであり、本ガイドライン案(データ編)の特徴の1つと思われます。

プラットフォームの目的や関係者の範囲等の個別事情によって定めるべき契約条項の内容が大きく異なりうるため、契約条項案は付されていませんが、代わりに主要な検討事項(データ活用の目的・方法、プラットフォーム事業者選定、プラットフォーム活用を促す仕組み等)が紹介されています。

従前のガイドラインで触れられていなかった論点への言及

本ガイドライン案(データ編)では、従前のガイドラインで触れられていなかった、①具体的な事案(ユースケース等)における適用、②個人情報の取扱いやクロス・ボーダー取引(国境を越えて行われる取引)における注意点等について解説がされています。

本ガイドライン案(AI編)の概要

本ガイドライン案(AI編)については、これに先立つ既存のガイドラインは存在しておらず、今回初めて策定されたものです。データの取得・利用の基本的考え方や契約については、本ガイドライン案(データ編)において解説することを前提とした上で、本ガイドライン案(AI編)は、AI技術の実用化過程で生じる契約上の問題点をより具体的に取り扱っています。その概要は次のとおりです。

AI技術を利用したソフトウェアの開発・利用を巡る主な問題点の指摘

本ガイドライン案(AI編)は、AI技術を利用したソフトウェアの開発やサービス利用に際して、現状、次の4つの問題があることを指摘した上で、そのそれぞれについて、解決の方向性を提示しています。

① AI技術の特性を当事者が理解していないこと
② AI技術を利用したソフトウェアについての権利関係・責任関係等の法律関係が不明確であること
③ ユーザがベンダに提供するデータに高い経済的価値や秘密性がある場合があること
④ AI技術を利用したソフトウェアの開発・利用に関する契約プラクティスが確立していないこと

AI技術の特性の解説・基礎的な概念の整理

AI技術は新しい技術であることから、ユーザとベンダとの間に、その技術的な理解や認識にずれがあることは珍しくありません。また、「AI」、「学習用データセット」、「学習済みモデル」等の各用語については、多義的に用いられる傾向があり、ユーザとベンダとの間において、認識の齟齬を拡大させ、契約交渉を停滞させる要因の1つとなっています。

本ガイドライン案(AI編)は、AI技術に関する基礎的な説明を行い、かつ、これら概念の整理を行っています。

「探索的段階型」の開発プロセスの提唱

AI技術を利用したソフトウェア開発については、従来型のソフトウェア開発と異なり、学習用データセットから帰納的に推論を行うことから、契約締結時に、開発対象を確定することや、性能を保証することが困難である場合が少なくありません。また、そのような不確実性から開発が頓挫することもあります。

そこで、本ガイドライン案(AI編)は、当事者間の相互理解の促進や、開発が頓挫した際の損害の拡大を抑えることを可能とすべく、AI技術を利用したソフトウェアの開発過程として、次の4段階の過程を経る「探索的段階型」の開発方式を提唱しています。また、①から③の過程については、モデル契約書を提示しています。

①アセスメント段階 一定量のデータを用いて学習済みモデルの生成可能性を検証する。
②PoC段階 学習用データセットを用いてユーザが希望する精度の学習済みモデルが生成できるかどうかを検証する。
③開発段階 学習済みモデルを生成する。
④追加学習段階 ベンダが納品した学習済みモデルについて、追加の学習用データセットを使って学習をする。

利用条件の設定による利害調整の枠組みの提示

AI技術を利用したソフトウェア開発の成果物として想定される学習用データセットや、学習済みモデルのパラメータ等は、データであり、そもそも法的に保護された権利を観念できない場合も少なくありません。そのため、単に権利帰属について契約で定めるのではなく、その利用条件について当事者間で協議を行うことが重要となります。

本ガイドライン案(AI編)は、契約における権利関係や責任関係についての交渉のポイントと留意点を紹介し、利用条件をきめ細やかに設定することでユーザとベンダの利害調整を図る枠組みを提示しています。

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(文責・松下)